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鬼哭  作者: 一六波 奏
弐、或る暑い夏の日
8/14

 結局、説教は担任の持ち時間である一時間目にまで食い込んで、授業時間を半分ほど削ってやっと終わった。周りからは授業潰してくれてありがとう、なんて言われた。他人事だと思いやがって。感謝するなら反省文を書くのを手伝ってほしい。たんまり貰った反省文用の原稿用紙を睨み、唸る。400字詰めを10枚って、どうやって埋めろと?


「あはは、煮詰まってるねー」

「ぐっつぐつだよ。米を突っ込んだらお粥どころかペースト状になる程度には」


 できるだけ行頭に語尾が来るよう、うまく文章を水増しして、改行する。なるべく空白を増やして書く字数を減らそうという魂胆だ。だがそれでも埋めきるには足りなくて。


「後ろの方はごめんなさいと許してくださいで埋めつくしたら?」

「それなんてホラー」


 怪文書かよ。さすがにそれは怒られそうだから、夕夏の案は却下。まあ似たようなことを文を変えて書いていれば埋まるだろう。


「そういや雨野、昨日のこと、ニュースでやってたぞ」


 私の前の席の男子が、体を捻ってそう言ってきた。鬼狩に憧れている、クラスメイトの(あおい)だ。親友がモテ始めて、どこかの小説の主人公の如く着実にハーレムを作り出しているものだから、そろそろ絶交してやるとかこの間言っていた気がする。


「犠牲者ゼロだったって? やっぱ魅子ってスゲェよなー!」

「私は何もしてないよ。活躍したのはけー兄」

「炯さんか! あの人ヤベェよな!」


 一人盛り上がっている葵を見やって、バレないように息を吐いた。やっぱり、駄目だったか。


 鬼は、人がなる。そしてあの場には鬼狩の死体が結構あった。それなのに、なぜ犠牲者が0なのか。別に、鬼狩からの犠牲者を数えないわけではない。


 鬼に影響されていない者は、鬼が人であると認識ができない。


 簡単に言えば、鬼狩以外の一般人は、人が鬼になると知らないのだ。いや、知らない、というか、認識できない。理解できない。そして、鬼となってしまった人のことを忘れてしまう。鬼に致命傷を負わされた者は鬼と化す――鬼に侵食される。人の形を保っていたとしても、鬼に侵食され、瞳が金に染まる、つまり鬼化してしまうと、一般人はそれを人と認識できない。彼らは鬼化していた。だから、彼らの存在は忘れ去られた。だから、犠牲者は0となった。


 一般人は、穴だらけ、矛盾だらけの記憶で暮らしている。そして、それをそうと理解できない。忘れてしまった方がいいのか、覚えていられた方がいいのか、どっちが幸せかはわからない。けれど、忘れていてもらった方が、鬼狩としては都合がいいのも事実、だ。


「なあなあ、その刀触らせてくれよ!」


 机に立て掛けた刀に、手が伸びる。触れる前に、刀を抱きしめて阻止した。


「だーめ。魅子の刀は命より大事なんだから」

「別に触るくらい。すぐ壊れるほど脆くもねえだろー?」


 それはそうだ。鬼を狩れるほど頑丈な刀が、たかが一般人の中二男子に壊せるはずもない。だが、貸せない理由も、こちらにはあるわけで。


「鬼に、喰われちゃうかもよ?」


 抱いた刀の鍔が、高く澄んだ音で鳴く。まるで、嗤うように。


「その刀は鬼を斬れるんだろ? それなのになんで喰われるんだ?」


 心底わからないといいたげに、葵が眉を(ひそ)めた。まあそうだね、とだけ返して、反省文に向き直る。刀は膝の上に置いたまま。


「嫌がってるんだし、やめたら?」

「でもよ、一回くらいは触ってみたいだろ」

「触ってどうするの?」

「ネットの友達に自慢する」


 キラキラと輝くいい顔で葵が言ったのに対し、夕夏が呆れ顔で、ああ、そう、と呟いた。どうせ伝説の剣にも等しいこの刀に触ったとでも自慢したいんだろう。この中二病が。クラスメイトに魅子がいる、とだけでも自慢になるだろう、ありがたいと思え、敬え。そして反省文手伝え。


「だから、頼むから一回くらい――」


 葵の言葉を遮るように、2時間目開始のチャイムが鳴った。英語担当の女教師が、チャイムと同時に入ってくる。起立を促す号令に、葵が不満そうな顔のまま前に向き直った。さあて、今回もなんとか切り抜けたぞー。

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