春告鳥に恋焦がれ
見渡す限りの銀世界。
花は蕾のまま寒さに耐え、草木に降り積もる粉雪が風に踊る。
雪に埋もれる地の奥深く、生を持つ者たちは身を丸め、少しでも熱を逃がさないよう眠り続ける。
粉雪と戯れる風は透き通り、雲を自由に動かして太陽を楽しませた。
ふわ、り。
激しく踊っていた風が動きをとめた。
白銀の世界へ、一羽の鳥が舞い降りる。
雪に覆われた地へ足をつければ、まるで円を描くように鳥のまわりだけ雪がとけて、顔をのぞかせた草花が歓びに湧いた。
とけた水はさらさらと音をたてながら、氷が張ったままの川へと地を駆ける。
ばさりと鳥が翼を広げて羽ばたいた。
桜色のその翼は、波のように青へ新緑へと変化する。
生まれた暖かな風が雪をとかし、雲をはらい、花々がようやく蕾を開く。
この鳥の名は春告鳥。
長く冷たい冬の、終わりが訪れた。
ひゅるり。
雪をおびた冷たい風が一筋、春告鳥の前で渦になる。
今にもとけだしそうな粉雪が風の力を借りて、人の形をかたどった。
「ご機嫌如何かな、愛しい君」
冷たくも優しい声色。
柔らかな質感そのままに、胸に手を当て、腰を折る。
凛とした紳士のような挨拶に、春告鳥も菜の花のような明るい色の嘴を開いた。
「ごきげんよう。もう春よ、愛しいひと」
「そのようだね」
粉雪がかたどった人形を、艶やかな桜ん坊色の目でいとおしそうに、けれど寂しげに見つめる。
「ならば、僕は行かなくちゃ」
「“雪”は“春”にはとけてしまうから」
それが自然の摂理。
冬を司る雪の精と、春を告げる精霊鳥。
二人が同じ季節に存在することは赦されない。
季節を司る精霊は、その季節が過ぎれば去らなければならないからだ。
季節が冬から春へと移り変わる、その一瞬だけ。
その一瞬だけ、二人はこうして出逢うことができる。
「今年も、君に会えて良かった。君に会えるだけで、僕は冬を司る精で良かったと、そう思うよ」
「わたしも、また貴方に会えて嬉しいわ。会えるだけでいい。それだけで、また寂しい一年を乗り越えられる」
そっと手を取り合う。
とろり、雪の精の手からとけた水が滴り落ちた。
司る季節の中で、精霊はたった一人きり。
冷たく凍った世界に舞い降りた春告鳥は、雪の精の寂しさをもとかしてくれた。
また、雪の精も。
春告鳥の心に、決してとけることのない雪の花を咲かせたのだ。
触れ合うことすらままならない二人。
最初はそれだけで構わなかった。
けれど、一年、十年、百年と、時を越えていくにつれ、触れてみたいという衝動が大きくなる。
美しい桜色の翼、菜の花色の嘴。
春告鳥の全てが、雪の精を惹き付けてやまない。
「いつか、君を――」
この腕に、抱くことが叶うだろうか。
想いは、言葉にならず空へ消えた。
触れ合っていた雪の手のひらが水になり、春告鳥の翼だけが残される。
「――もう、行かないとね」
とろり、とろり。
少しずつとけていく雪の雫が頬をつたい、まるで雪の精の涙のように。
「ええ。――また来年に、愛しいひと」
「ああ愛しい君。また、来年」
幾度、時が流れようとも。
再びこうして、あいまみえることができるなら。
ただそれだけを胸に、これからまた始まる一人の時を耐えることができるから。
――雪はとけて水になり、ぱしゃりと春告鳥の足元に落ちて、小さな一輪の花を咲かせた。
そして季節は春へと移り変わる。
来年も再来年も、その先もずっと。
二人が出逢う、一瞬よりもほんの少し長い時間のために。
季節はこうして繰り返すのだ。
春祭参加の短編。
私としてはかなり珍しい書き方、あまり書かないファンタジーちっくなお話。
一応、雪の精と春告鳥の恋物語……の、つもりでしたが、あまり上手く表現できてない気がするなあ。
でも楽しく書かせていただきました。
拝読ありがとうございました。