夜のベランダ
「ねえ、どうなるかなっ?」
ひそかに始まる歓談。
話題は、ベランダにいる二人についてだ。
金曜日の夜、大学仲間で集まった焼肉もひと段落し、小さなアパートの部屋は雑然としている。部屋に残っているのは三人だ。
長司は、酒を飲むといつも一人で風に当たりにいく。
さきほども、いつものように長司はべランダに涼みにいった。
そして、いましがた加奈もベランダにでたところだ。
「なにしてるの?」
加奈は長司に話しかける。
「冷ましてた」
長司は手すりによりかかっている。
ネルシャツの袖はめくっていた。
秋の月を仰ぐなかでは相当に寒いだろうが、酒でのぼせた長司にとっては丁度いいのだろう。
加奈は、手すりに寄りかかる。
「焼肉をする男女って、エロいこともOKな関係らしいね」
「へえ? 知らなかった」
「今日、焼肉おいしかったね」
「うん。飲みすぎた」
鈴虫が鳴いている。二人が出会ってはじめての秋だった。
二人はいま恋人の関係だが、それらしいことはまだ一度もしたことがない。恋人になったのは二ヶ月前。長司から加奈に告白した。お互いに惹かれていたのを感じていたので、告白は形式的なものだった。
二人っきりの夜。
部屋には、二人の会話は届かない。
「あ。ホタルが飛んでる」
加奈が暗がりのなかを指差す。
長司がその先をみると、向かいのアパートのベランダで、男性が煙草を吸っていた。
ゆらゆらと、煙草の火が夜闇に浮かぶ。
寒空の下、ベランダで飛ぶホタルである。
「ホタルの光って、ぜんぶ初恋の光だよね。ちょっとロマンチック」
「ふうん」
「虫が鳴いたり光ったりするのってさ、ぜんぶ求愛行動なんだよね」
「うーん……」
長司は目をつむる。
加奈は勝負をかけていた。
もう二ヶ月になるのだ。
キスの一つくらいして欲しかった。
「ホタルの光には求愛と、擬態があるよ」
長司は手すりに背中からもたれかかり、身体の熱を逃がす。
「加奈。もしも俺がホタルもどきだったらどうする?」
「ホタルもどき?」
「ニセモノの光で呼びよせて、ホタルを食べる虫」
長司は加奈を見ずにいう。
加奈は首をかしげた。
「……長司は女遊びする人ってこと?」
「いや、そういうつもりはないけど……」
長司はカーテンの閉まったガラスに映る自分をながめて、
「ホタルもどきも、実はただ純粋に恋をしてるだけなのかもしれない。ただホタルもどきにとっては、好きになるってことがつまり、食べることなんだ」
「好きになると食べたくなっちゃうから葛藤するの?」
「その逆だよ。ホタルもどきにとって愛することは食べることだから、相手を食べちゃいけないなんて思わない。だから、大好きだよって言いながら相手を食べる。つまりホタルもどきは、自分の愛情が相手を不幸にしていくっていうことがわからない」
「ふうん……」
「そんなつもりがなくても、女を不幸にする男っているだろ。そういう男は、純粋に心から相手を好きだったりするよね。だけどそういった人のほうが、遊ぶつもりの男のよりも人を不幸にしてしまう。そしてホタルもどきは、自分がホタルもどきだってことを自分じゃわからない。……もしかしたら俺も、実はホタルもどきなんじゃないかって思うときがあるよ。俺は、人を不幸にする人間かもしれない」
「長司」
「なに?」
加奈は長司に顔を寄せると、不意打ちでキスをした。
「――自信ついた?」
「ん……」
「そんなことを悩む長司は優しいんじゃなくて、ただ臆病なだけだよ」
長司は目を丸くする。
そしてすぐに脱力して笑うと、
「……加奈の、そうやってちゃんと言ってくれるところが好きだよ」
「わたしは長司の全部が好きだよ」
「……加奈には全然かなわないよ」
まあね、と言って加奈はベランダの窓に手をかける。
「それじゃわたし、冷えてきちゃったから中に入ってるね」
「加奈」
「ん?」
「もう一回」
――長司は加奈の肩を抱きよせると、もう一度、加奈に唇を重ねたのであった。
お題・『夜のベランダ』『主人公が愛される』『焼肉』
焼肉っていうお題を消化しきれてない感。
読んでくださってありがとうございました!




