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夕方の川縁

「わたしの名前はおやゆび姫。あなたは?」


 夕陽に赤く染まるおだやかな夕方の川縁に、小さな二つの姿がありました。 

 少女はつばめに微笑みかけ、あなたの歌がずっと好きだったの、といいました。

「ごめんね、ぼくは水を飲みにきただけなんだ」

「お水を?」

「そうだよ。それにぼくは歌なんてうたわない。きっとだれかと勘違いしているんだよ」

「いいえ。その声、いつも空から聞こえてくる歌声だもの。まちがえなんてしないわ」

「ぼくは歌はうたわない。けれど、お話ならしょっちゅうつぶやいてるよ」

「お話を?」

 生い茂った草の根元で目を丸くする少女に、つばめは説明をつづけます。

「空を飛んでいるとね、不思議なものをよくみつけるんだ。とくにおもしろいのは、本からでてきた人たちをみかけたときだね」

「本からでてきた人?」

「いろんな空を旅していると、世の中には、そういった迷子がたくさんいるんだ。そしてぼくたちつばめは、彼らからきいたお話を忘れないように、いつもお話をくちずさんでる。それが、きみには歌っているようにきこえたのかもね」

「だとしたら、あなたはおもしろいお話をたくさん知っているのね。あなたの歌がわたしはほんとうに好きなの」

 にっこりと少女が笑ったのをみて、つばめは羽をもじもじとさせます。

 そのまま少女はつばめの横に座ると、静かに言葉をつづけました。

「わたしはね、コガネムシさんにここに置き去りにされてしまったの。ねえつばめさん、現実ってほんとうにくるしいところね。お話のようにしあわせなことなんてなくって、いつもこうやってひとりぼっちでいなきゃならないんだもの」

 わたしも本からでてきたお姫様だったらよかった。そう話す少女は、今にも泣きだしそうです。

「泣かないで。きみもきっと、迷子のお姫様だとおもうから」

「わたしもお姫様なの?」

「そうだよ。今はつらいこともあるかもしれないけれど、きみはいつかきっと素敵な王子とめぐりあえる。だってきみは花びらのように小さくて、そんなに可愛いんだから」

「あなたはきっといいつばめさんだとおもう」

「そんなことはないよ。ぼくはきみの話をきいてもどうすることもできないし、今だって、泣きそうなきみをこの羽で抱くようなこともしない。なぜならぼくは、ぼくの恋人を大切にするだけで精一杯なんだからね。けれどここにはぼくの友だちがいるから、夏のあいだは、きみのために歌を歌ってもらえるように頼んでおくよ」

 つばめは、花びらのように小さい少女のことが気にならないこともありませんでしたが、それよりもじぶんの恋人に夢中だったので、そういっておやゆび姫のもとを飛びたちました。

「なんでだろう。いまとても冷たい気持ちがする。気候はとてもあたたかいのに」

 夕陽を背に恋人のもとに向かいながら、おやゆび姫を残してきたつばめはそんなことを考えていました。

 この気持ちは、なんのせい?

「冷たい気持ちがするのは、きっとこの夕焼けが秋の色ににているからにちがいない」

 ものを考えると眠くなってしまうつばめは、じぶんが地面に落ちてしまう前に、そう結論づけて恋人の葦のところへといそいだのでした。

ちなみに元ネタはおやゆび姫とワイルドの幸せな王子です。今回は変化球をねらってみたのですが、普通の日常的なシーンのほうがいいですね……あう……


お題・『夕方の川縁』『抱く』『本』


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