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死霊術士の殺人鬼  作者: かなん
カトール編
7/16

7 カトール一門

 その集団の名前はカトール一門。

 年齢問わず性別問わず人種問わず。

 強さこそ正義であり、実力だけが物を言う完全武力一門である。




 設立は何世紀も前のこと。創設者リズ・リサは中央大陸一帯に勢力を持つ豪商人であった。影響力があるが故に、狙われることも多く、彼女の一人娘が殺されたときにこのカトール一門を作ったと言われる。


「金や優しさが、力という暴力の前に何の役に立つというの」


 彼女はカトールに全財産を注ぎ込んでその仕組みを作った。

 入門者は試験を受け、合格したら十級門士という立場から始める。一級門士が最上位であり、現在の一級門士は片手で数えられる程度である。

 現役を引退した門士は運営の方に回る者もいる。カトールの一門は傭兵や護衛隊として力を貸すことによって金銭を得ていた。また一門から国への人材の貸与もされている。

 門士の中には騎士もいれば、剣や馬に頼らないものもいるし、神聖魔法士も死霊術士もいる。定期的に行われる武術大会に、勝ち続ければ級を上げ、敗北すれば下がるという完全なる実力主義なのだ。




 * * * * * * * * * *




 そんなカトール一門で、私は今水汲みをしている。

 ――重くて腕がぷるぷるする。くっ、毎日の腕立て伏せは十回じゃまだ甘いか。

 嘆くように呟いてえっちらおっちら水をいっぱいに組んだ水桶を馬房まで持って行く。


「ミチカのその姿ってさ、何か生まれたての仔牛みたいだよね」


 そんな私の姿を指さしてけらけら笑うのはリパー・エンド、史上最悪の殺人鬼である。


「うっさいわね、暇なら手伝いなさいよ」

「駄目駄目、ミチカの修行を邪魔する訳にはあっはっは」


 建前で断るならせめて最後まで言い切れ。

 私が睨み付けても、よろよろ水の入った水桶を運ぶ姿があまりに弱々しくて笑えるのか、リパー・エンドは笑いながらついてくる。ついてくんな。

 そもそも死霊術士のようなモヤシっ子に腕力を期待する方が間違っている。物を運びたかったら死霊召喚して運ばせるわ!

 ぶつぶつと呟きながらやっと馬房までもどると、馬が水を飲む桶に水を注ぎ足していく。


「あと二往復か……」


 さすが一門、馬の数も半端無い。私が受け持った一角は所詮十頭程度の馬ではあるが、全ての馬を管理飼育しているベイル・デイタが、私を見て声をかける。


「おいおい、日が暮れるぞ。水桶は両手で持って来いよ」


 そう言って空の水桶を私にもう一つ渡してくる。鬼だ。水桶一つで生まれたての仔牛だとすると、水桶二つなら生まれる前の仔牛か。倒れる。思わず遠い目をした私に、彼は呆れた顔で言ってきた。


「基礎体力もろくにないくせによくまあ、カトール一門に入ろうとしたなぁ、お前」


 カトールで三級門士の立場にある彼、ベイルは、日焼けした立派な体躯に緑がかった髪の毛をした三十代くらいの男だ。両腕の筋肉は丸太のようである。現在私の体力増強を担当してくれている。というか押しつけられている。




 * * * * * * * * * *




 事は三日前に遡る。

 学園からカトール一門に押しかけたはいいが、腕立て伏せは十回が限度の私ミチカ・アイゼンなど、本来なら飴でも与えて追い出されるレベルの娘であった。

 入門したいと門番に直訴したが、「はいはい、お嬢ちゃん。俺達は忙しいからね」とやんわりとお断りされた。そこを偶然通りがかったベイルが、私と隣で口笛を吹いているリパー・エンドを見て、口を添えてくれたのだ。


「その娘、死霊術士だろ? 腕力じゃなく死霊術で入門したいんじゃないか?」

「ベイルさん」


 門番の青年は彼を見て頭を下げたあと、首を振った。


「いえ、本人から体術クラスにとの申し入れなんです」

「えぇ……と、そりゃあ、まあ」


 彼は私を上から下まで見ると、首を振った。


「町道場から始めるべきだと思うぞ」

「そんなんじゃ間に合わないんです!」


 必死の私の形相に、ベイルは同情したのか近寄って少し身をかがめた。彼の肩には異様な大きさの藁が乗っている。その筋肉は伊達じゃないということだろう。


「間に合わないって?」

「半年以内に体術トップクラスの実力を手に入れないと、世界が終わるんです!」


 私の言葉に門番は失笑し、ベイルは困った顔になった。


「この状態から半年でトップクラスって、あのなぁ……村娘が王妃になりたいっていうほうがまだ現実的だぞ」

「無理でもなんでも、やらないといけないんです」


 私が一歩も引かない構えであるのを見てか、彼は肩に担いでいた巨大な藁を地面に下ろすと、私の腕に触れた。そしてそのごつごつと大きな手で掴んで、筋肉量でも確かめたのかぐりぐりと押した。


「痛たたたた!!」


 手加減したのだろうが、モヤシっ子の私には非常に痛い。


「……筋肉もないし、ろくに運動したことのない感じな――っ!?」


 私が思わず悲鳴をあげると、私を説得しようとしたらしき彼の言葉が急に止まって一瞬の間に私の目の前から飛び退いた。


「っ!」


 その瞬間先ほどまで彼が立っていた所に大きな剣が突き刺さる。彼がそのままそこにいたら、脳天から貫いていたに違いない。


「っぶねぇな……! おい! 何しやがる、お前!」


 飛び退いたその勢いでベイルは構えるようにして、両手を開いて肩より少し足幅を広げると、険呑な視線で一方を見た。

 そこにはリパー・エンドがいつものような、からかうような笑みのまま立っている。


「何って、殺そうとしただけだけど?」


 にこにこと言われてベイルは更に眉根を寄せる。私は慌ててリパー・エンドを止めた。


「ちょっと、あんた何してんのよ! やめなさいよ!」

「えー? ご主人様が悲鳴あげてたからさぁ。助けようかと?」


 嘘に決まってる。単純に人を殺せる機会があればいつでも殺したいだけだ。私が悲鳴をあげたのを言い訳にしてベイルを殺したかったのだろう。


「お前、やっぱ死霊術士だろ。どういう物騒な死霊持ってんだよ」


 目つきは鋭いまま警戒心を緩めることなく、ベイルは私に言ってくる。どういう物騒なといわれても、見ての通りの、史上稀に見るほど物騒な死霊であることは間違いない。

 一瞬ためらった。リパー・エンドの名前を言って、危険人物と見なされて襲われでもしたらここが血の海だ。

 ためらって口を開けない私に、にこにこと殺人鬼が話しかけてきた。


「押し問答なんて面倒くさいでしょ。門番もそこの男も殺そうよ。緊急性があるって知らしめる必要があると思わない? ミチカ?」

「っ駄目に決まってんでしょ! あんたの頭の中には殺すか否かしか選択肢がないの!?」

「え、うん。そうだけど?」

「……」


 そういえばそうだった、知ってはいたが、この殺人鬼が。私の怒気もベイルの殺気もさらりと流すリパー・エンドは、のんびりと右手からナイフを出すと回し始めた。

 そんな私達の会話を聞いて、ベイルが叫んだ。


「ミチカ? お前、ミチカ・アイゼンか?」

「!?」


 いきなり名前を呼ばれて驚いて目を見開くと、彼は先ほどよりもずっと警戒心を強めた様子で、リパー・エンドを見た。


「そいつがリパー・エンドか……。情報通り、大分イカレてんな」

「あっはは、まぁね」


 からからと笑うリパー・エンドを見た後に、私をもう一度見てベイルはため息をついた。


「……新聞で大々的に報じられたからな。お前の名前とそいつの名前は基本知られている」

「……」


 まあそうだろうとは思った。リパー・エンドの名は昔から子供でも知っていたが、これからは私の名前も加わるのか。泣きたい。


「とりあえず……こんなところで揉めて被害がでたら困る。付いてこい」


 彼は無造作に藁を肩に乗せると、くるりと私達に背を向けた。思わずリパー・エンドを見たが彼は追撃しなかった。リパー・エンドが何か企んでるのかと警戒した私に彼は笑う。


「行こうか、ミチカ」


 リパー・エンドは彼に促されるまま素直に付いていく。私も釈然としないものを感じながらも、頷いて呆然としている門番に頭を下げると中に入った。




 私が事情説明を終え、ベイルがカトール運営陣に伝えてくれたらしいが、反応としては良くなかったらしい。

 王都が地方の学園と大分離れていたこともあって、そしてまた彼らが実力主義なこともあり「本当にリパー・エンドは言うほど強いのか?」というのが彼らの疑問だったようだ。

 ベイルとしては「通常の人なら死んでいました」と説明したそうであるが、それでも彼らは「それほどの危険性があるのならば二級門士辺りを差し向けようか」と返答したらしい。

 私と一緒にベイルの話を聞いていたリパー・エンドが「すればいいのに」と呟いたのだが、黙殺した。


「俺としては……一級門士あたりでも厳しいんじゃねぇかと思ってんだけどな」


 言うベイルは三級門士だ。主に馬の世話をしつつ剣術体術クラスに在籍、及び下級門士の指導に当たっている。


「そんな訳で、二級門士を出すっていうのは止めた。けどまぁ……ミチカの育成に気合いを入れる気もないらしい」

「そうですか……」


 やはりこのモヤシっ子が悪いらしい。項垂れた私にベイルは慰めるように声をかけた。


「落ち込まなくても、もうちょい運営陣に危機感を持たせる方法はある」

「とりあえず端から殺してく?」

「あんたはちょっと、いや永遠に黙ってて。で、ベイルさんどんな方法ですか?」


 私がリパー・エンドの言葉を一蹴してベイルに尋ねると、彼は一枚の紙を出してきた。そこには来週の日付で大きく「定例武術大会」と書かれている。


「門士の武術大会があるっていうのは知ってるか? それがちょうど来週ある。それにお前が出たらどうだ?」

「えっ!? 一瞬でひねられますよ!?」


 私個人の強さと言えば、モヤシと比べて勝てる程度である。そもそも死霊術士は戦わない。


「だからお前じゃなくて、死霊術士は死霊使っていいんだよ。リパー・エンドと出たらどうだ? 全員倒せば誰もリパー・エンドを止められないことが分かるだろ」

「死人が出ますって!!」


 出るというか、対戦相手が全員死ぬ。私の慌てた表情にもかかわらずベイルは笑って言う。


「カトール一門の武術大会は皆本気で戦うから死人が出るのが前提だ。といっても本当に戦う度に死人をだしてしまったら人材の損失だろ? よって死ぬ程の衝撃を受けた場合試合場から追い出されるような仕組みになってる」


 ……というと、いくら人を殺そうとしても殺せないと言うことか。

 それはいいかも、と思って私が頷くと、隣のリパー・エンドは欠伸をしてそっぽを向いた。


「……やだ。気がのらない」

「……は?」


 なにやら寝言が聞こえた気がした。


「殺せないのに戦うとか、僕は興味無いよ。ミチカだって別に守らなくても死なないなら守らないよ?」

「……」


 こいつはどれだけ自由気ままなんだろうか。私の半眼も、ベイルのあきれ顔も全然気にした素振りもなく、彼は窓の外を見ている。殴りたい。


「あんたね……一応私の死霊なんだから、言うこと聞きなさいよ」

「えぇ……。あーうん、分かった。じゃあ戦うよぉ」

「……」


 嘘だ。渋々といった様子で返事をする殺人鬼を見て確信する。最近こいつの乗り気でない口調が分かってしまった。言うだけ言って実際は何もしないに違いない。そしてこいつが何もしないなら、むしろ出ない方がマシである。

 あっさりと負けて、リパー・エンド恐るるに足らず、といった認識を植え付けてしまうからだ。


「あんたの危険性が知られないと、私の修行が出来ないのよ!?」


 折角持っている神聖魔法のついたナイフも宝の持ち腐れである。リパー・エンドを睨むようにすると彼は両手をあげた。


「だからさ、僕の危険性を知らせたいならちょこっと、ほらちょっとだけ殺しの許可がほしいなぁ。誰でもいいから、一級門士とかでも殺してくるよ」

「駄目に決まってんでしょうが!」


 平行線である。彼は「死人の出ない武術大会とかやだ。他にも方法はあるでしょ」と思っていて、私は「死人が出ない方法でどうにかしたい」のだ。

 そんな私と殺人鬼のにらみ合いに、ベイルが困った顔で言った。


「あー……まああれだ、使いこなせない武器は使うべきじゃない。そいつが出たくないって言ってお前が言うことを聞かせられないなら武術大会はやめとけ」

「……」


 渋々私は頷いた。使いこなせないどころか、勝手に振り回される武器だ。己の身に刺さるのが落ちである。


「残念だけど仕方ないよねぇ」


 うんうん、と頷くこいつが憎たらしい。何が残念だ。リパー・エンドが折れれば問題なく解決だというのに。


「とりあえずのところ、ミチカのことは俺が預ることになった」


 そう言うベイルを見ると、笑みを浮かべて彼は言う。


「そもそも体術クラスといっても……お前は多分、基礎体力からつけないとどうにもならない。少しでも俺が鍛えてやりたいんだが……」


 ちらりと彼はリパー・エンドのほうに視線を向けた。


「指導中に殺しにかかったりしないだろうな、こいつ」

「そ、それはその、大丈夫だと……ちょっとあんた、指導の邪魔はしないでよ!」

「しないよ? 前もしてないでしょ?」


 にこやかに言うリパー・エンドだが、前も確かに直接的な邪魔はしていない。してはいないが殺気を出して佇んでいただけだ。そりゃあ教官も辞める。


「死霊術ならまだしも体術剣術を教える場合、お前を投げ飛ばしたり剣を向けたりするけど、本当にそいつ何もしないだろうな」

「……」


 正直ちょっと自信がない。先ほど腕をぐりぐりと押された程度でナイフを投げるリパー・エンドだ。気まぐれで殺し始めたりしないかすごく心配だ。


「ほんっとーに邪魔しない? 私が投げ飛ばされたり剣を向けられたりしても!」

「うーん、それはその時の気分次第かなぁ」


 駄目だ、これは駄目だ。

 私はベイルに縋るような視線を向けた。彼は呆れた様子で見返してくる。


「……死霊の統制とれないのか?」

「ちょっとその、契約の拡大解釈されていまして……」


 彼は私が死ぬと自分も死ぬ。よって私が危険なときには私の許可なく人を殺すことができる。そのため「危なかったから」と言い訳さえつければ何でもできるのだ。

 模擬戦で木刀であっても、彼は私を守るために相手を殺すだろう。なんだこの抜き身の剣。鞘がない。鞘。だがしかし私は鞘にはなれないのだ。


「カトールにそんな死霊使いはいないぞ。皆死霊の手綱を握っている。……だがまぁ、伝説の殺人鬼だからなぁ。確かに素直に手綱など握られるような奴じゃないよな」


 がしがしと頭をかいてベイルが言う。手綱……握ったところで手綱ごと振り落とされる予想しかできない。


「まぁとりあえず」


 諦めた様子でベイルは言った。


「ミチカは断然、基礎体力からだ。その腕じゃあ鍛えなくても片手で折れるぞ」

「……」


 そんなのはベイルと、あと隣で欠伸しているリパー・エンドくらいだと思う。だが念の為自己申告しておいた。


「……あの、私は腕立て伏せ十回しかできないんですけど」

「……」


 彼の視線は赤子に高等数学を教えねばならない物理学者のようであった。


「……基礎体力で半年終わるんじゃねぇか」


 私もそんな気がするから、出来れば言わないでほしいものである。


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