てんでんばらばら殺人事件
「五十嵐さん。今回の事件は奇妙です」
探偵五十嵐は怪訝な表情をして鼻をおさえている。なぜならここは先ほどまで犯人によってバラバラにされた遺体が血液を床に広げていた場所だからだ。現場は処理班によってキレイにされているが床に染みついた血が室内に異臭をただよわせている。
「死因は多量出血によるショック死だと思われます。おおかた他殺かと推測されます。ただ」
「ただ?」
「ただ、被害者が書いたと思われるダイイングメッセージが奇妙なのです。『普通』ではない、ということです」
「抽象的なことはいいから」
「はい。そのダイイングメッセージには」
警察の青山は間をとる。
「 じらすなよ」
「『オノマトペ』と書かれてあったのです」
「はあ?」
「オノマトペ」
「いや、わかるよ。擬態語みたいなやつだろ?」
「そうです。擬態語です。あと擬声語」
「違いは知らないけど」
「わからないんですか?」
「探偵を馬鹿にするな」
「冗談ですよ。探偵の顔を汚したくらいで、そう、カッカしないでください」
「探偵の顔を汚すのが大それたことじゃないみたいに言うな。まあいい。で、重要参考人は?」
青山は手帳を開いた。
「被害者の親族は他界されており、一人もいません。さらに交友関係も調べたところ、一人も友達がいないということです」
「泣いてもいいか?」
「恋人もいないそうです」
「詮索しすぎだ。やめてあげろ。ん、まてよ、重要参考人がいないなんてことがあるのか? ちゃんと近隣住民に話しを聞いたのか?」
「なんの?」
「タメ口をきくな。アリバイ収集のために聞き込みをしたのか?」
「しました」
「で、どうだった?」
「なにが?」
「……」
沈黙が十秒続いた。
「同じマンションに住む102号室の方と104号室の方から、被害者のことを聞くことができました。あ、因みに被害者が住んでる殺害された場所が103号室です。話しによると、102号室に住む小野さんは昨日の昼に103号室のドアが開く音が聴こえたと証言しています。あ、因みに殺害時刻は一昨日の朝方しか考えられません」
「考えられない? どういう意味だ?」
「この場合の考えられないという意味は、道筋をたてて知的で客観的な結論を導きだせない、という意味です。思われない、とは違います」
「探偵を馬鹿にするな」
「馬鹿に思っただけです」
「失礼だ」
「探偵さんなんだから、それくらい帰納法で結論を導き出してください。では、私はこれで」
青山は外にタバコを吸いに行った。
「おい。ちょっと待ってくれ。まだ、情報が足りない。それだけの情報でどうやって謎解きすればいいんだ。カムバック!」
現場には捜査員数人と五十嵐が残された。彼は顔をひきつらせ「ミステリー小説じゃないんだから。はは」と低い声音で笑った。その様子を捜査員の水谷が怪訝そうに見つめる。五十嵐が視線を向けると、彼女はそっぽを向いた。
「君はこの事件の犯人はだれだと思う?」
「そんなこと私に質問してどうするんですか?」
水谷はカメラをいじりながら、言った。
「いいや。なにか,ヒントをもらえるかなと思ってね」
「うーん」
考えをめぐらせるように、天井を見上げた。
「やっぱり、ダイイングメッセージが謎を解く鍵になるとは思います。オノマトペがなにを意味しているのかは気になりますね。たとえば、擬声語をよく使う人が犯人とか」
「あははは、極端だね」
「でも、可能性はあります」
「まあまあ、そうかしこまらなくていいよ。僕のことはタメ口でいいから」
五十嵐が肩に手をやる。
刹那。
「その薄汚い手で触るな」
手を払いのけて彼をギロリと睨んだ。
「そ、そんな」
「けがれるところだったわ」
危機一髪からのがれた安堵により、ふう、と息を漏らした。
「……ごめん。ちょっとタバコ吸ってくる」
探偵は玄関を出た。
出た先に、104号室からドアノブを開ける音がした。中から出てきたのは棚華だった。
「あ、どうも」
軽く会釈をした。そしたら相手はゆっくりと会釈をした。そして指先をいじくりながら、ぼそりとつぶやいた。
「はらはら」
「え?」
探偵はいぶかしむ。
「ドキドキゆらゆらギイギイさらさらバラバラぬるぬるがっかりさっとあっさりじっとピカピカぴったり」
青山が一服から戻ってきた。
「ああ大丈夫ですよ。その方は発達障害でいつも擬声語と擬態語ばかりしゃべってしまうだけですから」
「……そうなのか。びっくりした」
「棚華さんはオノマトペを全部暗記してるんだよね」
「くるくるすっと、あ、はい、そうです」
彼はそう言うとドアノブを開けて、自分の家に帰っていった。
「オノマトペ……やはりあれは彼のことを示しているのでしょうかね。事件現場で指紋採取したら棚華の指紋と一致しましたし」
「こんな大事な情報を教えないで『探偵さんならわかって当然』みたいなことを言って、勝手にいなくなったりするなよ」
「知っているのかと思っていましたから」
「知らなかったよ。じゃああれか。被害者のダイイングメッセージってのは棚華さんのことを言っていたのか?」
「言っていたというか、書いていたんですけどね。たぶん、棚華の画数が多いからとっさに断念してオノマトペにしたのだろうと思います」
「田中の画数が多い?」
「棚華は書くのが大変です」
「……ふぅん」
探偵はわかったふりをした。
「でも思っただけです。考えてはいない。ここから先の推理は探偵さん。あなたの仕事ですよ」
一秒程にっこりと笑った。
「『できる限り頑張る』」
「頑張らないで、結果だけを、だしてくださいね。探偵さん」
*
「ここに集まってもらったのは他でもない。今回の犯行についてです。私の直感が正しければ、犯人は、あなただ! 棚華さん!」
直感で犯人を決めた。
キメ顔で指差したが、
「はらはらドキドキうるうるガアガアさらっとパリパリぐるりつるっとポカポカぱっとスッキリうんざりガヤガヤどっとプカプカ、違います、違います、違います、違います、違います、違います」
キマらなかった。
「……私の推理が外れた」
「推測のしてない、非論理、笑えませんね。それでも、あなたは探偵なんですか? 僕のことは、えっと、そうですね、潜伏探偵棚華と呼んでください。事件が起きそうな場所に潜伏して情報を仕入れるのが僕のやり方」
彼はキメ顔でそう言った。
「潜伏探偵?」
「混沌探偵でもいい。えっと、やっぱり、誘う混沌棚華で」
「お、おいなにを言って?」
彼の豹変ぶりに一同はざわついた。一般人になりきって潜伏し、事件が起こったあと、誰よりも早く現場の情報を入手することができる。そんな、変わった、探偵だった。
「ふふ。ずいぶんと楽しませてもらいましたよ。オノマトペで、ね」
「誘う混沌棚華……もしかしてオノマトペばかりしゃべるのは演技だったのか?」
「そうです。まあ、あれをやりだしたのは事件が終わったあと、つまり、ダイイングメッセージを『付け足した』あとのことですがね」
「ま、まさか」
「ただの遊びだったんです。本当にごめんなさいね。オノさんをかばったわけじゃあないんですよ?」
棚華はズバッと小野を指差した。
こうして犯人は決まった。
キメ顔で決まった。
キマらなかった彼は
「し、師匠と呼ばせてください。もうタメ口なんてききませんから!」
「断る」
最後までキマらない。
青山刑事は五十嵐にがっかりした。
「てんでばらばらな僕達を最後はきっちりまとめてほしかったです。バラバラ事件なだけに」




