四
7/2 改訂しました
死にそうなくらいわけのわからない英語をなんとか切り抜け、社会で鬼狩についての説明をさせられそうになったのをどうにか躱し、今は四時間目、体育の時間。皆は着替えてグラウンドへ向かったけれど、私はひとり、刀を一本携えて、屋上へと来ていた。鬼狩は――というより魅子は、五教科以外の授業を免除されている。だからこうして堂々とサボれるということだ。
日陰に逃げ込んでぐってりと寝そべる。冷えたコンクリートが気持ちいい。風通しがいいから涼しいし、夏場には最適な場所だ。
グラウンドから聞こえてくる喧噪を子守唄に、このまま寝てしまおうか。皆ががんばってるときに私一人休んでいられるなんて優越感、いややっぱりさびしいかも。でも朝に運動したし、帰ったら稽古入るしなあ。授業で体力使いたくない、でも一緒になって遊びたいような。ごろんごろんと転がっていたら、目の前で雷球が弾けた。
《少しは落ち着けんかのう、見苦しい》
白い髪、白い着物に、金の瞳を持った青年の姿。額から生える二本一対の角。今朝の夢に出てきた青年と酷似している。というか、本人だけれど。鬼と見紛う容貌の彼は、そもそも鬼だ。
「一般人いるトコではそっちで出てこないでよー、雷閃。騒ぎになって私が怒られる」
《ここにヒトは居らぬのだから、構わんだろう》
それはそうなんだけどさ。万が一誰かに見つかって、鬼が侵入したぞーなんて話になったら面倒だ。物凄く怒られるだろうし。
雷閃は鬼だ。私が持つ刀【雷閃】に憑いた、虎と人のふたつの姿をとれる、鬼を喰らう鬼。『憑いている』というのは語弊があるが、説明が面倒だから今は置いておくとして。
魅子が持つ刀すべてに鬼が憑いている。そもそも魅子が使える特殊な技――炯が炎を操って戦っていたのがいい例だ――は、刀に憑いた鬼から借りているから使えるのだ。また、普通の武器では歯が立たない鬼に唯一対抗できるのも、鬼が刀に宿っているから。毒を以て毒を制す、とは正にこのこと。
しかし、それを知っているのは鬼狩だけ。なにせ『人類の敵』な鬼の力を使っているなんて、外聞がよろしくない。けれど雷閃たち刀に憑いている鬼は、他の鬼と違って理性があり、知力がある。現に話しているし。もっとも、一般人にとって鬼は鬼でしかないのだから仕方がないのかもしれない。元々が人だなんて、一般人は誰も覚えていないのだから。
雷閃の金の瞳が、柵越しにグラウンドで授業する生徒たちを見据える。ねぶるような視線に、時折舌舐めずりする様子から、おそらく喰いたいのだろう。知性があるとはいえ鬼にはかわらないから、ヒトは捕食対象だ。最近は鬼を狩りに行っていないからなあ、昨日は炯に取られてしまったし。そろそろ斬らないと誰彼構わず襲いかかりそうだ。帰ったら将太郎にお願いしておこう。
「今日は特別授業だったっけ?」
ぐい、と着物の裾を引っ張って、注意を背ける。本気で喰いにいかれたら困るし。グラウンドを見つめていた視線が私に移った。
《ああ、あの茶番か》
「茶番って……大事なことでしょうが、対処法を知るのは」
特別授業とは、月一程度で行われる、鬼にあった場合の対処法を教える授業だ。鬼狩の誰かがやってきて講師を務める。内容は人それぞれだが、大体は清水をぶん投げて逃げろというものだ。あれしきのことで逃げられるならば、鬼狩は要らんだろうと不遜に笑う。まあそうなんだけど、対抗手段のない一般人にとってはそれが一番安全なのだから。
「今日は誰が来るんだろうねぇ」
知るわけないだろう、と肩を竦められた。どこまでも興味がなさそうだ。茶番と切り捨ててるあたりそうだろうとは予想できていたけど。
胡座をかいた雷閃の腿に頭を預ける。ちょうどいい枕ができた。雲ひとつない青空をぼーっと眺める。昨日は夜更かししていたからか、眠くなってきた。それを察してか、雷閃のひんやりした手が目蓋を覆う。ダメだ、このまま寝てしまいそう。
「チャイム鳴ったら、起こして」
了承する声が落ちてきて、もういいやと意識を手放した。休憩のために免除されているんだ、寝てたっていいだろう。