十九夜
「本当に申し訳ありません、兜太様。なんでもしますから許して下さい! 」
「えっ?なんでも? 」
「あっ、エッチなのはその・・・・まだ早いと言うか、その、なんというか 」
「冗談だよ。気にしなくて良いよリリ、もう謝って貰ったし 」
何故、リリが俺に謝っているか。
それは三十分前の事になる。
早朝、俺と椿の事を起こす為にリリが部屋に来た時に、それは起こった。
最近、睡眠時間が極端に短くなっていた俺は、リリがノックした事に気付かず寝入っていた。
返事が無い為、学校に遅れては不味いと、リリが部屋に入ってくる。
するとどうだろう、上半身裸の俺とほぼ裸の椿が密着して寝ているではないか!それを見たリリは激怒した事だろう。
その結果が・・・・
「兜太様の浮気者!妹と不埒な事に及ぶなんて、馬鹿ー!! 」
俺は痛みと共に目が覚めた、リリの渾身の平手打ちで。
我が妹は極端に寝起きと寝相が悪い。
おそらく、寝ているうちに自分の寝間着を脱ぎ、俺の寝間着を毟り取ったのだろう。
椿曰く、人肌があると良く寝れるそうだ、迷惑な奴め。
いやー、悲しい誤解だった。
そして、ここでもう一つ厄介な事が起きた。
「お兄ちゃん、浮気者ってどういう事なのか説明してくれる?彼女じゃ無いって言ったよね、リリトさん 」
そう、妹にリリと付き合っている事がバレた。
遅かれ早かれ、気づいたとは思うけどね、普通、女友達の家に連泊しないもの。
もう隠し通すのは無理だと判断して、洗いざらい白状した。
リリと結婚を前提に付き合ってる事。
結婚を認めて貰う為に、試しの試練に行く事。
試しと試練って重複してるけど気にすんな、そういう名前なんだから。
そういう訳で、微妙な空気の中で朝食を食べて、リリと椿と学校に登校する事になっている。
ゲートを三人で潜り、椿は自宅に学用品を取りに行く為、別行動となった。
「無粋な事をお聞きしますが、椿ちゃんって兜太様の事をその 」
「そうだね、男として好きなんだと思うよ 。実の兄弟だけどね 」
俺は別に鈍感じゃないと思う、椿の気持ちにも、とっくに気づいている。
ただ、俺と椿は少し特別な環境で育った、親父の仕事が忙しく、家を空ける事が多かった事、一年間で十日も家にいない事、俺は椿の兄でもあり、父親代わりでもあったんだと思う。
親愛を恋愛と勘違いする事も中学生ぐらいならあると思うんだ、椿がその事に気づくまでは、俺が注意してれば良いしね。
「ショックでしょうね。椿ちゃんからしたら、お兄ちゃんと恋愛対象を同時に取られた気分かもしれません 」
「良いんだよ。椿も高校生になるし、兄貴離れしないとね椿も。良いきっかけかも知れないね 」
「でも、私は椿ちゃんとこれからも仲良くしたいんですよ。このままだと、椿ちゃんに嫌われちゃいそうで心配です 」
リリの心配もなんとなくわかる、これが原因で仲が拗れる事を心配してるんだろうな。
椿の性格からして大丈夫な気もするけどね。
「兜太様。私、今日は一人で先に帰ります。椿ちゃんと二人で話がしたいので 」
「うん、わかった。俺は少し時間を潰してから帰るから、椿の事を頼むね! 」
帰り道にあるドーナツ屋で時間を潰すか、今頃リリと椿が話し合っている頃だろう。
注文した品物を受け取り、席を探していると椿がいた。
リリトさん空振りか、家の鍵は渡してあるから、外で待ち惚けにはならないと思うが。
一人で携帯電話を弄りながら座ってる、椿に声を掛ける。
「相席良いですか? 」
「あっ、どうぞって。お兄ちゃんか 」
「おう、悪いか? 」
「別に良いけど・・・・ 」
少しの間、お互い別の事をしながら過ごす。
「ねぇ、お兄ちゃん。話があるんだけど 」
俺は試験勉強用の道具を鞄に押し込み、家の近くの公園に場所を移す事を提案した。
「んで?話って?好きな人でも出来たのか? 」
「わかってるでしょ?リリトさんの事 」
わかってるよ、それぐらい。
空気が重いから、和ませようとしただけじゃん。
「お兄ちゃんは本当にリリトさんと結婚するの? 」
「そうだなぁ。正直、わかんないんだよ。リリはいい子だ。俺の事を好きだと言ってくれてるし、俺も好きなんだと思うよ。でも結婚って言われると実感が無いなぁ 」
「お兄ちゃんも好きなんだ・・・・ 」
悲しそうな顔をしてるがこれで良い、そのうちに俺への気持ちなんて気の迷いだと思える様になるはずだ。
しばらく考え込む様に下を向いていたが、何か納得した様に頷き、俺の方を向く椿。
「良いよ、わかった。椿はお兄ちゃんを応援するよ! 」
「そうか!お前が応援してくれれば、なんとかなる気がするよ。ありがとな 」
「椿、考えたんだよ。それでわかったんだ。許す心も大事だって! 」
これは全然わかってないやつだな。
椿は小さな声で、浮気を許すのも妹の役目とか言ってるし。
妹の役目でもなんでも無いからなそれ、しっかり聞こえてるからな。
「それに椿、ライバルがいると燃えるタイプなんだよね! 」
ほらね、わかってないよ。
今までのシリアスな雰囲気を返して欲しい。
でも、我が妹に浮かない顔は似合わないからな、まだまだ椿が大人になるのは先らしい。
さて、いい加減帰らないとリリが怒りだすな。
「椿、家でリリが待ってるから急いで帰るぞ! 」
俺の横をトテトテ着いてくる妹を確認して、家路に着いた。
家に着くとソファーで寝入っているリリを見つけた。
もう外は暗くなってきているし、待ちくたびれたのだろう。
俺の部屋から毛布を取ってきて、掛けておく、五月に入っているが肌寒いからな。
ほんの十分ほどリリが目を覚ました。
「んー、兜太様の匂いがします。むにゃむにゃ 」
「おはようリリ。ごめんね、遅くなって 」
「はっ?!お、おはようございます。すいません、寝てしまったみたいです 」
指で涎が垂れてる事を教えると慌ててハンカチで拭うリリ、意外な一面を見た気がするな、王女様も涎を垂らすらしい。
この後の事をリリと椿と話し合い、このままリリは泊まって行く事になった。
「鬼城兜太、リリト王女様に不埒を働けばお前の首が飛ぶ。自分は見ているからな 」
「わかってますよ、マールさん 」
リリがマールを呼び出し、泊まる事を伝えるとすれ違い様にそんな事を言われた。
心配しなくても俺にそんな度胸はありませんよ。
「材料も無いし、出前にしようと思うんだけど。リリ、椿、何がいい? 」
「椿はリリトさんが食べたい物でいいよ。昨日、沢山ご馳走になったし 」
「だってよ?リリ、決めてくれ 」
「私はラーメンが食べてみたいです!あのツルツルしたのを一度食べてみたくて!!宜しいでしょうか? 」
ラーメンで良いの?魔界には無いのだろうかラーメン。
注文してから僅か十五分、近所のラーメン屋から出前が届く。
ここのラーメン屋、なかなか評判が良いんだよね、結構ボリュームがあって学生が沢山来ているしね。
三人揃って、頂きますの合唱をしてから実食。
リリの感想はと言うと
「凄いです。この豚ガラの脂っこい出汁と黄色の麺。明らかに身体に悪そうなのに、ついつい箸が伸びてしまう。なんて恐ろしい食べ物なんでしょう 」
うん、リリも気に入ってるんだよな?
王女様がラーメンは、イメージ的なものが崩れる気がするが・・・・リリが良いなら気にしなくて良いな。
腹も膨れた所で、風呂へ入る事に。
お風呂でリリとばったり、みたいなハプニングはないよ?最初に入るのが俺だからね。
「一番風呂は兜太様が入って下さい! 」
何故か血走った眼で、そんな事を言うリリの迫力に負けて先に風呂を頂いた。
なんか俺の事、警戒してる?
マールに念を押されてるし、なにもしませんよ、興味はあるけどね!!
「ふふんふふふふん、ふふんふふふふん 」
城の大きな風呂も凄いけどね、自宅の小さい風呂が庶民な俺には落ち着きますよ。
鼻歌なんかを気分良く口ずさんでいると、脱衣所から人の気配がする。
曇りガラスから覗く人影、布が擦れる音。
マジかよ、お背中流します的なやつだよね?
いや、嬉しいけども、いざとなったらチキンな俺だ。
胸の鼓動が大変な事になっている。
ガチャっと浴室のドアが開いた為、急いで背を向ける。
俺、大人の階段を一段上るかもしれません。
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