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鬼哭  作者: 一六波 奏
壱、或る鬼狩の一日
5/14

 縁側に腰掛け、足で一定のリズムを刻みながら、ケータイを弄っている夕夏を見つけた。彼女がこっちに気付いている様子はない。いいこと思いついた、とまだ湿っている髪で顔を覆い、気配を消して彼女に近づく。


「ぅうーらーめーしーやー」

「うっわ!? ちょ、黎音、やめてよ。ガチで幽霊っぽいよ、それ」


 三角巾つけたら完璧、なんて言う夕夏の、隣に並んで座った。持っていた刀はその脇に置く。うわ黎音冷たい、マジで死人みたい、と腕を掴んだ夕夏が言う。冷水を浴びてきたからね。それより夕夏の手あっついんだけど。


 雷閃が軽い音を立てて縁側に飛び乗った。私とは逆、夕夏の左隣に、彼女に背を向けて伏せる。べしべしと夕夏の太腿を尻尾で叩いているから、早くブラッシングしてほしいのだろう。


「なんだお前、構って欲しいのかー?」


 楽しげに夕夏は喉をくすぐる。ぐるぐると喉を鳴らす雷閃に、お前は猫かと苦笑を零す。人を食いそうなほど巨大な虎の威圧感は、今はない。もっとも、もしも夕夏に牙を剥くようなことがあったら、強制的に還すが。


「お疲れの様子の鬼狩さんに、麦茶をお注ぎいたしますぞ」


 膝の上に雷閃を侍らせた夕夏が、ささ、コップを、と麦茶の入ったピッチャーを構える。もうちょっと、もうちょっと、なんてどこかの親父みたいなことを呟いて、表面張力の限界まで注がせた。それを一気に飲み干す。顎を伝って零れていったが気にしない。最後の一滴まで逃がさず飲み込んで、思いっきり息を吐き出した。零れた麦茶を、男前にぐいっと拭う。冷たさが心地いい。つーかなんで客人に注がせてんだか。まあ、客人というにはこの家に来る頻度は高すぎるが。


「さーて雷閃ちゃん、覚悟しろよぉ?」

《ふん、何を抜かすか人間風情が》

「いやいや、さっさとブラッシングしちゃいなよ」


 なんで戦闘開始みたいな空気になっているんだこいつらは。睨み合う二人を尻目に、もう一杯、麦茶を注ぐ。しぶしぶ、といった様子でブラッシングを受ける雷閃と、楽しそうにブラシを動かす夕夏を眺めながら、麦茶を流し込んだ。


 蝉の鳴き声をバックコーラスに、夕夏が鼻歌を紡ぎ出す。どこか調子の外れた、けれどそれがどうもクセになる音列に、そういえばしばらくカラオケに行ってなかったなあ、と息を零した。この屋敷にカラオケの設備があるにはあるが、あれは宴会用だし、なにより入っている曲が古い。せめて最新機種を入れてくれと頼み込んだが、そんなもんに費用を出してられるかと一蹴されたし。そもそも娯楽に(うつつ)を抜かす暇が、多忙な鬼狩にあるわけがなし。


 私も、今は割と普通な中学生生活を送っているが、高校生くらいの年頃にまでなったら、もっと積極的に鬼狩として――魅子として、戦場に駆り出されるだろう。現に、炯は本来なら高校生活を送っているはずが、それを犠牲にして、鬼狩として活動している。花の女子高生生活を送ってみたかったが、まあ、仕方がないかと諦めた。むしろ、今学生生活を送れていることが幸運なくらいだ。


 おっと、思考が負の方に傾いてしまった。折角夕夏が居るのに、こんなんじゃあ申し訳がない。暗くなった脳内を、頭を振って切り替える。


「夕夏ぁ、今度カラオケ行こう」

「お、黎音から誘うなんて珍しい。イイね、行こう行こう!」

「よーし、UTALOIDの超高音曲歌って、人間の限界に挑む!」

「んじゃあたしはイケボを磨くかなー。目指せ両性類!」

「夕夏の男声はマジイケメンだよねー。惚れるわ」

「ふふーん、俺の美声に酔いしれな!」

「ちょ、それ反則!」


 蝉の鳴き声も聞こえないくらい、取り留めのない会話で盛り上がって。雷閃は夕夏の膝の上でご満悦そうに喉を鳴らして。時たま、自分の仕事を思い出したように鳴る風鈴に、耳を澄ましてみたりして。鬼の討伐さえなければ、私は“普通”の学生生活を満喫している。普通でいい。普通がいい。


 学校に行って、この家に帰ってくる。たったそれだけ。けれど。これが、私が愛してやまない、私の日常だ。

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