9 死獣アルデチカ・フェマ
武術大会は盛大に行われている。
カトールの中央にあるその円形の建物はとても広く、充分に人が入れるようになっていた。丸い試合場を囲むような形で周囲に席がある。どの席からでも試合場が見られるようになのだろうと思うと同時に、まるで見世物のようでもある。
二階以上は全て席になっており、試合場との間には大きな柵がある。試合場の柵の四隅には黒い柱が青白い光をぼんやりと放ちながら立っていた。
そんな武術大会を二階の最前列で私とベイルとリパー・エンドは見ている。いや正確に言うと私とベイルは見ているがリパー・エンドは少し離れた柱の脇で興味なさそうに欠伸をしている。ちょっと来るのが遅くなったが三席ほど空いていてよかった。
「ミチカ、何か飲むか?」
「わ、ありがとうございます!」
ベイルが麦酒を、私は葡萄ジュースを貰って飲みながら観戦することになった。お祭り気分である。
動体視力の鍛錬に行くか、とベイルが私を武術大会に誘ったときにリパー・エンドは「え、行くの?」と首を傾げた。
「別にあんたは来なくていいわよ」と言ったのだが、やれやれと言いたげな表情でついてきた。やれやれはこっちの台詞だ。
「武術大会というか、闘剣場というか。見ている方は気楽なんですね」
私が隣に言うと、ベイルは麦酒を飲みながら答えた。彼の手のサイズの中にすっぽりと入る容器は、片手でつぶせるのではないだろうか、とつい思ってしまう。私は両手で持っている葡萄ジュースのコップを握りしめた。
「出場する奴以外にはいい娯楽だからな。たまに王族も見に来るらしいし。おい両手が震えてんぞ。葡萄で酔ってんのかよ」
「なんでもないです」
少しの変形もしない木のコップを恨めしげに睨んだ後に、中に入っている葡萄のジュースを飲んだ。本当に私は強くなれるのだろうか、ちょっと不安になる。
ふと私は先日の男を思い出した。結局ネロは出るのだろうか。隣に尋ねてみる。
「そういえばベイルさん、ネロ・ドミトリーって知ってますか?」
彼は驚いたような顔をして頷いた。
「まあ……同じ三級門士だし、有名だからな。知ってはいるが……いちゃもんでもつけられたか?」
「あー……いちゃもんというか」
真実は真実なので言いかがりではない。私は当然犯罪者であるし、死霊術士の地位が下落したのも私のせいである。言葉を濁した私に、隣に座ったベイルは私の背中を軽く叩いた。
「あんま気にすんな。あいつは家柄もあってか気位が高い。死霊術士の地位が下落したことに誰よりも激怒してたからな。自分が折角死霊術士で三級門士になって、一級も手の届くところにあったばかりに尚更だ」
慰めるようなベイルの言葉に私は黙って頷いた。
「つってもカトールじゃ実力さえありゃ誰でも一級になれるさ。ただ、見下されるのが大嫌いだからな、あいつは。イラついているんだと思うぜ」
そんな感じは確かにあった。私は頷いて、話題を変えるように別の話をふってみた。
「ベイルさんは大会には出ないんですか?」
彼は大きな手を腰に当てると、うーんと考えた。
「時間がなぁ……級が上がるごとに仕事が増えるから、俺としては三級あたりが丁度良いんだよな」
明るく笑って言うベイルは、確かに馬の世話や後輩の指導、今は私も抱え込んでいる。それなのにあまり気にしたようにも疲れているようにも見えないのは、彼がいつも朗らかな笑みを浮かべているのと、立派な体躯のせいだろう。
いい人だ。だからこそ私やリパー・エンドを押しつけられているのだろうが。思わず拝むようにした私にベイルが声をかける。
「始まるぞ、ミチカ」
言われて向いた試合場には、男達が出てきていた。ベイルの手伝いで遅くなったため、十級から始まったそれはすでに四級門士の試合になっているそうだ。全部で十数人ほどの門士が出てきた。私はこそりとベイルに尋ねる。
「一対一じゃないんですか?」
「そういうのもあるが、希望次第だな。人数が多いときは否応なしに多数戦になる」
足を組んでベイルはその戦いを見ている。私は飲み終えたコップを横に置いて、門士をじっと見つめた。
戦いはすぐに始まった。剣士や武闘家、死霊術士や神聖魔法士などがひしめき合っている。面白いことに武闘家は得物を持った剣士や槍使いに弱く、剣士は切っても復活する死霊術士には弱い。また死霊術士は神聖魔法士に弱く、神聖魔法士は武闘家と剣士に弱い。誰から倒すかもまた選択の一つなのだろう。
その中に一人知っている人がいた。ネロと一緒に来たフィリップだ。赤茶色の髪の毛に茶色の目、細身で優しげな男の人だった。
「あの、ベイルさんあの人、フィリップさんは?」
「ん、ああ。フィリップはネロと同じ死霊術士だな。ネロの使いっ走りのようなことをしてはいるが、結構強い。ほら」
言う間にフィリップの死霊が左右の槍使いをなぎ倒した。彼の死霊はベイルのような巨大な体躯の男だった。その太い腕で吹っ飛ばされた男達はすっと試合場から消えてしまう。
「消えた!?」
「命の危険がありうる怪我をする前に強制退場させられる。左右四ヶ所に神聖呪句が書いてある黒い柱があって体力の九割が削られるか一撃死のダメージを与えられたら治療室に飛ばされるんだ」
それはすごい。しかしそれをあみ出す前に怪我をした人達はどうなったのだろう。聞かずとも返答に想像がついたので私は首を振った。
その瞬間周囲に大きな歓声が沸いた。何事かと左右を見たら、試合場でフィリップが最後の門士を叩き出した所であった。彼は額の汗を拭って優しげな顔に笑みを浮かべると周囲に礼をしている。
『四級門士最終戦、フィリップ・ノベルの勝利です。彼は倒した門士の分、十二点加算になりますので、現在九十六点! 恐らく次回で昇級でしょう!』
周囲のどこからか放送のように発表された。ある場所から他の場所に増幅した声を伝える拡声石と言われるものを使っているのだろうか。その声に再度ぺこりとフィリップは頭を下げ、試合場出口から去って行った。去り際の彼と一瞬目があったような気がしたが、気のせいだろうか。
確かに、彼も強い。通常死霊術士は死霊が攻撃したら自分は無防備になってしまうため攻守で二人召喚するのだが彼は攻撃を全て死霊に任せ、自分はひたすら逃げたり避けたり、場合によっては持っていた棍のようなもので相手をなぎ倒していた。体術も習っている様子が読み取れる。
「すごいですねぇ……」
「一人召喚のほうが強い死霊を使えるからな。フィリップは多分次あたりで三級門士だろうな」
ベイルは笑みを浮かべて言う。
「とするとほら、プライドの高い坊ちゃんが使いっ走りと同じ級の門士で我慢するわけがない」
彼が顎をしゃくったその先には、次の試合に呼び出されたらしきネロと他の門士達がいた。その数もまた十数人ほどである。
『お待たせ致しました! 三級門士戦となりますが、今回は参加者がこれで全てとなりますので、時間も押していることですし多数戦となります!』
一階の試合場から観客席を見回していたネロの目がふっと私と合った。
その顔は忌々しげに歪められ、あからさまに顔を背けられた。
「嫌われてんなぁ」
「そうみたいですねぇ」
日常茶飯事である。であるが私は大きくため息をついた。
「やってこようか? ミチカ」
「いい、黙ってあっち行ってて。なんでこっちにいるのよ」
いつの間に隣に来たのか、リパー・エンドが私の右隣に座っていた。しっしっ、と手を振る。こいつのやるとはおそらく殺るだ。やめていただきたい。
隣に座っている殺人鬼は足を組んで肘を置くと、手の平の上に顎をのせた。薄く笑って試合場を見ている彼の視線はネロに向いていた。
「あれ、ねぇミチカ。あの人誰だっけ?」
「……ネロ・ドミトリーでしょ?」
こいつはまさか座ったまま寝ているのか、あるいはボケなのかと思いながら返事をすると、「ああ」とリパー・エンドは頷いた。
「そんな名前だったっけか。僕どうでもいい人ってすぐ忘れちゃってさ」
ぺろり、と彼の赤い舌が唇を舐める。
ちら、と私を見てリパー・エンドは微笑んだ。
「あれ、さっきからずっと殺気をこっちに放っているんだ。ふふ、いつ攻撃されるのか、すごく楽しみだよね」
――久々に殺せるかも。
そう囁いてきたリパー・エンドの声が、ご馳走を目の前にしたかのようにうきうきと弾んでいるのを、私は黙って聞いていた。
思わず上を見上げたが、円形の天井が見えるばかりで空は見えなかった。きっと今日もまた、鉛のような曇った色なのだろうと思った。
* * * * * * * * * *
「アルデチカ」
ネロが低く宣言した。死霊を呼ぶその声は、支配者の傲慢さを秘めていた。
「来い」
彼が虚空に描いた文様から、禍々しい光が溢れた。その場にいる全ての三級門士が身構えるほどにそれは邪悪なものであった。
私は目に入る光を抑えるように目を細めてそれを見た。彼が使う死霊は一体、どんなものなのだろうか。隣のベイルを伺うように見ると、彼は麦酒を一息で飲み終わり、眉を上げた。
「聞いたことねえな。アルデチカは。でもあいつの使う死霊は大体」
禍々しい光から飛び出して来たそれは。
「合成死霊だ」
キメラ、とも呼ばれるその獣は、虎の身体に背中から生えた山羊の頭、そして尻尾部分に蛇の頭を持つ怪物だった。ぞわりと背筋が粟立った。
信じられない。死した肉体への冒涜とも言えるそれを、彼は当然のように従えて宣言する。
「俺以外の全てを殺せ」
轟、と虎が一声鳴いた。それは生命への憎しみの声でもあり、歪んだ主への忠誠のようでもあった。迎え撃つ神聖魔法士の光を横に飛んで避けたその獣は、その頭を食いちぎろうと飛びかかった。開いた虎の口が閉じる瞬間に、その神聖魔法士は姿を消した。恐らく一撃即死判定なのだろう。
でも、こんなの。こんなのって。
「合成死霊なんて」
呻くような声が私の喉から漏れた。そんなもの、許されるのか。
昔ある死霊術士が人間の合成を試みたことがあった。成功したとも失敗したとも伝えられている。彼は弟子に殺された。なぜならば彼が使った死体は彼の弟子達を殺したものであったからだ。
死体の合成はその時以来、死霊術士の禁忌である。
「人間の死体じゃねぇからな。死霊術士の規約には反してない」
ベイルの声は落ち着いていて、私の震える手とは正反対である。ネロはこんなものを私達に向けようとしたのか。狂気の沙汰だ。
だから一昨日リパー・エンドは「アレを殺しておいたほうがいい」と言ったのだろうか。右を向くとリパー・エンドは試合場を退屈そうに見ている。いつもの彼ならば「殺したい」と言うはずなのに、と私が目を瞬かせると、彼はこちらを向いた。
「ん、どうしたの? ミチカ」
「……」
私が尋ねようとすると、周囲で歓声が聞こえた。最後に残った死霊術士の死霊が、ネロの獣を押さえ込んだのだ。若い少年の彼は「そのまま切り裂け!」と叫んだ。
主の命令を受けた豊満な肉体と厚い筋肉を従えた女戦士の死霊は、言われるままに刃を獣に突き立てた。いや、突き立てようとした。
その刃物は、甲高い音を立てて折れた。
「ありゃあ装甲に刃物使ってんな。獣の毛を一本一本、金剛入りの針金でも植え込んでそうだな」
冷静に解説するベイルだが、そんな手間とお金をかけて作り上げた獣に向ける目はあまり温かくない。金で力を買うような、禁忌で力を買うような、そんな哀れな獣のアルデチカ。
そういえば死体を合成しようとした死霊術士の名前も、アルデチカだった。アルデチカ・フェマ。そこからその名前を付けたのだとしたら、ネロの悪趣味さに吐き気がしそうだ。
「こんなの、ありなんですか? 皆こんなものも受け入れているんですか?」
「……」
私の言葉にベイルは渋い顔をした。そこから彼自身は好きではないことが感じ取れた。ネロのやり方も合成死霊も。
だが。
「反則ギリギリでもなんでも、ここは力が全てなんだよ」
だから人の戦い方にどうこう言うつもりはない、とベイルは呟いた。
再度歓声が周囲から沸く。人々の視線を追うと、中央の試合場でアルデチカが女戦士の死霊を引き千切り、少年の足に食いついたところだった。彼を守るはずのもう一人の死霊は既に動いていない。少年の悲鳴が二度上がったところで、彼の姿が消えていた。思わず目を逸らしていた私には、体力の九割を削られたのか、即死判定だったのか分からない。
腰を浮かしかけていた私だったが、ネロの名前と勝利の告知がされたところで、ゆっくりと腰を下ろす。
ここでは力が全て、と初日にベイルの言った意味がやっと分かった。ネロが死霊術士の能力が低い私を虫けらのように見た意味も、創始者リズ・リサの「金や優しさが、力という暴力の前に何の役に立つというの」という言葉の意味も。
これがもし試合ではなく、殺し合いだったならばどうだろう。圧倒的な暴力の前に一体どんな抗いようがあるのだろうか。リパー・エンドが学園で皆を殺した時に、もし私が蘇生主でなければ、私も確実に死んでいた。弱者たる私に出来ることなどあったのだろうか。
同じことなのだ。アルデチカもリパー・エンドも。傲慢な力を持つものに倫理を説いたところで、その刃を止めることなど出来ないという点においては。
血の気が引くような思いだった。ここではそれを許容している。強いものが正しく弱いものが間違っているのだと、言い切られるだけのものが根底にあるのだ。
「ミチカ」
隣の巨大な体を持った彼は、日に焼けた顔を笑みの形にした。その顔は小さい子供の駄々を、仕方がないなと受け入れる大人のようであった。
「やめるか? カトールで修行をするのを」
それは優しく囁かれた。全て諦めてもいいんだと、ベイルは言っている。目を閉じて耳を塞いで、安全な布団の中に逃げ出すことを許す言葉だった。
「その代わりにナイフはカトールに残していってくれ」
神聖魔法の記されたそのナイフならばリパー・エンドを殺すことも出来る。殺人鬼が凶悪な本性をむき出したときに、きっとベイルはその前に立ちふさがるのだろう。困ったもんだと苦笑しながら。
「やめ、ません」
逃げていいなら逃げたい。抗い続けるのは怖い。
だけど何故だろう、ここで私が逃げたら、リパー・エンドを誰一人として殺すことができない気がした。それは確信に近いものだった。
リパー・エンドはちらりと私を横目で見て唇の端を上げる。
――こいつは多分、私にしか殺せない。
くしゃりと私の頭をベイルが撫でる。私は泣き出しそうで、ぎゅっと奥歯を噛みしめた。
逃げられるものならば、逃げたい。でも逃げられないのだから闘うしかないのだ。
残された時間はあと半年もない。
「明日から、しごくぞミチカ」
「……お手柔らかにお願いします」
情けない私の声を、ベイルは太陽のように明るく笑った。
その時、女性の声で高らかに宣言がなされた。
『三級門士、ネロ・ドミトリー現在九十九点! 昇級まであと一点たりませんが、次回の大会が大変楽しみですね!』
試合場の中央で、アルデチカを従えたネロは、それを聞いてにやりと笑った。視線が、ひたりとこちらに向けられる。蛇のような粘着質な視線に、私は思わず身を震わせた。
「後一人、いるだろう!」
ネロの叫びは、歓声の隙間を縫うように放たれた。ざわ、と戸惑ったような声が周囲に広がる。
「勿論三級門士ではないし、見習いですらない。だがこの世において史上最悪の殺人鬼と評された死霊と、死霊術士の面目を潰した娘ならば一点分にはなるのではないか?」
朗々と宣言されたその言葉に、ざわざわというざわめきは段々と収まり、視線がそこかしこから私と、右隣に座っている男に向けられる。ネロの視線が私達を貫くように向けられているからだ。
「学園で多数の人間を殺した死霊が、大手を振って歩いている。おかしくはないか? 力こそが正義。我らが正義であるのならば、その間違いは是正されるべきだ」
くく、と低い笑い声が隣から漏れる。先ほどの私の決心が萎えてしまいそうなほどに、背筋が冷えた。殺気が、右から溢れるように忍び寄ってくる。こんな殺気を正面から向けられた時に私は、震えずに立っていられるのだろうか。
ぎゅっと握った自分の手に冷えた汗が落ちた。左隣のベイルは、呆れたようなため息をついた。止めようがない。
「リパー・エンド、ミチカ・アイゼン! 降りてこい!」
ネロの叫びに、リパー・エンドはついに笑い出した。
狂喜の笑いだった。子供の中の王様が威張っているのを哀れむような。それでも容赦なく彼は子供の首を切り落とすのだろうことなんて分かってた。
笑いが収まると、リパー・エンドは優しく微笑んだ。
「それが君の死を招いても、構わないのかな? ええと、ネロ?」
頬を紅潮させて、ネロはリパー・エンドを睨み付けた。
「ネロ・ドミトリーだ! 例え生死がかかろうが俺が負けるはずはない!」
困惑していた周囲の観客は、段々と彼らのやりとりを受け入れ始めた。揶揄や応援が私達とネロにかかる。これもまた彼らにとっては面白い見世物なのだろう。カトールの門士は、捻くれた者が多いと聞いたが、納得出来る。
「じゃあネロ、君の言葉の通り、望み通りに」
殺人鬼は立ち上がった。獲物を見据えたその笑みは楽しげな喜びに満ちている。
「君の首を切り裂いてあげよう」
ぺろり、と赤い舌がつり上がった唇の端を舐めた。
* * * * * * * * * *
拡声石によるものだろう放送は完全に沈黙していた。いやあの、止めてください、と思ったが予想外の展開に慌てているか、ネロの手によって押さえつけられているかのどちらかだろうと思う。
こそこそとベイルの後ろに隠れようとした私であったが、その腰に手を回して無理矢理リパー・エンドが抱き上げた。
「行くよ、ミチカ。名指しなんだもの、君も来るよね?」
「わ、私は応じてないわよ!」
肩から降りようと悪あがきをする私に、リパー・エンドはちっちっ、と立てた人差し指を左右に振った。
「駄目駄目、主人と死霊は一緒じゃないと。あっちはネロを庇って戦うのに、僕だけ手ぶらじゃ悪いでしょ?」
お前はもう少し私の方に配慮しろ!
嫌だと叫んだところで、彼は当然そんなものを無視してすたすたと軽い足取りで観客席と試合場の間の通路を歩いて行った。ベイルは呆れ顔だが止めなかった。そりゃああの試合場なら死者は出ないのだろうが、あんな死獣や殺人鬼の戦いに巻き込まれたくないと思う私を助けてくれてもいいのではないかと、恨めしい視線を送る。
リパー・エンドは二階の階段の方へ向かって歩いていった。もしや階段で降りて中に入るのだろうか。これくらいの高さなら彼は飛び降りていたのに。何となく間抜けな気がした。そんな風に思ったところで、リパー・エンドは足を止めた。
荷物のように抱えられた私が逆さまになりながら見たそこには、青白く光る黒い柱が立っていた。
……。まさか。
私が青ざめたその瞬間、リパー・エンドの右手から怒濤のように、激しい魔法が放たれた。光と炎に包まれたその圧倒的な魔力の塊は、吸い込まれるように黒い柱の中央に突き刺さり、轟音と爆風が周囲に広がった。彼の魔法をこの目で見たのは初めてだったが、それは彼自身のように凶悪で、暴力的なものだった。
思わず目を閉じた私がもう一度目を開くと、そこには。
「生死がかからないと、つまらないでしょ?」
楽しそうに笑うリパー・エンドと、バチバチと青白い火花を散らしながら折れた黒い柱があった。