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鬼哭  作者: 一六波 奏
壱、或る鬼狩の一日
4/14

/*――――――――――――――――*/

 すとん、と降り立ったのは、私の家――鬼狩の総本部である、御社(みやしろ)邸。鬼狩の育成もするこの家は、鬼狩の宿舎だとか、道場だとか、そういったものも内包している。そんなだだっ広い敷地の、私が生活してる母屋の縁側にある庭。そこでようやく雷閃から降りた。


 隣に立つ炯の肩には、焔煌が留まっている。猛暑と、焔煌が放つ熱のせいで、折角風を受けて涼しくなった体に汗が滲む。刀を抱えているから、扇ぎたくとも扇げないし。炯は焔煌の使用者だからか、熱にはめっぽう強い。現に今、彼は一滴も汗を掻いていない。


「ぅあぁづぅいぃぃぃ」

《鬱陶しい声だのう》

《どこから声を出しているんだ、それは》


 綺麗な鳥の姿には似合わない男の声は、焔煌のものだ。雷閃と焔煌の呆れを孕んだ声に、そんな声を出させる要因となったそいつを睨め付けた。


「うるさい、焔煌のせいだ」

《俺に言われてもな……》


 ああ、知っているさ、それが仕方がないことだってくらい。だが考えてもみてほしい。誰が猛暑日に焚火に当たりたいと思うんだ。文句の一つくらい言ってやりたくもなる。


「黎音、刀持とうか」

「ありがとう、もう少し前に言ってくれれば嬉しかった」


 悪かったな、と苦笑する炯に、折れた刀の山を渡した。白い刀だけは私が持ったまま。重、と一瞬ふらつくが、その重いものを私が今まで持ってたんだぞ。咎めるような視線に、炯は謝辞を重ねる。イケメンは苦笑すら様になるのがずるい。彼女にフラれればいいのに。


「ああ、黎音、炯、お帰り」


 優しげな老婆の声に、縁側に視線を向けた。そこには声の通りの老婆――清子(きよこ)が立っていた。彼女の笑顔に、私の顔もつられて微笑を(かたど)る。


「ただいまー、清婆(きよばあ)

「ただいま」

「二人とも、そんげ(そんなに)制服汚して。清めてきなさい」

「はあーい」


 彼女の出身である東北の訛りが入った独特な言葉に、苦笑を零す。ああ、やっぱり怒られた。どっちが先行く、と相談しようとした瞬間、んだ(そういえば)、と清子が言った。


夕夏(ゆか)ちゃん、荷物持って来ったよ。客間にあげてるから、終わったら顔出しなさいね」

「え、マジ?」

「ああ、なら先行けよ。刀は持っていくから」

「ん、ありがとう」


 私の親友にして悪友の来訪の知らせに、足元に伏せて毛繕いしていた雷閃を連れて、急いで御祓場(みそぎば)へ向かう。母屋と宿舎の間に位置する小屋の、建付けの悪い扉を開け放った。


 中は、小さな森、と形容するのが正しいだろう。木々が生い茂り、中央の泉を囲む。高く(そび)えた枝葉が、自然の屋根となっている。けれど鬱々とはしていないのは、木漏れ日が差し込んでいるからか、それとも浄化された場所だからか。小屋の中の庭、というより、小さな森を小屋で囲ったという雰囲気だ。


「うーん、やっぱここの空気はおいしい」

《ここは人間の為に我らの加護を(もっ)(こしら)えた場だ、そうでなければまかり通らん》


 何故か偉そうな雷閃に肩を竦める。彼もここを作るのに関わっていることだし、しかも普段バカにしている人間の為に仕方なく作ったわけだし、仕方ないんだろうけど。


 使用中、と書かれた札を外に出し、扉を閉めた。入ってすぐ、砂利の敷かれた場所は脱衣所となっている。右手端に置かれているのは、竹を編んで作られた籠が沢山。御祓用の白衣(しらぎぬ)が入ったものと、タオルが入ったものに並んで、空の籠が積まれている。それからその脇には何故か薄汚れた健康サンダルがひとつ、ぽつんと置いてある。まあ、サンダルは私のなんだけど。


 空の籠にケータイと貌を入れ、その脇に刀を置く。靴を脱ぎ、ついでに靴下も脱ぎ、両方持ったまま、裸足で剥き出しの地面を踏んだ。足を切るようなものは何もない。ぺたぺたと10歩も歩けば泉の真ん前に着いた。両脇に腰ほどまでしかない背の低い雪見型の灯篭を携えたそれを、生まれてこの方ずっと見てきたが、一度も濁ったことがない。灯篭の炎も消えたことがないし、木々が枯れたところも、金具が錆びたところも、地面に落ちた穢れが残ったままのところも見たことがない。特殊な力が加わっている場だから、当たり前といえば当たり前なのだが。


 傍らに置かれた桶を泉に浸し、水を掬う。制服を着たまま、それを頭から被った。昂った神経と火照った身体を、冷水が鎮める。


 服に染みついた鬼の血も、汗と一緒に流れていく。清水(しみず)、と呼ばれるこの水は特殊なもので、穢れを祓う効果を持つ。止めを刺した男にかけたのも、住民が道路に撒いたのもこれだ。傷を治したり、鬼と化したものを戻したりはできないが、これ以上鬼に侵されないようにという意味合いで使われることが多い。


 制服の血が粗方流れたのを見て、雷閃に水をぶっかけた。その冷たさに一瞬固まり、次いで身体を震わせ水を弾き飛ばす。犬みたいな反応だ。虎は猫科だった気がするのだが。


《何をする》


 じっとり、という表現そのものの眼差しで、雷閃が睨め上げる。虎に似つかわしくないその表情に、吹き出しそうになるのを堪えながら、だって、と答えた。


「血塗れだったし」

《還れば勝手に消えるだろうに》

「夕夏がブラッシングしたがってたんだけど」


 言えば、唸って床に座り込んだ。仕方ない、続けろ、とでも言いたいのだろう。というか、勝手に還らなかった時点でそれを期待していることは明白だというのに。素直じゃないなあ、と雷閃の頭上で桶を傾ける。耳に水が入っただの、もう少し優しくできないのかだの、付けられる難癖を聞き流し、容赦なく水を浴びせてやる。仕返しとばかりに、体を振って弾き飛ばした水を私に掛けてきた。すでに濡れている私には、そんな攻撃は屁でもない。


《まったく、阿呆らしい……》

「いや、ノリノリでやってた奴にだけは言われたくないよね」


 しばらくどこぞの馬鹿ップルみたいに水を掛け合って遊んで、私がくしゃみをしたところでやめた。いや本当、なんて馬鹿なことをしたんだか。血濡れの靴と、ついでに靴下にも清水を掛けつつ、そんなことを思う。これで風邪なんてひいたら真正の馬鹿ではないか。


 粗方血を流し、そそくさと脱衣所まで戻る。雷閃が居るにも関わらず、制服を脱ぎ、空の籠に放り込んだ。幼い頃からの付き合いだし、そもそも彼は人間に興味がないどころか性欲を持たない。下着すら脱いで、体を拭いて、白衣に袖を通した。本来、白衣は御祓のときに着るものだが、今回は制服の汚れも落としたかったのだし。パンツくらいは脱ぐべきだったと後悔しているが。ずぶ濡れなのを穿いてたらゴムのあたりが痒くなる。


 帯を締め、貌の紐を顎の下で括る。ケータイは(たもと)に突っ込んで、刀は帯びなくてもいいか、面倒だし。健康サンダルを引っ掛け、タオルで髪を拭きながら外に出た。洗濯物は誰かが何とかしてくれる、はずだ。


《さて、お前の友に(くしけず)らせるとするか》


 だからなんで偉そうなんだ、コイツは。濡れて随分とスマートになった雷閃を、わしわしと撫でた。毛並みに逆らって撫でたせいでもっさりとなる。睨まれた気がしたが、気にせず先を急いだ。どうせ後でブラッシングするんだ、これくらいいいだろうが。

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