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コルシカの修復家  作者: さかな
12章 世界の終わりと夜の虹

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第136話 光を掴みたい男、光を創りたい男

「……なんかイライラしてねえ?」

「は? 僕が? イライラ? どうしてですか。してませんよ」


 アダムがぽつりと溢すと、テオはその何倍もの言葉を速攻で返してきた。吐き捨てるように言う横顔からは、明らかに苛立ちが滲んで見える。


 今日は天気がいいから外で一緒にスケッチでもしませんか。

 そう誘ってきたのはテオのほうだ。

 普段はパオリ像のある広場で絵を描いていることの多いアダムだが、たまには他人とスケッチするのも気晴らしになるかと思い、彼からの誘いを快諾したのだ。その目論見はみごとに外れることとなったが。


――気晴らしどころか、空気が悪くて集中もできねえよ!


 テオの膝の上にあるスケッチブックは、先程から堂々たる白さを保っている。線のひとつすら描き込まれておらず、それどころか手垢さえついていなさそうだ。鉛筆の芯はもうずっと空を向いている。



 テオと連れだってアダムがやって来たのは、町の頂上――シタデルのある広場だった。煉瓦壁に描かれたカナンの壁画周辺はもう随分と落ち着いている。時おりぱらぱらと人がやってくる程度で、人垣ができることはまずない。しかも、資料館を利用するためだったり散歩の道すがらだったりして、わざわざ壁の前で立ち止まって深々と観察する者はいなかった。

 隣の少年は先ほどからもうずっと、剥き出しになった壁画をまるで親の仇とでも言わんばかりに睨みつけている。


「あのー、テオさん?」

「なんですか」


 もはやテオは言葉の棘を隠そうともしない。こいつ本当に可愛げがないなと胸中で悪態をつきつつも、アダムは兄貴風を吹かして笑みを絶やさない。


「さっきからあの壁画のこと気にしてるよな。写生でもしたいのか? だったらもっと近くでスケッチしようぜ」

「写生? まさか!」


 はんっと鼻で笑うテオに、アダムは軽い苛立ちを覚える。彼は眉根を寄せたまま、アダムの顔から身体、つま先までをじろじろと遠慮なく品定めしてくる。


「なんだよ」

「まぁいいでしょう。やりますやります、スケッチします。仕方ないからアダムくんでも描いてあげますよ」

「なんで俺、妥協の対象にされてるわけ?」


 アダムは眉間にしわを寄せると、「そもそもさあ」とテオの眼前に人差し指を突きつける。


「乗り気じゃないのになんで俺を誘うんだよ。取り巻きを誘えばいいだろ。お前、いっつもまわりに何人もはべらせてんじゃん。あいつらはどうしたよ?」


 学園の中にカーストがあるとすれば、きっとこの少年はピラミッドの天辺に君臨しているはずだ。常に取り巻きを五〜六人は従えているし、なにより彼の纏う余裕と華やかさには王者の風格がある。


「ダメなんですよ、彼らだと」

「ただのスケッチだろ? ダメもクソもあるか」

「僕がアダム君とスケッチしたいって言ってるんですからいいじゃないですか。何が不満なんですか?」

「わがままな王子様かよ」


 テオはぶすっと顔をしかめながらも、アダムをモデルに本当にスケッチをしはじめた。先ほどまで一ミリも鉛筆を動かしていなかった男だが、その手際は随分といい。いいが、顔はちっとも楽しそうじゃない。


「本物そっくりにカッコよく描けよな」

「モデルは喋らないでください。あと動くのも禁止です」

「いや俺にもスケッチさせてくれよ」


 口をひらけばすぐさま鉛筆の先を突きつけられた。このまま目の前で踊りまくってやろうか、などと一瞬反抗的なことを考えたが、差し向けられた鋭い切っ先で一突きにされそうだったのでやめた。

 そのうち、アダムは自分がやたら相手に気を揉んでいるのがどうにも馬鹿らしく思えてきた。「あーっ」とひと思いに声を出せば、途端にテオの肩がびくりと揺れて、迷惑そうな顔がこちらを向く。


「なんなんですか、急に大きな声出して! 昼間から酔ってるんですか?」

「うるせえっ。そもそもなんで俺がお前なんかに気ィ使わなきゃなんねんだ。決めた、俺も好きにやる! スケッチはもう終わり!」


 アダムは乱暴に手元のスケッチブックを閉じると、鞄から別のスケッチブックを取り出した。濃いひまわり色の表紙を開き、パラパラとページをいくつか捲る。やがてアダムは目当ての箇所を探し当てる。


絵の下書き(エスキース)ですか?」

「おう」


 テオが興味津々にスケッチブックを覗き込んできた。

 開かれたページに描かれているのは、古い石造りの建物、左下に向かって続く坂道……つまりコルテの街並みをスケッチしたもので、この町を訪れてから手を付け始めたものだ。下書きなので色は付けていないが、いずれキャンバスには暮れなずむコルテの風景を描く予定でいる。


「俺は自分の絵を進める。お前は俺の美しい顔でもスケッチしやがれ」

「ここにいる人たち、アダム君の旅仲間ですよね」


 テオはアダムの戯言を無視してエスキースの一部に着目する。彼が指さした部分には、小さくだが坂道を下る三人の人影があった。


「よくわかったな。新しい町を訪れるたびに、一枚ずつ描いてんだよ」

「ということはもう何枚か溜まってるんですね」

「ヴェネチアのカーニバルとか、アジャクシオのサーカスとか、ひまわり畑が有名な村とか……まぁ、いろいろある」

「見せてくださいよ」

「えええ……うーん……」

「そこまで言って出し惜しみします?」


 テオが当然の如く手を突き出してくる。アダムは逡巡した末に、しぶしぶスケッチブックを手渡した。

 描き終えた本物のキャンバスは車のトランクに積んである。今ここで見せるのはあくまでエスキースだけだ。もしもキャンバスのほうを見たいから持ってこいなんて命令してきたら、アダムはテオを崖から放り投げるつもりだ。


「全部の絵に彼らを描いてるんですね」


 ぱらぱらとページを捲りながら、テオは真剣な顔でエスキースを観察している。


「あいつらには無断だけどな」

「そこは許可取りましょうよ」


 冗談めかして言えば、テオにぴしゃりと叱られた。至極もっともな意見なのだが、気恥ずかしさが先に立ってアダムはなかなかこれらの絵を本人たちに見せられずにいる。


「どうして彼らをモデルに絵を描こうって思ったんです?」

「あ? うーん……描きたかったからじゃねえの? わかんねえけど」


 答えを濁したのが不満だったのか、テオは難しい顔をしてこちらを睨んできた。


「そういう曖昧な答えが聞きたいわけじゃありません」

「や、仕方ねえだろ? 本当のことなんだから」

「ふーん。それってどんな感情ですか? 恋する女の子みたいな感じですか? それともご褒美をもらうためにテスト勉強を頑張るみたいな? 描きたいものがあるとか、僕にはよくわかりませんね」


 随分冷めた物言いをするんだな、とアダムは少し驚いた。だが、攻めた語調が最後に弱まったのも、まるで子どもの強がりのように聞こえて妙に気にかかる。


「なんつーか……外からじゃなくて内からくるんだよ、それ(・・)は」

「内?」


 アダムは鞄から自前のボトル炭酸水を取り出す。容器を揺すると、青色のボトルの底からふつふつと小さな気泡が湧き起こった。


「こんな風に心が揺さぶられて、腹の底から炭酸ジュースみたいにシュワシュワしたもんが湧き上がってくる。それが身体の隅々まで広がって、俺は左手を動かさずにはいられなくなるんだ。わかる? この、シュワシュワしたもんを、どうにかこうにかキャンバスに形として残したくなる感じ」

「…………アダム君って、説明下手くそですね」


 ものすごく真面目な顔で馬鹿にされた。


「この野郎、ひとがせっかく真面目に伝えようとしてんのに」


 アダムはボトルのキャップを外して炭酸水をごくりと喉に流し込んだ。訊くだけ訊いておいて、テオはすっと興味を失くしたように手元のスケッチに視線を落とす。パラパラと何枚もページを捲り、時おり手を止めて描き出された町の輪郭や、人間のシルエットをヘーゼルグリーンの瞳に映し込ませている。


「テオには言ったっけ。俺、はじめは一人で島を回ってたんだ。昔は馬鹿の一つ覚えみたいに絵を描きまくってたんだけど、その頃はもう全然絵なんか描いてなくてさ。描いてないっつーか、描けなかったつーか」


 アダムは自身の膝にあるスケッチブックに鉛筆の先を走らせながら、ぽつぽつ喋る。


「初耳ですけど。へぇ、スランプですか?」


 短い問い掛けが返ってきたことにアダムは少し驚いた。こちらの話など適当に聞き流していると思っていたからだ。けれど、テオのにやにやした顔を見てアダムはすぐにわかった。


「お前、他人の不幸を楽しんでやがるな……」

「えー? まさかぁ。アダム君に興味があるだけですよ。で、スランプになってメンタルボロボロになったって話ですか?」

「わくわくすんな! まずスランプじゃねえし」

「あそうなんですか」


 テオの目からさっと輝きが消え、視線は再びスケッチブックへと引き返していく。


「スランプって、描けないけど気持ちは描けるようになりたいって焦ってるじゃん? その逆? 描きたいなんて感じもしなかったんだ。たぶん一生筆なんて持たねえだろうとも思ってたよ、その頃は」

「なるほど、いわゆる挫折ってやつですね!」


 再びテオがこちらに顔を向けた。瞳があからさまに輝いている。


「自分がミジンコに感じるほど絶大な才能に出会いでもしましたか?」

「お前ほんと他人の不幸話好きだな……。まぁ、たくさん出会ったのは事実だけどよ。そういうんじゃなくて。俺、昔は自由に描かせてもらえなかったんだ。親父(おやじ)が厳しくてさ。いろいろあって、結局最後は筆を持つのもキャンバスを見るのも苦しくなって。それで、逃げたんだ。絵を描くことから」


 未完成だったエスキースに残りの線を描き足して、アダムは表面を手でサッと払う。コルテの町をモデルにした絵のエスキースはこれで完成だ。


「あいつらに出会ってから、たまたま絵を描く機会があってさあ。もう数年ぶりってくらい久々にスケッチブックを開いたんだよ。紙ってこんなざらざらしてたっけ、とか、ヘタクソになってねえかな、とかバカみたいに不安になりながら手探りで描いてさ」


 厳密には絵画ではなく、村の看板だ。星空の美しい村で出会ったとある少女のために、勢いのまま描き上げた看板だった。

 あのときアダムは、暗がりで一人泣きそぼる少女に幼い自分の姿を重ねていた。夢を諦めようともがくが、決して消えない炎をその胸に隠している。路地裏で俯き座り込んでいた自分を、“たった一枚の絵画”で救い出してくれた魔法使いがいた。彼らに出会ったのは、ちょうど少女と同じくらいの年齢だっただろうか。

 彼らのように、自分も誰かのヒーローになりたかったのかもしれない。アダムは喋りながら、ふとそんなことを思った。


「久しぶりに描いたらやっぱりしっくりこない部分もあって、下手くそになってんなーって思うところも多かったんだけどよ。でもさ、できあがった絵を見てあいつら、“好き”って言ってくれたんだよな――俺のこんな絵でも」


 どこの誰とも知れない人間の描いた絵を、それでもあの二人は素直に受け入れてくれた。


「んなこと言われたら嬉しいじゃん。あ、単純だな俺って思うけどさ」


 彼らにとっては何気ない一言だったかもしれない。けれどその言葉は、アダムに勇気と自信を取り戻させた。


「きっとそこからなんだ。だんだん意識が変わってったのは。今は俺、絵が描けて幸せだって思う」

「楽しいですか。絵を描くことが」

「楽しいよ」


 アダムは迷わず即答した。


「そんな風に感じることなんてもう一生ないって思うくらい、絵を描くのが嫌いになってたのに。人生なにが起こるかわかんねえよな」


 広場の端に植えられた栗の木の下で、ムクドリの群れが落ちた実をつついている。

 背が低く、うねった幹を左右に伸ばす低木。あの下で、ルカとニノンとともに栗の実を拾ったこともあった。ニコラスがちょうどニキに捕まり、屋根の修理を手伝わされていた頃だ。

 黙々と栗を拾うルカの隣で、ニノンは大粒の栗の実を腕いっぱいに抱き、子どものようにはしゃいでいた。


 彼女はいつも本当に楽しそうに笑う。

 その笑顔を目にするとき、アダムは度々春の日差しを思い出した。

 カルヴィの町で牧師(ちちおや)に蔑まれながらも必死で追いかけた、あの光の移ろい。

 手を伸ばしても決して掴めない、けれど確かにそこにあるもの。


 かつて光に恋した画家が多く存在したことを、アダムは知っている。

 彼らの作品に触れるうちに、いつしか自分なりに光を掴みたいと願うようになった。夏のコルシカ島に溢れる眩いばかりの鮮烈な光。それもいいが、もっと穏やかで、懐かしくて、あたたかい光。そういうものがいい。

 今しがたエスキースを完成させたそばから、アダムの頭の中では新たな構想が形を成しつつあった。


「あいつらと出会ってから、毎日楽しいんだよ。そりゃ厄介なことも起こるけどな。でも、こんな日がずっと続けばいいのになって思うくらいには気に入ってるわけ。だから今このエスキースを描いてるのかもな……」


 余韻に浸っていたアダムはハッと我に帰り、「いま喋ったことはあいつらには言うなよ! 絶対に!」と慌てて釘を刺した。なにを呑気に喋っているのだろう、とアダムの胸に後悔の念が押し寄せる。しかもあのテオ相手にである。

 だが、当の本人はというと弱みを握ったと悪い顔をするでもなく、目を細くするばかりだった。


「喋りませんよ。そんなみんなが幸せになるような話」

「想像以上にひでえ返しだ」


 不味いものでも食べた時のように顔をしかめるアダムを無視し、テオはスケッチブックをぱたんと閉じる。


「単純でもいいじゃないですか」

「あ? 俺のこと単純なバカって言ったか?」

「…………どこかできっかけを待ってたんですよ、アダム君は。もう描かないなんて言う人間がいつまで経ってもスケッチブックを持ち歩くはずないでしょう」

「うぐ」


 突き返されたひまわり色の表紙のスケッチブックを受け取りながら、アダムは口をへの字に曲げる。


「それは、だから、捨てようと思って……別にいつか絵を描くために持ち歩いてたわけじゃねーよ」

「そうですか? 僕がアダム君なら速攻で捨てますけどね」


 はっきり言いきって、それからテオは小さく笑った。嫌味ったらしいものではなく、どこか諭すような笑い方だった。


「なんだよ。笑うなよ」

「どうやっても絵描きをやめられない人間なんだなって、羨ましく感じたんですよ。その情熱は一体どこから生まれるんですか? まぁ、それも才能なんでしょうね」

「才能じゃねえ。運がよかっただけだ」


 描き終えたエスキースを眺めながら、アダムはぶっきらぼうに言い返す。

 心を揺さぶってくる対象にたまたま出会えただけ。だから自分は運が良かった。それだけのことだと、アダムは今でも思っている。


「テオがどんな理由で画家を目指してるの知らねえけど、ただ稼ぎたいからってだけじゃないんだろ。なんとなく、喋っててそう思ったんだけど」

「そんな風に見えますか?」

「なんとなくっつっただろ。もし絵を描く理由が金だけじゃないなら、テオだってそういう対象に出会えばすぐにわかる。俺のあの下手くそな説明の意味がきっと理解できるさ」

「運か……。努力でどうにもならない類のステータスですねぇ」


 ぽつりと呟くテオの膝上にふと視線がいく。広げられていたのは先ほどまで書き込んでいたスケッチブックで、そこには後ろで髪を一つに結んだ男の横顔がさっとスケッチされていた。男は左手で鉛筆を握り、俯き加減で何かを描いている。

 光を宿した涼しげな目元が、普段からよく見る鏡の向こうの自分とそっくりだ。


「うーん。俺ってやっぱ男前だな」


 しみじみ呟くと、テオは馬鹿にしたように鼻で笑った。


「筋金入りのナルシストですね」

「事実じゃん」


 自分で言うのもなんだが、端正な顔立ちやほっそりとした骨格など、全体的な特徴をよく捉えている。アダムは感心して顎をさすった。


「それにしてもテオって絵上手いよな。さすが優等生」

「は? それ、馬鹿にしてます?」

「いやいや、なんでそうなる。デッサン力高えよなって褒めてんだよ。デッサンの上手さってほら、高還元の基本だし…………え、なに怒ってんだよ?」

「別に?」


 嫌味で言ったわけではないのに、テオは憎々しげにこちらを睨めつけてくる。アダムからしてみれは、デッサン力の高さは画家のポテンシャルの高さでもある。なによりその力は、自らの手で掴み取れる才能なのだ。

 自分だったら努力が認められるのは嬉しい、とアダムは思う。だがテオはそう思わないらしい。


「いいですよね、アダム君は自分の絵を『好き』って言ってくれる相手がいて」

「はあ? やっぱお前、なんか怒ってるだろ」

「ふつう、そんなのないですよって言ってるんです。絵画を好きかどうか(・・・・・・)で測る人間なんて――僕は……そんな人間に一人しか出会ったことがありません」


 テオは自分の描いたデッサンを隠すように、荒々しくスケッチブックを閉じた。

 推し量りようのない相手の気持ちにアダムがやきもきしていると、どこからか「おーい」と呼び声が聞こえてきた。

 坂道の方を振り返れば、その人物は片手を上げて広場にやってきた。いつも通り、黄色いワンピースに赤いポンチョを羽織り、ポンチョのフードで頭をすっぽりと隠している。


「ニノン。どうしたんだよ、そんなに急いで」

「こんにちは、ニノンさん」

「あれ、こんにちはテオ君。アダム、ルカ見てない? 教室に行ったんだけど、いなくて」

 テオに軽く挨拶したニノンは、アダムに向き直って尋ねた。

「――あ」


 今朝ルカから言伝を預かっていたことを思い出し、アダムはひとり己の額を手のひらで覆う。


「え、なに? 知ってるの?」

「ああ、知ってる。作業場所が変わったらしい」

「そうなの?」

「今はこのメモに書いてある教室で作業してるはずだ」


 アダムは今朝方ルカから受け取ったメモをニノンに手渡した。


「ここにくる途中で一旦家に寄って伝えてほしいって言われてたんだけど、すっかり忘れてたぜ」

「えーっ、やっぱり! 急にいなくなるなんておかしいと思った」


 むくれるニノンに、アダムは「わりィ」と頬を掻いた。


「いつもの教室は自由に作業するスペースだって聞いてたんだけどな。授業で使うのかな?」

「ああそれは、人のいない部屋で作業したいからだって言ってたぜ。ほら、フェルメールのじいさんがやたらうるさかっただろ、あんまり人に見せるなって。でも大型の機械が揃ってる学園で作業する方が効率いいからってことで、今別の部屋でミーシャちゃんと一緒に……」

「えっ!」

「え!?」


 そこまで説明したところで、左右の腕を別々の人物に引っ掴まれた。ニノンと――何故かテオに。


「な、なんでそこでミーシャちゃんが出てくるの?」

「あの二人、いつの間にそんなに親密になったんですか?」


 アダムはぎょっとして、鬼気迫る二つの顔を交互に見比べる。


「いや、知らねえよ……ってかなんでテオが驚くんだよ。お前は別に関係ないだろ?」


 テオはハッと我に返り、腕を掴んでいた手を恥ずかしげに離した。ニノンもつられて腕を離す。


「あ、す、すみません。ちょっと個人的に……その……」


 俯きながら口をもごつかせるテオの顔は耳まで真っ赤に染まっていた。にやにやと底意地の悪い笑みを浮かべる普段の少年とはまるで別人である。


「あー……」


 察しのいいアダムは、これ以上追求するのは酷だなと身を引こうとした。だが、この手の話に目がないニノンは容赦しない。


「テオくん、もしかしてミーシャちゃんのこと好きなの!?」

「ど直球に言ってやるなよ!」


 まるで、道路の真ん中でうずくまる子猫に時速一二〇キロで突っ込む暴走車だ。あっけなく跳ね飛ばされたかと思いきや、テオは「違いますよっ!」と顔を真っ赤にして言い返した。


「そんなキッチュな感情じゃありません! 彼女は……彼女は僕の、ヒーロー(・・・・)なんです。推しなんですよ!」

「……OSHI?」


***


謎の多い美少女ミーシャと、学園の優等生テオの意外な関係とは?

次回は「第137話 ミーシャは何者?」の予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] ニノンちゃんの天然爆弾炸裂( *´艸`) テオの意外な一面にもニヤニヤしつつ、修羅場?確定ですかねっ(わくわく)←
[良い点] アダム、好きだ…… テオくん予兆はあったけど、いい性格してるね…… [一言] アダム一生推します。旅仲間のエスキースありがとう!!
[一言] 推し! ツンツンツンのテオ君の推し! さらにややこしい感じになりそう( *´艸`)←
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