fool
どうしてこんなに満たされないのか。考えても考えても分からない。
壊れそうだ。幸恵は、そう小さく口にした。
薄々気が付いてはいた、ほかのスタッフとの実力の差。美菜ちゃんのように、お年寄りと上手に会話ができるわけじゃないし、神田師長のように、若い子たちに好かれているわけでもない。かといって、菅原さんのように、男性の患者さんに持てるということもない。何の特徴もない、大多数の看護師のひとりだ。私は、そんな自分が嫌いだ。とても孤独だから。
「私をこの世につなぎとめているのは、裕人さんだけなの」
おおきな体に包まれながら。私は言った。
「責任重大だな」
裕人さんは、笑って言った。そんなとき、決まって私は寂しくなる。もしも裕人さんが私から離れて行ってしまったら。そんなことを考えて、ひとりで孤独に浸るのだ。
「なんかくだらないこと考えてるでしょ」
また裕人さんは笑う。
「くだらなくなんてないんだから」
腕からするりと抜けて、そう言う。今日は遅番なので、少しゆっくりできたものの、そろそろ出発しないと大変な時間だ。
「バス停まで送るよ」
裕人さんも立ち上がって、ふたりで身支度をする。私は、ケーシーを着た裕人さんが大好きだ。もしかしたら、裕人さんが好きなのではなく、看護助手の裕人さんが好きなのかもしれない。それはとても悲しいことだと私は思う。でも、仕方がないのだ。裕人さんがいなければ、私は死んでしまうから。
昨夜の雨は、もう上がっていた。
雨上がりの道は、しっとりとしていて、ふたりの距離を縮めてくれる気がする。もっとも、もうふたりのあいだに埋まっていない溝なんてものはない気がするのだけれど。
「今日も頑張って生きておいで」
別れ際、裕人さんはそんなことを言った。真剣な顔で。きっと私は、バスに乗って、病院に着いて、患者さんと話しているときもこの言葉を繰り返すのだろう。それ以外に縋る場所がないのだから。
「ええ」
そう短く返事をして、軽いキスを交わし、バスに乗り込んだ。
楽しかったです。