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3話:喪われた過去

 戦闘描写が三人称でなく一人称になっていたので修正させていただきました。

 悲しい。


 また修正の過程の際、誤って話を削除してしまいました。


 その為、次話投稿という形を取ってしまい申し訳ありません。

 熱い──。




 まだ胸が熱い。

 あれから数日が経っているというのに胸が張り裂けそうだ。

 窓を開け放ち、シルヴィア・マーガレットのいるマーガレット王国の方を見つめ、ロペス・キャビネットはたそがれていた。


 ロペスには記憶がない。記憶がないといってもこの世界での記憶ではない。


 この世界に生まれた頃から自分が転生者であるという自覚だけあり、自分の名前は何で、何をしていたか等……前世の自分にまつわる記憶は、神様から意図的に抜かれたかのように綺麗さっぱり抜け落ちていて、ロペスは全くもって思い出すことが出来なかった。


 しかし今のロペスにとっては、さほど重要度を締めることにはならなくなっている。


 理由としては十歳の頃、文献で、『人は前世の記憶を持つことがある。それは必ずしも完全な形ではないこともある。完全な形として残っていない限り、日が経つにつれ忘れていくものである』と書かれていたのを見つけ、『だからどこか記憶が抜けたような感じがするのか』と納得してしまったからであろう。


 ロペスの目に映っているのはこの数日間で積もりに積もった白の世界。日中は陽が当たれば解けはするものの、積もる量の方が多い。

 光が反射して宝石のように雪が爛々(らんらん)と輝くさまは絶景と称してもいいだろう。


 その絶景にロペスはシルヴィアを思い描きながら微笑を漏らした。


 嬉しそうでありながら悲しそうにも見える曖昧な笑い。


 一際身を凍えるほど冷たい風がロペスに向かって吹き付けた。まるでロペスの湧き上がる熱く燃え盛る感情に水をさすかのように。


 ロペスは軽く身震いをして、窓を閉めた。


 ふう、と一息ついて部屋全体を見渡す。シルヴィア同様にロペスの部屋も広い。


 何と言ってもまず天蓋付きのダブルベッドがまず目に飛び込んでくるであろう。天蓋はフリフリした感じのものではなく、落ち着いた感じのものだ。天蓋が紫色なのは、どことなく使用しているのが高貴な人だと思わせる雰囲気を醸し出している。


 大理石で出来ている床には、布地が宝石でも使われているのではないかと思わせる豪華な絨毯(じゅうたん)が床には敷かれていた。


 棚には手の込んだ装飾が施されている高貴そうな皿がずらりと並んでいる。ロペスは陳列された皿の中から一枚を手に取り、そっともう片方の手で撫でた。


 その皿はキャビネット王国の家宝の一つであり、次期王になる王子へと代々受け継がれているものである。


 時間をかけて作られたであろう巧緻を極めた細工は、誰もが一目見ただけで美しいと感嘆してしまうほど、芸術的に優れている。


 ロペスは昔からこの皿を見るのが好きだった。


 特に心が深く傷付いている時に見ると、癒され、傷を塞いでくれるような気がするのだ。






 あの人に──シルヴィアに早く会えますように。






 目を瞑り、願を懸けるとロペスは落とさないように注意しながら皿を元あった場所へと戻した。


 この皿のように彼女が手の触れられる所にいればいいのに。


 無言で皿を見つめる琥珀色の目は、水面(みなも)のように揺らいでいた。






 ……大丈夫だ。きっと、また会える。だから今は辛い気持ちを見せるな。辛い気持ちを彼女に会えた時の喜びへと変えろ。だから今は──。






「ロペス様」


 不意にドアを叩く乾いた音が響き、自分の名前を呼ぶ声がする。

 ロペスはハッとして、振り向いた。その途端、堪えていた涙が一滴、頬を零れ落ちる。


「……入れ」


 咄嗟に涙を裾で拭い、返事をした。


「失礼致します」


 ドアを開け、身に纏った装身具を鳴らしながら入ってきたのは、キャビネット王国騎士長──デュア・ベルモートだった。

 デュアの腰に携えられている剣は職人が三年の歳月をかけて丹精込めて作られたそうだ。

 素材には赤く強靱な鱗で身体を覆っているジークフリートという竜が使われている。


 諸国でデュアは『竜狩り(ドラゴンスレイヤー)』の異名で呼ばれることもある。


 加えて金色に輝く髪を持ち、切れ長で澄んだ水みたいに青い目は、階級問わず女という女を虜にしていた。だが、デュアには婚約者もなく、彼女もいなかった。

 そんなデュアをロペスは誰よりも尊敬していたし、旧友であることを誇りに思っていた。


「デュアか。……あのなぁデュア、俺とお前の仲じゃないか。今更様付けなんて水くさいぞ。昔は普通にロペスって呼んでただろ。何か気が狂うから様付けは止めてくれ」

「ですが」

「俺が許可してるからお前は素直に従っとけばいいの!」

「…………分かりました」


 どこか腑に落ちない様子だったが、デュアは承諾した。


「それで、何か用か?」

「他に何があるというんですか?」

「ははは、それもそうだな。で、何だ?」

「あの……マーガレット王国のシルヴィア・マーガレット王女との結婚についてなんですが──」

「どうした不満か?」

「ええ。うちのキャビネット王国はマーガレット王国と敵対関係にあるんですよ? お二方が結婚することで、塩を塗ることになり、関係が更に悪化してしまうのではないかと……」

「あのなぁデュア。それは騎士団だけの話だろ? お父様がキャビネット王国の現王であるハウス・マーガレットとは仲が良いと言っていたぞ。なのに両国の騎士団が犬猿の仲だから大っぴらに親交関係であることを世間に公表できない。だからキャビネット王国とマーガレット王国は敵対関係にあるというデマが出回るんだ」

「……申し訳ありません」

「謝るくらいならもう少し向こうの騎士団と仲良くしろ」

「…………」


 ロペスの言ったことは正論だった。デュアは反論しようと思ったが言葉に詰まる。

 堪えようのない気持ちをどこかに投げ出そうと彼は奥歯を噛み締めた。


「用件はそれだけか?」

「はい。……しかしだな、ロペス。こっちが仲良くしようと思っても、向こうの国のレイボルト・ハーンがなぁ」


 用件を話し終えて肩の荷が降りたのか、はたまた犬猿の仲であるレイボルトを思い出したのか、デュアの口調は柔らかいものへと変わった。

 ロペスはというと、彼が言ったレイボルト・ハーンについて考えていた。


 レイボルトは力があり、戦いの場ではとても頼りがいのある存在だということをロペスは知っている。

 問題は自分より実力が上にいる奴が気に食わないというのか、からかったり、嫌がらせをしてくるのだ。


 正義感が強いデュアからして見れば許し難いことで、彼の中にはレイボルトに対するどす黒い感情が渦巻いているであろうとロペスは思った。


 デュアに対しては肯定の意を示したい。しかしそれでは今までと変わらない。


 複雑な心境の中、ロペスは口を開いた。


「…………レイボルトか……確かにアイツは仲良くしようとかいう玉じゃないよな。まあ難しいかもしれないけど、そこは上手くやれよ!」


 喝を入れようとロペスはデュアの背中を叩いてやる。

 叩かれた方はというと『ロペスは簡単にいうなーもう。努力するよ』と頭を掻きながら、しぶしぶ言った。


「じゃあなんだ。気晴らしにでも久しぶりに、()()でもやるか?」


 部屋に飾られている鎧の横に置いてある剣を持ち、デュアに問う。

 デュアはロペスが何を言わんとしているのかを理解し、承諾の意を見せた。


「そうだな」

「デュア、お前の腕が(なま)ってないか見てやる」


 くつくつと笑うロペスにデュアはムッとして、鼻を鳴らす。


「ふん、ロペスの方こそ鈍ってるんじゃないのか? それと俺は現役の騎士長だぞ。昔の俺と一緒にされちゃあ困る。いざというときにはお前を守る盾とならなきゃいけない。ここでお前に負けたら騎士長失格だ」

「ほう。なら俺が勝ったらデュアは騎士長降格っと」

「な……」

「俺に勝つ自信あるならそれくらいは当然だろ?」


 やれやれと首を左右に振った後、デュアはロペスを一点に見据え、『その条件で引き受けよう』と言った。




◇◇◇




 キャビネット王国内にある騎士団が普段練習場として使っている広場。

 大きさは縦が三百メートル、横が七百メートル。二人がこれからしようとしていることに使用するには十分すぎるほどの広さであった。


 普段は芝生が生えていて一面緑色の光景を見せてくれるのだが、雪が積もって所々白色の光景へと変わっている。


 太陽は二人の真上にあり、燦々(さんさん)たる陽光を地上へと降り注いでいた。


 時刻は昼時。気温も高くなってくるので、雪は解けてシャーベット状になっていて、白色というより土色が混ざって濁っているといった状態だ。


 お世辞にもフィールド状態としてはあまり良いとは言えない。


 デュアも気にしていたようで不満気な声を漏らした。


「これだとやりにくいなー。どうする?」


 それを()いてロペスとニヤリとした表情を浮かべた。


「どうするもなにもこのままやるに決まってるだろ。それともデュアは地面がこんな状態ならやらないとか思ってたのか? あーいつからデュアはそこまで弱くなっちゃったのかなー」

「ロペス、後で泣いて謝っても許さないからな」

「悪い悪い、冗談だよ」

「冗談でも許さない」

「ひどっ!」


 美しい顔立ちに似合わない、悪魔のような不敵な笑みを浮かべるデュア。


 若干引き気味にロペスは彼を眺めていた。


 自分へと向かってくる強い冷たい風も、彼の表情の威力を生み出すのに相乗効果をもたらし、ロペスは背筋を震わせる。


「なぁデュア」

「何だ」

「今のかなり怖かった」

「そうか」

「…………」

「…………」


 会話はそこで途切れた。いや、続けようと思えば続けることができたであろう。

 だがお互いの内、片方が真剣な表情へと変わると、もう片方も先程とは打って変わって真剣な表情へと変わる。


 先程まで強い冷たい風が二人へと吹き付けて騒がしかったのに、急にそれが止んだ。

 静寂のせいか、ロペスは耳が逆に痛いような気がした。


 そしてそれは同時に、()()の始まりを両者に告げていた。






 ────そう、戦いの始まりを。






 先に駆け出したのはデュア。

 剣を抜き、一気にロペスへと詰め寄る。剣が線を描きながらロペスに向かっていく。


 相手は確実に俺の命をえぐり取ろうとしている。


 自分を捉える鋭い眼光。

 突き出される迷いのない剣筋。

 肌に存分に伝わってくる殺気。


 一瞬でも気を緩めたら死ぬ。


 遊びであってもこれは遊びではない。

 戦いというのは常に真剣勝負。中途半端にやる方が逆に危ない。


 きっと対峙している彼も同じ気持ちだろうなとロペスは思った。


 普通は遊びでここまで本気にはなれないだろう。だからこそおもしろい。

 ロペスも剣を抜き、首もと近くで受け止めたデュアの剣を弾き返すやいなや、一旦デュアから大きく距離を取った。


「なんだ逃げか。ロペスらしくないな」

「いいや、これは逃げじゃない。間合いを取って相手の出方を窺う戦略的なものだ」

「わかってるって!」


 再びデュアが真っ向から突進してくる。速い。

 ロペスも相手の動きをまばたき一つせずに見、剣を握る手に力を込める。






 ──ここまで互いに本気になれるのは、ロペスとデュアとの間に強い信頼関係があるからであろう。






 この程度でやられる相手じゃないという絶対的な信頼関係。






 もしやられてしまったら相手を失意のどん底へと突き落としてしまうだろう。だから──。





『『コイツには絶対に負けたくない!』』






 生きるか死ぬかという命を天秤にかけることによって、緊張感が極限まで張り詰めた状況下にも拘わらず、ロペスとデュアの二人は笑っていた。


 互いの剣と剣が触れ合い、耳をつんざく轟音が空気を揺らしていた。


 デュアの剣を受け流し、ロペスは剣を横腹目掛けて入れようとする。

 だが、甘かった。


 ロペスが自分の剣を受け流して、自分の身にその剣を届かせんとすることをデュアは()()()()()()()

 デュアは身体を器用に捻らせて、ロペスの剣をすれすれのところで回避する。

 剣を突き出した勢いのままロペスの身体は前へと持って行かれる。


 楽しい一時が終わってしまうという悲しさ。

 やはり勝てなかったかという悔しさ。

 一瞬の間に幾多もの複雑な感情が、いがみ合ったせいで起こったせいか。


 勝負は決まったな、とロペスは悲しげな微笑を浮かべた。


「勝負ありだな」


 声がするとロペスの首筋には デュアの剣が添えられていた。


「そのようだな」


 ロペスは自らが負けたということを悟った。

 デュアは剣を腰へと仕舞い、ロペスの方へ手を差し出す。


「ほら、手貸してやるから立てよ」

「いらぬ世話だ」


 手を借りるのを遠慮し、ロペスは自分の力で立ち上がった。デュアは腰に手を当て、『ロペスは負けず嫌いだねぇ』と呆れ気味である。


「お前にはどうしても負けたくなかったんだよ、デュア」

「俺も同じ気持ちだ」


 数秒無言になってお互いの顔を見つめ合う。

 何だかそれが可笑しかったのか二人は笑い出した。


「はははははは」

「はははははは」


 散々笑い合った後、ロペスはデュアに敬意を示すためか顔を引き締める。湯水のように尊敬の念が絶え間なく溢れ出していた。


「お前は立派な騎士長だ。これからも王国のために頑張ってくれ」


 突然自分を認める声がして、デュアの顔は強張り、全身も固くなっている。

 デュアの歯がカタカタと音を立てているのは寒さのせいだろう、とロペスは思った。デュアは中々言葉を言い出せず、口をもぐもぐしている。


 ここでやっと寒さのせいではなく、虚を()かれて狼狽えてるだけかとロペスは考えていたことを訂正した

 ややあってデュアはちゃんとした言葉を発した。


「…………お……おう! 任せな!」

「汗が乾く前に戻ろう。乾くと寒くなる」

「ああ」




◇◇◇




 デュアと戦ったのが良い気晴らしになったのか、シルヴィアに会えないという辛い気持ちを、ロペスは上手く抑えれるようになった。

 その反動なのか、今日はやけにテンションが高い。


 空は雲一つない快晴である。

 今日という日にこれほどまで相応しい空はない、とロペスは思った。


 馬を走らせ、マーガレット王国の城前に来ると、門兵達に引き止められる。


 『ロペス・キャビネット』と門兵達に告げると、彼等は顔を見合わし、門を開いた。


 そのままロペスは重要人物が通される待合室へと連れて行かれる。






 いよいよ……いよいよ彼女に会える。






 シルヴィアは男であれば誰もが口を揃えて、絶世の美女と言う。

 だが彼女に会うまでロペスは誇張し過ぎていると笑って、そう言う奴を否定してきたのだ。


 それが彼女にあってから見事に打ち崩された。絶対無敵の壁──鋼の壁がたった一撃で穴が空いてしまった感じだ。

 そうして俺の内へあっさりと侵入してきた彼女は、自分を狂わせた。


 彼女の黒髪は珍しかった。それ故に馬鹿にする奴もいたが、彼女を一目見てしまうと、皆押し黙ってしまうのだ。

 妖艶な魅力を放出している彼女は見るものを虜にしてしまう不思議な力があるのかもしれない。


 この世のありったけの言葉を尽くしても彼女の美しさは言い表せないだろう。


 たとえ彼女が王女という立場でなくても。

 ──たとえ彼女がどんな立場であっても、俺はどこまでも彼女を追い求めてこの大地をかけずり回っていたであろう。






 そんな彼女に今日、会える──。






 心臓がドクドクと音を立てているのが鮮明に聞こえる。

 ロペスの耳にはもうその音以外入ってこなかった。


 時間がゆっくり流れていく気がする。たった一秒過ぎるのが何日もかかっているような感覚をロペスは味わっていた。






 早く。






 早く……。






 はや──。






 ドアを叩く音がロペスを現実の世界へと連れ戻し、彼は背筋をピンと伸ばす。


 息をするのも苦しいほど、ロペスの心臓は早鐘を打っていた。


 ここまで読んで下さり大変嬉しく思います。


 戦闘描写書けてますかね……?(不安


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