記憶と呪い
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「ん? ああ、朝か。朝……ッそうだ、行き倒れさんっ!!」
寝ぼけていた頭が一気に覚醒する。
門限ほったらかしたので寮長の鬼の形相が一瞬浮かぶもそんなことより行き倒れさんだ。
僕は跳ね起きた。僕にかけられていたシーツが落ちるのにも気づかずに行き倒れさんの方を見て――固まった。
「行き倒れ…………さん?」
「……ん。どうかした、の?」
起きていたことにはべつに驚きはない。
小首をかしげている行き倒れさん。
いや美少女だと分かっていたことだけどまさか目を開くとこんなに可愛いだなんて。
吸い込まれそうなほど大きく黒い瞳に、鈴を転がしたようなすっきりとした声音。
いやそんなことはどうでも……は、よくないけどひとまず置いておいて問題は行き倒れさんが――
「行き倒れさん!? なんでルーンを撫でているの!?」
そう、ルーンを撫でていた。
その事実に思わず僕らしくもないヒステリックな声で叫んでしまった。
「……? かわいかった、から?」
「可愛いよ!? 確かにルーンは滅茶苦茶可愛いけどさ!! 君はルーンがなにかを分かって撫でてるの!?」
「……カラ、ス?」
「そうカラス! カラスだよ!? 厄災、破壊、悪魔の象徴だ!! 近づいたら呪われるとも言われているんだよ! 本当に分かっているのかい!?」
「初耳……」
「なら早く手を除けるんだ! 僕は呪いなんて信じていないけど万が一のこともある! それに今の君を誰かが見たら確実に……」
「……と、いうより私の記憶が、全部、ない?」
「なっ!?」
「……気がついたら、この部屋にいた」
僕の言葉を紡ぐ動作が急停止した。
なるほど。それならばこの国であまりにも有名なカラスの呪いのことを知らないのも頷ける。
「……私は、どうしてここにいる、の?」
「……あ、ああ、それはね――」
商店通りで行き倒れてたこと、僕が宿に運んで介抱しておいたことを告げる。もちろんやましいことはなにもしていないと強調しておいて。
おや? なんだか行き倒れさんが難しい、張り詰めた表情をしているけれどどうしたのかな?
「……あなたは、私の命の恩人なの、ね?」
「いやいや、大げさすぎるよ。僕が放っておいても誰かが助けたかもしれないし。」
とんでもないことを言いだしたので訂正したけれど、彼女はすぐに難しい顔をして悩んでしまった。
さて僕も考えなければ……正直記憶喪失の少女なんてものは僕がなんとかできる範囲をとうに越えている。
「困ったな……とりあえず騎士団に連れて行くか?」
「それだけはダメッ!!」
「うおっ!?」
街の自警を行っている騎士団に引き渡そうと思ったのだけれど今までの喋り方とは変わって驚くほど強く否定された。記憶がないのに騎士団が嫌……?
「理由を聞いてもいいかな?」
「……? なんでだ、ろ? わかんないけどダメ」
いや怪しすぎるだろ……
だけど多分この娘に害意はない。僕は常に悪意を浴びてるから人の感情には敏感になっているし、なによりルーンが僕の敵に懐くはずがない。
少なくとも行き倒れさんが僕に危害を加えることはないと思って大丈夫でしょ。
とすると……行き倒れさんが記憶を失う前のことが原因なのかもしれないな。潜在的な記憶が反射的に拒否してるのかも。
行き倒れさんになにがあったかは気になるけどそれは今考えるべきことではないか。
「君の持ち物に身分がわかる物はないかな?」
「……ん、ちょっと待って、て?」
そういうと行き倒れさんはボロボロの服にあちこち手を突っ込んで探し始めた。そういえば顔以外はまだ汚いんだよなぁ……どんなことがあったらあそこまでボロボロになるのか。
そんなことを考えていると行き倒れさんはなにかを見つけたみたいでこちらに手渡してくる。
「えっと……何々?王立聖魔学園入学許可証……ってこれ僕と同じ学園じゃないか!」
王立の学園は15歳になった瞬間から16歳までの全ての人の入学が認められる。この許可証の日付からして行き倒れさんは15歳であることがわかったな。
ふむ、王立聖魔学園に入学するなら僕が手助けするだけでなんとかなるかもしれないな。
そして入学許可証ということはもちろん自分の名前も書かれている。
「セツナ・ウキヨエ? 君の名前らしいんだけど聞き覚えある?」
ふるふると首を横に振る行き倒れ……ウキヨエさん。
というかこの独特な名前……もしかして極東の国生まれか? 外国ならカラスの話も知るはずないけど。
あっカラスで思い出したけどルーンを早く回収しないと! あいつウキヨエさんの腕の中で寝てやがる!
そんな脱線したことを考えているとウキヨエさんから話かけられた。
「…………私のことは、セツって呼ん、で?」
「へ?」
「……だって私はきっと、昔の私とは違うのだから、ね?」
セツ……か。
彼女もいろいろ悩んでいるのだろうな。
でも、その呼び名を使っていいのは彼女と親しい人だけなんだろう。あくまで本当の名前はセツナ・ウキヨエなのだから。そして彼女は僕と仲良くはなれない。なっちゃいけない。
僕のせいで彼女が傷つくことはあっちゃいけないはずだ。そう決心して彼女に告げる。
「僕は……君をその名で呼べない。」