1話:暗闇に火を灯す
※ナツ様主催『共通プロローグ』参加作品です。
タイトルの幸福結末はハッピーエンドと読みます。
それと作者は初めてゲーム転生ものを書いたので色々とおかしい点があるかもしれないですが最後まで読んでいただけると嬉しいです。
夜半に降り出した雪は眠るように横たわる一人の女の上へ、まるで薄衣を掛けたようにうっすらと積もった。
一面の白に反射した光が彼女の黒髪を照らしている。
音すらも包み込む静かな雪の中、一人の男が近づきそのまま彼女の脇に屈み込んだ。それに合わせ装身具が冷たい音をかすかに鳴らす。
男は剣をしまうと目を閉じたままの女の息を確認し、彼女を抱え上げた。
青白い頬に血の気はないが、少なくとも生きている。
急がなければ――。
力強く雪を踏みしめ、男は足早に来た道を戻っていった。
◇◇◇
極黒の闇の中、私はさまよっていた。
ここはどこなんだろ……。
私は今、どこにいるんだろ……。
私は一度歩んでいた足を止めた。視覚が頼れないなら聴覚よ、と全神経を耳に集中させる。
しかし、何も聞こえてこない。
深いため息をつき、私は再び歩き出そうと足を動かす。
走ってもいいのだけれど、流石にこの闇の中を走るのは怖い。
もし穴があって、そこに足をとられたら、まあ……はい、あれですよね。
そのため、先ほどもだが、注意深くゆっくりと歩いていた。
また、手で振り払っても振り払えない闇をかき分けるようにして、何かないかと探る。
感触。
そして、ドンッと音を辺り一帯に響かせたことから、私が何かとぶつかったということを物語っていた。
暗くて分からないが、台と思しきものの上に、丸いボールのようなものがあると思われる。
そのボールらしきものに触れる。
熱い──。
しかし、火傷してしまうような熱さではない。寧ろ暖かくて、私の心を落ち着かせてくれる。
火が灯る。頭の中に。
一筋の蝋燭の火のように微弱ではあるが、私を照らすのには十分だった。
これが私の標──かけがえない存在。
……そんな気がする。
──その時だった。
私の触れていたソレが、眩い光を放出し、私を包み込んでいく。反射的に目を瞑ってしまった。
◇◇◇
次に目を開けた時、最初に飛び込んできたのは、見知らぬ天井。長い間使われていないのか埃がかって少し白んでいる。
しかし、不思議と怖くはなかった。
生きているんだ……私。
そう、私は生きているんだ。家を飛び出して、あてもなく走り回って、それで。
それで……私は力尽きた。
力尽きたはずならとっくに死んでいるはず。なのに私は生きている。
いや、待って。
もしかしたら実は死んでいて、今いるここは死後の世界だったりして……ちょ、それはないよ!
慌てて飛び起きて周りを一望してみるが、ここが死後の世界なのか、そうじゃないか全く分からない。
窓から見える外の風景は白で埋め尽くされている。
雪だよね……?
窓に近づき、そっと手で拭ってみる。すると、肌を突き刺すような冷たさが襲った。
「つめたっ」
慌てて手を引っ込め、暖めようと息を吹きかける。吐き出される息は白い。
ようやく冷たさが引いてきて、自分が拭ったことで明瞭になった所から私は、この白い風景が何なのか見ようと窓に顔を近づける。
葉が枯れ落ち、丸裸となった木。そんな木に服を着せるかのように枝には白いものが積もっていた。
紛れもない……、
「雪だ……」
思わず歓喜の声を上げてしまう。
何て美しい光景が私の目には映ってるのだろう。空の明るい光に照らされて雪は銀色の輝きを放っていた。
しばしその光景にうっとりしていると、足音が聞こえてくる。
咄嗟に私は隠れる場所はないかと探したが、適した場所はない。仕方ないので、いつでも攻撃へと移れるように拳をぎゅっと握り締める。
これでも私は護身術を身につけているのだ。
扉が音を立てて開き、そこから装身具をつけた長身の人物が姿を現した。腰には剣を携えている。
顔はフードで隠れていて、さらに口をすっぽりと覆い隠してしまうようなマスクをつけているせいで、誰かは分からない。
しかし体格的に見て男だろう。私の拳を握る力が強くなる。
私は床を蹴り、勢いよくその人物に向かって駆けていく。
「やーー!」
声を張り上げ、拳を前へと突き出す。
──しかし、拳はあっさりと受け止められた。
そうしてゆっくりと下ろされる。
「いきなり何するんだ」
呆れたような物言い。
この人物を男だと思わせるほど、低く、落ち着いた声が発せられた。
それにしても男の人の手ってあんなにも大きいんだ……。
意識してしまうと、仄かに身体がポカポカしてくる。
きっと暖炉のせいよ。
部屋全体を暖かくしている暖炉の薪が勢いよく爆ぜる。
「だって知らない所で、知らない人がいきなり目の前に現れたら驚かないわけないでしょ」
腰に手を当てて、殴りかかった理由を述べる。が、何が面白いのか目の前に立つ人はくすくすと笑い出した。
私が頬を膨らませると、今度はどっと笑う。
「うーーどうして笑うの!」
地団駄を踏んで、私は怒りを顕わにする。
「ごめんごめん。君があまりにも可愛くてね」
「な……」
言葉を失った。
あまりにも自然に臆することなく言うものだから、心臓は早鐘を打ち始める。
「ふふ、顔が真っ赤になってる」
彼は私に視線の高さを合わせ、笑う。
琥珀色に光り輝く目。
思わず吸い込まれてしまいそうになり、私は彼から視線を逸らした。
目だけでも分かる……。この人はきっと相当の美形であるはずだ。それなのに顔を隠しているということは何か事情があってのことであろう。
訊いてみよう。
私は意を決し、逸らしていた目線を戻した。
「あの」
「ん?」
「貴方は何故、顔をお隠しになっているのですか?」
急な私の態度の変わりようと、言葉遣いに虚をつかれたのか、彼の目に少し警戒の色が見える。
彼は軽く目を細め、上から下へと舐めるかのようにして私を見つめた。
「その衣服、並の者ではないと思っていたが……君は何者だ……?」
更に目を細めてくる。
これは私から名乗らなければ、口を割らないだろうな。
そんなことを思いつつ、名乗ろうと私は口を開く。
「私の名はシルヴィア・マーガレット。マーガレット王国の王女よ」
「シルヴィア……マーガレット……」
大きく目を見開き、顔が隠されていても分かるくらい彼は驚いていた。
驚くのも無理はないだろう。
だって言った当人でさえもその事実に驚いているのだから。
なぜかって?
それは私が転生者であったからだ。しかも転生前の私は、ごく普通の大学生……。一介の大学生と言ってもいいくらいだ。そんな私が転生後の今は王女……ほら、驚かないわけないでしょう?
あ、そういえば──。
「その……私って生きてますよね?」
部屋を包み込む暖かな空気が一瞬、凍ったかのような気がした。
薪がバチッと大きく爆ぜた音を立てたのと同時に、笑いの栓が外れたのか、彼は腹を抱えて笑い出す。
「こっちは真面目に訊いてるにー」
「え、ネタじゃなかったの!?」
「ネタなんかじゃありません! 大真面目に訊いてるんです! 私だってこんなこと訊くの……恥ずかしいんですからぁ……」
赤くなっているであろう肌を見せないように、俯きながら答えた。
「そうか……笑ってしまってすまなかった……。うん、君が生きてることは俺が保証するよ」
「……本当ですか?」
「本当だよ。だって倒れている君をここまで運んできたのって俺だから」
「えーー!?」
「だから君は生きてる。もし君が死んでたら俺は死体運んできたことになっちゃって、今、幽霊と話していることになっちゃうからね」
「…………」
「信じられない? だったら俺が君の胸に手を当てて確かめてあげようか?」
「は……ぁ……」
危なかった! このまま流れに身を任せてたら絶対に「はい」と言ってたわ。
何の恥じらいもなく言ってくるこの人がいけないないんだわ。
「変態!」
「え、どうして?」
「どうしてもこうも初めて会った人、しかも男に対して自分の胸に手を当てることを許可する女がいまして? 私でしたらありえませんわ。そこまで下女ではありませぬもの」
所々身に染みついた王女風な喋りになっちゃったけど、まぁいいか。
彼はというと、なにやらぶつぶつと独り言を言っているようだった。
「確認は自分でします」
私は自分の胸に手を当てる。
ドクン、ドクン、と確かに心臓が力強く鼓動してる。
やっぱり私、生きてたんだ。
深い安堵のため息と共に、当てていた手を下ろす。
「生きていました……」
そう言うと彼はまたくすっと笑った。私が何かする度に笑われてる気がするけど、嘲笑しているわけではなさそうなので、もうつっこまないことにする。
「それで話を戻しますが、何故貴方は、顔をお隠しになっているのですか?」
彼の目がしばし真剣味を帯びたものになり、私をじっと見据えていたのが途端に柔らかなものへと変わる。
「いずれ分かるさ。それよりも君は、ここから王国への帰り方は分かるのかい?」
ここがどこなのかも分からないのに、帰り方なんて分かるわけない。
「いえ……」
「じゃあ、途中まで送っていくよ。今、道だけ教えるのもいいけど、流石に一国の王女を一人で帰らせるのはね……気が引けるっていうかほっとけないよ」
雷が落ちたかのような衝撃。言葉を発しようとしても喉に引っかかって出てこない。
なぜならこの人が転生前、私が付き合ってた彼氏に似ていたからだ。
もしかしたらこの人は……。
ないない!
舞い上がりそうな気持ちを頭を振って押さえつけた。
けど、懐かしい。
できればずっとこの人の隣に寄り添っていたい。……って私のする願い事じゃないか。
だって私は……。
「ほらそろそろ乾いているはずだから、あれ着て行くよ」
「は、はい!」
分厚いコートに身を包み、私は彼の後に着いていく。
その時間はあっという間で、私達は町に着いた。
間違いない、ここはマーガレット王国の町だ。
「さあ、ここから一人で帰れるよね? ……悪いが俺は着いていけない」
「大丈夫です、ありがとうございました」
本当は着いてきてほしかった。だけどもこの人にも事情というものがある、無理は言えないよね。
けど、と彼は付け加える。
そんな彼の言葉に対し、あわよくばなんて思っている自分は何と浅ましくて欲深いのだろう。
「いつかまた会うことになると思うよ、シルヴィア王女」
そう告げると、彼は踵を返した。
追いかけたかったけれども、彼の言葉を思い出し、追いかけようと思うのを止めた。
目に映る姿がだんだんと小さくなっていく。
彼がフードを取り払うと、燃えるような深紅の髪が現れる。
おそらくマスクも既に取っているのであろうが後ろ姿のため、顔は見えない。
だけど、あの人はこう言った。
──いつかまた会うことになると思うよ、と。
だから私は貴方の言葉を信じましょう。
両手を胸の前で重ね合わせ、その言葉を忘れないように、自分の記憶の箱へと押し込めた。
ここまで読んで下さりありがとうございました。
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次話から具体的なゲームの説明が入ります。