6話:渦巻く陰謀
今回はゲームの設定など色々ややこい話になっていますが、どうか最後まで読んでいただけると嬉しいです。
シルヴィア・マーガレットとロペス・キャビネット、二人の側に仕えてるティナに気付かれないよう三人の様子をそっと見つめている人物がいた。
新雪のように美しい銀髪に、見るものを不思議な気持ちにさせる黒紫色の瞳。
その人物の名前はレイボルト・ハーン。キャビネット王国騎士長である。
レイボルトはシルヴィアの旧友だ。昔から彼は彼女のことが好きだった。
彼女が王女という立場だと分かっていても、ずっと。
口には出さず、密かに……彼女のことを慕い続けていたのだ。
他の誰かには嫌われてもいい。けど、シルヴィアにだけは嫌われたくない。
彼の心の中を満たしていたのはそれだけだった。彼女のためだったら何だってやる、たとえそれが戦争や人殺しであっても……。
正直言ってレイボルトはシルヴィアとロペスの結婚を認めていなかった。
政略結婚の話があった時も最後まで反対派の立場をとり、時には声を荒げ、周りに諫められたりもしていたのだ。
そんな彼が三人いや、その内二人を見て憎しみを抱かないわけがなかった。
合わさった歯がギィと音を立てる。
ロペスを見るレイボルトの目は憎悪で満ち溢れていた。
◇◇◇
陽は出ているが黒みを帯びた分厚い雲が、青い空の大半を隠している。
シルヴィアとロペスは街に出払っていた。
時を同じくして、マーガレット王国の王室前に佇んでいる者が一人。
レイボルトはマーガレット王国の現王、ハウス・マーガレットに召還されたのだ。
何の用なんだ、と思いながら自分の身長より倍くらいある扉を上から下へと視線を動かす。
ハァと一息つき、扉を叩く。
内から入れという声がし、レイボルトは扉を開けて、中に入った。
「よく来てくれたレイボルト」
「ええ。それでハウス様は、何故私を召還しなさったのです?」
「単刀直入じゃな」
「そうですか?」
「ああ。少しはワシと世間話に花でも咲かせんか?」
めんどくさいな、とハウスに対して不平を口にしたかったのが、流石にそれを口にしてしまったら、いくらマーガレット王国騎士長であるレイボルトでもただでは済まされない。
レイボルトは無理矢理顔の口角を吊り上げ、ハウスの要求を飲んだ。
「分かりました」
レイボルトの承諾に感心したようで、ハウスは手を叩いた。
「いやはやレイボルトは実に忠誠心の高い家臣じゃ、まさに我が国の誇りと言ったところじゃな」
「勿体無きお言葉ありがとうございます」
「それで世間話というのはじゃな……うちのシルヴィアとキャビネット王国のロペスとの政略結婚に主は最後まで反対の姿勢を取っておったな。やはり嫌じゃったろ?」
突拍子もなく話が始まったかと思えば、いきなりシルヴィアとロペスの結婚の話を持ち出され、レイボルトは顔を曇らせた。
つい先程まで彼女と奴の様子を陰からこっそり見ていたのをこの人は知っていたのだろうか。知っていたとしたらどうしてこのような話を出すのだろうか。
腸が煮え返りそうになるが、レイボルトは拳を握り締め、徐々に気持ちを落ち着かせていく。
「…………はい」
やっとのことで口から漏れ出したレイボルトの言葉は、ハーンには自分に対する怒りだと分からず、シルヴィアがルペスの元に行ってしまうという悔しさだと思った。
何を隠そう、ロペスと政略結婚する前のシルヴィアの婚約者の最有力候補はレイボルトであったのだ。
シルヴィア──前世、相場有沙がプレイしていた、この世界が舞台のゲーム、『残酷物語』の設定だとこうなっている。
物語の始まりはシルヴィアが八歳の頃。現在の彼女は十八歳ということになっている。
つまり十年前。
幼い頃から彼女の美貌は人目を惹き、各国に伝わっていた。
誰しも彼女を手に入れようと躍起になり、幾つもの縁談が彼女の元には舞い込んでくる。
その内の一つがレイボルトであった。
しかもレイボルトは幼い頃からシルヴィアと仲良く遊んでいたこともあり、第一婚約候補者と扱いとなる。
この婚約はシルヴィアが二十歳となった時に自動的になされるはずだった。
しかしシルヴィアが十六歳の時に、キャビネット王国と関係が悪化。
というより、キャビネット王国騎士団とシルヴィア王国騎士団の関係が悪化としたほうが正しい。
見かねた両国の王はシルヴィアとロペスを結婚させ、両国の騎士団関係悪化に抑止力をかけようということを考える。
その過程でレイボルトとシルヴィアの結婚の話は破談となってしまったのだ。
この破談はレイボルトが招いたものだとも言える。
自業自得という言葉はまさにこの時の彼に相応しかった。
しかし、責任の一端はシルヴィアにもある。
ゲーム内ではロペスルートが出る前に、レイボルトを含めたサブキャラがアプローチしてくるシーンが幾つかあるのだが、他のサブキャラに比べてレイボルトがシルヴィアにアプローチしてくるシーン数は……、
実に三十!
他のサブキャラがアプローチしてくる回数の平均が五回。
六倍をも多くレイボルトはシルヴィアにアプローチをしているのだ。
第一婚約候補者となってもレイボルトには、シルヴィアを心身共々自分に振り向かせたいと欲望があった。身だけを無条件で自分のものに出来ることに納得出来なかったのだ。
そしてそれら全てに振り向いてもらえなかったレイボルトにはフラストレーションが溜まっていく。
どこに掃き出そうかとあれこれ思案しているうちに彼の頭に浮かんだのはキャビネット王国の騎士長、デュア・ベルモートであった。
当時、デュアはジークフリートを倒し、諸国では『竜狩り』の異名で呼ばれていた。
レイボルトにとってそれは最高の妬みの対象となり、デュアと顔を合わせる度に事実無根のことを言い立てて、そしったり、嘲笑したりもした。
それを知る者は皆、遺憾に思い、憐憫の情に駆られた。
「……すまぬ、野暮なことを訊いてしまった……。訊かなくても分かることじゃったな。……本当に悪かった」
頭を下げ、ハウスはレイボルトに謝った。
「頭をお上げ下さい、ハウス様。それよりも私をここに呼び出した理由をお話し下さい」
頭を上げたハウスの顔は申し訳なさそうなものから神妙なものへと変わった。
何か重大なことを告げる時には決まってハウス様はこの顔になる。
レイボルトは唾をゴクリと飲み込んだ。
今、ハウスの頭には、やはり彼を呼び出すべきじゃなかったという後悔が駆けずり回っていた。
──それはこれから告げることの危険性をも意味している。
「レイボルト……。薄々感じてるとは思うんじゃが、ワシがこれから主に告げることは非常に危険なことじゃ。だがな、それを解決しないことにはこのシルヴィア王国……いやそれだけではない……キャビネット王国、他の王国をも亡びる運命を辿るのかもしれん」
「…………」
レイボルトは無言で続くハウスの言葉を待つ。
「主はナビスって名前を聞いたことはあるか?」
「……はい……。反王政を掲げる組織ですね。しかし、それは我々がこの間壊滅させたはず──」
「生き残っていたのじゃよ」
衝撃的な一言。
青い空を覆う雲は益々層を厚くし、今にも雪か雨を降らせようという雰囲気だった。
生き残っていただと……。
目を丸くしてレイボルトは、ハウスを見つめた。
◇◇◇
話は遡り、二カ月前。
マーガレット王国騎士団ではとある作戦が敢行されようとしていた。
反王政組織【ナビス】の壊滅だ。
事前に入った報告には、キャビネット王国より北へ二十キロ行った先にラクスという巨大な森に変な建物があり、それが前々から密かに名前が上がっていた【ナビス】の根城らしいといったことが書かれていた。
ただし、どれぐらいの人数がいるのかも騎士団には分かっていなかった。
そのため騎士団は百名態勢でことにあたろうとしていた。
前衛は二十名。──攻撃隊が十名、防御隊が十名となっている。
中衛は五十名。
中衛の中心にはレイボルトがいた。レイボルトを軸として円上に攻撃隊が二十名、防御隊が三十名となっている。
後衛は三十名。──攻撃隊が二十名、防御隊が十名となっている。
──しかし、実際には徒労に終わっただけであった。
建物にいたのは僅か二十名。
極力相手を殺さないように努めたものの、十名を殺してしまった。
残り十名は捕らえることが出来たが、尋問すると皆口を揃えて、『直ぐにマーガレット王国騎士団が来るから一緒に戦ってくれって言われた』と言った。
『誰に!?』と問えば、殺した十名の中の人物を指した。
騎士団に負傷した者は数名。幸いにも死んだ者はいなかったが、【ナビス】に関する有益な情報が得られず、騎士団全員の顔が暗かった。
殺してしまった十名と生きている残り十名は王国に連れ帰り、ハウスに事の経緯をレイボルトが話した。
その後、生きている残り十名は監獄へと移された。
◇◇◇
あの時は首謀者とされた人物が死に、後に【ナビス】に関する話が出なかったことからレイボルトはすっかり組織が壊滅したものだと思っていた。
「報告が入ったのは二日前。ここから北へ五十キロ行った先の小さな街が本当の【ナビス】の根城じゃ」
「間違いないのですか?」
恐る恐るレイボルトが口を開く。
ハウスは少し顔を俯かせた。
「…………分からん。何分明確な情報が入ってこぬのじゃ。二カ月前のように規模も分からぬ。それに以前は騎士団が来ることが予想されていたのは覚えてるじゃろ?」
レイボルトの脳裏によぎったのは捕らえた者が放った言葉。
『直ぐにマーガレット王国騎士団が来るから一緒に戦ってくれって言われた』
「えぇ、予想されてました」
「ワシが思うに、今回は大規模で行くのは止した方が良いと思う。だから──」
続く言葉はレイボルトには分かっていた。
緊張のあまりレイボルトの喉がゴクと音を立てる。
「レイボルト・ハーン、主が一人でそこへ赴いてくれ」
王様が、
王様が俺を頼ってくれている。
この使命なんとしてでも果たさねば。
あわよくば……。
淡い期待がレイボルトの心に沸々と湧き上がってくる。
あわよくば、王様は彼女と奴との政略結婚を考え直してくれるのかもしれない。
レイボルトにはそれ以外の返答は思いつかなかった。
「快くお引き受け致します」
更新遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
センターなどの勉強しておりました。
読者の方々を待たせる結果となってしまい本当に申し訳ありません……。




