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死霊術士の殺人鬼  作者: かなん
学園編
2/16

2 教官ロザリオ・セチック

 地方の学園では、誰一人としてこの殺人鬼を抑えることが出来ないため、私は中央の学園へと送られた。完全特別待遇というか、災害と同じ警戒レベルだ。

 学園の庭の端に一室が急速度で作られ、隔離部屋と化した。

 私はそこで寝起きすることとなり、学園の死霊術士が専任教官として授業することとなった。

 なったのだが。




「……」


 三通目の辞表を見て、私はため息をついた。

 隣の彼はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。死ねばいいのに。死んでるけど。


「授業の邪魔をしないでって言ったのが聞こえないの?」

「邪魔してないでしょ? 勝手に怯えて辞めていくだけだよ」


 授業中すぐ隣で殺気出されて平然と授業を進められるほど、太い神経持った人間がいるか!

 睨み付けてもどこ吹く風である。怒りにまかせて筆箱を投げつけると、その殺人鬼はふいと首だけで避けるのだから腹が立つ。当たれば溜飲も下がるというのに。

 彼は私が死霊術の知識を深めることを良しとしないのか、純粋に暇だからか邪魔をしてくる。両方かもしれないが。

 隣で殺気を出しつつ無言の圧力で私の授業妨害をしているのだ。邪魔だから外に出てろと言っても、離れると命の危険があるため却下だと笑顔で断ってくる。

 もっと細かく契約を決めるんだったと後悔しても遅い。あの時は止めるのに必死でそれどころではなかった。


「どこにいくんだい?」

「学園長のところ! 付いてこないで!」


 無視してひょいひょいと私の後ろを歩くリパー・エンドの気配がするため、私は扉を出た瞬間駆けだした。

 やばい、本当にやばい。既に二ヶ月が経過してこれだ。

 あと十ヶ月で本当にこいつを死霊解放できるのだろうか。

 私は全速力で学園長の部屋に向かうと、すれ違い怯える生徒の群れをかき分けるように走った。



 * * * * * * * * * *




 はー、はー、……ふぅ。

 荒い息を吐いて扉をノックすると、中から学園長の穏やかな声が聞こえた。


「どうぞ」

「失礼します、ミチカ・アイゼンです」


 息を整えてから中に入ると、そこには白髪の老人である学園長と、その前に二人の男女がいた。片方は無精髭を生やした三十代後半の青年で、もう片方が少々きつめの顔立ちの美女だ。


「へぇ、中々いいレベルの死霊術士」


 隣から楽しそうな声が聞こえてぎょっとなる。殺人鬼がにこやかな笑顔と殺気を振りまいている。息すら切らしていない様子に、やっぱり体力的にまくのは無理なのかと絶望する。


「やぁ、初めまして。リパー・エンドです」


 挑発するように笑顔を浮かべたまま近寄ったリパー・エンドの頬を、無精髭の青年がいきなり殴りつけた。


「――えっ!?」


 私は思わず息を呑んだ。惨劇だ、血に染まる! と目を閉じる。

 しかし意外なほどその場には音がしなかった。張り詰めたような空気のもと、女の人の少し緊張した声が聞こえる。


「ロザリオ、駄目よ。落ち着いて」

「俺は落ち着いている。大丈夫だ」


 淡々と答える青年――ロザリオの声。殺されてはいない様子に、私はそっと目を開けた。

 殴られて唇の端を切ったのか、殺気に目を輝かせているリパー・エンドは、薄い笑みを浮かべてその場に立っている。だが手出しはしていないようで、ロザリオを見ているだけに止めている。そのロザリオは、鋭い目つきで彼を睨み付けている。


「あんた、自分に対する暴力には反撃しないんだな」


 ロザリオの言葉に驚いて殺人鬼を見ると、彼は口角を上げて答えた。


「うん、そこは契約に入ってないからね」


 私は驚いて目を丸くして、リパー・エンドを見つめた。自分に対する暴力に反撃しないって、殴られても無抵抗ということか?

 ならば神聖魔法士を呼んできて消して貰うのが一番手っ取り早いのでは、と思ったが美女が口を挟んできた。


「それくらいでやめたほうがいいわ。身体が修復不能になる可能性があるときは多分反撃するわよ。ソレが動けなくなったら彼女に危険が及ぶ可能性があるから」


 ちらりと私に視線を向ける美女に、私は息を呑んだ。その視線は当然のように冷たかった。


「契約の拡大解釈なんていくらでも可能なのよ。お嬢さん。今だってそいつが反撃しようと思ったら出来たわ。一切の手出しを許さず、反撃も許さずだったらとっくに事は終わっていたのに」


 彼からの追加条件を呑まなければ、彼は反撃出来なかったのか。私を守るという理由で彼は反撃する。元のままの条件ならば神聖魔法士によって排斥できたのだ。

 私はその視線の冷たさに目を伏せた。私のせいだ。ぐるぐると後悔が頭を回る。


「そんなに僕のご主人様を虐めないでよ。僕の追加条件を呑まないなんて選択肢、あるわけないでしょ?」


 唇の端の血を舐めて、リパー・エンドは目を細めた。


「受け入れるまで学園中の人を殺したら、多分途中で耐えきれずに了承したと思うよ」


 学園中で足りないなら、どこまでも狩り場を広げようか。そう楽しそうに言う彼の歪んだ精神に、顔を歪める。庇われているんだか、軽んじられているんだか分からない。


「じゃあ何でお前は、さっき反撃しなかったんだ?」


 ロザリオの言葉に、首を傾げてリパー・エンドは笑う。


「その方が、楽しいでしょ。自由になった一年後に誰から殺そうか、ウキウキするよ」


 ああ、理解しようとも思わないが、こいつの心は多分深淵だ。覗けば落ちていくだけなのだ。


「それと復讐にギラギラしている人って嫌いじゃないんだ。僕が殺した誰かの身内でしょ、君」

「……学園に姪がいた」


 凍り付くようなロザリオの憎しみの視線を、さらりと流してリパー・エンドは両手を打った。


「あっは、やっぱり! 気が向いたら次の攻撃は殺してあげる。早めに死にたいなら彼女に攻撃すればいいよ」


 にこにこと、さも親切そうに振る舞う殺人鬼を人外を見る視線で一瞥すると、ロザリオは私に目を向けた。


「お前がミチカ・アイゼンか」

「は、い」


 ぎゅっと肩を縮めて罵られる覚悟をした所。


「今日からお前の専任教官ロザリオ・セチックだ。こっちはネイ・ミドル」

「えっ!?」


 新たな専任教官が来たことと、罵られなかったこと両方に驚いた。

 私の驚きを別の勘違いしたのか、彼は言葉を続ける。


「ネイは別枠だ。俺が主に教えるが、何かあったときのために俺と同じくらいの力がある教官が必要だろう」

「ネイよ。よろしく」


 美女は冷たく微笑んだ。両手は腕を組んだまま、こちらを刺すように見下ろしてくる。差し出す手は当然無い。


「よろしくお願いします……」


 前の教官の退職届をぎゅっと握り潰すかのように緊張して、私は頭を下げた。


「何かってあれでしょ。僕に殺された場合でしょ」


 くっくと笑う殺人鬼。うるさい黙れ。殺されろ。

 私の非難の視線など意に介さずに、彼は楽しげに二人を見ていた。


「昨日の夜、前任の教官から退職届けが出されましてね、前々からお願いしていたロザリオさんと、ネイさんにやっと了承頂いたのですよ」


 学園長が笑顔のまま言う。私の手中の退職届けと同じ物を、彼も持っていた。早い手配、というよりそもそも学園の教官は繋ぎだったのだろう。ロザリオ達が本命なのだと分かった。


「あ、ありがとうございます! 宜しくお願いします!」


 頭を下げる私に、ロザリオは淡々と言った。


「基本は出来ているな? すぐさま実践だ。基礎魔力の向上を中心に、死霊術を上げていく。時間がない」


 彼は私とリパー・エンドを交互に見て、ため息をついた。


「後十ヶ月か。真っ当に行ったら三年でも足りない。お前はもう少し交渉すべきだったな」


 それほど私と奴に魔力量の差があるのだろうか。私が隣の殺人鬼を見上げると、彼は片目を閉じてみせた。ご機嫌だ。怖いくらいの、ご機嫌だ。私は念の為釘を刺した。


「邪魔しないでよ」

「邪魔? しないよ」


 くっくと彼は笑う。


「頑張って頑張って、出来なかったときの絶望の表情を見るのも結構好きなんだ」


 本当にいい趣味をしているものである。私は吐き捨てるように言った。


「あんたが人間って、何かの間違いじゃないの?」

「僕も時々そう思う。だけどほら、僕」


 リパー・エンドは殴られた口の端を赤い舌でちらりと舐めると、ロザリオを見つめた。


「好物は後に残す方なんだよね」


 人間らしいでしょ、と微笑む彼に私は何も言えなかった。ただ背筋に流れる冷たい汗を感じていた。




 * * * * * * * * * *




「……」


 その後、三ヶ月の集中実践訓練が終わった。ロザリオ教官はスパルタだった。

 背後の殺気を完全にスルーして、彼は私の死霊術を引き上げていった。ぐんぐんと自分に力が付くのを実感するとともに、どんどん絶望も深まった。


「ん、どうしたの?」


 本を読むのを止めて、私に尋ねる殺人鬼を見た。

 ――無理だ。

 根本的に持っている潜在能力が足りない。私の魔力の限界が水桶ほどだとしたら、こいつは海だ。この水桶で掻き出すことなど出来るはずがない。

 化け物だ。こいつに対峙した学園の神聖魔法士達が「我々には無理だ」と言った理由がよく分かった。私の持っている魔力でこいつを解放することなど出来っこない。

 私が無言で首を振るのを見て、彼はくっくと笑っている。頑張って頑張って、出来なかったときの絶望の表情を見ることが出来て嬉しそうだ。死ねばいいのに。

 そこに今朝もロザリオ教官がやってきた。


「ミチカ・アイゼン。次の授業に入る」

「教官」


 私は縋るような視線をロザリオに向けた。この三ヶ月で分かった。ロザリオもまた、私より遙か上の魔力の持ち主だ。しかし、この殺人鬼と比べると、やはり……。


「間に合いますか? どうにかなりますか? あと七ヶ月で」

「お前次第だ」


 彼は一蹴した。


「間に合いたかったらやれ。悩む前にだ」

「……はい」


 後ろの床でごろごろしている殺人鬼は、大きなあくびをした。


「……退屈すぎる」


 この三ヶ月、彼は誰一人殺していない。私がこの部屋に籠もりきりだからだ。食事も睡眠も風呂もトイレもここだ。部屋を出る必要がないように作られている。

 いや、部屋を出ないでくれということなのだろう。


「暇ならどこか行けばいいでしょ」

「んんー……」


 ごろごろと生返事をして、本を開くリパー・エンドはそれでも出て行く様子がない。

 それを見向きもせずにロザリオは言う。


「今日から神聖魔法の勉強をする」

「!?」


 ぴく、と後ろの殺人鬼が反応した。


「死霊を跡形もなく神聖魔法で消し去る呪術だ。分かるな?」

「は、はい」


 私も驚きに目を見張った。死霊術士はあくまでも死者を操り生き返らせる。正反対の力を持つ神聖魔法を学ぶものなどいない。力は特化するほどに尖るものなのだ。


「わ、私に出来ますか?」


 不安が声に出たのだろう。見下ろすロザリオの目は、「出来る出来ないじゃない、やれ」と言っていた。


「神聖魔法はいくつか系統があるが、死霊への攻撃を最優先する。イカレた殺人鬼を殺すだけの能力があればいい」


 攻撃目標は後ろのアレだ、とリパー・エンドを指さす。


「……そう来たんだ」


 にやりと退屈な本を投げ捨てて、リパー・エンドは笑みを浮かべる。


「俺はアレに攻撃出来ないから、見本として見せるだけだ。真似てやってみろ」

「はい」


 私は頷いた。背中の視線が痛い。

 しかしこれは名案だ。こいつは私に反撃したらその部分が欠損する。殴れば手が、蹴れば足が。一方的に私だけが攻撃できるのだ。なぜもっと早くこの授業に入らなかったのだろうか。

 尋ねてもこの教官は教えてはくれないだろう。私は黙ってロザリオの話を聞いた。


「先日まで繰り返していた死霊術と、仕組みは同じだ。神聖魔法を理解して放つ」


 彼が右手を自分の左手に向けると、小さな光が放たれた。じゅっと音がして彼の左手に小さなやけどの跡ができる。

 私は真似して右手を左手に向けた。


「ああ、お前の攻撃目標はアレだと言ったろう。俺は間違ってもお前に光が向かわないように左手で押さえただけだ」


 ほら、と顎で指し示されたのは背後の殺人鬼。しかし。


「ちゃんと光が出るようになってから、やります」


 目の前にリパー・エンドの殺気に塗れた瞳を見たまま、光が撃てる気がしなかった。

 やれやれという表情のロザリオは、黙って椅子に座って私を見ていた。

 後ろのリパー・エンドは、また低く笑って本を手にした。

 ――馬鹿にして。今に、見てろ。

 その日は一日試したが、光はうっすらとしたものくらいしか出なかった。




 * * * * * * * * * *




 そこから半月が経っても、私の光はうっすらからひょろひょろに変化した程度で、火傷にすらならないレベルだった。火傷したときのため、と神聖魔法の治療を習ったのに出番はなさそうだった。


「……無理か」


 眉間に皺をよせて、ロザリオは小さく呟いた。私は目を見開いて首を振った。


「いえ! やります、頑張りますから!」

「……いや、それが真っ直ぐ進むようになったら力を増幅させて、次にあいつに当てられる程度に体術も磨かないといけないんだ」


 時間が足りない、と彼は首を振った。

 私は歯を食いしばった。ずき、と少し頭が痛む。ここ半月、毎晩遅くまでずっと光を放つ練習をしていた。にもかかわらずこれだ。情けない。

 もっともっと頑張るからと、叫ぼうとした瞬間、声がした。


「そもそも、君に神聖魔法を教えている時点で無理があるでしょ。通常の死霊術士じゃないんだから」


 にやにやと後ろからかかる軽口を、ロザリオは無視したが私は無視出来なかった。きっ、と睨み付けるように後ろの殺人鬼を振り返る。


「――どういう事よ」

「ミチカ・アイゼン。聞かなくていい。戯れ言だ」

「君はね。どれだけ魔力を増やしたところで、全部僕が食べちゃうから意味がないんだよね」

「聞くな!」


 ロザリオの制止があったが、聞き捨てならなかった。


「どういうこと!? 全部話して!」

「ご命令とあれば」


 唇の端をあげて、リパー・エンドは言葉を続けた。


「そもそも死霊術士が死者を蘇らせる時の契約はね、生き返らせる代わりに死者の魔力を全部持つようなもんなんだよ。君の魔力は僕が吸い取ってる。当然、全く足りてないからぎりぎりまで頂いた後は自分ので、まかなってるけどね」


 両手が震えた。死者との契約。授業でそれは習ったが、神聖魔法がそれにどう関わると言うのだ。私の怒りに満ちた視線を彼は平然と受け止めた。


「ひょろひょろの光すら、出るだけマシでしょ? 神聖魔法っていうのは身体の中にある魔力を放出するんだよ。だから君には僕を倒すほどの魔力は出ない。僕が全て吸い上げてるから、そもそも無理なんだ」


 私は視線をロザリオに向けた。彼は私から視線を逸らすと、ため息を一つ吐いて、頷いた。

 ――知っていて、何故!?

 混乱した頭に、殺人鬼の優しい声が響く。


「だから狙いは、君の魔力の枯渇。頑張って頑張って、そして力を使い果たしても尚、魔力を放出するには命を削るしかない」


 喉の奥が粘つくような、カラカラと乾くような。そんな息苦しさに目眩がする。


「君が死ぬのを待ってるんだよ、そいつは」


 本当だと分かってしまうから、目眩がする。




「僕の主、ミチカ・アイゼンに対する殺害行為とみなして」


 立ちくらみのように床に座り込んだ私に、喜々とした声が響く。舌なめずりしそうなその声は歓喜に震えていた。ゆっくりと立ち上がった殺人鬼は、目を細めて宣告した。餌が出来たと小躍りするような、楽しげな様子で。


「君を殺すよ。ロザリオ・セチック」

「……やってみろ。こんな回りくどい真似なんてしなくても、いつでも姪の敵を討ってやろうと思ってた」


 応じるロザリオは、何かを覚悟したかのように硬い表情をしていた。

 惨劇が、また。

 やめてと何度か叫んだけれど、リパー・エンドは嬉しそうに笑うだけだった。




 * * * * * * * * * *




「っ!」


 ぴたりとリパー・エンドの右手が止まった。そのナイフは私の腕すれすれのところで止まっている。

 私が地面に倒れ込んだロザリオの上に覆い被さったからだ。

 私の部屋のすぐ側の森で、戦いは始まり、そしてすぐに均衡が崩れた。リパー・エンドは魔法をろくに使わない。それなのに早々にロザリオを圧倒しだした。リパー・エンドの武器はナイフ。主に刃物で切り裂くことを楽しんでいるようだった。

 そしてそれは、ロザリオの魔力よりもよほど尖っていて荒々しかった。


「……邪魔は、野暮でしょ。ミチカ」

「……っ! もう、勝負は着いてるでしょ!?」


 やんわりと私の身体をロザリオから引きはがして、彼は足元の身体を蹴り飛ばした。

 ごろりごろりと、血まみれの身体が転がる。彼は既に虫の息だった。


「勝負は着いているね。でもこれは試合でも何でもない、殺し合いだよ? どっちかが死ぬまで続くもんでしょ?」

「殺し合いだってもう終わりでしょう!? ロザリオ教官は、教官は……っ」


 このまま放っておいても、彼はきっともう助からない。私はリパー・エンドの手から逃れるように身体をよじった。私がロザリオ教官の元にかけよると、彼は不思議そうに首を傾げた。


「終わってない。まだ生きてる。ミチカは虫の息で生き続ける苦痛のほうが好み? なら別にいいんだけど」


 とどめを刺してあげた方が親切なのになぁと彼はぼやいた。

 ぞっとするほどに、当たり前のような表情だ。本当に親切のつもりなのだ、この殺人鬼は。


「まあ仕方ないよね、彼はミチカを見限ったわけだし、うん。君が憎むのも仕方ないか」


 聞きたくもないことをけらけらと、笑いながら言うリパー・エンドの両手は真っ赤で、頬にまで血が飛んでいる。


「三ヶ月鍛えて、ミチカの能力では僕を土に戻すのは無理だって分かったから、ミチカ殺害に方針を変更したんだ。そいつみたいに賢いやつは嫌いじゃないし」


 全力で遊び疲れて、満足な子供の表情で彼はにこりと微笑んだ。


「生徒を殺す選択ができる現実主義者も嫌いじゃない。だから楽に殺してやろうと思ってたんだ」


 彼は頬の血を拭うように擦って、また自分の手で頬を真っ赤にしてしまっていた。私は凍り付くような思いで彼を見上げていた。

 ――信じられないことに、これが彼の親愛表現なのだ。

 殺したい、だから殺そう。でも嫌いじゃないから楽に殺してあげようと。

 それが彼にとっての親切で、彼なりにロザリオに敬意を払った結果なのだ。全く狂ってる。

 彼が私を起き上がらせようと差し出した手を私は避けた。


「血に濡れた手で、触らないで。あんたなんか人間じゃない」


 呻くような声が喉から飛び出した。そんな今更な言葉を放ったところで、彼が傷つくわけなどないと知りながら。

 うぅーん、と首を傾げて、彼は困ったように笑った。


「両親も人間だったと思うんだけどね? 殺しちゃったけど」


 この辺りに墓があったっけなぁと彼は首を傾げて、その場を立ち去った。

 私は習ったばかりの神聖魔法で、ロザリオの身体に手を当てた。


「……教官」


 弱々しい魔力が少しずつ流れ込んで、ロザリオの血は止まった。段々と頭痛がしてくるが、絞り出すように魔力を注ぎ込んだ。

 ごふ、と血を吐いてロザリオは目を開いた。ぼんやりとした視線が、私に向いて微笑んだ。


「ロザリオ教官」

「……レオナ」


 ロザリオが小さな声が呟いた名前は、多分亡くなった、姪の名前。

 幻覚を見ているのだろうか、ひどく幸せそうな顔だった。

 レオナ、隣の神聖魔法クラスにいた女の子だ。リパー・エンドが殺した、学園生。

 ズキズキと堪えられないくらいの頭痛が、視界を歪ませた。それは決して私が泣いているせいじゃないと思いたかった。


「レオナ、泣くな。……俺が守るから」


 既に死んでいる少女を、彼は慰めるように優しく言った。私の頭を撫でようとしてだろうか、少し手が上がって、パタリと落ちた。

 頭が、痛い。魔力がどんどんと消えていくのが分かった。

 もう動かないロザリオに、魔力を注ぎ込んでいると突然、腰に手が回って抱き上げられた。


「はいはい、そこまでー」


 これ以上やると死んじゃうからね、と優しく笑ってリパー・エンドは私をロザリオから引きはがして抱き上げた。

 既に死んだ人間には何の興味もないのだろうか。ロザリオには見向きもしなかった。

 歪む視界にリパー・エンドの笑顔が憎らしかった。自分自身も憎らしかった。



 わたしのせいで、みんなしんだ。



「触らないで、はなして……」

「うんうん、離す離す。部屋に戻ったらね」

「もう、私も殺してよ……」

「それは無理かなぁ。僕も死んじゃうからねー」


 見下ろす笑顔を見たくなくて、私は両手で顔を覆った。溢れる涙に嗚咽する私に頓着せずに部屋まで戻ると、彼は放り捨てるように私を寝台に置いた。


「ああ、そうそう。ちょっと返しとくね」


 額にかかった髪の毛を手で避けるようにして、リパー・エンドは私の額に彼の額を当てた。

 じわ、と暖かな何かが注ぎ込まれる。

 何かをそそがれてすぐに頭痛が治まった。恐らく、魔力。


「君に死なれちゃ困るんだよ、ほんと。こんな無茶はもうしないでね」


 返事を期待していない様子で彼は部屋の扉へと向かった。


「一応言っておくけど、別に君のせいじゃないよ。誰でも一緒だった。あの教室にいた誰でも、僕を召喚する重罪人になれたんだよ」


 慰めるような言葉をリパー・エンドが吐いた事に驚いて、私は部屋を出ようとする彼のほうに顔を向けた。

 何故かその姿に違和感があった。何となしに自分の額に触れて分かった。

 彼の手が血に濡れていなかった。一度あの場を離れたときに洗ってきたのだろうか。彼の身体にロザリオ教官の血がついていないのだ。

 何故そんなことをしたのか、今の言葉はどういう意味かを問いただそうとして声が出ないことに気付いた。

 体中に急激に行き渡った魔力が、身を癒そうと眠気を誘っているからだ。


「お休み、ミチカ」


 眠りに落ちる前に聞いた殺人鬼の声は、いつもより少し優しかった。




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