8話:渦巻く陰謀3
誠に勝手ながら8話削除して投稿し直させていただきました。
変更前を見て下さっている方、変更後だけを見て下さっている方も感想いただけると嬉しいです。
※流血表現、残酷表現あります。苦手な方はご注意を。
セインツ・ブンドック――聞き覚えのある名に、レイボルトは少しばかり目を見開いた。
彼は『死神』という異名を持つ暗殺者であり、命を狙われて生きる者は居ないという。そんな彼が堂々と姿を現し、口角を吊り上げている。それはあまりにも残忍冷酷で、脅威的な笑みだった。
数でおしているからか? 単に俺の力量を甘く見ているだけか……?
戸惑うレイボルトに取り囲む刺客が殺到する。
「馬鹿にするな」
双剣を握りしめ、小さく舌打ちしたレイボルトは、片方を投擲して猛然と駆け出す。投擲した剣が襲いかかる男のひとりの眉間に命中。
もう片方で先頭の男の心臓を貫く。既にレイボルトとの距離はゼロだった。
顔に降りかかる血潮。
二本の剣を引き抜いた反動で、赤い花が荒々しい平地に咲く。
さらに回り込むように両隣へ迫るふたりを蹂躙。突き立てた双剣を引き抜きながら、力いっぱい肉塊になったその二つを後続への牽制として蹴り飛ばす。
その鮮烈な光景を目にした者、肉塊に弾き飛ばされた刺客たちは怯んだ。
「どうした? 来ないのか?」
レイボルトの静かな挑発を受け、三人の刺客が自棄になって飛びかかってくる。
横薙ぎ一閃。
彼が回転し終わった頃に、三人は切り裂かれた部分から鮮血を噴き出しながら倒れた。
あっという間に七人を殺して、レイボルトはセインツの方を向いた。レイボルトの背後では炎が燃え盛っている。彼の紫色の瞳が怪しく光った。
「――次」
返り血に染まったレイボルトが低く小さく呟いた声は、セインツ以外の者たちを恐怖へと陥れる。
「クク、面白い。これは久しぶりに金額に見合った相手だ」
「お前は相手じゃなく金しか見てないのかよ」
「一体どんな味がするのかねぇ」
大きな鎌の柄を頬擦りして、セインツは舌で口元を舐め回す。
「ったくむかつく野郎だ」
吐き捨てて、レイボルトは身体の前で双剣を構えた。
「最高だよ、全く……。あぁ、君をボクのコレクションにしたい! だから――」
おもむろにセインツは手をかかげる。
「――お前らモブは邪魔だ」
何もない空間から突如現れた凶刃が残った刺客たちを貫いた。
セインツが手をおろす。
たちまち彼らの命を屠った刃が消え、生の抜けた肉塊がその場に崩れ落ちた。
仲間を、仲間であるはずの者達を自分で殺した?
「……セインツ。お前にとっての仲間は道具なのか?」
訊ねる。
これまでの受け答えからしてまともな反応が返ってくるとは思えないが。
それでも訊ねたかった。あんなにも簡単に仲間を殺す奴の答えを。
理解は出来ない。だが、こういう考えを持っているというのは知ることが出来る。
「え、こんなの道具以下だよ?」
間抜けな顔をしてセインツはさらりとそう言った。
道具以下……。
「じゃあ何で引き連れてた?」
「引き連れてたわけじゃないよ? ボクは利用出来そうだから利用したってだけ。王族の者は殺せってのがこの街の共通理念だったらしいしね」
「…………もし、俺じゃなかったら?」
「ボクが見間違うはずがないでしょ?」
レイボルトの周囲を歩くセインツ。
くるりと回り、前傾姿勢になって、
「話はそれだけかい?」
「…………利用出来るなら尚更自分から殺すべきじゃなかっただろ」
「役立たずはいないものと同じだよ」
「…………」
「あ、そうだ王国の人って皆平和ぼけしてるよね? あぁいう人たちに限って何にも出来ないんだよね。もちろん君も含まれてるよ」
レイボルトの中で何かの糸が切れる音。
「セインツゥゥゥ!」
彼の双剣が光を帯びる。
まるで、闇を切り払うような目映い光。
攻撃系の魔法で速力を上げ、一瞬にしてセインツの背後を取る。レイボルトの剣とセインツの鎌が触れ合う。
強烈な衝撃波が空間を揺らした。
一旦互いに間合いを取り、レイボルトは光の玉を数十発、一気にセインツに打ち込んだ。セインツは鎌を回してそれらを全て弾こうとする。
しかし一発だけが彼の頬を掠めて、そこから血が垂れる。
セインツは嬉しそうに垂れた血を舐める。
「ボクに傷をつけるんだ。じゃあ次はこっちから行くよ」
と言って、空中に鎌を放り投げる。
これは罠だ。
上を見た瞬間、脇に入り込んで重い一発を食らわせる罠だと、レイボルトは読んだ。
目線を下に遣る。
いない。
まさか……!
急いで頭上に防御系の魔法を展開する。
直後、上からきた攻撃とぶつかり合った。だが力の差は歴然。
レイボルトの防御は裂かれ、そのまま鎌が振り下ろされてくる。寸でのところでレイボルトは避けた。
が、安心は出来ない。
鎌の柄から、黒い影が蛇のように蠢いてレイボルトへと向かってきた。避けきれず、全てが突き刺さった。
「――カハッ!」
口から鮮血が噴き出す。焼き付くような激痛が彼を襲った。
しかし攻撃の手は止まない。すぐさま次の攻撃がやってくる。レイボルトは辛うじて攻撃を受け止め、弾いた。
傷を癒している暇はない。
攻撃へと転じた。
セインツのいた地面から光の手が無数に飛び出て、彼を掴もうとする。
セインツは鎌で引き裂く。引き裂いて……避ける。引き裂いて、避ける。引き裂いて避ける。引き裂いて、引き裂いて引き裂いて引き裂いて――、
あまりにも多い数に対応することが出来ず、セインツの四肢は封じられた。
「や、った」
安堵の息を漏らす。
セインツはというと、四肢が封じられ身動きが取れなくなったせいか、抵抗もせず、ただただ笑っている。
「クク、強いなお前。ハァ……ハァ、依頼主にも言われたが聞いていた以上だ」
「依頼主とは誰のことだ!」
咄嗟に叫び返していた。
忘れていた。コイツの人殺しには全て依頼主がいることを。
コイツから吐き出せれば、俺を亡き者にしようとした真犯人が分かる。
たとえそれが本当にハウス・マーガレット様であったとしても。俺はコイツを殺して、ハウス様を殺す。
そしてシルヴィアを手に入れる。
「ふふ、教えたら命だけは助けてやる」
「…………生憎、秘密主義なもんでね。それだけはしないよ。だったらさっさとボクを殺してよ。ねぇ早くぅ!」
あまりにも純粋すぎる眼差しであった。好奇心に満ち溢れた、物事を真っ直ぐに見ようとする童子のものとよく似ている。
また、ロペスを見ていた時のシルヴィアのものとも似ていた。
コイツ殺そうと思うとどうしてもそのシルヴィアの像と重なってしまう。
殺したい方はそっちじゃないのに。
ロペスだったら迷いなく殺せれるのに。
あの時のことを思い出す度、炎で身を焼かれているような心持ちになる。気持ちを抑えるため、妄想の中でロペスを二、三度殺していた。
どうしてロペスなのか。
よりにもよってキャビネット王国の者なんかと!
いや、俺以外の男なんかと!
幼い頃からずっと傍にいた。
彼女の好きな物なら全部言える自信がある。嫌いな物だって。彼女が知らないような癖だって知っている。それに自分で言うのもなんだが、俺は外見だって悪くないはずだ。
なのにどうして――。
どうして彼女は俺の方を振り向いてくれない!
あぁこの世界が憎くて憎くて溜まらない!
突如声が聞こえた。
「ふーん、ボクのこと殺さなくていいんだ。今殺してれば自分が死なずにすんだのに」
「え?」
「ボクの本当の力をまだ見せてなかったね。ボクは正面戦闘が苦手だけど、この世界でなら絶対に負ける気がしない。今まではやられたフリをしてただけ」
「なんだと」
声主であるセインツは、証拠を見せてやると言わんばかりに自分を掴んでいた光の手を消し去った。
首を可愛らしく傾けて、満面の笑みを見せる。
「ほら、言った通りでしょ?」
セインツの幻術系の魔法、『皇帝領域』は使用者の願ったのも顕現させたり、消滅させることが出来る。ただ命に関しては消滅させることが出来ない。また何度もその力を使うのは命に関わる。
彼の鎌も、彼の仲間を殺した剣や槍も、この力によるものである。
そして彼の魔法にはもう一つ……
「じゃあ本気を出そうかな」
パンと両手を身体の前で合わせる。死んだセインツの仲間から青白い球体が出てきて、彼の周囲で動いている。反射的に危険を感じたレイボルトは、地を踏む力を強め、攻撃態勢に入った。
刺された箇所から血が零れる。これ以上の流血はまずかった。
一瞬で終らせてやる。
光の線が束となって一本の太い線となってセインツに襲い掛かる。
衝撃。
閃光が、世界を黄色く染める。
力の暴力といわんばかりに、盛大に土砂を撒き上げた。
――もしかしてやったのか?
土煙で眩んでいた視界が元に戻る。
直後、レイボルトは言葉を失った。
セインツの前に五人分の高さと大きさはある土色の巨人が、レイボルトの攻撃を全て受け止めていたのだ。巨人の顔面あたりにひびが入ると、連鎖するかのように全身に走り、バラバラに砕け散る。
破片が重い音を立てて、再び土砂を撒き上げた。
もうもうと立ちこめる砂塵の奥に浮かび上がるシルエット。
「あーあ、壊れちゃった。まあ、道具以下でも少しは役に立ったかな?」
今の攻撃に、力をほとんど使ってしまったレイボルトは地に崩れ落ちた。
俺はまだ死ねない!
必死に立ち上がろうとする。
だが、腕は悲鳴をあげて、完全に伏すのを阻止するのがやっとだ。
「まだ立ち上がるつもり? もう戦える状態じゃないでしょ。それとも」
駆ける。セインツがレイボルトとの間合いを一気に詰め、鎌で彼の身体を裂いた。
おぞましいほど多量の血が噴き出す。
暗くなっていく視界の中で、レイボルトはシルヴィアの姿を見た。
少女らしさと、大人らしさを織り交ぜた、華奢で、胸の膨らみも大きすぎない身体に、艶やかな黒髪。陽光を受けた雪が放射して青く見えるような氷青の瞳。白すぎない白桃色の肌は撫でさすりたいほど美しい。
白いドレスを着た彼女は、どんな美女をも寄せ付けないほど美しいとレイボルトは思った。
――ごめんなシルヴィア。約束、守れなかったよ……。