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死霊術士の殺人鬼  作者: かなん
学園編
5/16

5 学園長ドン・コルオネ

 彼は深いため息を吐いた。

 すぐに激高するような人間であったならば、報告してきた部下に「この役立たず!」と叫んでいただろう。失望を露わにするには彼は年を取りすぎていた。


「わかった……下がれ」


 すぐに彼の部下の気配は消えた。皺の深い顔立ちの学園長ドン・コルオネは椅子に座ったまま今後の展開を考えていた。

 お手上げだ。どうにもならない。

 彼の部下で腕の立つ者を上から順に呼び寄せて尋ねて見たところ、全員が「自分の手には負えない」と揃って言った。じゃあ全員でかかったらどうかと聞いてみた。


「一対一ならば彼は刃物だけ使うでしょうが、一体多数になったら魔法も使うでしょう。その場合魔法と刃物と殺人全て彼と同じほどに長けた人間が必要です」


 どれか一点、頑張っても二点に特化した人間ならいても、全てを彼ほどに精通した人間はいない。やるだけ無駄だと思って貰った方が良い、と部下は淡々と言う。

 ならば正当な方法で、とロザリオ・セチックとネイ・ミドルを呼び寄せたが、二人とも亡くなったようだ。これ以上はどうにもならない。


「神聖魔法の上位陣は依頼どころか連絡も難しい」


 名のある人は国や貴族に帰属していたり、修行という名のもとに行方知れずだったりする。神聖魔法を主教にしている神殿にいるのは、頭でっかちの貴族だけだ。肥え太った豚など、彼の相手にもならないだろう。

 弱点はある。一応あるのだ。ミチカ・アイゼン。彼女さえ殺せばいい。

 能力の引き上げに難があるとロザリオが相談してきたときに、彼女を殺すようにと助言した。かなり渋っていたがそれしかないと分かって彼も頷いた。

 だがやはりリパー・エンドが邪魔をした。ロザリオが死んだときに慌ててネイを呼び戻した。彼女はリパー・エンドの死体を探しに国中を回っていた所だった。


「術者の力量が高ければ、死霊の横取りができます」


 ネイはリパー・エンドの死体を見つけて、それを元にミチカ・アイゼンからリパー・エンドを奪い取ろうとしていた。残念ながら、相当念入りに当時の国民があの殺人鬼の死体を抹消したのだろう。一欠片の死体も見つける事は出来なかった。さもありなん。こんな凶悪な殺人鬼をどこぞの馬鹿が蘇らせたら、阿鼻叫喚の地獄である。

 同時に疑問に思った。

 ミチカ・アイゼンは一体どうやってリパー・エンドを蘇らせたのだろう。

 偶然ではあるが、代わりにエミリオ・レッテの髪を一部発見した。ネイはそれを使ってエミリオを生き返らせた。当時リパー・エンドが最も可愛がっていた従者らしい。

 少しでも隙をつければとのことだったのだが……これもまた失敗したようだ。

 はぁ、ともう一度ため息をつく学園長は、出来ることならばこんな難題投げ出してしまいたかった。


「ねぇ」


 ぞわ、と背筋が粟立った。

 軽くかけられた声の主のことをつい先ほどまで考えていた。今までに二度ほどしか会ったことがなかったが、会いたいとも思えなかった。そんな自殺希望者ではない。


「これ、どうすればいい? ロザリオの時はミチカが見て泣いたから、今度は始末しておきたいんだけど」


 軽い声と共に、どさりと目の前にうち捨てられたのは彼が呼び寄せた教官の死体だった。血に染まった金の髪に視線を合わせないようにして、ドン・コルオネは固い声で返事をした。


「敬意を払って、墓に埋めて差し上げるべきでしょう。こちらでしますので、結構です」


 その返事にからからと笑うのは、いつの間にか学園長室に入り込んでいたリパー・エンドである。

 これは、今日が自分の命日なのだろうかと思う。


「あはは、君も敬意なんて持ったことないくせに」

「……」


 どこまで知っているのか、ただの気まぐれで殺しにきたのか計りかねた。周囲に潜ませている数人の護衛がいるが……。

 数人。足りるわけがない、リパー・エンドに対して、自衛にすらなりようもない。


「ねぇ、精霊石もってる? これと同じくらいの大きさの」


 上半身が裸の彼は、胸元にいくつかの精霊石が埋まっている。五つのうち二つは割れていて、指さされた真ん中の精霊石が一番大きかった。確かミチカ・アイゼンと契約したという精霊石だ。

 一年後、いやあと半年後には、彼の枷がなくなる。お荷物であるミチカを胸の精霊石に閉じ込めて、彼を殺せる者がいなくなる。


「持っていますが、引き替えにあなたは何を下さるのですか?」


 精霊石の用途がわからないが、彼が求めるのならば多分何かあるのだろう。新たな精霊石を手にしたところで、契約済みの精霊石がある以上ミチカ・アイゼンは閉じ込められないはすだが。


「何って、うーん。何だろう。何が欲しい?」


 無邪気に聞いてくるリパー・エンド。コルオネは無駄と分かりながらも求めてみた。


「私を殺さないでくれますか?」

「んん? いいよ? それでいいの?」


 あっさりと彼は頷いた。嘘だろうと尋ねたくなったが、嘘だよと言われると困るので彼は慌てて引き出しを開けると、同じくらいの精霊石を手にとって、放り投げた。

 警戒もせずにそれを受け取ってリパー・エンドは微笑む。


「ありがと! こういうのってさぁ、裏家業の人じゃないと中々手に入らないから困ってたんだよね」


 じわ、と額に汗が滲む。どこまで知っているのだ。自分がエミリオ・レッテの暗殺者集団の本家の人間であるということまで知られているのだろうか。

 そんなコルオネの怯えた視線など気にもせずに、リパー・エンドは胸の中央にある精霊石を掴むと。

 ブチブチ、と力業で引っこ抜いた。   

 胸元からぼたぼたと血を流しながら、開いた穴にコルオネから貰った精霊石をはめ込む。すぐに血が止まって、リパー・エンドの外見は血塗れ以外は全く元通りとなった。

 取り出した精霊石をどうするのかと凝視していると、リパー・エンドはあろうことか。

 その精霊石に力を入れて握り潰した。


「……っ!?」


 もはや声もでない。契約済みの精霊石を、力業で破壊など聞いたこともない。


「精霊石ってけっこう脆いんだよ? 破壊できる一点さえ見極めれば、ほら、そんなに苦労しないし」


 コツはね、魔力と腕力両方同時にたたき込むことかな、とからから笑う殺人鬼。


「馬鹿な、そんな……」


 うわごとのようにコルオネは呟いた。契約済みの精霊石がないとなったら、ミチカ・アイゼンはすぐにでも精霊石に閉じ込められるだろう。彼女がリパー・エンドの胸に収まれば弱点などなくなる。ミチカ・アイゼンを守る必要のないリパー・エンドなど誰に殺せるというのだ!


「しー」


 ところがリパー・エンドは指を一つ立てて、口元に当てた。


「ミチカには内緒だよ? まだ半年あるからね」

「は、……は? え?」


 半年? 彼の言っていることがよく分からない。一年というのはミチカ・アイゼンが言い出したから彼が呑んだ契約で、そしてその契約の証は彼の手の中で粉々になっているのに。

 いや、そもそもそんなことが出来るなら初めから彼女の要求など受け入れる必要も無かったではないか。

 混乱した頭でリパー・エンドを見るコルオネに、ふんふんと鼻歌を歌って殺人鬼は立ち上がった。


「楽しみだなぁ、半年後。ねぇ、僕は好物は後に残す方なんだよね。不味いものは先に食べないと、後味がよくないじゃない?」


 どういう意味だ、と尋ねようとしたが声が出なかった。何故か息苦しい。

 知らぬ間にじわりと汗でも流れたのか、喉のあたりを拭おうとして驚いた。どくどくと何かが吹き出している。


「あ、ごめん。不味そうだから先にやっちゃった」


 コルオネはやっと自分の喉にナイフが突き刺さっているのだと気付いた。熱い。喉が焼けるように熱い。

 殺さないと言ったではないかと、責めるような彼の視線を流して、リパー・エンドは笑った。


「ごめんごめん。だって君はミチカを殺そうとしてるし、仕方ないよね?」


 その殺人鬼の声は彼の耳には届かなかった。倒れ込んだ学園長は事切れた。学園長室にいるのは死体が二つ。周囲には殺気がいくつか。


「かかってくる? 主人を殺されて黙っているほど、裏の人間は薄情じゃないよね?」


 ふくれあがる殺気に、挑発するようにリパー・エンドは話しかけた。恐らくドン・コルオネの護衛だったのだろうが、助ける間もなく主人は倒れた。かくなる上は彼を殺して挽回するか……逃げるかだけである。


「あっ」


 一声上げると、リパー・エンドの手首が動いた。隠れていた男の気配が向かった方角に覚えがある。


「やだな、そっちは駄目だよ?」


 投げたナイフは護衛の一人の足に突き刺さった。そっちは駄目だ、彼のご主人様がいる。


「僕と遊んでよ」


 にこにこと笑いながら、彼はどこからか取り出したナイフを右手でくるくる回した。




 * * * * * * * * * *




 またいつの間にか気を失ったみたいである。恐らくぶん回されて殺されかかったあれで大分体力を消耗したからだろうか。

 気がついた時には、またもや目の前のリパー・エンドは血塗れだった。

 もはやため息すら出ない。今度は誰の返り血だ。いや、聞きたくない。だから尋ねない。


「おはよ、ミチカ」


 爽やかに挨拶されて、低く「おはよう……」と返す。目覚めはいつも最悪だ。

 私は犯罪者から大犯罪者になったのだ。いや、元から大犯罪者だったから今はなんだろう。外道か、人外か。

 私が深いため息をつくと、リパー・エンドは人差し指を振った。


「駄目だよ、ミチカ。ため息をつくと幸せが逃げちゃうんだよ?」


 幸せなんてもはや数万光年くらい遠くまで全力疾走されたわ。

 私が恨めしげにリパー・エンドを睨むと、彼はクローゼットからいくつか新しい服を取り出している。

 ――ん? ここはどこだ?

 見回すと周囲は落ち着いた様子の部屋である。見たことがない。


「ああ、ここ? ロザリオの部屋」


 思わず跳ね起きると、目眩がした。立ちくらみのようにくらっとなって、また寝台に倒れ込む。


「あはは、ちょっとミチカの身体に負担かけ過ぎちゃったかもねー。今日は寝てたほうがいいんじゃない?」


 よく見ると両腕がぷるぷると筋肉痛のように震えている。間違いなくリパー・エンドにしがみついてぶん回されたせいである。落ちまいと必死でしがみついていたせいか、両腕の筋肉が固まってしまったかのようであった。


「やだなぁ。もうちょっと筋力つけないと人は殺れないよ?」


 からかうような台詞に、殺人鬼の常識を語るなと怒鳴りつけたかったが、ここ数日の絶食と先ほどの殺し合いに巻き込まれたせいで起き上がる体力も怒鳴る気力もない。諦めて寝台に横になった。

 ロザリオ教官の服を勝手に引き出したリパー・エンドは、その中から黒い服を選んで着替えだした。視線を逸らして私は寝台から天井を見上げた。

 ――ああ、きっともうネイ教官も。

 また勝手にため息が漏れた。幸せなんてこの半年見たこともないから、逃げるなら好きに逃げればいい。


「あ、ねぇミチカ。お願いがあるんだけどさ」

「やだ、絶対いやだ」


 内容を聞く前に却下した。どうせろくでもないことに決まっている。

 なのにこいつは私の返事など聞かない様子で強請ねだってくる。


「ちょっと僕に神経召喚できない? 刺されたときに痛みがないと興ざめなんだよね」

「いやだって言ってるでしょうが」


 確かにこいつに神経は必要だ。頭の神経のほうであるが。

 だが神経召喚などしたこともないし、こいつの歪んだ楽しみに協力するのも嫌だ。私が睨み付けるように言うと彼はきょとんと首を傾げた。


「えぇ、なんで? お願い。ミチカの言うこと何でも聞くから」


 殺人鬼は寝台脇に座り込んで私を見上げた。赤い眼が私を見て細くなる。

 ――何でも言うことを聞く?

 ずいぶんと軽く言うものだ。何でもというならば何を言われても応じるつもりなのだろうか。

 私は深くため息をついて、リパー・エンドに尋ねた。


「……何でも聞くって?」

「うん、勿論! 約束するよ!」


 ちらりと赤い舌が彼の唇を舐めるのが見える。ロザリオ教官の部屋で、勝手に彼の服を借りて、リパー・エンドは微笑みながら私を見ていた。本当に、死ねばいいのに。


「じゃあ」


 私はじっと、彼の赤い眼を見た。彼は楽しげな様子で私の言葉を待っている。

 平凡な顔立ちの、平凡ではない殺人鬼。人を殺すのに躊躇もなく、執着もない。最悪の死霊だ。

 死ねというべきか、殺せと言うべきか。

 私は再度大きなため息をついて、追い払うように手を振った。


「お腹が空いたから食堂から何か持って来て」

「……」


 きょとん、と目を丸くして、次いでリパー・エンドは笑い出した。


「あは、あははっ!」


 何がそんなにおかしいのか、くの字になって笑い転げている。


「あっは、嬉しいね。ご主人様が普通の人と違うって。僕はそういうの大好きだよ?」


 涙の滲んだ目をこするようにして、リパー・エンドは立ち上がった。こいつに好かれても少しも嬉しくないし、殺人鬼に普通じゃないって言われるとものすごくショックだ。

 リパー・エンドの胸には精霊石が光っていた。あと半年。一体どうやって奴を消し去ればいいのか見当もつかないが、少なくとももうこの学園にはいられないだろう。

 ロザリオもネイも死んだ。ミチカ・アイゼンという最悪の死霊術士に関わったばかりに。私はこのイカレ野郎と一緒に、人類の敵になるしかないのだろうか。


「じゃあちょっと行ってくるね。良い子で寝てるんだよミチカ」


 ご機嫌な様子の殺人鬼は軽い足取りで部屋を出て行った。


「まあ、もうミチカに危ないものはないから、大丈夫だけどね」




 * * * * * * * * * *




 学園長まで殺したってか……。私はがっくりと膝をついた。いや、椅子に座っているので膝はつけなかったが、気持ちは既に土下座の気分だ。頭を下げたところでどうにもならないのは分かっていたので、項垂れるだけだが。

 もはや周囲の責めるような視線には慣れっこだ。嫌な慣れだ。


「うちではこれ以上、対応の仕様がない」


 副園長が青ざめた顔で首を振った。若い女の教官らしき人が「放り出しても問題の解決には……」と言いかけるが、「じゃあどうするんだ」と問いかけられて沈黙した。

 ちなみにまたもや事情聴取という名の断罪裁判である。学園長室の隣にある広い会議室が改造され、私と教官達の間には分厚い鉄格子がある。檻の中の動物の気分だ。私は椅子に座ったまま、周囲の教官達が話し合うのを聞いていた。

 ただ、私の隣で欠伸をしている殺人鬼は、その鉄格子を飴のようにぐにゃりと曲げるだろうと予想できたのだが、言わない親切もあると思って言わなかった。


「ミチカ・アイゼン。君の死霊術はそれ以上上がらないのか?」

「まだ上げられる余地はあると思います。けど、絶対量がそもそも違うので追いつかない可能性が高いです」


 高いというかほぼ100%である。努力でどうなる量ではない。水桶で海の水を汲み上げろと言われるようなものである。


「神聖魔法は?」

「ロザリオ教官に教わりましたが、ひょろひょろ以上にはなりませんでした」


 そして、私が自分の持っている魔力以上を放出しようとすると隣のこの男が無理矢理魔力を流し込んでくるのである。こいつの魔力はどっからやってくるんだと尋ねたら彼はとぼけた表情で答えた。


「えぇ? よくわかんない」


 多分嘘だ。直感した。

 エミリオ・レッテと戦った後のこいつの魔力量は半分に減っていたのに、いつの間にかたっぷり補充されている。ちなみにもちろん私ではない。私が三百人くらい死んでもこんなに補充できない。

 ふと、気付いた。


「……殺した人間の魔力、奪ってない?」


 ぴゅー、とリパー・エンドが口笛を吹いた。大当たり、と楽しそうな声が笑う。

 何て完璧な悪循環。これはもうどうにもならないかも知れない。私はうつろな目で遠くを見た。

 教官達はまだ話し合っている。先ほどの若い女の教官が言った。


「神聖魔法を使える方に、その……リパー・エンドをどうにかしてくださるように頼めませんか?」


 本人を目の前にしてさすがに「リパー・エンドを殺すように」とは言えなかったらしい。大丈夫、言っても別にこいつは気にしない。


「神殿には学園長がお願いしたみたいですが、『適任者無し』との返事だそうです」


 そりゃあどこも及び腰になるだろうよ。殺人鬼リパー・エンドである。神聖魔法士が「やあやあ我こそは」と倒しに来てもどうなるもんでもない気がする。

 それただの自殺志願者だよね、とリパー・エンドはにこにこ笑っている。聞かなくても分かる。そういったものも大歓迎なのだろう。このイカレ野郎が。


「あと半年で、どうにかなるのか……?」


 副園長が呻いた。会議室には深い沈黙が横たわる。


「ミチカ・アイゼン」


 しばらくの沈黙の後、低い声で副園長は言った。


「再度言うが我々にはお手上げだ。かくなるうえは、もう、その……」


 それ以上の言葉を濁す副園長。ちらりと彼を見たリパー・エンドの視線に震えて、彼の言葉はぴたりと止まった。

 この殺人鬼に弱点はたった一つしかない。一つ、つまり私だ。

 彼らが私に求めるのは、選択肢が他にないと理解して貰うこと。つまり。


「――死ねってことですかね」


 苦笑するように言うが、誰からも返事はない。当然だ、イエスといえば多分刃物が飛んでくる。じわじわと底冷えのするような、冷たい殺気が隣の男から漏れているのだから。


「ミチカ」


 興味なさそうにずっと沈黙していたリパー・エンドが話しかけてきた。いやあんたが会話に入ると面倒くさいことになるから黙っててほしい。


「大体君さ、死ねるとでも思ってるの? どうやって?」

「えっ」


 殺人鬼の質問に私は目を丸くした。どうやってって、ええと……。


「刃物で首を切ったり?」

「君がそんなことするのを僕が見逃すとでも?」

「首吊ったり?」

「縄切るよ」

「……飛び降りたり」

「本気で言ってる?」


 嘘です、どう考えても飛び降りる前に軽く抱え上げられて荷物のように運ばれるか、落下地点で受け止められる想像しかできません。

 え、え? あれ、もしかして私、死ぬという選択肢すらないってこと!?

 愕然と口を開ける私に、副園長は青い顔をしながら首を振った。


「……とりあえず、うちでやれることはもうない。死霊術はロザリオ教官以上の能力者がいない。神聖魔法ならばうちよりは神殿のほうに頼ってくれ。紹介状なら書くから」


 察するところ「もう無理、出て行ってくれ」ということなのだろう。

 これ以上学園にいたところで、自体が好転するはずもなく私とリパー・エンドは追い出されるようにして学園から出ることとなった。一応紹介状は書いてもらったが……神殿でどうにかなるものなのだろうか。

 自室に戻って私は荷物をまとめた。私の隔離部屋。半年ほどしかいなかったけれど、二度と戻れないとなると何故か寂しい気もする。

 私は持って行く荷物として、勉強道具と服やお金、こまごまとしたものを大きな袋に入れたが、リパー・エンドは手ぶらである。暇そうに椅子に座っている。

 こいつのせいで追い出されることになったのだ。学園長まで殺しやがって憎らしい、と睨むが、もちろん殺人鬼が気にする様子もない。


「あんた何で手ぶらなのよ。荷物は?」

「んん? 僕、お金も荷物も持ったことないよ? 欲しかったら殺して奪えばいいし」

「……」


 黙ってリパー・エンドでも着られそうな大きめの黒い服をいくつか袋に突っ込んでおいた。荷物が増える方が強盗されるよりましである。

 荷物をまとめ終えて、はぁ、ともう一度ため息をついた。これからどうしよう。頼る人もなく道筋も見えない。

 ふと眉を上げたリパー・エンドが話しかけてきた。


「ミチカ」

「何よ」


 彼は大きく伸びをして、にこりと笑った。


「お客さんだ。ちょっと殺してくる」


 お前の接客の仕方は間違っている。切々と訴えたい私ではあったが、言葉の通じない狂人なのだ、話すだけ無駄である。


「無節操に殺さないでっていったでしょ、契約のこと忘れたの!?」

「あはは、分かってるって。殺気に溢れてきたお客様だからさ、ミチカに手をだされたら困るし?」


 私の咎める声に、軽く返事をして既に出入り口へと向かうリパー・エンド。契約の拡大解釈などいくらでもできるというネイの言葉を思い浮かべて、ため息をついた。

 鼻歌交じりの声が、扉の向こう側に消える。


「何でこうなったんだろう……」


 ああ、思い返しても分からない。あの日、あの教室で、私の運命は変ってしまった。

 ただの一学生から、世界の敵になったのだ。

 私は来世の分まで盛大にため息をつくことにした。




 * * * * * * * * * *




 リパー・エンドがくるりと回って地面に着地すると、少し離れたところでどさりと彼の刃物に貫かれて倒れる音がする。


「ふぅ」


 彼はいい汗かいたとばかりに額を拭うが、ポーズだけだ。実際は汗一つかいていない。

 足元には数人の死体が転がっている。その服装を見る限りではコルオネの関係者なのだろう。裏世界の人間だ。


「狂人が!」


 叩き付けるような怒りの声と共に、彼らを率いていた男が長い紐の先に鈍器を結んだ者を振り回してくる。それを避けると返す刀で紐の部分にナイフをふるったが、中に鋼鉄が仕込んであるようで切れなかった。


「狂人が狂人って言われたところで、別に腹もたたないし」


 くっくと笑ってリパー・エンドは言う。後ろから飛んで来た鈍器を避けつつ、彼は男の首に向かってナイフを投げた。投げられたナイフを手甲のようなもので弾いて、男は言った。


「いいのか? こんなところで手間取っていると娘が死ぬぞ」

「え?」


 眉根を寄せてリパー・エンドは周囲を探ってみる。先ほどから溢れていた彼らの殺意に紛れていたが、密やかな殺気が感じ取れた。


「あらら、これは……やばいかなぁ?」


 リパー・エンドにとっての弱点。胸を刺されても首を切られても彼女は死ぬ。男達にかかずらっている間に、彼女に刺客が寄ってきているのだ。

 にも関わらずリパー・エンドは、にぃと口の端を上げた。その様子は楽しそうにすら見える。

 彼の気が逸れるのを好機と見て、振り下ろされた湾曲したナイフが彼の脇腹を切り裂いた。

 しかしリパー・エンドは貫かれたまま、無造作にナイフを持った男の手を掴むとそのまま男の腕をねじ折った。


「無駄だって。死霊を刃物で殺そうとか、馬鹿じゃないの?」


 男の悲鳴が上がり、ナイフがぽとりと地面に落ちた。すぐさま回復すると思われたリパー・エンドの脇腹だが、どくどくと血が溢れて止まらない上に傷口以上に大きな穴があいている。


「……?」


 拾ったナイフには神聖魔法がかけられていた。いわゆる浄化仕様だ。魔法具など数少ないのに、よくもまあこんなものを持っているものだ。さすが裏世界。

 ナイフを拾って無造作に男に近づくと、男は後じさった。


「ま、待て。早く行かなければあの女は死ぬぞ! いいのか!?」

「いいか悪いかでいえば悪いけど、君を殺してから助けに行ってまぁぎりぎり? 間に合うんじゃない?」

「あの女だって、死に協力するはずだぞ! 稀代の殺人鬼の復活をしてしまった人間だ!」


 男の言葉に、リパー・エンドは少し考えて首を振った。湾曲したナイフが風を切る。それは男を身体の真ん中で真っ二つにし、二度と口を開くことも出来なくした。


「ミチカが罪悪感ゆえに自害するようなら、僕はとっくに石に閉じ込めてたよ? あっは、可愛いじゃない? 死にたくないのに死んでもいいフリなんてしてさ」


 愉悦の表情でリパー・エンドは踵を返した。間に合うか? 間に合うはず。


「死んでもいいと嘘ぶくミチカも可愛いけど、死にたくないと泣き叫ぶほうが僕は好きだな」


 拾ったナイフはお土産にしよう。きっとミチカは喜んだあとに、リパー・エンドを頭おかしい人を見るような目で見てくるだろう。

 彼はこれでもミチカを気に入っているのだ。

 ただ。


「あんまり気に入りすぎると、殺したくなっちゃうし」


 ぺろりと赤い舌が唇を舐める。


「自重しなきゃなぁ」


 低く笑う殺人鬼は、風のように地面を蹴って彼の主人の下へと駆け戻っていった。



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