第101話 ニキ・ボルゲーゼという男
「コータローなのか、本当に?」
繰り返される問いに、目を丸くしたままだった光太郎の顔がゆっくりと笑顔に変わっていく。ニキと呼ばれた男の肩がたちまちのうちに浮き上がる。二人は互いに駆け寄り、力強く抱擁を交わした。
「久しいな、コータロー!」
「ニキ、元気そうだね」
「そっちこそ」
背中に回した手で肩口を叩きあい、痩せただの変わってないだのと口々に言いながら嬉しそうに笑っている。
その場にいた面々はぽかんと口をあけて彼らの様子を眺めていた。妙な組み合わせの再会劇は、はっきり言って違和感の塊にしか見えない。
ややあって、アダムが思い出したようにルカの脇を小突いた。
「なぁ。あの人、ルカの父ちゃんの知り合っぽいけど」
「ん……そうかも」
「マジ?」
「いや」
そうかも、というよりそう見える、だ。
目を丸くするアダムの隣で、ニコラスとニノンも耳を大きくしてこちらに顔を向けている。その後ろに、カナコのしかめっ面が見えた。
「誰かは知らない」
ルカはそっと肩をすくめると、興味津々な視線から逃れるように前を向いた。
――父さんに、知り合い?
この十五年間、ルカの知りうる限りにおいて、道野家が仕事以外で他人と関わることはほとんどなかったと記憶している。だから、父親の知り合いという概念自体がとても奇妙なもののように思えて仕方なかったのだ。
赤茶けた土壁ばかりのコルテの街並みは今や、どこもかしこも燃えるように赤い。密集する建物の隙間から西日が強く射し込んでいる。逆光によって影を落とした二つのシルエットは、写し絵のようにそっくりに見える。背格好が似ているからだろう。片方が何事かを口にすると、もう片方が肩を揺らして笑う。
知り合いというよりも、親しげな友人と呼んだ方がしっくりくる。
懐疑的な視線に気付いたのか、光太郎の目がちらりとこちらを窺った。
「あー」
続けて咳払いをひとつ。背筋を正すと、改まった声でこんなことを問うてきた。
「ほら、ルカ。覚えてるかな」
ルカは眉をひそめて相手の男を見上げた。
覚えてる――会ったことがあるのか、鉄橋以外で?
「…………誰?」
もう一度光太郎に視線を戻し、ルカは眉根を寄せた。光太郎は眉を八の字に垂らすと、残念なほど情けない顔になる。おあずけをくらった大型犬のような感じだ。
ぶっ、と渦中の男が背後で吹き出した。ルカは視線だけを男に移す。
「さすがに覚えてないでしょ。なんせ、コータローの家の地下室を作った時に会ったきりだ」
「え――地下室?」
「あの頃はまだかなり小さかったもんな」
ニキはぐるっと回り込むと、光太郎とルカの間に割って入った。
「背なんか、ぼくの腰にも届かないくらいで」
と言いながら、手を腰辺りにあてて背丈を測る真似をする。
「地下室を作ったんですか、ニキさんが?」
「そうだよ」
何食わぬ顔で頷かれ、ルカは次の言葉を見失った。
首を捻っている間に、ニキの思考はすでに昔の記憶に飛んでしまったようだ。
「ぼくはね、どうせ引っ越すんならもっと便利な町にしておけって言ったんだ。なにもあんな、行くのも一苦労する山岳地帯に家をこしらえなくてもってさ」
「不便な場所をわざと選んだんだよ」
光太郎が一応の訂正を入れる。
「目的を考えれば、辺鄙な所の方が安心だろう? それに僕の一存でレヴィに住むと決めたわけじゃないしね。むしろ決めたのは父親なんだから」
「そりゃそうだけどさ――じゃなくて。人の流れが滞留してる場所ってのは外部からの流入を拒む奴らが多い。それって今も昔も変わらない理だろ」
「地の人たちは結束が強いって話かい?」
「よそ者が嫌いって話。あんな典型的な田舎の村に移り住んでさ、大変なのは目に見えてたはずなのに……」
ニキはそこで言葉を止めると、ふと懐かしそうに目を細め、ルカを見た。そして――
「うわっ」
「それがこんなに大きくなったんだもんな」
ボールでも鷲掴むように、乱暴な手つきでルカの頭を撫でた。
「そうだろう。ルカは本当にしっかり者なんだよ。早起きだし料理はうまいし、羊の扱いだって修復だって、なんでも器用にこなしちゃうんだ。いつも背中を叩かれるのは親の僕の方で」
「だろうなあ。いやたいしたもんだよ」
大人二人でまた勝手なことを喋っている。ルカは無言で頭の上の手を払い落とした。ニキが驚いたようにパチパチと目を瞬く。それからまもなくして盛大な笑い声をあげた。
「見た目はコータローとよく似てるのに、中身は全然似てないな!」
「頭を撫でられて手を振り払うところがですか?」
「はは、ごめんってば」
まだ少し笑いながら、ニキは目尻に溜まった涙を人差し指で拭った。
そして、唐突に右手を突き出した。
ルカは疑り深い眼差しで、差し出された手とニキの顔を交互に見やる。
「ニキ・ボルゲーゼだ。同胞だから安心しな」
「ボルゲーゼ……?」
「地下室も、絵の入った箱もぜんぶ、ぼくらが造った。ぼくらというか、ぼくの一家だな。建築家なんだ、ボルゲーゼ家は代々」
彼の発した響きに引っ掛かりを覚えて、ルカは脳裏に意識をまわした。その名前を見たことがある。どこか大事な場面で。
ボルゲーゼ――。
それは鮮明な光を引き連れて、瞬時にある光景を脳裏に蘇らせた。
あれは――レヴィを出発する朝の記憶。ベッドに横たわる光太郎から託された、一通の手紙だ。地図と共に折り重ねられた便箋。中に書き記されていたのは、四つに散らばった絵画の〈保有者〉とその〈在り処〉。
レヴィ、フィリドーザ、コルテ、カルヴィにて、以下の者に絵画を託す……。
道野、ゾラ、フェルメール、そしてボルゲーゼ。
ハッと意識を引き戻し、ルカは目の前の男を見上げた。
「もしかして、四枚目の絵画を保有しているボルゲーゼさんですか?」
「え!?」
と、すぐそばで三人の素っ頓狂な声が重なった。彼らはすぐさまぐるっと首を回し、男の姿を遠慮なく精察する。あまりに直接的な態度に、今度はニキが後ずさる番だった。
「今はぼくがボルゲーゼ家の末になるのかな。もちろん、絵はちゃんと保管してある」
差し出されたままの右手に視線を落とすと、薬指の根元には確かにごつごつとした銀色の指輪がはめられていた。他の者たちも視線の先に気付いたらしい。
「これ、あの指輪だぜ」
「本物?」
ニノンとアダムは顔を寄せあって、上から下から指輪をじろじろ観察している。
「間違いないね」
最後に、首に下げていた自身の指輪と見比べながらニコラスがそう断定した。
「あのね、君たち」
さすがのニキも、不躾に見つめられるのは癪にさわったらしい。さっと右手を引っ込めると不服そうに唇を尖らせた。
「一目で信じてもらえないなんて心外だよぼくは」
「そりゃ、あんたの」
「あそっか」
あんたのせいだよ、とアダムが吐き出す前に、ニキは一人納得して両手を叩く。
「手紙に書かれてる保管場所が〈カルヴィ〉だったから怪しんでたんだな」
鉄橋ではしゃいでたせいだよ、と事の詳細を知る誰もがしたり顔の男に心の中で突っ込みを入れる。
「実はこっちに引っ越したんだよ。一昨年か、その前か」
「ちょっと待ってくれ。引っ越しただって?」
真っ先に反応を示したのは光太郎だった。あまりに驚いたせいか、すっかり声がひっくり返っている。
「じゃあ今はカルヴィじゃなくて」
「コルテに住んでる」
「一昨年から?」
「たぶん」
光太郎は頭を抱えて溜息をついた。
「だから連絡がつかなかったのか。いやでも、ここで会えてよかったよ。うん。本当によかった」
「悪い悪い。すっかり連絡忘れてたな」
誤魔化すように笑うニキに、光太郎が珍しく説教している。手紙の内容に相違があったのだから当然だ。
そんなやり取りを遠くで聞きながら、ルカは頭の中の情報を忙しなく整理していた。三枚目の絵画はコルテに住むフェルメールの元に保管されている。そして、カルヴィ――コルテを北西に進んだ先にある港町で、アダムの故郷でもある――に保管されているはずの四枚目の絵画は今、目の前にいる男が所持している。
つまりこの街で、ベニスの仮面に奪われた一枚を除き、すべての絵画が揃うということだ。
温かさを伴った興奮が、腹の中で静やかに膨らんでいくのをルカは感じた。背の高い草むらの中を漫然と歩き続けた先で、ふいに視界が拓けたような、そんな心地だった。
「あの」
呼びかけると、ニキはん、とこちらを向いた。
「実は今、その絵画を回収してるんですけど」
「回収。誰が?」
「私たち」
と、横から首を突き出すニノン。
「そう……え、なんで」
「その絵が窃盗団に狙われてるからです」
再びルカが答えると、ニキの表情は途端に固いものに変わった。
「あの絵の存在はほとんど誰にも知られてないはずだけど。そもそも狙われてるって? どういうこと?」
鋭い視線がルカを射抜いた。言葉の節々から不信感が滲み出ているのが分かる。こうなることが分かっていたから、光太郎は事前に連絡を取ろうとしてくれたのだろう。
その時、緑色のスキニーパンツを履いた長い足が、ルカを庇うように一歩前に歩み出た。
「春先だったかな。この子の家の地下に保管されていた絵画が盗まれたんだよ。奴ら――『ベニスの仮面』は絵画のタイトルまで知っていた。どこで情報を仕入れたのかは知らないけど、あべこべに盗んでるわけじゃない。あんたらが保管している絵が狙われてるのは明らかなのさ。ベニスの仮面って言やあ名前くらいは知ってるだろ?」
「……あなたは?」
「ニコラス・ダリ。あんたの言う同胞ってやつだね」
ニコラスは首から下げたチェーンを手繰り寄せ、ペンダントトップとしてぶら下げてあった指輪を指でつまんで見せた。
ようやく事態を飲み込んだのか、ニキは勢いよく首をまわして光太郎を凝視した。観念したように光太郎が肩をすくめる。
「ごめん。僕の地下室に保管してあった絵画、盗まれたんだ」
「マジの話なの? あの地下室で保管してあった絵が? アンデルセンの鍵も付けてあったのに?」
言葉は岩のようにずしんずしんとのし掛かり、光太郎の肩がますます下がっていく。
「そう言うあんたはちゃんと保管できてんだろーな」
アダムはガンを飛ばしながら、人差し指をニキの顔に突きつける。
「失礼だな。しっかり隠してあるよ。っていうか君こそ誰だ?」
「俺か? 俺はなァ」
「アダムだよ。私たちの運転手」
ニノンが本人より先に答え、笑顔でアダムの人差し指をぐいっと押し下げる。
「異議はあるけどだいたいその通りだ」
アダムが不服そうにその手を払いのける。
「へえ。あそう。ま、絵画のことはコータローが言うなら嘘じゃないと思うし、そこまで言うなら渡してもいいよ。代わりにルカが保管してくれるってことでいいんだよね?」
「はい、それはもちろん」
やっと交渉が成立したその時、すぐそばで地面を踏み鳴らすイライラとした足音が聞こえた。
「あなたたち、先ほどから一体なんの話をしていらっしゃいますの?」
鬼のような形相のカナコだった。一人置いてけぼりを食らった苛立ちが爆発しそうになっているのだ。
「隠された絵画がなんとかって仰ってましたわね」
カナコの肩越しに、銘々が手で顔を覆い天を仰ぐ姿が見える。転がり込んできた幸運にばかり気を取られていて、カナコの存在をすっかり忘れていた。
「言ったかな、そんなこと」
「下手くそな嘘は見苦しいですわよ」
逃げるように外した視線を追って、カナコはじりじりと間合いを詰めてくる。
「ベニスの仮面に狙われてるんですって? 彼ら、巷の噂によると還元率の高そうな絵画ばかりを狙う窃盗団だとか」
「善哉さん……顔が近いよ」
「つまり」
ずん、とカナコの右足が石畳を踏みつけた。
「あなたたちは絵画を不法所持しているということですわね」
「いや、それは。所持というか。まぁそうなんだけど」
ルカが言葉尻を濁しても、彼女は別段腹をたてたりしなかった。逆に目を爛々と輝かせる始末。
「わたくしもルーヴルの端くれ。聞いてしまったからには見過ごせませんわ」
つまり、絵画類所持等取締法のことをカナコは言っているのだ。
法が施行されたのはルカたちがミュラシオルに滞在している最中のことだった。夕方のニュース番組、街角で集まるマダムたちの遠慮のない会話、カフェのテラスで老人が耳を傾ける音の割れたラジオ。新たに制定された世界法の話題は至るところから流れてきたから、ルカも朧げながら内容については把握している。
『――本日はAEP事業評論家の××さんをお迎えしております。それではさっそくですが、新しく施行された絵画類所持等取締法について詳しく解説していただきましょう』
薄っぺらい液晶画面の向こうで、女性アナウンサーといかにも専門家というような格好の男がテーブルを挟んで向かい合っている。よくある対談形式の経済番組だ。
確かベルの家のリビングで見た番組だった。夕食を済ませたあと、寄り合った数人とともに何気なくテレビを眺めていた時、たまたま流れていたものだ。
『法の基本的な内容については先ほどのVTRの通りですね。ではなぜ今なのか、という話になります――時にみなさんは、先月下旬から発生しているエネルギー価格の高騰について、もうご存知ですね』
『先日、ルーヴル本部からの報告がありましたね。技術的な問題が発生していると。高騰は来月から一旦落ち着く見込みとも発表されていますね』
『はい、はい。その通りです。そして来月からは順次計画停電に切り替えていくと。つまり、依然として電力不足は続いているわけですね。で、同じタイミングで絵画法に新たな項目が追加されたと。これは決して偶然ではありません』
『と、いいますと』
『不法な所持をなぜ取り締まらなければならないのか? なぜ今なのか? 解りやすいように、こんなものを用意してみま』
男性が大判のフリップを取り出すところで画面が切り替わる。
『明日は南北ともに晴れるでしょう。ただし沿岸部は』
『ニンニクスライスは香りがひらくまでオリーブオイルで炒めます。あ、まだですよ。豚肉はまだで』
ソファの上でコニファーがテレビに向かってリモコンを突き出している。しきりにチャンネルを切り替えるが、目当ての番組になかなかたどり着けないらしい。難しい顔で何度もボタンを押すコニファーからリモコンを掠め取り、アダムか代わりにチャンネルを操作してやっている……。
「白熱してるところ悪いんだけどさ」
唐突に声を掛けられ、ルカの思考もテレビ番組のように切り替わった。
「もう日も暮れるし、話し合いは明日にすれば? ぼくそろそろお腹がへっちゃって」
ニキは眉尻をめいっぱい下げて、己の腹を二、三度さすった。ここで彼女が引き下がるわけはないと思っていたのだが、競り合っていたカナコの体はあまりにもあっさりと離れていった。
「いいでしょう。明日たっぷりお話を聞かせていただきますわ」
一体どういう風の吹き回しか。余裕綽々で踵を返すカナコに、アダムが余計な一言を言い放つ。
「んなこと言っちゃってさあ。カナちゃん、じいさんのとこに謝りに行くための心の準備がまだできてないんだろ。大丈夫だって、俺たちも着いてってやるから」
カナコはつかつかと引き返してきて、無言でアダムの足を踏みつけた。「いッ」と声にならない悲鳴をあげるアダムを捨て置き、今度こそ茄子紺の袴を翻して坂道を大股に下ってゆく。
「明日、きっちりフェルメール邸に顔を出してさしあげますわ。あなたたちこそ逃げ出したりなさらないことね。今度はお咎めなしというわけにはいきませんわよ!」
まるで捨て台詞のようなことを叫びながら、カナコは本当に行ってしまった。
「カナコちゃん、私たちがルーヴルに潜入したこと知ってたんだ」
彼女の姿が見えなくなってから、ゾッとした顔でニノンが呟く。
「クロード・ゴーギャンが話したんだろうね。ほら、ニノン、館内で遭遇したって言ってたでしょう」
「そっか。おじさんとカナコちゃんは相棒だもんね」
「私たちがオルセー研究所に侵入したことまで知ってるかどうかは定かではないけど」
「つーかお咎めなしってほんとかよ。安心してもいいんだよな? そもそも先に手ェ出してきたのはあっちなんだけど」
口々に言いあう三人の表情は、はじめこそ緊張感を帯びていたが、徐々に安堵めいたものに変わっていった。
それからすぐに宿の話になり、「まだ押さえていないからあんたの家に泊めてくれ」とアダムは早々にニキへ迫った。
「まじで金ないんだって、俺たち」
「やだやだ。だって泊まれるほど綺麗じゃないし」
「汚くてもいいから。な、頼むよ。命の恩人からのお願いだと思ってさあ」
「げぇ。その言い方、ずるいよ」
渋るニキに、アダムは卑怯な言葉を度々振りかざしている。そんな二人の攻防を視界の端に留めながらも、ルカの思考はもうずっと、ルーヴルの中心――オンファロスの地下深くに囚われたままだった。
ガラス作りの三角錐が集めた太陽光によって、地上と同じように黄金に輝くイモーテルの花畑。風もないのに漂ってくる独特の香りが、鼻の奥でふと蘇った。
部外者が侵入したという話が一体どこまで広まっているのかは分からない。少なくとも、ルカがオンファロスの最深部に到達した事実は、ダニエラによって隠蔽されているはずだ。下手に噂が広まり、興味を持つ者が増えることによって困るのは向こうの方だからだ。
こうして易々と逃れられたのは、ダニエラの気まぐれなのか。それとも何か理由があるのかもしれない。すべては深い靄に包まれていて、推測するのは困難を極める。
けれど忘れてはいけない。理不尽な制裁は、いつ訪れてもおかしくないのだということを。
「さすがニキさん、話がわかるー」
「部屋が汚いって文句言うなよ!」
「言いませんよお」
アダムの媚びへつらう声が、少し先の方から聞こえてくる。ようやく話にケリがついたらしい。ニキが腕にまとわりつくアダムを鬱陶しげに追い払っている。他の者たちもまばらな足取りで坂道を下り始めていた。
急な人の気配に驚いたのか、前方に並び建つアパルトマンの屋根から、カラスの群れが一斉に飛び立った。紅蓮の空に無数の黒い影が散っていく。
ふとニノンが振り返り、こちらに向かって手招きした。
「行こう、ルカ」
ルカは小さく頷き返すと、再び歩き始める。鼻腔の奥に残るかすかな花の幻嗅。背筋を伝ういやな寒気に、気付かぬふりをして。




