10話:残酷物語をもう一度
話が大きく動きます。
今までの話の伏線回収のようなものです。
※序盤かなり重いので、苦手な方はご注意下さい。
雨は雪に変わり、鈍色の寒空の下、レイボルトの葬式は密やかに執り行われた。
大きな祝い事の前に、という配慮だろう。キャビネット王国の人やまた、マーガレットの王国の中でも王国内の人達だけしか参列が許されなかった。また口外は禁止とされ、粛々とその式は進んでいく。
空の、レイボルトがいない白い棺桶の周りに聖油と呼ばれる、燃えると強い炎を発する油がかけられた。黒の装束を着、顔も黒の布で隠した葬儀屋が火を付けた松明をかかげ、棺桶へと付ける。
火は瞬く間に棺桶全体へと広がり、音を立てて燃やしていく。あまりに呆気なく、あまりに印象薄く、それは起こった。
泣きたかったのだけれど、それを良しとしない異様な静謐がこの空間を包んでいる。
一部始終を目撃していた私はあまり展開の早さに、事態を呑み込めないでいたが、二度とレイボルトに会えないことを理解した。
胸の芯から突き上げてくる情動を抑えられず、あっ、と短く呻く。知らない人がある朝部屋にいた時の如く、衝撃が脊髄を貫いて、心臓が激しく波打ち、全身が金縛りにあった。
私は、厳粛な式の最中であったが、それ以上耐えることが出来ず、参列者たちの視線にさらされながら、夢中で走った。
息を切らし途中で倒れる。
見上げると、葉の落ちた大きな一本の木。
私が初めてレイボルトに求婚された場所であった。
「レイボルト……レイボルトぉ! ねぇ本当は生きているんでしょ! 隠れてないで出てきてよ!」
ロペスには申し訳ないと思いつつ、自らの感情を吐露する。
死体が見つかってないのも相まって余計に死を受け止められない。
そうだ。
ゲームなら。
――この世界が本当にゲームの『残酷物語』なら。
リセット出来るはずだ。だってゲームだから。ボタン一つでリセット出来るゲームだったから。どうして気付かなかったのだろう。
ロペスの死。
私の死。
両者の死。
その三つでなくても、これは明らかに不幸結末だ。私、シルヴィア・マーガレットの生きる世界ではない。幸福結末を迎えるためには、私の知ってる人は死んだらダメなのだ。人の死なない、明るい結末を迎えたい。
ロペスと結婚出来ても、レイボルトが死んでたら、それは本当の意味での幸福結末ではない。犠牲の上に成り立ったものだ。
「そうでしょう神様……」
いるのかいないのかも分からない神に向かって嘆く。
空から降りてきた一片の白雪が私の頬に落ちて、溶けた。
『聞きいれてあげましょう』
穏やかに吹く風に乗って、そのまま消えてしまいそうな、淡い響きを持った声。
私は身構え、叫んだ。
「え、誰!?」
周りを見るが誰もいない。
途端、枝だけになった大木から雪が落ちた。
思わず怯んだ声を上げてしまい、数秒間硬直する。そして、ただの幻聴だったのだと胸を撫で下ろした。
「本当にやり直せたらな……。どんなにいいだろう」
今の私、前世の私――両者に向けて呟いた。
以前、助けられたからには自分の命を無碍にできないと考えたことがある。
たとえゲーム世界でも精一杯生きてみせるとも。
なら私はこの現状にどう立ち向かうべきなんでしょうか。
――不幸結末を突き付けられてる今に。
手に力を込めた。手中にある雪の冷たさがしみた。
やり直したい。やり直したい、やり直したいやり直したい!
力を強める。次第に冷たいのかも熱いのかも分からなくなった。
少し明るめに考えることにした。
こんな時、『もし』って言葉は便利だ。いくらでも理想論を語れる。
うん考えてみよう。
もしやり直せるとしたら。
私は、九歳の頃からやり直したいです。
少しは頭の足りた状態でしたら、縁談の多くなってきた九歳の頃を上手く過ごせると思ったからです。恋とか、愛とか多少は理解しているなら、きっと幸福結末にもっとも近づけるのではないでしょうか。
前世プレイしていた『残酷物語』では、十三歳からが物語の始まりですので、設定上にはいても登場しないキャラとか、人間関係もすでに構築されてしまっているのもあります。
ですが、九歳の頃ならそうした予めあるものが少なくなるのではないでしょうか。
勿論、家とかは変えられないですけど。
何かしらこの物語には不幸結末たらしめる大きな要因があるように思われます。
ゲームとかではよくバグとかいう言葉で言われたりするんですけど。
もしかしたらバグがあるせいで、このゲームは攻略不可能になってるだけでは……。だったら修正パッチでも出せよ、と話なんですけど。
私が死んだ後に出たのかもしれませんね。すごく悲しい。
正ルートのエンディングみたかったなぁ。
小説とかでもありますよね? 物語が完結せずに終わってしまうと、不完全燃焼でもやもやとした気持ち。あれです!
話が逸れましたね。
今頃私がどこに行ったか従者たちが探している頃でしょう。そろそろ戻らないといけませんね。お父さんにこっぴどく叱られるとは思いますが、葬式の最中に逃げ出した私が悪いです。
立ち上がり、外套についた雪を払う。
『九歳……九歳の頃からやり直したいのですね。貴女の願い確かに受け入れました』
また先程と同じ声がした。
全身があわ立つほどの怖気が襲い、震える声で威嚇する。
「さっきから誰なのよ! べ、別に怖くないんだからね!」
『何も怖がる必要なんてないわ。私は貴女を一番良く知っている人よ』
「良く知っている人……?」
ティナさんとか?
思考を巡らせようとしたら、背後に気配がした。
振り向く前に、頭に重い衝撃がやってきた。誰がやったのか視認することも出来ない。
吐き気がするほどの目眩がし、私の意識はそこで閉じた。
◇◇◇
極黒の闇の中、私はさまよっていた。
ここはどこなんだろ……。
私は今、どこにいるんだろ……。
真っ暗で何も見えない。が、どこか懐かしい感じがする。
私は一度歩んでいた足を止めた。視覚が頼れないなら聴覚よ、と全神経を耳に集中させる。
しかし、何も聞こえてこない。
痛いほどの静寂が耳を貫いた。
深いため息をつき、私は再び歩き出そうと足を動かす。
走ってもいいのだけれど、流石にこの闇の中を走るのは怖い。
もし穴があって、そこに足をとられたら、まあ……はい、あれですよね。
そのため、先ほどもだが、注意深くゆっくりと歩いていた。
あれ……これ前にも。
全く同じことがあった気がする。
考えてることもしていることもほとんど同じのような――。
とりあえず、手で振り払っても振り払えない闇をかき分けるようにして、何かないかと探る。
感触。
そして、ドンッと音を辺り一帯に響かせたことから、私が何かとぶつかったということを物語っていた。
ああ、これ私、知っている。
いつも記憶がリセットしまっているだけで、何度も繰り返していた。
――時間逆行を。
暗くて分からないが、台と思しきものの上に、丸いボールのようなものがあると思われる。
そのボールらしきものに触れる。
熱い──。
しかし、火傷してしまうような熱さではない。寧ろ暖かくて、私の心を落ち着かせてくれる。
火が灯る。頭の中に。
一筋の蝋燭の火のように微弱ではあるが、私を照らすのには十分だった。
これが私の標──かけがえない存在。
今回もきっと繋がる。願っていればきっと。
……そんな気がする。
──その時だった。
私の触れていたソレが、眩い光を放出し、私を包み込んでいく。反射的に目を瞑ってしまった。
◇◇◇
「シルヴィア様! 朝ですよ起きてください!」
聞き慣れた声がする。はきはきとしているが、落ち着きを感じさせる声……ティナさんのものだ。
ってあれ? 夢だったの? 今の。
私の顔を窺うティナさん。
ツインテールではなく、ポニーテールになっている。肌の艶も今の方がある。
私の知っているティナさんとは違うが、やはり可愛いことだけは変わらない。
ティナさんは眉をしかめた。
「あまり顔色がよろしくありませんね。かなりうなされていたせいでしょうか。怖い夢でも見られましたか?」
「ティナさ……ティナ!」
あれ、自分の声がやけに高い。
「はいなんでしょうシルヴィア様。どうぞこのティナになんなりとお申しつけ下さい」
「私は今何歳なんでしょう?」
「変な事を聞かれますね。シルヴィア様は」
「別にいいじゃない。誰だってあるでしょ」
唇を尖らして、私は頬を膨らませた。
ティナさんは右手で口元を隠し、笑う。
「はいはい分かりましたよ」
「ねぇ早く!」
「シルヴィア様は今――九歳です」
一話の謎描写の回収をここで回収しました。
現実ではやり直しできないので、せめて物語でならいいでしょ!? と連載開始当初からずっと思ってました。
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