5話:魔法で得た一時の幸福
予定になかった魔法が出てきちゃいました。
まあ、ありですよね?(不安
ロペスに外に出歩こうと言われ着替えたはいいものの、国中に顔が知れ渡っている私達は着替えただけだとすぐに誰だか分かってしまうので、魔法を使い、顔の造形、目の色、髪の色、長さに至るまで全てを変えている。
私は少しキリッと引き締まった顔になり、他は黒曜石のように光に当てられると美しく光る黒目、晴れて澄みきった空色の髪で肩にかかるかかからないかぐらいの長さになった。
ロペスはというと、顔はあまり変わっていなく、他もあまり変わらなかった。唯一変わったのは髪色だけで、赤から茶髪になったという感じだ。正直変わらなすぎて何回かやったそうだが、変わらなくて諦めたらしい。
ひょっとしたらロペスは幻術系の魔法は苦手かもしれない。私は得意らしいけど。
魔法には幻術系の他にも攻撃系、防御系の計三種類がある。
細かく分類するとまだまだ色々あるらしい。しかし確証のない部分もあるので、サトウキビをかじればかじるほど甘味が出てくるといった蔗境に至るまで深く足を突っ込んでいないので、触れないでおく。
王族は魔法を扱う力──魔力が大きいらしい。つまりここでロペスが幻術系の魔法が苦手としても、恐らく他の魔力が秀でてるだろう。
ちなみに王国内及び街内での攻撃系の魔法は使用が禁じられている。もし使ってたら即処罰にかけられるそうだ。
それだけ魔法というものがいかに絶大な力を秘めているのかっていうのを間接的に示していることになる。
◇◇◇
陽はまだ昇ったばかりで地表は温まりきっていない。
冷たく乾いた風が頬を叩き、私は着込んだ衣服に顔を埋める。
魔法を使った私達は今、街を歩いていた。
ロペスが余り変わってないせいだろう、ちょくちょくこちらを見てくる視線を感じる。
主に女の視線が多い。
彼と肩を並べて歩いているが、手は触れそうで触れていなく、何とももどかしい気持ちにさせられる。
手を繋ぎたいなーと思っているが、なるべくなら彼に悟られたくない。
ガツガツいく子って思われるの嫌だもん……。
でも繋ぎたい。
葛藤する気持ちを心に留めて、ふいと彼を見上げる。
緊張しているのか、普段からこういう顔なのかは分からないが固くなっているような気がした。
笑ってほしいな。
彼の笑った顔は、仄かに無邪気さを含ませていて魅力的だと思う。
もしかしたら意図してないところで彼を不快に思わせるへまを私はやらかしているのかもしれない。
だったら何とお詫びしたらいいのやら……。
「シルヴィア!」
「は、はい!」
妙に張り上げた声で彼は私の名を叫んだ。気を呑まれてたどたどしい返事を返してしまう。
「オススメの店とかって……あるかな?」
彼がそう訊いてくるので気を取り直そうと、唇に人差し指を当てて記憶を巡らす。
オススメの店……店はーっと……。
ポンポンと唇を叩く。
確かゲーム内でのロペスの好きな食べ物と嫌いな食べ物は、うーーーーん、嫌いな食べ物は出てくるんだけど好きな食べ物が出てこない。ここは彼の好きな食べ物を当てて好感度とか上げた方がいい展開だよね?
働け私の脳細胞!
こういう展開はあったはずだ。何度もプレイしたから思い出せるはずでしょ!
……。
…………。
………………思い出せない。
それどころかロペスの好きなものじゃなくて、優也の好きなものが出てくるんだけど! どうなってんの私の思考回路は!?
これじゃあただの未練たれたれの女へとなってしまう。
前世の記憶を思い出したってだけで、ここまで元カレに侵食されてしまうとは……。
「おはようございます、それいただけますか?」
「はいよ、ちょっと待っててね」
「俺が出すよ」
特にこれといった理由はないが適当な露店で立ち止まり、私は注文した。
完全に理由がない訳ではないけれど……。
本当はあったのだ。けどそれを言うのはおこがましいことなので、心の隅にそっと置いてくことにする。これ以上出てきてしまうと、私が私でなくなってしまいそうだから。
注文してお金を払おうとすると、ロペスが私の前に出てきて制す。
彼はさっとお金を支払い、満足気な笑顔をこちらに向けてくる。
あまりの不意打ち攻撃に、私は思わずうっとしてしまう。
「これぐらい俺に払わせてよ」
「……ありがとう」
冷え切った周りの寒さを押しのけるように、身体が火照ってくる。
注文したものはというと、流石にまだ作っているようだった。
「顔が赤くなってるけど、熱でもあるの?」
彼が手を伸ばしてきて壊れやすいものを扱う時みたいに、私の頬に優しく触れる。
氷のように冷たくなった手が温かくなった身体を冷やしていき、溶け合い、中和していく。
不埒なことにも、私は先程のキスの感触を思い出していた。
視界がゆらゆらと揺れ、陶酔しているような気分になる。
彼の顔を見ようと見上げると、何故か彼は顔を赤らめてそっぽを向く。
「お待ちどうさま、できましたよ」
「ありがとうございます」
私の頬から手が離れ、彼は店の方へ向き直る。
お礼を言い、注文したものを受け取った。
「あそこで食べよう」
彼は一人ですたすたと歩いていき、白く塗られたイスへと座った。
「ほらここに座って」
もう一つの空いたイスに座るよう私に促す。
首を縦に振って、私はイスへと座った。
テーブルに置かれたものを見る。半ば無意識で注文してしまったもんだから、正直自分でも何を注文したのか分かっていない。
どんなものが来るかと冷や冷やしていたが、テーブルにはクレープが置かれていた。
意外にもまともなのを注文してたんだと、ホッと安心したのもつかの間、とんでもないことを思い出し全身の毛が逆立つような恐怖感を覚える。
ゲーム内のロペスが嫌いな食べ物というのは甘いもののことであるのだ。
と、同時に元カレの優也の好きな食べ物でもある。
パシッと自分の両頬を叩くとロペスは怪訝そうな視線を送ってきた。
「……大丈夫?」
「うん、ちょっとどうでもいいこと考えてたから自分に喝入れてみたの」
「そう、良かった。突然自分自身を叩くからビックリしたよ〜」
彼は一息つくとそっと胸を撫で下ろす。何ついてかは勘ぐりを入れず、彼は話題を変えた。
「それにしても寒いねーーこんなに寒いと風邪でも引きそうだ。まだ朝だからかな?」
「この時期は昼になっても寒いでしょ。私はあんまり好きじゃないな……」
寒いのはどことなく自分の気持ちをも冷やしていってしまうような気がする。こう感じてる自分だけではないはずだ。
前世暮らしてた世界では春、夏、秋、冬の季節というものがあり、総称して四季と呼ばれていた。
春は出会いの季節とも呼ばれ、ちょっとしたことで相手に恋い焦がれる気持ちが芽生える。
夏は情熱の季節とも呼ばれ、春に芽生えた気持ちを加速させる。
秋は変化の季節とも呼ばれ、この季節に気温が急に変化したするように、気持ちが急変することもあり別れを告げられたりもする。
冬は停滞の季節とも呼ばれ、秋の気持ちをそのまま引きずる。冷めたなら冷めたで、冷めてないなら冷めてない。
温かいと気持ちは芽生えやすい、寒いと倦怠期というものがきやすく芽生えた気持ちが冷めやすいのだろう。
彼と別れを告げたのもこれぐらい寒い日だった。指先はかじかんで手を擦っては息を手に吹きかけて、ってのを何度も繰り返してたっけ。
彼が来ると私は率直に『あなたと別れたいの』と告げた。明確な理由も告げず。というよりか、端から理由などなかったのだ。強いて理由をつけるとすれば、『今の関係でいるのがめんどさくなった』とか『身を置きたい』という感じになる。
別れを聞いて大きく目を見開き、私を見つめる彼。
罪悪感などまるでなかった。
無感動な気持ちで彼を見ていた。
彼は目を閉じて少し顔を俯かせ、『そう』とだけ言った。
理由を追及することもせず、彼はありのままの現実を受け止めた。
その潔い彼の姿に感動してしまう人もいるかもしれない。
私は無感動を貫いた。気にも留めずに彼のいる方とは逆に向かって歩を進めてく。
なぜか笑いがこみ上げた。彼に対する笑いではない。
あまりにも自己中心的な自分に対する笑い──嘲笑だ。
笑いがこみ上げると同時に目がジンワリと熱くなって、私の頬には何かが伝っていた。
過去の記憶を思い出すと、頭が痛くなる。
だから寒いのは好きじゃない……。辛い記憶が呼び起こされるだけだ。やっぱり私は未練たれたれの女なんだろう。
いつの間にか下を向いていた視線を彼の方へと向ける。
街の喧騒がやけにうるさく耳に入ってきた。
彼は手を重ねてどう返そうか考えてるようだ。
「……うーん、俺は寒い時の方が好きかな。だって、寒いと人肌が恋しくなったりするでしょ? この人にずっと触れていたい、という気持ちが温かい時よりも増すと思うな」
手が離され、語りかけるように彼は話す。
「変わらないよ」
私は冷たい声で彼を否定する。
すると彼は首を横に振って私の否定を是とはしなかった。
「ううん、変わるよ。シルヴィアはそう思うかもしれないけど、少なくとも俺は違うと思う。シルヴィア……手をここに出してくれるかな? 片手でも両手でもいいから」
「うん」
頷いて私は片腕をテーブルへと垂らした。手の甲が冷えたテーブルに触れ、冷たさが走る。
しかしそう感じたのは一瞬で、冷気を遠ざける温かさが私の手を包み込んだ。
無論温かさの正体は彼の両手である。
さっき私の頬を触れた時は冷たかったのに今は温かい。不思議だ。
私は小さく声を漏らした。
「温かい……」
「それだけ?」
「ううん、違う。寒い時の方が温かさをより近いものに感じられる。皮膚が吸い付くような密着感とかも……ずっと触れていたいってなる……」
そう言うと、彼は嬉しそうに顔を緩めて『そうだな』と返した。
彼は手を離し、私からテーブルの上に置きっぱなしになっていたクレープへと視線を落とす。
「そろそろ食べようか」
「うん」
何か大事なことを忘れてる気がするのは私の気のせいなのだろうか?
わだかまる気持ちを抱えながら私もクレープへと焦点を合わせた。
「あっ……」
「どうしたシルヴィア」
「いや二人なのに一つしかないから」
口に出してああそうだったと気付いた。しかし、これではない。もっととても大事なことを私は忘れている……。
「一つだけでは不満だった?」
「そういうことでは……」
「じゃあ二人で分けよう。それでいい?」
「……問題ないです」
「先に俺の方から食べさせてもらうよ」
「はい」
彼はクレープを食べようと口を開ける。
クレープ……甘い……甘い食べ物……あっ……。
気付いた時にはもう遅かった。
彼はもうクレープを口にしてしまったのだ。
甘いものが嫌いであるのにも拘わらず。
終わった。
ゲームのイベントで彼に甘いものを食べさせると好感度が下がる。下げ幅はそれほど大きくないもののそれによって幸福結末が不幸結末へと変わる一つの要因にもなりうるかもしれないと私は考えていた。
しかもロペスルートの不幸結末はたちが悪いのだ。
どちらかもしくは双方が確実に死ぬ。
たとえ私が生き残ったとしても彼が死ぬのは嫌だ。
私も死ぬのは嫌だ。
もう命は粗末に扱いたくないのだ。
ならどうすればいいのか?
幸福結末を辿るしかない。──それしか双方が生き残る道はないのだ。
といったものの前世で不幸結末しか見れなかった私に、こうやってイベントに対処していけば見れる! って感じのことは出来ないんだけどね。
何よりもそう安々と思い通りに物事が進んでしまっては面白くないと思う。
攻略法を知り得てプレイする恋愛ゲームと同じだ。
じゃあ、ゲーム内のキャラの好き嫌いを知っているのはそれに当てはまるんじゃないの? と言われてしまえば完全に否定は出来ない。
そう考えれば、今の出来事はズルをした罰だと思っておけばいいだろう。やたら過去の知識は使うもんじゃないですね、はい。
知らなかったら知らなかったで、彼の好き嫌いを知れる楽しみがあったのに……。
一人反省会を終えて、現実に目を向けようと意識を切り替える。
私は目を疑った。そこにはクレープを美味しそうに頬張る彼の姿があったのだ。
信じられない。
どうして? ロペスは甘いものが嫌いなんじゃないの?
疑問を投げかければ投げかけるほど段々と訳が分からなくなる。
目の前で起こっていることが理解できず、涙が出そうになった。
「ん? どうしたのシルヴィア?」
口に含んでいたのを飲み込み、心配そうに彼が訊いてくる。
「いやね、私にも何が何だか分からないの。私はロペスが甘いもの嫌いだと思ってたんだ。それなのに私、甘いもの頼んじゃって……貴方に悪いことしたなーとすごく反省してたの。だけどそんな嬉しそうにクレープを食べてる貴方を見てたら、何だか……」
きゅっと口を噤んだ。
溢れ出てくる涙を抑えようとするも出来なかった。
仕方ないので悲しい涙じゃないよと精一杯の笑顔をする。
「…………その顔止めろよ、見てられないだろ」
「え?」
「君の顔が可愛すぎて見てられないんだよ」
その後はもう何も言い返せなかった。
◇◇◇
薄暮が迫る。
雲一つない空を、西へと沈む太陽が薄い黄色に染めていた。
彼と過ごす時間はあっという間に過ぎていき、とても早く感じた。
帰り際、彼は私の耳元でこう囁いた。
「実は俺、甘いもの好きなんだ」
読んでいただきありがとうございました。
今年はこれが最後の投稿となります。完結できませんでしたけど(涙
それと今更なんですが、こんな物語書いておきながら作者は男です。
タグに「魔法」、「感想希望」を付け加えました。次回投稿はなるべく期間を空けないようにしたいですが、まずは受験頑張ります。