日常という今日
『最近、突如ネット上に出現した謎のサイト、赤の正義。午後五時二十分頃からは赤の正義の特集です。そして、四十分頃からは、今注目の若手スケート選手、秋山匠さんに密着します』
テレビから流れる、日常。それは確かに私たちが生きる世界で起こった出来事。しかしどうしてだろう。
私たちはリアルタイムで起きた出来事を、身近なものには感じない。
誰かが賞を取った。誰かが不倫した。誰かが亡くなった。誰かが誤っている。誰かが発明した。誰かが、誰かが。
私とは関係ない、誰か。
テレビで話題になっているものは、直接的には自分に関係ない。
≪所詮は自分とは関わらないモノ≫
俺も、無意識のうちにそう思っていた。
「司、夕飯の支度手伝ってちょうだい?」
台所からの母の声。俺は単語帳を閉じ、台所へと向かう。
今日はやたらといい匂いがしていた。深みのある甘い匂い。
「お、金平じゃん」
「ふっふー!あんた好きでしょ。また作っちゃった」
「フッ、確かに最近食べた記憶がある」
「お父さん帰り遅いみたいだから、先に食べちゃいましょ」
そういうと、母親は僕のさらに金平をよそってくれた。
特に会話はない。
心地よい時間が流れる。
「そういえばさ、今このテレビでやってる〈赤の正義〉?何なのこれ??」
箸を休ませずに母親が聞く。
俺は少しうーん、と悩みつつ答えた。
「いやさ、俺もよくはわかんないんだけどさ・・・なんていうのかな?何かの組織?」
「組織?」
母親はいまいちわからないようでさらに尋ねてくる。
「まだ俺の周りで流行ってはないからさ、よくはわかんないけど。お悩み相談所?みたいな感じ?それでその〈赤の正義〉のサイトにユーザ登録するには、ひとつ、決まりがあるらしい」
「きまり?」
「んー。左腕だった・・・かな?なんか、赤のリボンを巻くらしいんだ。それが、〈赤の正義〉の証らしい」
一通り知ってることを言ったと、母親の様子をうかがう。案の定、頭にはてなマークを浮かべていた。
ネットとかに疎い母親のことだ。まずはユーザ登録の時点からなんのこっちゃだろう。
「んー・・・運営してる会社とか謎なんでしょ?・・・ってかさ、赤いリボンなんて巻いて、なんになるの?」
母親が首をひねる。
ホントに、何になるのだ。
こういった謎のサイトが流行るのも最近の風潮なのかもしれない。
「しらね。すぐにでも忘れられるよ。騒がれてんのなんて今の一瞬だって」
昨今のブームは短命だ。
きっとこれも、その一種に違いない。
幸い、俺の住む場所はそんな変な流行りは到達していない。
田舎だっていいこともある。
「司、もう明日の準備はできてるの?」
「ん?あぁ、特に変わったものはないよ。単に一年から二年になるだけだし」
「今日は早く寝なさいね」
「ん」
遠藤司田舎の高校に通う高校二年生。テレビで放送されるような賑やかな世界とは切り離された、平凡な世界に生きる。
でも、世界を切り離すことなんてできるわけがない。人間が勝手に切り離されている、と感じているだけで、実際はすべてが結びついているのである。