密室工作ががが
ががが
彼はこの音が好きだった。
O大学工学部の検査室の前で二人は立ち往生している。
「頑丈な密室だ。農業畑さんこの扉に穴を明けるには、高速度工具鋼ではだめだ。熱に弱くて、刃が駄目になる。途中で何回も刃を研がないといけない。切削時間がかかり過ぎる」
密室には死体があるというのに、明けて部屋に入れない。どうしたものかと悩んでいた。工学部には様々な切削工具があるので、警察がくる前になんとかしなくてはならない。
「じゃあなにが良いでしょう? 超硬合金?」
「電気ドリルで明けるのにチョウコウだと切削する送りが不安定だから刃がすぐに欠けそうだな。なんか怖い」
「イノシシを連れてきましょう」
「そうそう。イノシシを連れてくればこの扉を突き破って万事解決……なんねえよ! イノシシはそんな都合の良い使い方できないからね! いやイノシシの方が怖えよ!」
「……ダイヤモンド」
農業畑は教授が手にはめている結婚指輪を見つめた。
「そうだね。ダイヤモンドは地球上でトップクラスの強度をほこるから使えるて……使えるわけねえだろ! 俺の夫婦仲に修復することのできない溝ができるわ!」
「でも、いい感じに先端が尖ってます」
「ほほぅ。まあたしかにドリルみたいに先端が尖っているな。よし! やろう! ……てやらねえよ」
「……ノリツッコミ」
「なんだその目は」
「内心楽しんでるでしょう?」
「激おこプンプン丸」
「なんだ。その程度ですか」
「カム着火インフェルノ」
「ふははは。まだその程度か」
「おい!」
「え。なんですか?」
「なんで態度が尊大になってんだよ」
「そんなことよりこの扉をぶち抜くのが先でしょう?」
「そうだったそうだった。いけね。俺としたことが」
ワザとらしく少し舌をだした。
「やっぱりイノシシを」
「連れてくんじゃねえよ絶対にな! 絶対だぞ!? わかってんだろうな!?」
「じゃあ超硬合金で」
「強度だけはダイヤモンドにはかなわねえ!」
このとき農業畑は「ふん」と失笑した。鼻から息がもれる音だ。
「ま、まさかお前」
「そのまさかですよ。やりましょう!」
「よしやろう! ってやらねえよ! 馬鹿かお前は!」
「と言ってからの?」
「よしやろう!」
「……やるんだ」
教授は結婚指輪を外した。ダイヤモンドの部分だけ器用に抜いて、電気ドリルの先端の爪に取り付けた。締め付け具を時計と同じ方向に回す。
「我が名はダイヤモンドリル」
「は?」
「いや、言ってみたかっただけだ。そもそもドリルじゃないしな」
「じゃあやってみてくださいよ。頑丈な密室の扉とダイヤモンド、どちらが勝つのか」
「最強の矛と最強の盾。まあ実際、条件が違えばそれだけで、最強も最強じゃなくなることだってあるんだがな」
「教授……それってどういう?」
「切削条件。つまり適切な刃物の回転数と送りがわからないと最強の工具も最強じゃないってことだ」
「そうだったのか〜」
農業畑はワザとらしく驚いた声をあげた。
「あと削る材料の固定状態が不安定だと振動して加工に負荷がかかる。その場合は刃物の回転数を下げたりすることがある。すると必然的に送りも遅くなるが……よし、いくぞ!」
ヴィーンと電気ドリルの先端が回りだした。
「そ、それって場合によっちゃ場合によるってことですよね!」
ががが
農業畑は思った。たとえ地球トップクラスの硬さをほこるダイヤモンドでも場合によっては、つまり、切削条件とその他もろもろの環境によっては負けてしまうこともあるのではないか、と。
だが、時すでに遅し。
ダイヤモンドは粉々に砕けていた。
がぐががが
「…………」
切削工具は硬いほど欠けやすい。
このときの教授の顔を農業畑は一生忘れることはないだろう、と思った。
「鍵を使えばよいのに、なにをしているんだ?」
警察は率直な疑問を口にしながらスペアキーを使って開けた。
「いえ。鍵を使わないでこの室内に入れることを証明しなければなりませんので」
農業畑は歩きながら警察に事情を説明した。
「なるほど。スペアではない専用の鍵を教授が持っていたわけですか。だから、犯人の容疑にかけられることを危惧して、誰でも工具を使って扉を明けられることを証明しようと。ふむふむ。あ〜そうですか。わかりましたわかりました」
一同は室内に入る。
「とりあえず君たち署までご同行してもらおうか」
検査台の上に死体が横たわっていた。黒く焦げた頬と痩せた身体から、しなびた印象を見たものにあたえる。
「刑事さん。そんなことを強要される覚えは私たちにはないぞ?」
「しらばっくれても無駄だ。君たちはこの密室が誰にでも明けられることを証明したかったみたいだが、失敗だったな。これは完全な密室だ。そして、ダイヤモンドでも明かない強度。内側から鍵を閉めたり開けたりできない構造になっていて、先ほどの扉以外で出入りできる可能性は考えられない。つまり、鍵を持っていた君たちが容疑者だと推測することができるのだよ」
「言いがかりだ!」
教授は憤慨した。
「なら、なぜ君たちはこの部屋に死体があるとわかったんだい?」
二人はなにも言い返さなかった。警察が持っているスペアキーは厳重に管理されている場所にあったものだ。事件後に鍵を持っていた不信人物は疑われる。教授は仕方なく警察署に連れて行かれることにした。
ここで教授は不思議に思った。なぜ、扉はあんなにも頑丈な造りになっていたのか。その理由が疑問だった。変哲もない検査室なのに窓もついていなくて、扉は一箇所だけ。まるで、何者かの意図を感じる。
ががが
後ろで聞き覚えのある音がした。
これはドリルの音だ。
「ほら、みてください。これが真実です」
扉のドアノブの部分。プレートの四つ角の隅に五ミリくらいの小さな穴を明けていた。ドアノブに穴を明けたところでいったいどうするつもりなのか、警察と教授にはわからない。
わかっているのは農業畑だけだ。
結果。
ドアノブが綺麗に外れた。
「「?」」
彼は検査室を出て扉を閉めた。
「シリアルナンバーを打ち込んで下さい」
抑揚のない声が聞こえた。それはドアノブの中に貼り付けられていた小型のパネルによる音声だった。
「八一八一 と、よし」
外側から閉められた扉からカチッという不気味なロック音がした。
こうして再び密室が出来上がった。
彼らはこの境地から、検査室のあらゆる工具を使って、脱出することができない。
農業畑の工作は成功した。
びびび
溶接の音がする。明けたプレートの四箇所の穴を溶着して塞いだ。ドアノブは元の状態に戻る。
ががが
ドリルの音がする。
再びドアノブのプレートが削られる。
「シリアルナンバーを打ち込んで下さい」
ががが
彼はこの音が好きだった。




