まだ咲かない桜
眩しい朝。
まだ微かにひんやりとした空気が残る4月。
今年は遅咲きらしい。
桜の木は、未だ固いつぼみをめいっぱいにつけていた。
しかし、雲一つない青空。
また新たな1年度を始めるにあたって、文句のない陽気だ。
きらびやかな街、東京からは電車で3時間半。
そんな賑やかな世界とは切り離されたこんな田舎でも、平等に空は続いている。
「えーっと、遠藤…遠藤……あった。1組か」
昇降口に張り出されたクラス分けの表を確認する。
俺は去年と変わらず1組らしい。
「司〜こっちこっちー」
不意に名前を呼ばれ、その声の方を見る。
“2-1”と書かれた下駄箱から、ひょい、と顔を出した影があった。
「おー、なに。今年も一緒か、榊原」
榊原裕士。4月9日生まれねずみ年。パソコン部の部長兼副部長。クラスメイトから誕生日を祝われた試しが無いことをコンプレックスとしている男子高校生。
簡単に説明すると、去年も同じクラスだった親友だ。
「あれー?もっと喜んでもいいんじゃない?司君よ」
「よろこんでるよころんでる」
“6番”と札の着いた靴箱に下履きをしまいながら答えた。
「まったくもー、適当だなぁ」
榊原はヘラっ笑うと俺の肩を引っ張ってきた。
「なんだよ、手を離せさもなくば…」
「なあ知ってるか?」
「ん?」
俺は鞄の中から上履きをだそうとした手を止めずに聞き返す。
「今日、転校生来るらしいよ」
「え?高校で転校生?」
珍しいな、と思った。
中学校を転校なんて話はよくあると思う。
現に俺も中1の時に諸事情で隣の中学に転校した。
が、高校は珍しい。
「で、さらにビックニュースだよ!実はな、実はな!」
「なに、美女だったの」
「ぴんぽーーーーん!さーすが司。わかってるねー」
そんなところだと思った。お前のことだ。先は読めている。
俺は呆れた顔であいつを見た。
「玉砕されるが良い」
「いや、まだコクるなんていってないけどね?」
去年入学して1ヶ月で6人の女子に振られるというギネス記録をつくったのは(?)どこのどいつだ。
「お前のことだ、明日には告って振られている」
「振られない」
「………」
「ことを願う」
えへへ、と笑う俺の親友。
ギネス記録を作ったとはいっても、この明るい性格から男女から湧き隔てなく(友達として)好かれている。
とても気のいいヤツだ。
「サカッキーおはよ。良かったね転校生だって」
「おっ、おはよー。だめだよ手ぇ出しちゃ、美菜子君。今年度も同じクラスよろしくー」
「誰が手ぇだすか!女同士だ!仕方ないよろしく」
西美菜子去年榊原に二回目に告られた女の子だ。
どうやら、今年も同じクラスになったらしい。
去年は前期後期共に学級委員をやっていたしっかり者だ。
「あ、そうだ遠藤君。さっき阿久津先生が探してたよ。多分今日の集会での、マイクの準備関係だと思う」
思い出したかのように、西さんが早口で言った。
そして、返事を待たずに二階の教室へ続く階段を登っていってしまった。
「えー、放送部だったのって去年じゃん…始業式でもこき使われるのか…」
その後ろ姿にポツリとこぼす。
「ドンマイだ遠藤君」
「黙れサカッキー…」
新しいクラス、2年1組の教室も転校生の話題が出ていた。
俺はマイクの準備で少し遅れて教室に入った為、少し出遅れたがーーーいや、例えはじめから居たとしても混ざっていたのかは謎だーーー去年の知り合いを伝に既に出来上がったグループに集まり、男女とも転校生の話でもちきりだった。
「なんかねー、東京の有名校からの転校なんだってー」
「え、まじ!?都会民かよ!めっちゃオシャレさんだったりして」
「創進学園の頭いいクラスだったらしーよ?」
「えっ!?まって、その子、一高行ったほうが良かったんじゃない?絶対この高校じゃもの足んないでしょ」
よく口が回るものだ、と思いながら窓際の1番後ろの席に座る。
日当たりのいい席だ。居眠り必須だな、なんて考えながらカバンの中身を机に移した。
外に目をやると、教室が二階になった分、去年より高い位置から見下ろす形になった校庭が目に入る。
これで桜が咲いていれば完璧なのにな、と思いつつ、春独特の暖かい日差しに身を預けた。
「はーい、席つけー。ほら、時間押してるからなー」
勢いよく扉が開けられたかと思ったら、去年1年1組の担任だった三杉先生が入ってきた。
まだ三十代と若く、生徒(主に女子生徒)から支持を得ている。
「え、担任三杉先生?」
1人の生徒が言った。
「ん?いや、まだだよ。発表は始業式の後。とりあえず、去年1組だったから、ここ来ただけ。ほら、点呼とるぞ。相澤ー」
1人ずつ点呼をとってゆく。
みんな、仕方なく「あい」だの「はい」だの返事を返す。
去年と変わらない、いつもの日常だ。
「はい、全員そろってるな。よし、では始めよう。もうみんな聞いてるかもしれないけど、今日からこの学校に転校してきた生徒がいる」
教室の生徒がまってました!といわんばかりに身を乗り出した。
「木瀬入ってきていいぞー」
先生が元気よく名前を呼ぶと、廊下から「はい」と返事が帰ってきた。
クラスの全員が息を呑む。
俺も教室の前のドアに注目した。
ガラッ
勢いよく扉が開く。
「………!」
「………うわ…」
何人かの生徒が声を漏らした。
仕方が無い。
長い黒髪は真っ直ぐに長く艶やか。
肌は透き通るように白く、はっきりとした目はやや切れ長な二重。
モデルのように長身で、手足が長い。
そして、“創進学園”の制服なのか。茶色のブレザーは俺達田舎民には目が痛いほど可愛かった。
「今日からクラスメイトだ。木瀬さん、自己紹介を」
「はい」
凛とした声は音量は小さくても、教室中に通った。
「木瀬渚です。これからよろしくお願いします」
スッと頭を下げるその動作すら美しい。
「うん、よろしくお願いします。木瀬さん、席は窓側から二列目の1番後ろね。隣の遠藤君と、染野さんにいろいろ教えて貰ってね」
先生が俺の隣の席を指さす。
ああなるほど。誰も座らないと思ったら、転校生の子の席だったわけか。
ふと席から顔をあげると、こちらに歩いてきていた木瀬さんとバッチリ目が合った。
「………あ、よろしく」
なんとなく気まずくなって挨拶を交わす。
「……………よろしく」
彼女も同じなのか。素っ気ない返事が1つ帰ってきただけだった。
そのまま彼女は席につき、鞄を机の脇にかける。
「うん、これでみんな揃ったな。よし、それじゃあ体育館シューズを持って体育館に移動だ」
先生の一言でみんな一斉に動き出す。
ガタガタと椅子の音が鳴った。
おれも机の脇にかけた体育館シューズを手に取り席を立っ……立とうとした。
「……………!!」
俺は見逃さなかった。
彼女ーーー木瀬渚の左腕を。
机にかけたカバンから体育館シューズを取り出す際に垣間見えた「赤」
東京というこの国の最先端からやってきた木瀬渚の左手首には、“赤いリボン”が巻かれていのた。