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想いからチョコレート

 バレンタインの日。

 からからに乾いた冷たい空気。学校には生徒達の姿がある。学生鞄には、想いをはせる恋人に渡すチョコレートが入れられていたりする。

 佐藤佐与里は本命のチョコレートを渡したい相手がいた。下駄箱をみる。靴がなかった。彼はまだ登校していないようだ。いっそのこと、下駄箱の中にバレンタインチョコを入れようかなんて思案したが、すぐに撤回した。

 ちゃんと手で渡そう。

 からからなった心を満たすためにも。

 私は、彼に会いたいのだ。

 教室で席についた。

「さよさよ。なにぼうっとしとん?」

 隣の席から声をかけられた。

「いや昨日、寝不足でさ〜」

「いつものことじゃん。あ、もしかしてバレンタインチョコつくってくれたの?」

「ごめん。明日香のはつくってない」

「そ、そう……なんだ」

 私は親友と会話しながら、からからになった喉をうるおすためにお茶を飲んだ。

 ごくごく。

 魔法瓶で保温されたお茶がおいしい。

 明日香には内緒だが、私は今、人探しで忙しいのだ。休み時間には彼のクラスに行き、チョコを渡すタイミングを見計らわなければならないのだ。

 できれば、こっそり。

 人通りが少ない場所で渡したい。

 すでに私の心臓はバクバクだ。

 胸が締め付けられるのに不思議と苦しくない。じわじわと私の身体全体に浸透して活力を与える。

 こんな気持ちの時は全てが思い通りにいきそうなんだ。

 からからな日々を変えよう。

 朝礼が始まる前に、私は行動した。

 からになったコップを魔法瓶に戻した。

 紙袋を手に持ち、彼のクラスに向かう。

「隼人は今日インフルで休みらしいよ」

「明日香。それ、ほんと?」

「ほんとほんと。は〜残念だったね」

「え。なんのこと? 全然残念じゃないよ?」

 にこりと笑う。

 からからな心でカラ元気。

 私は大嘘つきだ。

 もうショックで立ち直れない。

 彼が休むなんて全く想定していなかった。

 しかもインフル。……心配だ。

「お見舞いにでも行ったらいいじゃん」

「あ。そうか」

 私は意を決する。


 インターホンを鳴らした。

 初めましてお母様私はただの友達の隼人くんに義理チョコを与えたいので彼を呼び出してもらえないでしょうか。

 なんて言えるわけがない。

「あ、どうも、あの、隼人くんのお具合はいかがですか?」

「わざわざ気にかけてくれたの? ありがとうね。隼人なら今は、朝よりだいぶ良くなっているわ。呼んでこようか?」

「い、いえいえ」

 ……まだ心の準備が。

「隼人! ゲームばかりしてないで、おりて来なさい! お友達よ!」

 インフルなのにゲームばかりしてたの隼人くん。私は悲しいよ。

 タンタンタンタン。

 階段をおりてくる音がした。

「おっすオラ悟空」

 彼はいつもの挨拶を私にしてきた。

 抑揚のない挨拶が斬新すぎるよ!

「お、おっす」

 私はドキドキしてしまう。

「見舞いにきてくれたのか。すまん。とりあえずすぐ着替えてくるから外で待っていてくれる?」

「ん。いいよ」

 私は外で待った。

 空には星が光っている。

 孤独な光。

 孤高な光。

 さみしくないのだろうか?

 真っ暗な宇宙は壮大で私にはなにがなんだかわからない。わかるのは光っている星があるという事実だけだ。

 なんのために光っている?

「はあ。なにがしたいん?」

 意味のない問いかけを彼に聞かれた。

「なにもしたくありません」

「……」

 彼は外行き用の私服に着替えていた。

「ごめん。外は寒いよね」

「それくらい気合でなんとかする」

 からからからから。

 外は寒い。乾燥してる。

 風が落ち葉を吹き飛ばしている。

 寒いから、早く終わらせよう。

 彼にも悪いし。

「はい。これ、あげる」

 紙袋を渡した。

 彼は「ありがとう」と恥ずかしそうに受けとった。

 むずがゆい。

 誰かを想うと。

 からからから変わる。

 からからからワクワクに。

 誰だってそうなんだ。

 この気持ちを私は愛おしく思う。

 この想いは(から)じゃない。

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