第111話 オールドラングサイン(1)
フェルメールはゆったりと目を瞬き、要領を得ないまま頷いた。
「いかにも、彼女は日本人じゃが。それがどうかしたか?」
「ええ……いえ」
一方のカナコは明らかに動揺していた。口元に手をあてしばらく考え込んでいた彼女は、
「なぜ、彼女は日本人らしからぬお名前なのでしょう」
難しい顔をしたまま再びそんなことを訊ねた。
「ふむ。画家はしばしば本名とは異なる名を名乗ることがある。画号、というやつじゃな。彼女も油絵を描くときは画号を用いておった」
「貴方は、そのお方の本当のお名前をご存知ですのね」
うむ、と頷いて、フェルメールは顎髭に手を埋めた。
「彼女の本来の名は栄という」
「そ――」
あらん限りに目を見開いて、カナコは呆然と呟いた。
「そのお方、きっと、わたくしのおばあさまですわ」
「なんじゃと?」
今度はフェルメールがぎょっとする番だった。フェルメールだけではない。その他の面々も様々に驚いては空気をざわつかせている。
「おいおい、あんたたち知り合いだったのか?」
「待て、わしはつい今まで知らなんだぞ」
「わたくしもですわ。でも、だって、あまりにも経緯が酷似しているのですもの! わたくしのおばあさまももともとは画家でしたの。けれど善哉家に嫁ぐことになって、修復家に転向しましたのよ」
そういえば、とルカは思い出す。教室でカナコが憧れの人物云々と熱く語っていた中に、そのような話題が挙がっていたような気もする。
「それにわたくし、以前お伺いしたことがありますのよ。おばあさまの旧姓は『岡本』だったって。イニシャルは『O』になりますでしょう?」
フェルメールは口をもごつかせた。オカモトという苗字に聞き覚えがあるのだろう。
「なんと……じゃが、まさか彼女の孫がこの島に…………」
フェルメールは目を細め、カナコを頭からつま先でじろじろと観察した。
「うむ、言われてみれば目鼻立ちにそこはかとなく面影があるような気がするわい」
「わたくし、おじいさま似なのですけれど」
フェルメールは誤魔化すように咳払いをした。
カナコは胡散臭いとでも言いたげな目をしていたが、ふっと瞼を半分下ろし、祖母の絵画を大事そうに腕に抱いた。その目は大切な思い出でも見るようにキャンバスを覗き込んでいる。
「わたくし、何も知らずに酷い修復をしてしまったのね。再修復が成功して本当によかった……。でもなぜ、おばあさまはわざわざ小難しい技法なんかを用いて絵を描いたのかしら。一体どんな想いで筆を、とったのかしら……」
ひとり語りかける彼女に背を向けて、フェルメールは静かにルカの前まで歩み寄ってきた。ん、と思う間に、皺くちゃの両手のひらがルカの手をしっかりと包み込む。
「わしはお前さんらに礼を言わねばならん。心からの礼をじゃ。意固地になっていた自分の心のせいで、あやうく栄さんの想いを潰してしまうところじゃったからな。本当に、ありがとう」
「いえ、別に。修復家としてできることをしただけです」
「ほっほ。老いぼれの感謝は素直に受け取っておきなさい」
深い皺がいくつも刻まれた壮年の手は思ったよりも力強かった。そ、とルカは灰色の目を見上げる。彼の目は穏やかだった。その視線が不意に逸れて、違う人物に向けられた。
「お前さんの弟子は立派に育ったな。のう、光太郎よ」
「そうでしょう」
と、光太郎は惜しげもなく満面の笑みを見せる。
「僕は正直、色の濃い裏打ち紙でも使ってキャンバスに裏側から黄色やオレンジ色を透かすのかと思っていたんですよ。そうやって元の色味に近付けるんだろうなって。蓋を開けてみれば、そんな誤魔化すような手法は全然使っていなかった。まさか、本当にオリジナルの材料を掻き集めてきて元に戻しちゃうなんてね――そこまで面倒なこと、僕にはちょっと考えつかないから正直びっくりしたし、すごいなって思ったんだよ」
最後の言葉はルカに投げられたものだった。あっという間に光太郎の腕が伸びてきて、ルカの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「ルカは僕の自慢の弟子だ」
「父さん、髪がぐちゃぐちゃになる」
賛辞を喜んで受け取るほどまだ素直にはなれなくて、ルカは頭の手を振り払った。光太郎は「あらら」と言いながらも頬を緩めっぱなしにしている。これもすべて照れ隠しなんだと見通しているのだ。それがまた悔しくて、ルカはこれ以上頭を撫でられないようにじりじりと後退した。ニノンの隣にまで下がったところで、ふふっと小さく笑う声がした。
「あの絵画ね、すごく喜んでる気がするよ」
彼女の視線の先ではカナコがまだ絵画とじっと向き合っている。
「ニノン、また何か感じるのか?」
「修復がうまくいったから、エリオさんの絵の時みたいに触れば何か見えるかもしれないんだけど……」
ニノンは中途半端に言葉を濁し、視線を泳がせた。
絵に触れてもいいものかどうか悩んでいるのだと、ルカは思った。今まで修復してきた絵画はどれも、多かれ少なかれ画家や持ち主の真意を確かめる必要があった。けれど今回は違う。リリー・Oが伝えたかった思いは既に、このキャンバス上にすべて表れている。
まだ戸惑ったままのニノンに、フェルメールはゆっくりとした足取りで近付いていき、やがて目の前で恭しく背を屈めた。
「存じておりますぞ、ニノン様」
「え……え?」
「感受、とわしらは呼んでおりましたが」
「センス……?」
「貴女様のそのお力のこともすべて、わしは存じております。じゃがそのようなことは必要ありませんぞ。こうして最後にこの絵の真の姿を拝めただけで充分ですじゃ」
ありがたそうにこうべを垂れるフェルメールの体を、ニノンは慌てて揺り起こす。
「待って、おじいちゃん。私のことを何か知ってるの?」
「え、どういうことだよじーさん。こいつのこと、何か知ってるのかよ?」
思わずといった風にアダムも横槍をいれる。ルカはというと、咄嗟にニコラスの様子を確認した。だが彼はただ腕を組んで突っ立っているだけだった。ずいぶん落ち着いている。焦る様子など微塵も感じられない。
「じーさん、ニノンは記憶喪失でさ、昔のこと覚えてねェんだ。何か知ってるなら教えてやってくれよ」
「おじいちゃん……」
フェルメールは慈しむようにニノンの両肩を抱いた。
「失くした記憶は自身で探さねばならないと、なによりニノン様は自分で理解しておられるじゃろう。何故だかわかりますかな」
ニノンは年老いた男の慈愛に満ちた目を見つめた。
「私の、心の問題だから」
フェルメールは優しく頷いてみせた。
「自ら記憶の扉を開ける時、少しでも拒絶の気持ちが残っていれば心は再び扉に鍵を掛けてくれる。じゃが他人から聞かされるのであればそうはいきませんからの。他人の言葉は『開錠しかできぬ鍵』ですじゃ。思い出すことを目的にしてはなりませんぞ」
「うん……そうだよね。私、自分で鍵を探してみる」
「真に求めるならば、その者の前に自ずと道はひらかれる――ですぞ、ニノン様」
「ありがとう、おじいちゃん」
頷いた直後、ニノンは驚いたように目を見開いた。
「どうした?」と適当に声を掛けるアダムの事を無視して、ニノンはごしごしと目を擦る。
「おじいちゃん……フェルメールさんって、そんな顔だったっけ…………あれ、私、あなたのことなんて呼んでたんだっけ……?」
記憶の断片を辿っていくように、ニノンがたどたどしく言葉を口にする。フェルメールの顔に深く刻まれた皺。その一本一本から滲み出る慈愛に、少しの寂しさが混じり始めた時。
予期せぬ閃光が視界を駆け抜けた。目の前が真っ白になったかと思うと、ルカは魂を無理やり身体から引き剥がされるような感覚に襲われた。
自由になった魂は白い光の中へと引き込まれていく――。
*
『わたくし、自分の名前があまり好きじゃなくて。何かいい名前はないかしら?』
『名前は親からの最初のギフトだぞ。めったなことを言うもんじゃない』
『でも少し古くさいのよ。ちょっと恥ずかしいわ。せめてこっちで活動する時だけでも。ねぇお願い、物知りアンリ?』
コの字型の建物に挟まれた場所に、青々とした芝が広がっていた。ルカはその中央に生えるプラタナスの木の頭上から、二人の男女を俯瞰している。
『君のその――エイという名の由来はなんだ?』
『栄えるとか、華やぐとか、それから名誉とか。とにかく仰々しいの。どうせ画号にするなら重すぎないもので、綺麗な名前がいいわ』
男はうんうんと首をひねった。大きな青葉の隙間から見える、艶々としたふたつの黒髪。風が吹いて、女性の長くしなやかな髪がさらわれる。
『リリーなんてどうだろう』
やにわに発せられた男の声には、勢いがあった。
『リリー?』
『そう。ロイヤルリリーだよ。かつての王家の象徴。厳密に言えば紋章に使われているのはアヤメの花だけど。細かいことはいいだろう。とにかく意味は繁栄と名誉。君の名前にぴったりだ』
『なんだかやっぱり仰々しい……』
『じゃあ大層な意味は削ろう。ただのユリの花ならどうかな?』
視界がゆっくりと降下する。プラタナスの青葉がどんどん近付いて、どんどん近付いて、やがて若葉の緑色で目の前がいっぱいになった。
『立派な一輪の白ユリだ』
『ふぅん。リリー……リリー・O……うん、なかなかいいかも』
控えめだけど嬉しそうな女性の声。
視界いっぱいの緑色はキャンバスの一端に変わっていた。そこへ、ぬっと先の尖った細い筆が現れる。筆先が太陽の光の色で文字を紡いでいく。
リリー・O。
キャンバスの右下に刻まれた小さなサイン――今まさに完成したばかりの絵画を、黒髪の女性がイーゼルから抱え下ろした。
ここは工房かアトリエだろうか。油のにおいは充満しているがきちんと整頓されている。その部屋の真ん中に、先ほどと同じ黒々とした髪の二人の男女が立っている。
『ねぇアンリ、あなたの故郷であるこの島にはポリフォニーって多声合唱の文化があるでしょう。わたくし、ポリフォニーってとっても大好きなのよ』
『僕も時折歌うよ。お祭りの時や、祝い事の時なんかに』
『ええ。他にもあるでしょう』
『他にも……?』
栄はにこりと笑ってその絵画を差し出した。
『これをあなたに託すわ』
それは見覚えのある森の絵だった。夕暮れが訪れる前の――六〇年前に描かれたばかりの、緑色の森の絵だ。
『絵の具が乾いたらワニスを塗って。この絵は六〇年後に夕暮れになるわ。そうすればきっと、わたくしの言った事の意味がわかるわよ。あなたへのもうひとつのプレゼント。楽しみにしておいて』
女性は唇に人差し指を押し当てて、煌びやかに笑った。
絵を受け取った男はみっともなく鼻を赤くしていたが、かろうじて笑顔を口元に縫い付けた。
『本当に絵描きを辞めちゃうのか。もったいないな』
『あら。学んだ技術はこれからも活かしていくわ。わたくしは修復家として生まれ変わるのよ。画家の魂を後世に引き継いでいく仕事よ、素晴らしいじゃない?』
『ああ、まったくだ』
『アンリもよ。夢を叶えるのでしょう? あなたはいつか偉大なる美術館の館長になるのよ』
ルカは二人の会話をもっと近くで聞きたくて、見えない身体に力を込めた。椅子やイーゼルをすり抜けて、視界は彼らにゆっくりと近付いていく。
『そんな大それたことは考えてない』
若かりし頃のフェルメールが気まずそうに頬を掻いた。
『僕には絵描きの才能はない。だけど絵が好きだ。絵はヒトにしか描けないものだから。誰もが異なる魂を持っているように、誰一人として同じ絵を描かない。ひとつとして同じ人生はないからだ。それってすごいことじゃないか?』
熱く語る己を律するように、フェルメールはわざとらしく咳払いをした。栄はそんな彼に期待と催促のこもった眼差しを向けている。
『……芸術に触れていると、ヒトに生まれてよかったと思える。ほんの一端でいい、僕はこれからも絵や芸術に触れて生きていきたい。そして、同じような人たちが同じように生きていけるための手助けをしたい。ただ、それだけで』
『充分よ。それだけなんて……おかしな人』
意志の強そうな眉をぴんと上げて、栄は綺麗に微笑んだ。
『アンリ、夢を叶えて』
『栄……』
『わたくしはじきにこの地を離れてしまうけれど、同じ方向に向かって歩いている限り、いつかどこかできっと出会うわ。同じ志を持った人間の宿命よ』
『栄、僕は……』
彼女の笑顔に伸ばされた男の手が、ゆらゆらと揺らいだ。絵の具が油に延ばされていくように、それは薄まって指先から消えていく。
『僕は――』
腕の支えをなくしたリリー・Oの絵画がゆっくりと落下をはじめる。
ルカはとっさに手を伸ばしていた。
落ちゆく絵画を残し、全ての背景が溶けて白くなる。手を伸ばす。伸ばす。指先が、届いた――と思ったら、触れたはずの絵画は簡単に腕をすり抜けていった。
緑の森が眼前に近付き――近付いて、次の瞬間、ルカの目は夕暮れの中に重なる膨大な映像を断片的に捉えていた。
若かりし頃のフェルメールだろうか。スーツに着られているような姿で照れ臭そうに笑っている青年が見える。それから、資料を片手に奔走する姿。絵画がずらりと並ぶ、赤い絨毯の廊下を歩いている姿。緊張した面持ちで、おとなしそうな女性と手を繋ぎ歩いている様子。
彼に関するあらゆる記憶の断片が、パッと写っては消えていく。
カチカチカチ。
どこかで秒針が時を刻む音がする。
大勢の人の前で、白髪混じりの頭を下げるフェルメールが見える。拍手が湧き、誰かの声がマイク越しに響いてくる。
――アンリ・フェルメール……ザザ……第四十八代目ル……ザザッ……就任。
その映像に薄く重なるようにして見えていた、リリー・Oの森が、だんだん黄変していく。
カチカチ、カチカチ。
――何故です! 美術館は芸術の味方では……ザザッ
――館長の名におい……断固反対……ザッ……
――市民に芸術を……ザザ……るのが我々の……!
風に舞い上がる新聞紙。
『ルーヴル美術館、その長い歴史に終止符』――大々的に踊る文字が、病的な土気色の手によって破り棄てられる。
〝絵画を愛するあらゆる人々よ〟
〝芸術を尊ぶ同胞よ〟
〝もう誰にも顔向けできぬ!〟
彼の心が痛いまでの叫び声を轟かせた。
頭を抱えうずくまるフェルメールの側を、軽い足取りの男たちが過ぎ去っていく。
――最後の館長、異様に若かったそうじゃないか。
――選出した方もはじめからそのつもりだったんだろう。選ばれし閉館者ってやつだ。
誰とも知れない男たちの下劣な笑い声が真白の空間に木霊する。
閉館者?
美術館長……?
男の人生の長い道のりが、ルカの頭の中でするすると繋がり始めた時。
『見んでくれ!』
突如、しわがれたフェルメールの声が、爆発するようにそう叫んだ。
拒絶の意思が、たちまちのうちにあたりを黒い絵の具で塗りつぶしてゆく。
そうして訪れた闇のただ中に、老人と成り果てたフェルメールがぽつんと座りこんでいた。ボロボロのコートを羽織ったその男は、自身の膝をきつく抱き込んで、もう聞こえないはずの下劣な笑い声に耳を塞いでいる。
固まった絵の具の塊のような黒いものが、フェルメールの周りに集まっていく。それは固く分厚い外殻になって彼を覆い隠してしまった。
「フェルメールさ……」
ルカが叫ぼうとした時、外殻の中からスッと鮮烈な光の筋が射した。光は外殻にヒビを入れ、やがて殻はポロポロと土クズのように崩れ落ちた。
内から漏れ出る光は淡い夕暮れの色をしている。
飴色の優しい光。あのガラス瓶の中で揺蕩うワニスの色だ。
すべてが光に包まれて、もう何も見えなくなる……。
次の瞬間、ルカは暮れなずむ森の中に立っていた。
複雑で繊細な色の重なり。
それらがすべての景色を形作っている。
ここはリリー・Oの描いた世界。
ルカはあたりを見渡し、フェルメールの姿を探した。
と、ふと真正面にいくつかの人影を捉えた。
木立の間、少しひらけた土地で、人が輪になって踊っている。子どもとも大人ともつかない人の影が五、六人。
彼らはぴたりと動きを止めると、おでこをくっつけ合うようにして俯き加減になった。
輪の中心から微かに何かが聞こえてくる。
歌だ。
『Should auld acquaintance be forgot, and never brought to mind ?』
彼らは多声合唱を歌っている。
男と女と、大人と子どもの混じり合った声で。この島に古くから伝わる歌を歌っている。
――夕暮れになると、この島の子どもたちは別れ際にこうして『オールドラングサイン』を歌うのよね。
エコー掛かった栄の声がどこからか響いてくる。
――わたくしの故郷でも似たような習わしがあったわ。まだ遊んでいたいけど、帰らないといけない時に。また明日ねって、約束を込めて歌うのよ。
オールドラングサインは古くからコルシカ島で歌い継がれた島歌であり、子守歌でもあり、また別れの常套句の代わりに歌う歌でもあった。
――だからわたくしはこの歌が大好きなの。だってこの歌は、旧友との再会を喜ぶ歌だから。
黒い影が輪になって歌う。声を重ね合わせながら。
『かつて私たちは丘を駆け、可憐なデイジーを摘んだものだね……。だが古き昔より時は去り、私たちはよろめくばかりの距離を隔てて彷徨っていた……』
ルカは――ルカだけではないだろう、今この瞬間を共に感じている者すべてが、栄の想いに触れていた。
そしてほぼ同時に理解した。
なぜ彼女がこの絵を描いたのか。
なにを伝えたかったのか。
彼女は、日本で昔から大切にされてきた伝統的な概念を重んじ、愛していた。
時の流れを劣るものと捉えずに、味わうべき醍醐味であると捉える美もあることを、彼女は己の手で証明したかったのだ。
『旧友は忘れていくものなのだろうか?』
『過ぎ去りし日々は心から消え果てるものだろうか?』
――いいえ、消えないわ。
輪の中にいた一人の男が、冴えた女性の声に促されるままに顔をあげた。それは老齢のフェルメールだった。
彼は風に手をひかれるままに輪からそっと抜け出すと、幼い少年のような笑みを浮かべた。
その風は女の形を纏い、やがて栄の姿に変容する。
『我が親友よ、この手をとっておくれ。
古き昔のために、親愛の一杯を飲み干そう』
二人は手をとって向かい合い、声を重ね合わせる。
木々の隙間から差し込んだ西日が彼らを照らした。一筋の強い光はやがて視界の隅々まで行きわたり――すべてが赤とオレンジにのみ込まれた。
温かくやわらかな光の中に吸い込まれながら、ルカは最後までその歌を耳に感じていた。
夕暮れ時の、オールドラングサインを。
And there's a hand my trusty fiere.
And gies a hand o' thine.
And we'll tak a right gude-willie waught,
for auld lang syne
for auld lang syne.――――……




