2話:残酷物語
やっとゲーム転生らしい設定が出てきましたね。
それとキャラ名の変更をさせていただきました。
前世の時のヒロインの名前
相場亜瑠
↓
相場有沙
王国に帰ると、湯気が出そうなほど顔を真っ赤にしたお父さんから思いっきり頬をぶたれた。
当然のことですよね。
仮にも一国の王女。
無断で王国外へ出歩くなど、許されるはずないのです。ましてや一人で出歩くなどもってのほかです。
じゃあなぜそれが分かってて出歩いた、となってしまいますが……。しかしあの時はとても冷静沈着を保つなんて出来ませんでした。
自分が転生者、しかも自分の今いる世界が、前世私がプレイしていたゲームの世界であるというのを知ってしまったのだから。
どうせ転生するならゲームの世界なんかじゃなく、普通に転生したかった、とそう思っていたんだと思います。よって、このまま死んでもいいという覚悟をも持っていたのでしょう。
結果として私はあの赤い髪の男に助けられましたが……。
助けられたからにはもう、自分の命は無碍には出来ません! たとえゲーム世界でも精一杯生きてみせます!
とは言うものの、このゲームは色々一癖、二癖もある内容だったような気がします。
確かこのゲームのタイトルは『残酷物語』。
女性主人公の恋愛ゲーム、通称乙女ゲームにこれは当たります。ジャンル的には恋愛シミュレーションで、恋愛アドベンチャーと違って選択肢による拘束がほとんどありません。
そして自由度が高い分、恋愛シミュレーションゲームの方が難易度は高いと思います。やりごたえのないゲームほど詰まらないものはなく、クリアした時の達成感もいまいちな印象でした。
また恋愛シミュレーションゲームは自分の裁量でキャラを育てることのできるため、キャラに入りやすかったです。
パッケージを見た時、私好みなのかなーと思いつつこのゲームを買いました。実際その通りだったので、前世の私はかなりハマっていたようです。
──それはもう、空で内容が言えるくらいまでに。
主人公はマーガレット王国の王女、私、シルヴィア・マーガレット。
小さい頃からシルヴィアの元には沢山の縁談が舞い込んできます。勿論それに受け答えて結婚することもありです。ただ、ゲームの結末としては不幸結末に当たるらしいです。
で、その縁談を断り続けていると、長い間敵対関係であったマーガレット王国とキャビネット王国の正式な和平が決まるというイベントが発生します。外交官が行き交っていればイベント発生の予兆であるそうです。
そういえば、この前外交官がキャビネット王国のある方へ歩いていったのを見たような……。
まあ、それはいいとしてそのイベントが発生すると何が起こるのかというと隠しキャラ的な扱いのメインヒーロー、ロペス・キャビネットとの結婚イベントが発生するわけです。
幸か不幸か、私はこれまでにばっさばっさと縁談を断り続けていたために、今このイベントが発生してしまったと思います。
あぁ、私が前世の記憶を思い出したのもロペス・キャビネットの名を聞いたからです。かなり思い入れのあるキャラだっただけに、記憶に強く印象づいていたんでしょうね。
問題は次です。
ロペスとの結婚イベントが発生し、そのまま幸福結末かと言えばそうではありません。寧ろこちらルートを辿る方が苦難の道なんです。
シルヴィアが死ぬルート。
ロペスが死ぬルート。
シルヴィアとロペスが死ぬルート。
他にもあったかと思いますが、主要の三つ挙げるとこんな感じです。
そしてこれは全ルートに共通して言えることなんですが、
このゲームにはどうやら……不幸結末しかないらしいんです。
ただ制作元は頑なに幸福結末はある、と言い続けていました。私も幸福結末が出なくて何度か問い合わせをしましたが、決まって幸福結末はあるの一言でした。
いつしかこのゲームには難ゲー、クソゲーのレッテルを貼られたり、タイトルが『残酷物語』なだけに、『内容よりも制作元が残酷』という異名がつけられたりもしました。
私には楠木優夜という彼氏がいました。
ちなみに前世の私の名前は相場有沙。ええ、俗に言うキラキラネームってやつです。よく彼は『あいじょうあるさ』と言ってたっけ。どういう変換をしたらそうなるかは良く分かんないだけど。
ほんと……いい思い出だったなぁ。
しかし、あまりにも私がこのゲームのハッピーエンドを出すことに時間を費やしていたため、彼とケンカになることもしばしばありました。
前世の記憶があるのも彼とケンカをして、別れを告げてってところまでです。
一体何があって私死んだんだろうな……。
それよりも優夜、元気にしてるかなぁ。
そんなことを思いながら天蓋付きの派手な装飾が施されているベッドへと身を沈みこませた。
お父さんに叩かれた頬がジンジンと痛む。
痛みのせいかついつい優也とあの燃えるような赤い髪が特徴的な男の人とも重ねてしまい、憂鬱な気持ちが増していく。
チラリと窓の方に向くとついさっきまで白かった雲が低く垂れ込んでいて黒くなっていた。
どうやら風も出てきたようだ。叩きつけるような強い風が窓をガタガタと揺らしている。
怖い。
王女に限った話ではないのですが、貴族のような金持ちになると家が大きいです。そのため当然のことながら一つ一つの部屋も大きいです。
そこにたった一人。
怖くなる気持ち分かりますよね!? 分かりますよね? ……怖い、それと……寂しい。
寂しいと思う気持ちが募れば募るほど、余計にあの人の言葉が耳元のそばで囁かれているような気がして、早く会いたいと思いながら枕を胸に寄せ、強く抱き締めた。
「シルヴィア様」
「な、なんですか!?」
「……シルヴィア様?」
「あぁ、いいえ。お気になさらず。それで何か用がありまして?」
ふと自分の名前を呼ばれて返事をすると、前世の私の喋り方になってしまった。音も無く入ってくるもんだからびっくりする。
そこにはツインテールが可愛らしい侍女のティナさんが立っていた。
彼女はいつもと私の様子が違うのに敏感に反応して、訝し気な視線を送ってくる。
何とか平静を取り持ち、彼女に要件を訊く。
「はい。一週間後、キャビネット王国のロペス・キャビネット王子が参られるそうです。お父様のハウス・マーガレット様からは、『相手に失礼のないようよく頭を冷やしなさい』だそうです」
「……ありがとう。下がっていいわよ」
「かしこまりました」
慇懃にお辞儀してそそくさと部屋から出ようとする。が、私は尋ねたいことがあって彼女を呼び止めた。
「あっ、ちょっと待って」
「何でしょう?」
「今回の縁談、断ることってできる?」
「んーー……申し訳ございません。私には何とも。が、私が口を挟んでも構わないのなら、私の見解を述べさせていただきますが……よろしいでしょうか?」
ティナさんは侍女でありながらとても学のある人だ。本音を言えば彼女の方が遥かに王女に相応しい。
勿論私は二つ返事の態度をとる。
「聞かせてちょうだい」
「承知致しました」
彼女は咳払いをして、話し始める。
「今回の縁談はおそらく政略結婚だと思われます。シルヴィア様はマーガレット王国とキャビネット王国が裏では敵対関係にあることを御存知でしょうか?」
「ええ、敵対関係であることは知ってるわ。けど一つ引っかかることが……。裏ではって、どういうこと?」
前世ゲームでプレイした時はキャビネット王国とは完全な敵対関係にあったはずだ。
なのに裏ではってどういうことなのだろう?
だったら表では親交関係があるってこと?
政情は一応学んでいるが、私が学んだ中ではどこにもマーガレット王国とキャビネット王国との間に親交関係があるなんてなかったはずなんだけど……。
「実の話、キャビネット王国とマーガレット王国の国同士が対立しているわけではなく、両国の騎士団が対立しているのです。そして今は歴代の中でも特に対立が酷くて、顔を見れば喧嘩を始めるといった有様です。ただ両国の王様達は割と親密な関係であり、この際そういった実情に抑止力をかけるために、シルヴィア様とロペス様を結婚させようという意志がおありかと。つまり纏めさせていただくと、シルヴィア様が縁談を断るのは難しいでしょう」
私に立ち込める疑問という雲を一気に払拭して、光を差し込ませるかのような歯切れのいい、とても明瞭な回答を彼女はしてくれた。
なるほど……。彼女の言ったことが事実なら、私と向こうの国のロペス・キャビネットを結ばれれば裏でのいざこざも収まるかもしれないって算段ね。
確かに彼女の考え、いやお父さんの考えは正しいと言える。でも私の気持ちはどこに置いておけばいいの?
あぁ……これが政略結婚っていうものか……。
急に身体から自分の意識が遠のいていく感じがする。風邪でも引いたのかな……。
違う。
これは何者か分からないあの人のせいだ。
あの人が私をおかしくしている。
不意に視界が安定しなくなり、身体がぐらりとよろめく。異変に気付いたティナさんが慌てて支えた。
ティナさんは本当に頼もしい、私の代わりにこの縁談を引き受けてくれたら、こんな浮ついた心境の私が引き受けるより効果は出て、相手にとってもそっちの方がいいはずだ。
彼女の腕に抱かれながら私の後頭部は枕元へと持っていかれる。
「大丈夫ですか?」
「えぇ、ありがとう。少し目眩がしただけよ」
「まだ疲れが残っているかもしれませんね。疲れがとれるお飲み物でもお持ちいたしましょうか?」
「いえ、遠慮しとくわ」
「左様でございますか。では、私はこれにて失礼致します」
再び丁寧にお辞儀をすると、なるべく音を立てないように
ドアを開け閉めし、出て行った。
ティナさんが出て行ったことで無駄に広い私の部屋はシンと静まり返る。
窓は風でガタガタと音を立てて揺れていた。
妙にその音がうるさく聞こえ、私の気を煩わしていく。
一人だけの空間で私は一際な溜め息をついた。
「私の願望が叶わないことは分かってる。でも……分かっていても……あの人の姿が思い起こされる……。あぁ、今貴方はどこで何をしているんでしょう。その琥珀色の目で私を探し、その逞しい体躯で私の元へと駆け、鎖で足を繋がれた私をどうか連れ去りに来てはくれないのでしょうか!」
いつの間にか目には熱いものがこみ上げてきて、潤ましていく。
拭き取ろうと裾で拭っても次から次へと絶え間なく溢れ出してくる。
しばらくの間、ひっく、ひっくとしゃくりあげて泣いた。
◇◇◇
数日が経過した。
あの人は未だに私の前に現れず、ついぞあの人の幻影を見るまでに心 は病んでいた。
食事は喉を通らず、鏡を見る度にげっそりと痩せがれていくことが分かった。
お父さんもお母さんも一日、二日は冷静さ辛うじて失わなかったものの、ついに堪えきれなくなったのか私の部屋に入ってきて、『シルヴィア、あなた本当に大丈夫?』と心配した顔で言ってきた。
今はティナさんが私の部屋にいる。
「シルヴィア様」
「ん?」
「いや……近頃のシルヴィア様の体調が優れないのは、もしかしたら恋煩いが原因なのかな、と思いまして」
「…………」
見事に言い当てられた。
単に私が分かりやすいだけなのかもしれないけど。
「申し訳ございません。言葉が過ぎましたね」
「謝ることないわ。あなたの言う通りよ」
「……」
言い当ててしまったことに後ろめたさを感じてしまったのか、ティナさんはしおたれた。
しょんぼりとした憂いを帯びた表情でさえも、彼女がすると花が生まれる。
あれ? そういやティナさんってゲーム内に出てきたっけ?
と、思考巡らそうとした時──。
「……縁談の話、お話しして御迷惑でしたでしょうか?」
おずおずと少し潤んだ目で彼女がこちらを見つめてくる。
止めて! それ女子でもヤバいやつだから!
脳内はパニックになりながらもそのままの状態で話すのは何かとヤバいので、落ち着かせるために一息ついた。
「大丈夫よ。寧ろしなきゃあなたがお父様に怒られてしまうもの。私はあなたが怒られてる姿見たくないもの」
「シルヴィア様……」
「あなたはお父様に頼まれたことをしたまで。それでいいのよ。そういえばロペス様ってどんな人かしら?」
「はい。外見的なことから述べさせていただきますと、まず燃えるような赤い髪が特徴的です。加えてかなりの長身です。性格的にはとても気品のある方で、長身とはそぐわない繊細なお心遣いをなされます。なのでシルヴィア様にはとてもお似合いだと思いますよ」
何というハイスペック!
私には勿体ないくらいの結婚相手!
それとティナさん……とてもお似合いっていくら何でもお世辞が過ぎませんか?
気品があって、繊細な心遣いができて、長身で、燃えるような赤い髪で──え? 赤い髪?
チラリとしか見えなかったけど、あの人も赤い髪だった。もしかしたら……。
意識しすぎか。
赤い髪なんて人、探せばいくらでもいそうですしね。
だからいちいち連想するのはもう止めようか、私。
「年はいくつかしら?」
「えーっと……シルヴィア様と同じ十八だったかと思います」
「同い年かー」
「はい」
「うん、ありがとう」
「はい」
「食事の方いただけるかしら?」
「かしこまりました」
◇◇◇
日は過ぎ、今日はキャビネット王国のロペス・キャビネットと初めて顔を合わせる日となっていた。
ティナさんを含め、朝から私を仕立てるのに精を出している。
政略結婚と言えど、他人様の前では失礼のない姿で出なければいけません。
化粧を施すにもかなりの気合いが入っています。
「はい、出来ましたよ」
鏡を見ると、いつもよりぱっちりとした目をしている私の姿がそこにはある。
何これ別人みたい……。
当たり前なんだけど。シルヴィア可愛いよね。前世の私なんか比べ物にならないくらいに。
元より可愛いゲームの主人公が、化粧したら更に美しくなりましたー的なあれですか。分かります。
まあ、中身は転生した私なんですけどね。
着ているドレスはというと、濃いクリーム色で、襟元をくるりと囲むように、銀色の可愛らしい小花が散らしてあった。
清楚さを表現するためか、フリルは控え目につけられているが、ラメが施されているのか仄かに輝いている。
とても綺麗で、可愛らしいドレスだ。
「シルヴィア様お似合いですよ」
私を仕立ててくれた侍女の人達がニコニコと笑みを浮かべる。自分達でも納得のいく出来映えだったのだろう。
今からこの姿でロペス・キャビネットに会うんだ。
ティナさんにこの人のことを聞いた後、彼のイメージを頭の中で形作ろうとしたものの、記憶にもやがかかったみたいに思い出せなかった。
でも、それもここまで。
けど、どうして思い出せなかったんだろう。ロペスルートは一番やりこんだはずなのになぁ。
期待と不安を胸に寄せながら、彼の待つ部屋へと赴いた。
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