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死霊術士の殺人鬼  作者: かなん
学園編
4/16

4 死霊術士ミチカ・アイゼン

 気を失ったミチカを肩に担ぐようにして、リパー・エンドは右手のナイフをくるくると回している。


「落としたの?」


 ネイが尋ねると、彼は笑顔で頷いた。


「変に暴れたり怯えられたりすると守りきれないし、そもそも君がこの子に精神攻撃してくるだろうからね」


 ロザリオを殺された罪悪感を大いに刺激し、「リパー・エンドの邪魔をするか自ら刃物に身をさらせ」と言われたら、ミチカにためらいが生じるだろう。


「それならこのほうがましかなって」


 気絶させて荷物のように主を担ぐ死霊を目の当たりにして、鋭く睨むネイの額にはじっとりと汗が浮かんでいた。

 本当に異常者だ。死霊とは基本的に主に手を出せないように縛られている。殺気を一欠片も見せずに彼は主人を気絶させ、大事そうに肩に抱いている。

 こちらが幾通りも想定した中で、彼は最善の手を自然と選んでいる。

 こんな手慣れた殺人鬼に、勝つことなどできるのだろうか。


「ご主人様、出来る限り遠くへ逃げて下さい」


 横に立っている少年が心配そうに囁いてきた。


「エミリオ、勝てそう?」

「普通にやったらまず無理ですけど」


 少年もまた、にこりと笑った。


荷物ミチカ狙いで行けば多少の傷が作れそうですし、そもそも僕も引き裂かれても死にませんからね」


 死霊VS死霊の争いは、お互いの肉体を完全に破壊したところで終わらない。ただ完膚無きまでに細切れにされれば、さすがに復活するのに時間がかかるだろう。


「僕を細切れにしたらエンド様も満足して、ご主人様を殺しに向かうと思います。だからそれまでに、逃げられるだけ逃げておいたほうがいいと思います」


 といっても死霊と死霊術士の距離には限界がある。あまりに遠く離れると、燃料を失ったかのようにカクリと死霊は動けなくなる。当初ミチカとリパー・エンドを引き離すという案もあったが、どうやってという段階で誰からもいい方法があがらなかった。


「仮にあんたが細切れにされたとして、私は逃げ切れると思う?」


 ある程度答えを予測しながらもネイが問いかけると、エミリオは即座に返事をした。


「無理だと思います。エンド様が追いかけたなら、多分大陸のどこへ逃げても殺されます」


 少年の言葉は確信の響きがあった。彼の知る限り、リパー・エンドが殺そうとして殺せなかった人間はいなかった。大国の王でも、騎士団の長でも、裏世界の統率者でも。


「じゃあここにいるわ。いい? あんたのすべきことはあのイカレ野郎を細切れにすることじゃないの。あの娘よ」


 肩に担がれたまま気を失っている幼い顔立ちの娘。調べると彼女もまた被害者であるということが分かったが、それでもリパー・エンドの生命線は彼女だ。


「あの娘さえ殺せば、リパー・エンドも死ぬわ」


 土塊と変えてやる。彼女がずっと好きだった(ロザリオ)を奪ったあの男を。


「やってみます。ありがとうございます、ご主人様」


 隣の少年はネイから少し離れると、満面の笑みを見せた。何の事かと首を傾げる主に、うっとりするような声音でエミリオは言ってきた。


「僕、生前ずっとあの人を殺したいと思っていたんですよ」


 ――ああ、こいつもまた狂人か。

 ネイは黙って少年からさらに距離を取る。離れて大丈夫なのかと聞こうとしたが、リパー・エンドはネイに手を出そうとしないだろう。

 彼はエミリオと遊びたいのだ。早く早くと急かすように、殺気に溢れて待ちわびているその顔を見ると、聞かずとも分かる。

 エミリオを殺す前にネイを殺してしまったら、エミリオが死んでしまう。そんな勿体ないことなどしないだろう。


「本当に、イカレてる」


 史上最悪の殺人鬼、もはや寿命もなく死も死ではなくなった彼。鬼に金棒どころじゃない、殺人鬼に無限の生命だ。この世が終わる、とネイは乾いた声で呟いた。




 * * * * * * * * * *




「お待たせしてすみません、エンド様」

「いいよいいよ、楽しいことを待つのは嫌いじゃない」


 すたすたと無遠慮に近づいてくるエミリオを、喜々として迎え入れるリパー・エンド。

 ご機嫌な彼を見るのは久しぶりで、思わずエミリオは笑みを漏らした。


「あと、死んでしまってすみません」

「本当だよ、酷い話だ! 僕が殺すより先に死んでしまうなんて、がっかりだよ!」


 玩具を取られた子供のように不満な表情を見せるリパー・エンドの姿に、エミリオは安心した。

 ――良かった、あなたは何も変わってない。無邪気でイカレた殺人鬼のままだ。エミリオが生前憧れ続けた、どす黒い血塗れの英雄だ。

 自分の死を悼んで、リパー・エンドまで死んだのだとネイから聞かされて少し心配になっていたのだが、そんなことあるはずがなかった。

 彼の大好きな憧れの存在は、一欠片の情すら持たない殺人鬼なのだから。


「ちょっと油断しちゃったんですよ。もっともっと強くなりたくて、窮地に自分を追い込んだら逃げ損ねちゃいました」


 あなたに及ぶくらい強くなりたかったんです、とエミリオは微笑んだ。

 ――この人の目には自分が映っていないとずっと思っていた。赤い眼に映して欲しかった、殺してしまいたかった。そして殺されたかった。そうすれば彼はきっとエミリオを見てくれる。

 エミリオの言葉に、リパー・エンドは首を傾げた。


「ええ? だって君、弱いじゃん。無理でしょ?」


 あっさりと残酷に、彼は少年の望みを一蹴した。食物連鎖の逆転などできっこないでしょと、不思議そうに笑う。

 なんて無邪気で、酷い人。

 じわりと目の端に涙が浮かびそうで、少年は目をこすった。


「やってみなきゃ分かりませんよ、エンド様」

「うんうん、そうだね」


 お喋りはこれくらいにしよう、とリパー・エンドは彼女を抱えなおした。そうして右手のナイフをくるりと回す。銀色の刃が太陽の光を反射して光った。


「早くしようよ、殺し合い」


 にこりと笑う殺人鬼の、眉間に向かってエミリオは鋭く光る短剣を投げた。






 もしも先日の戦いで、ロザリオがミチカを狙って戦ったなら彼を殺すのにはもっと時間がかかっただろう。この荷物ミチカは、刃物が刺さってもいけないし、地面に落としてもいけないし、衝撃で骨が折れてもいけない。取り扱い注意なのだ。

 それを運ぶ者がリパー・エンドでなければ早々に、ミチカは死体となっていただろう。


「っと」


 エミリオの投げた短剣を素手で叩き落とすと、その剣を追いかけるように走って来たエミリオの一閃を身を捻って避ける。

 避けながらその腕を下から蹴り上げると、エミリオの腕はぐしゃりと折れた。

 構わずもう一つの手でミチカの首筋を狙う少年の刃を、今度はリパー・エンドのナイフが受け止めた。


「ふふ」


 エミリオは嬉しそうに笑っている。恐らくリパー・エンドも同じような笑みを浮かべているだろう。

 ここはまるで彼らが生きていた時代のようで、リパー・エンドは楽しくなってしまった。

 ミチカを庇った左腕から鮮血が吹き出すのを見て、彼は目を細める。ああ、残念なことに痛覚がない。今度ミチカに神経を強請ねだってみよう。そうでなければ楽しくない。

 痛い苦しい辛い悲しい。だからこそ楽しいのだ!


「本気出して下さいよ、エンド様」


 不満そうにエミリオが言いながら、折れた手で殴りかかってくるのをリパー・エンドは避ける。


「駄目だよ。本気で動いたら、彼女が死んじゃうだろ?」


 エミリオの返り血と、リパー・エンドの腕の血で赤く濡れた娘を、リパー・エンドは抱え直して言う。衝撃は出来るだけ彼の腕で押さえ、首が折れないようにと手で押さえている。


「ちょっとやそっと折れたくらい大丈夫ですって」

「駄目駄目、人が死ぬのは本当にあっさりなんだから」


 君があっさり死んだようにね、エミリオ。


「まだ僕は飽きてない。彼女に死んで貰うわけにはいかないんだよね」


 エミリオは少しだけ妬ましそうな目をミチカに向けた。ミチカに向ける殺気と刃物が鋭くなった。


「ずるいですよ、そいつばっかり」

「えぇ?」


 意味が分からないとばかりにエミリオの一撃を避けると、リパー・エンドのナイフが少年の首筋をはねた。その勢いのまま、エミリオの首が飛んだ。吹き出した血を避けたリパー・エンドの足元の地面が、急に崩れた。深い奈落のような、ぽっかりとした空間が急に口をあける。


「わっ」


 さすがに予想外で、ミチカを両手で抱えると、くるりと身体を反転させてリパー・エンドは地面に備えた。速度を緩める方法もなく、叩き付けられるように地面の底についた。


「――!」


 どす、という衝撃は恐らく殺せたはずだ。腕の中の娘に怪我がないことを軽く確かめて、追撃してくるはずのエミリオを待ち構えた。

 いつの間に、と完全に存在を消してあった落とし穴にリパー・エンドは拍手した。

 ――すごい、偉いなエミリオは。成長した! 僕が血を避けるのを狙って、落とし穴のそばで首をはねられたのか。

 少年の成長は、嬉しくもあり楽しみでもある。

 リパー・エンドに首を落とされた少年は、自分の首を拾うと、離れた場所にいるネイに向かって叫んだ。


「僕がこの穴に降りたら、上から大きな石で蓋をしてください」


 出来ることなら石の山でも土でも上から降らして、ミチカを窒息させるのが一番なのだと思うが、その準備をする時間がなかった。またネイがそういった加勢をしたら、リパー・エンドは即座に死なない程度に彼女の両手両足を切り飛ばすだろうと予想できた。

 そんなことをされたら、ネイが出血多量で死ぬまでの間しか彼と殺し合いできない。時間制限を与えられたくなかった。きっと彼もそう思っているはずだ。

 エミリオは真っ暗な地面を飛び降りた。嬉しそうに彼を待つ憧れの英雄の元へ。




 * * * * * * * * * *




 何かの衝撃を感じて目が覚めたら、周囲が真っ暗だった。顔が濡れたような気がして、手でこする。夜なのだろうか。ここはどこだろう?


「あれ、起きちゃった?」


 リパー・エンドの声が耳元で聞こえた。目を見開くと、彼に抱きかかえられていることに気付く。余りに近い位置の顔に、思わずのけぞるように距離を取ろうとしたが、彼の両手がしっかりと私の腰に回っていたため、逃げられなかった。


「ちょ、離してっ」

「暴れないで、また落とすよ?」


 落とすって何? 思わず足元を見たら暗くてよく見えなかった。でも多分地面だとは思う。  

 何が起こっているのか説明を求めようとしたら、彼は私を肩に持ち上げた。


「邪魔しないでね、暴れないで。うるさくしたら落とす」


 短く注意をして彼は赤い舌をちらりと見せた。震えるほど蔓延した殺気が私の反論を封じた。

 見上げた空から、少年が降ってきた。視線が合うと少年は笑った。少し離れたところに着地したエミリオの首回りから、だらだらと血が流れている。


「……あれ、起きたんですか? そのお荷物」

「うんうん。今ちょっと僕の殺気が溢れて抑えが効かないから、手が出せなくて困ってる」


 少しも困った表情をしてないくせに言うリパー・エンドに、同情したような視線を向けるエミリオ。


「ネイさんの目もないし、僕はそいつを殺さないから、置いたらどうですか?」

「駄目駄目、足枷があったほうがちょうど良いでしょ? あと」


 にぃと唇の端を上げると、リパー・エンドは言った。


「君は僕と同じくらい嘘つきだから、信用できない」


 ちぇっ、とエミリオは微笑んだ。





 その空間は、私の部屋と同じ程度の広さだった。二人で殺し合いを出来る程度にはゆとりがあったが、いつの間にか上の光が差し込まなくなっていた。何かで遮られたのか、真っ暗だ。


「……っ!」


 私は振り回されるように、その暗闇の中をリパー・エンドに抱え上げられていた。急激に動くから落ちそうで怖くて、思わずその服にぎゅっとしがみついた。


「うーん」


 暗闇で光るナイフを避けながら、彼は呟いた。


「しがみついて貰っていた方が楽だね。そのままじっとしててね」


 急に上に上がったと思ったら下に落ちて、落ちないように腰を押さえられつつリパー・エンドがくるりと回転する。

 暴れ馬に鞍を置かずに乗っている気分だった。手を放したら振り落とされる。

 私が必死でしがみついているというのに、こいつときたら「楽ちん楽ちん」と鼻歌交じりだ。少年とぶつかる度に飛んでくる血が生臭いし、気持ち悪いし、ほんと死ねばいい。

 暗闇から飛び出しては私を狙っているエミリオの鋭い刃物の光が時々見える。急な視点移動に耐えられず、私は目を閉じていた。


「っ」


 小さなうめきが聞こえて、思わず目を開けるとエミリオの片腕がなかった。多分切られたのだろう。


「足枷が緩くなったからね」


 からからと笑うリパー・エンドは、右脇腹から血を流しつつも余裕の様子だ。私を抱えていなければ恐らく血すら流さなかったに違いない。避けると私の足に当たるから彼の腹でナイフを受け止めたのだろうか。

 エミリオの切り落とされた手は、繋げるのに多少時間がかかる。そしてその時間をリパー・エンドは与えてくれないだろう。

 戦いのバランスが崩れた。エミリオはもう挽回することはできない。そう確信したときに、残念そうな顔をしたエミリオは、自分の腹にナイフを突っ込んだ。


「!?」


 私が悲鳴をあげるより先に、視界が反転する。

 私の上に覆い被さるようにしてリパー・エンドは地面に伏せた。




 * * * * * * * * * *




 轟音に、耳が聞こえなくなったかのようだった。

 キンキンと脳髄に鋭い音が反響している。

 目の前には身体を半分ほど吹っ飛ばしたリパー・エンドと、全部吹っ飛ばしたエミリオの残骸があった。

 先ほどの空間に無事立っているのは私だけだった。

 不思議なことに壁はそこまで崩れておらず、生き埋めは免れたようだった。


「爆弾……」


 エミリオの腹には爆弾が埋め込まれていたのだろうか。あれほど近距離で爆発したのに、自分が無傷であることに驚いた。

 私を庇ったリパー・エンドは、下半身が無く上半身も前半面ほどしかない。気絶しているのか、意識がないようだ。

 何故かリパー・エンドの魔力量が大分減っているのが見える。私ではまだまだ及ぶべくもないが、今すぐにこの壁を上ってネイ教官に伝えたら。彼女がもし神聖魔法を使えるなら、こいつを消し去れるかも知れない。


「……」


 私を守って怪我をしたリパー・エンドを殺そうとすることに、一瞬だけためらいを感じたが、首を振った。

 騙されてはいけない。こいつが私を守るのは、自分を守るようなものなのだ。

 上がる方法はないかと周囲を見回すも、土がもうもうと煙のようになっていてよく見えない。私がうろうろと道を探していたら、その足を誰かが掴んだ。


「ひっ!?」


 悲鳴を上げて逃げようとして、地面に転んでしまった。エミリオの手だった。手だけだ。

 エミリオの身体がじりじりと元に戻っている。リパー・エンドを見るとあまり回復してない様子なのに、何故。

 私の足を掴んだエミリオは、頭を再生させると私を見た。


「……なんだ、お前か……」


 どう考えても殺し合いで勝てそうにもない私は固まったままエミリオを見下ろしている。私の恐怖の視線に少年はつまらなそうに吐き捨てた。


「エンド様は?」


 私の震える手が指した方向を見ると、少年の表情は少し輝いた。肉の塊が引き寄せられるようにエミリオの身体に近づいていって、修復されていく。上半身が元に戻っていった。リパー・エンドは変らず上半身のみのままだ。


「……僕の攻撃で傷ついたエンド様……夢のようだ」


 私的には悪夢である。足を死霊に掴まれていて、半身だけの死霊が二人いる空間に閉じ込められている。そのどっちの死霊も狂っているのだ。救いがない。


「ん、しょ。動くなよ。楽に殺してやるから」


 もう両足まで戻っている。エミリオは少々名残惜しそうにリパー・エンドを見ていたが、私の足を放して立ち上がるとナイフを無造作に構えた。

 何でこんなに回復速度が違うのかと何度もエミリオとリパー・エンドを見ると、その疑問と混乱の視線に気付いてか、彼は説明してくれた。


「ああ、術士の力量の違い。僕はネイさんに魔力供給を受けているから回復が早いんだけど、エンド様はお前のちっちゃい魔力だから、エンド様自身の魔力で回復させない限り中々戻らないんだろうな」


 ぴっと上を指してエミリオは笑う。


「その魔力もお前を爆風から守るために一気に使ったから、半身飛ばして気を失ってしまったんだろう」


 お荷物なご主人様を持つと大変だね、と彼はナイフをくるりと回した。リパー・エンドが良くやっていた仕草に、思わず泣きそうになる。


「僕がエンド様を殺せるなんて、夢のようだ」


 後じさろうにも、場所がない。すたすたと近寄ってくるエミリオに、私は息を呑んだ。

 ――早急に自害なさい。それが化け物を生み出した責任の取り方でしょ。

 ネイの言葉が脳裏に浮かぶ。そうだ、今しかチャンスはないのだ。リパー・エンドは気を失っていて、私を守ることはできない。

 目の前の殺人鬼はネイの支配下にある。リパー・エンドを殺せたら、満足して素直に土塊に戻ることだろう。

 死ぬべきだ。それが一番なのだ。だってロザリオも私を見放したじゃないか。自分でも分かっているだろう。私の力じゃリパー・エンドを土塊に戻すことなどできない。

 ――この殺人鬼に手綱などつけようもない。私のような主人じゃ彼を制しきれないのだ。


「すぐに楽にしてやる」


 振り上げた刃の輝きを見たくなくて、私はぎゅっと目を閉じた。

 観念すべきだ。私は犯罪者なのだ。あんな殺人鬼を呼び出した犯罪者なのだ。学園の級友だって、ロザリオ教官だって私が殺したようなものだ。

 でも。

 脳裏に浮かんだ言葉は、思うのも許されることではない。口にするなんてなおさらだ。

 ――でも!

 どうせ死ぬのだから、いいではないか。もはや誰も助けてはくれない。ならば最後くらい、本心を吐いたっていいじゃないか。



「――死にたく、ない!」



 泣き言のように漏らされた私の言葉に、刃物が風を切る音が聞こえた。

 すぐに私の喉にナイフが突き立って、私は史上最悪の殺人鬼を呼び出した犯罪者として、墓もなく集合墓地にでもうち捨てられるだろう。家族がいなくて良かった。責められるのは私一人で十分だ。

 しん、と静寂が広がった。殺すならはやくしてほしい。いやもしかして、今は死ぬ間際に見るという走馬燈の時間なのだろうか。それにしては何も思い浮かばない。

 こぽ、と水の溢れるような音が聞こえる。おそるおそる目を開くと、そこには首の無いエミリオがいた。


「!?」


 ひっ、と息を吐くような声が漏れた。目の前の身体を蹴り飛ばすようにして、誰かがエミリオを私から放した。


「意地っ張りだなぁ、君は」


 ぼやくような、からかうような声が聞こえる。

 彼は、リパー・エンドは傷一つ無い様子でそこに立っていた。吹き飛んだはずの身体の余韻といえば、上半身が裸で、代わりに上着を腰に巻いているくらいだろうか。床にしゃがみ込んでナイフを取り出すと、エミリオの身体を刻みはじめた。


「ちょっと待っててね。死霊が戻りにくい分解の仕方ってあるんだよ。終わったらネイを殺しにいこうか」


 友を遊びにでも誘うようにして、リパー・エンドはさくさくとナイフを振るっている。

 ――気絶していたはずじゃないの? なんでエミリオが死んでるの。何でリパー・エンドは全身元通りになっているの!?

 混乱したままの頭では、声の一つも出なかった。

 そんな私の様子など見向きもせずに、彼は鼻歌を歌っている。


「ふっふん。今日は本当、いい日だね。僕がずっと後悔していたエミリオも殺せたし、ご主人様の本心も聞けたし」


 輝くほどの笑顔をちらりとこちらに向けられる。思わず後じさろうとしてやはり背中は土だということに気付く。


「やっぱり君も死にたくなかったんじゃん。素直に言えばいいのに」


 どうやら私はまた更に罪を重ねたようだった。私の声があろうことか、リパー・エンドに届いてしまったのか。混乱したまま尋ねる。


「気絶、してたんでしょ……!?」

「んん? いや別に? エミリオがどういう手をとるのかなぁって、楽しみに待ってただけ」


 からからと笑いながら解体を終えた殺人鬼は立ち上がった。はい、と手を差し出されて、下がれないのに私の足が勝手に後ろへと動こうとする。


「ん、ああ……。この辺は水ないしなぁ」


 やっと血塗れの両手に気付いたようでリパー・エンドは困った顔をした。ごしごしと自分の服で手を拭いた。黒い上着が血に染まっているのだろうが、色合いが幸いしてか見えなかった。


「ほら、これでいい? 行こうよミチカ」


 何がそんなに嬉しいのか、満面の笑みを浮かべている。私がまた首を振るのをみて、強引に抱え上げられた。


「駄目駄目、ずっとここにいたら、酸素なくなっちゃうし。作り出せなくもないんだけどさ、それより早めにネイを殺さないとエミリオが戻っちゃうからね」

「やだったら、離してっ」


 私の頬にすり寄せるように頬を当てると、リパー・エンドはくっくと笑う。


「離す離す。ネイを殺し終わったらちゃんと離すって」


 ぐいと身体が急上昇する感覚。彼が壁を蹴って上昇していくのが見えた。上を塞いでいる大きな石のようなものに彼は片手を当てると、そのまま吹っ飛ばした。


「――だけどね、ミチカ」


 眩しい光が急に当たって、思わず目を閉じた。その目の上にそっと何かが触れた。吐息のように優しく囁かれる。


「半年後には、君の言うことは一切聞かない。ちゃんと血塗れの手を取る覚悟をするんだよ?」




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