3 少年エミリオ・レッテ
その日の空は快晴だった。
私は椅子に座ったままぶらぶらと足を揺らして、教官のいない教室で窓の外を見ていた。
私の気分とは裏腹に、真っ青な空に目をすがめるといつの間にか戸口にリパー・エンドが立っている。
「ミチカ、いい加減食べて」
困ったように私の前の机に食事を置くが、私は小さく首を振った。食欲がない。ロザリオ教官が死んでから三日。ほぼ水のみで過ごしていた。
「絶食しても無駄だからね。僕の魔力を渡すだけ。君は死ねないよ?」
本当に何故か食欲がわかないだけなのだ。放っておいてほしい。
私が黙ってお盆にのった食事を押し返すと、彼はやれやれと肩をすくめた。
そしてリパー・エンドは私に顔を近づけて来て、耳元で囁いた。
「君が食べないのは食事に何か入っているのかな。つまり食堂の人間は君を殺そうとしているんだとしたら、僕が殺しに行っても良いってことだよね?」
さっと顔が青ざめた。脅迫だ。私が食事を食べないことに苛立ってか、第三者の殺害予告をはじめた殺人鬼を睨み付けると、彼は私の反応に微笑んでいる。
「……食べるわよっ」
「うんうん、それがいい。生きてる人は健康に食事をするのが一番だね」
食事のいらない死霊は、頭が沸いたような台詞を吐いた。殺人鬼が健康について語っている。ほんと死ねばいいのに。
私が黙ってスープを飲み始めるともう興味が失せたように部屋の隅で三本のナイフを投げては受け止めるという遊びをしだした。失敗して刺さればいいのにと思いながらその様子を見ているが、くるくると回転する銀の光は一定の軌道を描いてそこからずれる様子もない。つい見とれそうになってしまう自分に自己嫌悪して匙を置いた。
「ごちそうさま」
「あれ、それだけ?」
首を傾げるリパー・エンド。
スープ一杯とご飯を一口。三日の絶食の後だ。これ以上食べるとむしろか胃が驚いてしまいそうな気がした。
「明日はもう少し食べるわ。今日はこれで充分」
「ふうん。じゃあ片付けてくる」
ひょいとお盆を持って彼は部屋を出て行った。面倒見がいいというより、暇をもてあましているのだろう。
以前はロザリオ教官が食事を運んでくれていたが、彼は既にいない。ロザリオ教官がいたときはぴったりと私の側から離れなかったリパー・エンドだが、現在はちょこちょこ姿を消す。
――そりゃあ、離れたらあいつに君を殺されちゃうからね。
リパー・エンドの低い笑い声が脳裏に浮かんだ気がして、頭を振った。教官。ロザリオ教官。
葬式の参列は遺族に拒否された。当然だろうと思ったが、それでもやりきれなかった。
「ただいま」
寄り道をしなかったのだろうか。すぐに帰ってきた彼はお盆を持っていない。
「早かったわね」
「ん。殺気を感じたから、お盆はその辺に捨ててきちゃった」
あははと笑うリパー・エンドだったが、どういうことかと私が尋ねるより先に、乱暴に扉が開いた。
彼女は燃えるような殺気を抱いてそこに立っていた。
「ミチカ・アイゼン」
怒りに震えるその声は、憎しみで人が殺せるならば私を殺しただろう。そんな気もした。
「ロザリオが死んだって、聞いたわ。あんた何してたの?」
もう一人の教官、ネイ・ミドルだ。長い金髪を一つにまとめて、結い上げているその姿は美しい。目をつり上げた彼女を見て、そんなずれた感想が浮かんだ。
「むざむざとその殺人鬼の手綱を放しているの? 残り少ない期間で、ロザリオも死んでどうやってそいつをぶっ殺すつもりなのよ!」
叩き付けられた殺気と怒りは、彼女がロザリオの死を耐えられないほどに悲しんでいるのが伝わってきた。何も言えなかった。ただひたすらに彼女の目を見て、言われた言葉を受け入れるしかなかった。
「私があんたに教えることは一つだけよ、早急に自害なさい。それが化け物を生み出した責任の取り方でしょ」
「あっ、だめだめ。そこまで」
すっと立ち上がったリパー・エンドに、びくりと反応して一歩後ろに下がるネイ。彼女は怒り狂っていたとしても、彼に詰め寄るほど馬鹿ではなかった。
「自殺誘導は殺害行為と受け止めるよ? 今回に限り許してあげるけど、次はないからね?」
にこにことご機嫌なリパー・エンドである。許すと言いながらも両手には既にナイフが光っている。
小さく息を呑んで、ネイは私を一瞥だけしたあとにリパー・エンドを見た。
「……ずいぶんと優しいのね。ご主人様を殺そうとしている私にチャンスをくれるなんて」
「うん、僕はね、今君を殺したくないんだ」
殺人鬼らしからぬ言葉を吐きながら、リパー・エンドはネイを真っ直ぐに見て、にこりと笑った。いや、それは笑顔というべきものではなかった。餌に飢えた動物が涎を垂らしながら、今か今かと獲物を待ちわびている様子だった。
「殺したくないというか、むしろ君にはすごく感謝している」
リパー・エンドの言葉が理解出来なくて、私は眉間に皺を寄せて言葉を聞いていた。ネイは青ざめる顔を引き締めるように、ぎゅっと唇を噛んだ。
「すばらしい死霊術で、素晴らしい考えだよ、ネイ・ミドル。お礼に君は心からの感謝と共に殺してあげる。早くしてね、待ってるから」
リパー・エンドの赤い舌がちらりと唇を舐めて、低く笑った。
「早く僕を殺しにおいで。楽しみにしてる」
ふくれあがった殺気は、何かの刺激でぱちんと割れてしまいそうなほど、溢れて息もできなかった。
* * * * * * * * * *
「……どういうこと?」
逃げるようにネイが立ち去った後に、私はリパー・エンドに尋ねた。彼はふんふんと鼻歌を歌いながら、ご機嫌でナイフお手玉をしている。刺され、とつい思う。
「どういうことって?」
「ネイ教官に言ってた言葉の意味よ」
ぴっと指の間にナイフの刃を挟んでお手玉を止めると、彼はくくっと笑う。
「いやぁそれがさ……そうそう、ミチカ。君は生きている内にやりたいこと、やらなかったらきっと後悔するだろうってことはあるかい?」
何を楽しそうに言っているのかよく分からない。質問の意図も分からないが素直に答えた。
「とりあえずあんたを土塊に変える以外の目標はないわ」
あらら、そうなんだ頑張ってねとリパー・エンドはぱちぱち両手を叩いた。
話をはぐらかされたような馬鹿にされたような、イラッとした気分で彼を半眼で見やると、この殺人鬼は嬉しそうに言うのだ。
「僕にはある。ずっとずっと、死んでからも生き返った今も。ずっと後悔していることがある」
殺人鬼の後悔?
あまりに目の前の男に無縁な言葉に驚いて、私は目を丸くしたまま聞いていた。
「こうすればよかった。ああすればよかった。後悔ってほんとうに、後になって思うものだね。僕がやれなかった事を他の誰かにされるということは、地面を叩きたいくらいに悔しかった」
ふふっ、とリパー・エンドは目を細めた。
「その後悔が向こうからやってきたんだ。感謝せずにいられないだろう? 神様ありがとうと叫びたいくらいに、僕は興奮しているんだよ」
神様もあんたには感謝されたくないだろう。
殺人鬼の感謝など受け入れるくらいなら、罵られた方がよっぽどましだというものだ。
そんなこいつが後悔するなんて、一体どんなことなのだろうか。間違っても良いことではないに違いない。
「あんたの後悔って、何なの?」
彼は愉悦の表情で答えた。
「……ずっと殺したいと思っていた人を殺せなかったことさ」
予想通りの言葉に、呆れたらいいのか納得したらいいのか分からなかった。彼は私を見て微笑むと、すっと椅子を引いて座った。
「僕の死ぬ直前の話なんだけどね。君がもし知りたいなら話すから、そこの紅茶を僕の分も入れてよ」
飲めもしないものを用意する意味がよく分からない。体裁が大事なんだよというリパー・エンドの気持ちも分からないが、特に分かりたくない。
お湯が入った据え置きの保温容器から、紅茶を入れてリパー・エンドの前に置くと、彼は話し出した。
「どこから話そうかな……エミリオ・レッテのこと。僕の後を雛のように着いてくる馬鹿な男の話からだね」
* * * * * * * * * *
「エンド様、今日もほら、新聞の一面があなたのことで一杯です!」
頬を紅潮させて家に入ってきたのは、まだ年若い少年とも言うべき男だった。
周囲に赤い血を撒き散らしたまま、テーブルの上の朝食を食べるリパー・エンドを憧れの眼差しで見つめる。
「ふうん」と興味なさそうに返事をして、リパー・エンドは先ほど殺害したばかりの女が用意した野菜をフォークで刺すと、口に運んだ。
「すごいなぁ、やっぱりエンド様は違いますね。ただの犯罪者なんて目じゃない、前人未踏の記録を打ち立てて、きっと誰にも敗れないです!」
殺人の記録など誰が好んで破ろうとするものかと思えど、破ろうと思っても破れるものではないのは明らかだった。
リパー・エンドの名は連日紙面を賑やかせている。ここ中央大陸には大小様々な国があるが、その最も大きな国に彼は潜んでいた。潜んでいたというよりは死体の数で彼の位置が分かるとも言われるくらいには自由気ままに過ごしていた。
もちろんこの国及び周囲の国は、連合として厳重な警戒網を引き、大量の警備兵や魔術士を捕縛及び処刑に送り出した。しかしそれは新たな死体を増やすだけの結果になった。
手をこまねいているわけではなかったが、彼を倒す決定打と呼べる物がない以上、無計画に手を出すわけにはいかなかった。よって国の対応としてはお粗末と呼べるような、警戒情報を出すくらいであった。
少年、エミリオの手に持った新聞には、死者の数が三百人を超えたと書いてある。
「国はリパー・エンドを大災害と同じ扱いとして死体に……うわぁ、一生どころか、十回くらい死んでも豪遊できるくらいの懸賞金がかかってますよ」
「十回死ぬ程度のお金で、今の生を捨てるなんて勿体ないね」
リパー・エンドがくくっと笑うと、そうですねとエミリオも満面の笑みを見せる。
「僕にも殺し方を教えてください、エンド様」
気が乗らない様子でリパー・エンドは手を振った。
「めんどくさい。殺し方なんてないよ、歩き方を教えてと言われても困るでしょ?」
「だって、僕も手伝いたいんです!」
熱い視線はまるで憧れの英雄を見るかのようであった。
「手伝うとかむしろ嫌がらせだし、僕の趣味の邪魔されても困るよ」
嫌そうにため息をつくリパー・エンドに、がっかりと項垂れるエミリオ。
「そ、そうですか……わかりました。でも殺し以外は役に立てますよね。少なくとも、僕が首長を継いだら裏の世界からの刺客は僕が抑えますよ」
「エミリオ」
ひやり、とするような殺気がその場に漂った。
「邪魔をするなって言ったでしょ? 僕は僕を殺しに来る人を一人残らず歓迎しているんだ。抑えられたら困るんだよね」
リパー・エンドの赤い眼は、ひたりとエミリオの首筋に向いた。もしも少年が彼の望まない言葉を一言でも吐いたら、多分その首からは赤い血が噴き出すはめになっただろう。
エミリオは困った顔で頷いた。
「じゃあ、むしろ刺客送りましょうか? 百人単位で用意できますけど」
「……」
くくっ、とリパー・エンドは笑い出した。
「金にならない殺しを暗殺者にさせるなんて、可哀想だろ? エミリオ」
「そうですかねぇ」
納得いかない様子であったが、それ以上食い下がらない。エミリオは引き際を見極めていた。
* * * * * * * * * *
エミリオ・レッテは暗殺者一族の亜流と呼ばれる集団の一人息子だ。暗殺者集団を本家と分家に分けたときの分家のほうである。
その亜流は彼の父が長をしており、彼が後を継ぐのは決まっていた。本人もまた、性質が暗殺向きであったのだろうか。殺人に対する忌避感は一切なかった。
少年が人を殺したのは六歳の頃。亜流の長である彼の父が、練習として人を殺させたのだ。
それは絞殺であったり、毒殺であったり刺殺であったりしたが、彼の感想としては「こんなものか」ということであった。
彼もまた歪んだ存在であるということは確かかも知れない。
そんな彼は十二歳の頃、リパー・エンドの殺害現場に偶然出会った。それを見たエミリオが面白そうに目を輝かせてからの付き合いである。
気に入った人は殺したいと豪語するリパー・エンドも、この少年に手は出さなかった。それは単に暗殺者の一族の跡継ぎ息子だからという理由でもなく、少年が気に入らなかった訳でもなく。
ただただ、エミリオをいつ殺そうかと楽しみにしていただけの話なのである。
* * * * * * * * * *
エミリオは何故かこの稀代の殺人鬼に大変懐き、警備兵に追われながらも悠々と国内を散歩するように殺し回っているリパー・エンドを追いかけていた。
「また君かい、エミリオ」
「はい、エンド様。今日もうっとりするほど美しいお手並みですね!」
路地裏の殺害現場で何度目かの遭遇をしたリパー・エンドは、満面の笑みのエミリオに声をかけた。
彼が自分を探すのは殺したいわけでも抱き込みたいわけでもなく、純粋にリパー・エンドを慕っているのだと知って彼は驚き呆れた。そういった物好きは他にもいたが、実際に彼を見つけ出すのは容易ではないはずだ。しかしエミリオはそこにいる。
「そんなに暇なら僕と来るかい?」
その言葉にエミリオは目を丸くして、次いで首が飛びそうなほどブンブンと頷いた。
「行きます! 行きます、エンド様! 父も勉強になるから構わないと言ってくれています!」
ほんの気まぐれで言った言葉に、しっぽを振って付いてきた彼をリパー・エンドはそれなりに気に入っていた。一歩足を踏み外せばいつでも殺される状況で、エミリオは喜々として彼の傍らにいた。
殺人鬼リパー・エンドと、その従者としてエミリオもまた名前が知られてくるようになったのだ。
* * * * * * * * * *
人が死ぬのは本当にあっさりだ。
首を捻るのでも胸を刺すのでも、喉を切り裂くのでもいい。
それはもちろん知っていたし、彼自身も毎日のように儚い命を散らしていたので分かっていた。
しかし不思議なことに人は、死に直面するまで「自分が死ぬ」ことを考えていないのだ。
今、目の前で喉を切り裂かれた男も、リパー・エンドに出会うほんの数十分前までは「自分の死」について考えもしなかったことだろう。
驚くことにリパー・エンド自身もそうであった。自分がいつか死ぬ、殺されるだろう事は分かっていたが、彼が殺さないのに人が死ぬと言うことに何故か思考がいかなかった。
だからこんな無様な状況になっているのだとしばし呆然とした。
「エミリオ」
今朝、新聞を買ってきますと笑顔で出て行ったエミリオは帰らなかった。リパー・エンドは心配などしなかった。エミリオは彼に及ばぬまでも、そこいらの人には負けない程度の強さがある。それになによりも。
「……僕が君を殺してないのに、死ぬなんて馬鹿なことがあるか」
そう思っていた。
しかしリパー・エンドが潜伏していた家に、一通の手紙が届いた。そこには「四番街の赤煉瓦の家」という一言と共に、エミリオの髪の毛が一束入っていた。
彼は慌てた。エミリオを心配してじゃなかった。
――他の人間にエミリオを殺害されるなんて許せない!
それは彼の楽しみであり、何よりも優先されるべきものなのだ。残してあった大好物を、フォークで刺して奪われるようなものだった。彼は憤慨した。
闇夜を滑るように彼は飛び出した。憤りとともに、何故か「もう手遅れだ」という意識が彼にはあった。
彼を待ち伏せた人達は、再び三途の川の向こう側でまたリパー・エンドを待つことになった。入り口周辺に隠れた人や罠をことごとく破壊して、彼は無造作に家へと入った。
「エミリオ」
家の中は暗く、正面には二階へと上がる階段と、左右にいくつかの部屋があった。
手に持ったナイフを無造作に天井へと投げると、悲鳴とともに男が落ちてきた。その顔に見覚えはなかったが、服装からいって裏家業の人であることが推察できた。
いくつかの部屋を血塗れにして、彼は地下への扉を発見した。果たしてそこにエミリオがいた。
当然のように事切れていた。肩に切りそろえられた髪の毛は血が飛んでいて、首にはナイフが突き立っていた。
「……」
リパー・エンドが深くため息を吐いた。がっかりだ。本当にがっかりだ。
途中の数人が恐怖に震える声で話してくれていた。エミリオの暗殺者一族の本家。彼らはエミリオがリパー・エンドと癒着していることに危機感を覚えたのだそうだ。
「亜流と呼ばれたエミリオが、リパー・エンドと結託して本家を潰しにかかるのではないか」と。
呆れた表情で、話した男の首をねじ折りながら、リパー・エンドは首を振った。
「そもそもそんなものに全く興味がないんだよね」
エミリオが本家を潰すのならば好きにすればいいし、本家が亜流を潰すのならばそれもそれでいい。ただ、エミリオは。
「この手で殺したかったのに……」
無様だ。情けない。泣きそうな表情で項垂れるリパー・エンドの耳に、何かのからくりが動く音が聞こえた。彼の実力を目の当たりにして逃げ出した暗殺者の連中が仕組みを動かしたのだ。
がたがたと周囲の壁が揺れて、上からは大きな瓦礫が振ってきた。家ごと、リパー・エンドを押しつぶそうというのだろう。逃げようと思えば逃げられた。
だが。
彼は赤い瞳で瓦礫を見上げた。
――急に、なんだか面倒くさくなった。
ここから逃げ出すのも、エミリオの死をもくろんだ本家を潰すのも、やろうと思えばできただろう。
だが、面倒くさい。大好物を取られた状態で、他の食事を食べようという気分になれなかった。
それを死因というのなら、死因なのかも知れない。
避けなかった瓦礫が、彼の上に降り注いだ。
* * * * * * * * * *
「……」
私は、絶句した。
「……あんたの頭、何が詰まってるの?」
死んだ理由がめんどくさかったからって何それ。エミリオの話を聞いて、少しは人間的な情が沸いていたのかと思ったら「殺したかった」って何それ。
確信した。こいつは異星人だ。
「何って?」
きょとんとしているリパー・エンドは、私の言っている言葉の意味が分かっていないようだ。
「普通に脳が詰まってるんじゃないの? 自分の頭の中身は知らないけど」
「脳をそっくり入れ換えられて、人間のふりをしてるだけなんじゃないの!?」
「さぁ? 割って見てみる?」
「嫌に決まってるでしょ! そんなもん見て喜ぶのは変な趣味持ってるあんただけよ」
くっくと笑うリパー・エンドは、私の言葉など一縷も気にしていない。
「で、あんたの後悔はエミリオを殺せなかったことなのよね? エミリオを殺した奴を殺せなかったとかじゃないのよね」
念のため確認してみた。後者は常人の発想だと思うのだが、狂人は前者に頷いた。やはり頭がおかしい。
「本当に後悔したね。好物を後に取っておくという自分の趣味を罵りたかったよ。でもなかなか直らないんだよね、性質って」
「――まぁ、直らないんでしょうね」
少なくともこいつの狂人っぷりは死んでも直らなかったということだ。私の冷たい視線を完全無視して、リパー・エンドは紅茶を口元に運んで匂いをかいでいた。
「で、あんたが後悔していたことは分かったけど、だから何が言いたいの?」
「僕の望みが叶うってことさ」
ふふっと目を細めて、リパー・エンドは立ち上がった。
「そろそろ準備も出来たかな? 行こうか」
「……どこに?」
行きたくないと顔全体に出ていたのだろうか。そんな私の手をやんわりと掴んで、彼は首を傾げた。
「どこだろうね。僕にとっては過去で、君にとっては未来かな。悪いんだけど置いていくわけにはいかないんだ、多分君が狙われるから」
「……」
私は黙って立ち上がると、リパー・エンドに右手を掴まれたまま歩き出した。
隔離教室である私の部屋を出て、暖かな陽気を感じながら森の中を歩いて行く。スキップをするようなうきうきとした様子で、殺人鬼は私を引っ張って行った。少し開けた場所は、先日彼とロザリオが殺し合いをしたところだ。
そこに二人の人間が立っていた。
一人は金髪の美しい女性、ネイ・ミドル。そしてその横に立っているのはまだ少年とでも呼ぶべき男の子だった。茶色の髪の毛がさわさわと風に揺れて、大きな黒い目はリパー・エンドを見ると微笑んだ。
「エンド様」
「久しぶり! エミリオ!」
ぽかんと口を開けて私は立ち止まった。爽やかに挨拶するリパー・エンドと、無邪気な笑顔を浮かべたエミリオを見ていた。
「早いわね、もう少し調整したかったのに。あとその小娘は邪魔じゃない?」
ネイは私の方をちらりと見てからリパー・エンドに言う。彼はからからと笑った。
「あは、ごめんね待ち切れなくって! あとミチカは駄目、僕の傍から離さないよ? 残念でした!」
ちっと舌打ちするネイをにこにこと微笑むリパー・エンド。どういうことかと横目で見上げると、彼はご機嫌な顔のまま、右手にナイフを出した。いつもなら左手も武器を出すはずなのだが、それは私の肩に回った。
「ミチカ、彼らの狙いは君の殺害だから、今日は悪いけど傍から離れないでね。僕、人を守るのって初めてだからうっかり失敗したらごめんね?」
失敗すなわち私とこいつの死亡だろうに。
それすら楽しそうに笑えるこいつの神経が本当に理解出来ない。
「死霊術でいうなら、君よりあっちの人が断然優秀。エミリオを生き返らせて僕を牽制しつつ君を殺すのが目的だから」
隣の殺人鬼から沸き上がる殺気に、ぞわっと背筋が冷えた。
「大歓迎でお相手してあげなくちゃ。ね?」
ふっと殺気を隠して肩に回ったリパー・エンドの左手は、私の首筋にゆっくりと動いて。
「さあ、はじめようか」
その言葉と共に、私の意識が飛んだ。