Ep.01「集まりし4人」
「お兄様、自然の力は不思議ですね」
「急に山に登りたいって言い出したと思ったらよ。勉強熱心な妹なことで」
「お兄様は独学で魔術生みだしちゃうんですから気付かないだけです。私は自然に触れ合って学ぶタイプなんです」
「別にいいけど。だが、そろそろ下山するぞ。天気が悪くなってきた」
「あと少しだけ待ってください」
「おいおい。雨降ってきてんだから早くしてくれ」
「お待たせしました、お兄様。では、帰りま―」
ドゴゴゴゴッッッ
「!」
「この音、何でしょうか?」
「近い…まさか!!」
ドゴゴゴゴゴゴゴッッッッッ
「走れ、葵。土砂崩れだ」
「えっ、は、はい!」
ゴオオオオオオッッッ
「ちっ、まずいな…」
「キャッ」
ズザッ
「おい、大丈夫か!?」
「足が…」
ドゴゴゴゴゴッッッッ
「ちっ!!」
「お兄様―!!」
ヴゥゥゥン
「ここで、お前を死なせるもんか!!」
キュイイイインッ
俺、雷凱零那は国立特殊魔導術学院・東武学舎に通う一年だ。小さい頃から親の魔術本を使って遊んでいたこともあり、魔術に関しては異常に賢かったりする。しかし、その知識が活躍するのは国家技術魔導学という国クラスの技術機関だけであり、一般常識と言える基本魔術学に関しては全くの音痴である。そんな俺が、基本魔術学の次に苦手なものがある。朝だ。早寝早起きを実践しても起きられない。結果、二度三度と寝てしまうのだが…
「起きてくださいお兄様。もう朝です!」
誰かが俺の身体を揺する。
「学校だりぃ。寝かせてくれよ」
「ダメです。ちゃんと起きて!」
揺する力が強くなる。俺は布団に潜り込み抵抗する。
「…無理」
しばらく抵抗すると起こすのを諦めたか相手の動きがやむ。そして、なにかガサゴソと何かを鞄から取り出す音が聞こえてくる。
「では、お兄様の寝顔を学校中に公開しますね!」
音がやみ、相手がそう言った。へ?ちょっと待て!
俺は勢いよく布団から飛び出し相手の手にもつ写真を見る。見事に爆睡している俺がそこに写っていた。
「お兄様。学校には病気と伝えておきます」
「待て、行くから。学校行くから勘弁してくれ」
「ふふ。お兄様可愛い」
彼女は雛前葵。俺とは血縁のある双子の妹で、ある事故の後に親が離婚したことでしばらく会う機会が無かった。東武学舎に入学するにあたり葵自身の希望により俺が借りているマンションで居候している。その妹と再会し、東武学舎に入学して2週間経つ。登校中、葵が俺に話しかける。
「お兄様、ゴールデンウィークはどう過ごされますか?」
「は?さすがに早すぎだろ。まだ学舎に入って2週間しか経ってねえのに」
「いいえ、お兄様。こういう連休は早め早めに予定を決めておくのがいいんです」
葵が目を輝かせて言う。聞かれたものの俺自身予定はなんも考えてないわけで、
「いや、特になんも決めてないな」
さらっと答える。
「まず、遊ぶといっても友人の予定も聞かなきゃだしな。そして、あんまり俺からは誘わない方だ」
俺の言い分に葵は冷ややかな目線をおくる。
「お兄様、そういうにしてはお友達いませんよね?」
「いやいやいや、待てや。いるわ、友人いるわ!」
慌てて答える。葵はさらに目線をおくる。
「慌てるということはいたとしても一人二人でしょうか?」
にんまりとほほ笑みながら俺を挑発してくる妹。俺は葵にとって一体どんなキャラだと思われてんだ。
「俺を苛めてそんなに楽しいか?」
俺の質問に葵はくびを振る。
「違いますよ。今までお兄様と会えなかったのが寂しくて、今はその分妹らしくいちゃついてもいいかなと」
ああ、そういう考え方なのね。確かに別々になって7、8年一切会うことなかったからな。思うことがあっても仕方はないが。
「程はあるだろ?」
「てへっ、そうですね。気をつけます」
全くと思いつつも葵とのやり取りに嬉しさを感じる俺がいた。今までの空白の時間を、この学校生活でどこまで埋められるかは分からない。だが、彼女の中が抱え込んでいた寂しさを少しでも癒してあげたいと兄的な感情で考えていた。話題は他にも授業について、クラスメイトについてなどと楽しく雑談をしながら学校へと向かった。
教室に入り席に着くと、俺の前に座る生徒が声をかけてきた。
「…雷凱、おはよう」
「おう。おはよ、上河内」
彼は上河内侑亮。6年前からの友人で表現するなら寡黙キャラだ。クラスで一番背が高く、小学の頃いじめの的にされてたことがある。今は俺がその心の傷を癒しつつ友達づくりを手伝っているわけだが、問題は俺以外のやつとあまり会話しないことだ。妹である葵ともまだ抵抗する状態である。それに葵自身もくじけずにコンタクトをし続けている。俺は彼女自身が考える作戦には関わらず状況を静観している。
「侑ちゃん、おはようございます」
葵の呼び方に慣れてないのもあるのか、上河内は顔を歪ませて挨拶に答える。
「…おはよう」
「侑ちゃん。5月の連休お兄様と遊びに行くのですが、ご一緒にどうですか?」
「…特に予定はない。だが、人の多い場所は行かない」
うむ…まだ人の多い行楽地は無理だな。さて、どう出るかな?葵。
「わかりました。では、人気の少ない場所探してみますので見つかりましたら連絡します」
「…把握した」
葵は、上河内から返事をもらうとやる気に満ちた顔で俺の方に振り向く。
「ではお兄様、失礼します」
「ああ、遊びの話は他のやつ誘うんじゃねえぞ。あとは俺の知人を当たってみる」
そう言うと、葵は右手を掲げ他の友人の集まる方へと去って行った。
「ま、知人といっても一人しかいねえが」
「…彼女なら問題ない」
「でも、まだこの時間じゃ登校してねえしな。放課後にも寄ってみるか?」
「了解」
話題に一区切りつき俺は机に寝そべる。
「寝る。適当に起こしてくれ」
上河内はコクンと頷き前の方に向きを戻す。それを確認してわずかながら魔術を解放する。
「俺は…寝る…」
数分待たないうちに俺は眠りに落ちた。
放課後、もう一人の友人と会うべく屋上へ向かう。それに上河内を同行する。俺は足を止めず、後ろから後を追う彼に話しかける。
「あいつとはまったく人見知りしないんだな」
彼は表情変えずに答える。
「彼女とは昔からの知り合いだ。抵抗はない」
「そんなもんか?」
「それに最初は俺と同じだった」
気づいた時には、俺の歩いている隣にまで彼が追い付いていた。
「そういや、馴染めなかったあいつに最初話しかけたのがお前だったな。人見知りなやつがすることじゃねえと思ったが」
彼女は俺たちが中学の頃に転校してきた。基本的には初めは馴染めなくて当たり前だと考えているが、彼女は例外…外国人だった。当時は全く日本語を話せない状態でクラスメイトの中には彼女を侮辱するものもいた。そんな状況を見てて耐えられなくなった上河内は自分から彼女に歩み寄り声をかけたのだった。
「気になっただけだ。それに、周りの人は彼女に嫌な視線をおくっていた」
彼がわずかに怒っているような顔をみせた。自分の表情に気づいてかすぐに目線を落とし、話を続けた。
「原因は違うにしろ、俺みたいな思いを受けるのは耐えられなかった。自分への試練だとも思った。自身に勇気をもつための試練だと」
日本語が分からなくてもコミュニケーションをとる方法として上河内が考えたのが、世界共通で使われている基礎魔術文字式だった。彼は小学の頃から一人で基礎魔術学の勉強に手をつけていた。そのため真っ先に魔術文字の存在に考えがいったのだろう。彼は魔術文字で文章を書き彼女に渡す。その紙を読んだ彼女をペンを走らせて上河内に返す。そこに書かれていた文字は紛れもない魔術文字だった。
「いやあ、あの時に思い知らされたな。魔術文字の大切さ」
「頭で考えてることと身体の構えだけで魔術を発動させるあなたには敵わない。でも、自分のやってきたことが役に立った初めての瞬間だった」
あれから彼女に日本語や文化を教えつつ、俺や上河内も国外の魔術について学ばせてもらった。今では彼女は日本語もペラペラと話せてこの学校では人気者となっている。しかも、新たな舞台に足を踏み入れようと努力しているとか。
思い出話を語っているうちに屋上へと続く扉の前に着いた俺たちはドアにある入室登録装置に生徒コードを入力する。認証が終わりロックが外れる効果音がなると、ドアがスライドし視界に夕焼け空が映る。その屋上の奥に声が聞こえた。
「歌か?上河内、この歌知ってる?」
「いや、分からない。しかし、声は間違いない」
歌声の主であろう彼女を見つけるため広いフロアを進む。声が貯水タンクのあたりから聞こえてるとわかった俺たちが近くまで来た時、タンクの陰から「キャアッ」と悲鳴が聞こえた。
「どうした!」
「寄るぞ」
俺たちは貯水タンクのもとへ走る。そこには横たわる長髪の女子生徒一人と身体から魔力を発している男子生徒5人が立っていた。状況を把握した俺と上河内が女子生徒の前に出る。
「お前ら…ネクタイのカラー的に先輩と見たが、ここで何してんだ?」
俺がそう彼らに問うと、笑いながら一人が答える。
「何だ?こいつの仲間か?俺たちはこいつにマナーを教えてようとしてただけさ」
もう一人が話を続ける。
「そうそう、俺たちがここで遊んでる中に変な歌を歌いやがって。気が散るんだよ」
「だからと言ってお前らの屋上でもねえだろ?」
当り前のことを返すが、彼らはさっきと態度を変え罵声をあびせる。
「ああん?世の中は先輩主義なんだよ!最近の後輩はおつむが出来てねえんじゃねえのか?」
「これは俺たち先輩が直々に教育しなくちゃタダメだなあ!!」
先輩らが身体の魔力を強める。こうなったらやるしかねえか。
「雷凱君、上河内君、ゴネンね…」
彼女が謝る。それに対して上河内が彼女に手を差し伸べる。
「謝らなくていい。フィーナは悪くない」
「ああ、謝る必要はねえさ。上河内、フィーナを保護して後ろに下がれ。ちょっくら暴れさせてもらう」
俺は上河内に伝えると、身体の魔力を解放する。それにより周囲の大気に複数の蒼い稲妻が走る。
「いいぜ。あんたらがその気なら、後輩の俺が肉体的精神的に教育しなおしてやるよ」
俺の魔力を解放してか、数人の先輩がそわそわし始める。
「何だ?あいつの魔力、異質だぞ」
「何で大気から稲妻が走ってんだ?あいつ何者だよ」
戸惑う彼らをリーダーらしき先輩一人が怒鳴る。
「こんなやつに何怯んでんだ?ただの小細工だろ?挑発しやがって」
先輩は右手を突き出し術式を展開する。
「そんな余裕、すぐになくしてやんよ!!」
その右手から火炎が俺に向かって放たれた。射程は直線型。俺は「そのくらい」と軽くかわす。俺の立っていた場所は一直線に黒く焦げていた。かわした先には先輩二人が魔力を発した拳を繰り出す。2発分も軽く避け、先輩たちから距離をとる。
「ちょこまかとっ!」
「動きを封じてやる」
一人が地面に魔術陣を展開する。ピキッと意識的に何かを感じその場から後退する。すると、もといた場所から複数の蔓が出現した。蔓は俺に的を定めたか、その身を一直線に伸ばしてきた。俺もさすがに避けきれないと諦め身を構える。そして、猛スピードで近づく蔓が俺に突き刺さる…寸前だ。その蔓はズサッという音とともに両断され、地面から延びていたものと共に光となって消えた。
「な、なんだ!何なんだよその手のものは!」
先輩の一人が俺の右手にもつ物を指さして驚きの表情を見せる。他の数人もそれに驚きと恐怖の顔を浮かべていた。
「そうだな、どうせ記憶を消し飛ばすから教えといてやるよ。これは、自身の魔力の出力と頭のイメージで発現させた剣。名づけるなら《魔導光剣》だ。」
小さい頃の俺は、葵や両親の知らないところで父親の高等魔術学についての書物を読んでは実践して遊んでいた。ある時負担を減らせないかと魔術のイメージと発動のモーションを決めることで出力を調整できると結論に至ったときに誕生したのがこの剣だった。以降もその独学論で技を生み出したのだが、この学院に入学するにあたり気づいたことがあった。それは、
「この技を含めて俺の今まで習得してきたスキルは、世間の一般魔術学では発現できないってことだ。子供の遊びが過ぎた結果だな」
俺は右手にもつ剣を構えモーションを取る。
「ひ、ちょっと待て。俺たちが悪かった」
「痛いのは嫌だ!!助けてくれ!」
「大丈夫だ。加減はしてやんよ」
俺は脚に魔力を集中させて地面を蹴る。その一瞬で先輩たちとの間合いを詰め、右手の剣を振るう。最後の一人を斬り、先輩たちの後ろへ到達した俺は右手の剣を薙いで消滅させる。
「雷空剣技・神風一閃!!」
剣の消滅とともに俺が駆け抜けた所を蒼い稲妻が抜け、先輩たちはその場に倒れこんだ。俺は右手に魔術陣を展開し、その手で地面を叩く。すると、右手の魔術陣が地面に浮き出て横になる先輩たちを囲んだ。
「罪には罰を、ここでの記憶と一部のスキルを封じさせてもらう。夢幻・憶歴施錠!」
術名に反応し魔術陣が輝きを放つ。光は先輩たちを包みこみ、次に視界が戻ると彼らはそのままだったが、発動していた魔術陣は完了と共に消滅していった。俺は、「ふぅ」と息を吐いて上河内のもとへ向かった。
上河内は屋上の出入り口の手前で、彼らに襲われていた女子生徒を介抱していた。俺も走って傍に合流する。
「上河内、待たせたな」
「怪我はないようで」
「あんな奴らに油断しねえさ」
俺は目線を彼の隣に向ける。彼女は未だに身体を震わせている。
「フィーナ、すまん。もう少し早く来てれば」
「いいよ、雷凱君。本当に私は二人に助けてもらってばかりだね…」
彼女は、俺たちに涙目で微笑んだ。フィーナステラ・リリウス、それが彼女の名前だ。中学からの付き合いの転校生で、上河内がつくった最初の友人である。いつもは元気な顔を見せているが、外国人という理由でさっきの先輩らのような人間に狙われることが少なくない。そのため、可能な限りは俺たち三人で集まって行動している。
「俺たちは親友。気にすることは一つもない」
「ああ。それに明日からは一緒のクラスだしな」
教師に抗議して、彼女のクラス替えを許可してもらったのだ。証拠集めるの大変だったぜ。
「え、私、これから雷凱君や上河内君と一緒の教室?」
「ああ。またよろしくな、フィーナ」
「…一緒に頑張ろう、フィーナ」
「ぐすん…うん。よろしくね、二人とも!」
フィーナが俺たちに抱きつく。俺と上河内が苦笑いしてると、屋上の扉が開く。
「お兄様、遅すぎます。何をしていたのですか!」
妹が現れた。あ、この状況やべえ…
「お兄様、これは一体…?」
「待て、ちゃんと話すから。場所を変えよう、な!」
「私という妹を置いていって、お兄様は…」
「事情があってだな。一応言うがフィーナは昔からの友人だ」
「それなら私にも紹介してもよろしいじゃないですか!」
「それは葵が用事があるとかで今まで紹介する機会がなかっただけだ」
「そうやって私だけのせいにするのですか!」
「ああもう、分かったよ!」
俺はフィーナの傍から立ち上がり、葵のもとへ向かう。そして、目の前に立って彼女を抱きよせる。
「!!!!!」
葵は動揺しつつも、自身の腕を俺の腰にまわす。
「やれやれ…」
後ろではフィーナが上河内の手を借りて立ち上がり、元気な顔を見せていた。
「さて、じゃあ帰りますか」
こうして騒動も現地解決で終わり夜が更けていった。そしてこれから俺、葵、上河内、フィーナを中心とした学校生活が新たに始まる。