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鬼哭  作者: 一六波 奏
参、或る海水浴場で暴れた日
13/14

 学生ならば誰もが待ち望むもの、それは長期休暇。夏休みがようやく訪れ、茹るような暑さの中での授業から解放された。


 もっとも、私たち鬼狩に、夏休みなんてないけれど。


 朝稽古が終わり、屋敷の長い渡り廊下を雑巾掛けと言う名の全力疾走をして、朝餉を頂いて。次の稽古時間まで何をしようか考えていると、将太郎に呼び出された。何事かと思って身構えれば、どうやら私だけではなかったらしく。将太郎の書斎には、私と将太郎、それから炯が揃う。


「お前らに仕事だ。ここから五十キロ先の海水浴場付近で鬼が出た」


 この面子なら仕事だろうと予測していれば、案の定。ひらりと渡された指令状には、場所と討伐対象の写真が載せられている。遠いし荒いから見辛いが、蛸のような形に見える。海水浴場に蛸型の鬼って。


 鬼は、基本的には人が変質して生まれるものだ。だから人型であることが一番多い。その鬼のことを、私たちは小鬼と呼んでいる。一番最初のまだそこまで強くもない鬼、いわば雑魚。けれど鬼は喰えば喰うほどに力を増す。一定以上の力を得た小鬼は、別の形へと姿を変えることがある。知能が上がり、魅子が使う刀のような特殊能力を身につけることも。いわば進化だ。進化すればするほど人の形からかけ離れ、異形となっていく。


 とはいえ、そうやってどんどんと力を得ていくと、人の姿に戻ることも稀にあるそうだ。知能も人間と同等程度まで上がり、人に紛れて人を襲うなんてことをやらかしてくれる。ここ数十年は一度も遭遇例がないらしく、今のところは文献上の存在となっているが。恐らく、雷閃たちはそこの分類なのだろう。


 人の形をしていても、人間のように思考し行動する鬼は小鬼ではない。何故巡り巡って人型に戻るのやら、まったくややこしい。挙動でどちらかわかるのがせめてもの救いか。


 なんにせよ、小鬼ではないこの鬼は、それだけ強いということ。小鬼ですら一歩間違えば以前の惨状になり得てしまう鬼狩では、荷が勝ち過ぎる。だから魅子である私たちが呼ばれたのだろう。

 しかし一つ疑問点が。


「ここまで成長する前に気付けなかったのか? この時期にこの場所だ、見回りは強化されてた筈だろ」


 苦い顔で炯が私の疑問を代弁する。姿を変えたということはそれだけ被害があったということ。それを思うと、炯のその表情も納得する。


「この海水浴場だが、沖の方に小さな孤島があるそうだ。この鬼はどうやらそこに住み着いていたらしくてな。辿り着いた人間を糧に、ゆっくりと成長したんだろう。

 ……鬼の被害者のことは、鬼狩ですら俺たちほどハッキリとは記憶に残らん。仕方がない、とは言いたくないが……」


 眉間にシワを寄せ、将太郎が首を振る。鬼に喰われたのならば、居なくなったことを分からなくて当然だ。


「見つかったんだからまだいい方でしょ。それより、水辺に棲んでるってことは水行?」


 木火土金水。鬼はこの五行に当てはめて、大まかに分類できる。魅子の刀――正式には縛刀という名称があるが、それも五行に(なぞら)えている。私は金行魅子で、【雷閃】は金行縛刀。炯は火行魅子で火行縛刀の【焔煌】を扱うし、将太郎は土行の【地惠】の魅子だ。小鬼より上の位の鬼は、こんな風に分類できる。雷といえば木行が一般的な気がするが、まあそこは諸説あるし、金属を扱えるから金行なんだろう。


「恐らくは。炯とは相性が悪いが、頼んだぞ」

「わかった。……ひとつお願いがあるんだけど、いいか?」

「珍しいな。なんだ?」


 本当、珍しい。戦闘時はちょっとアレだが、それ以外のときはまるで聖人君子かと思えるほどに欲がない。まあ例外はあるけれど。そんな彼のお願いとは、少し気になる。


「あそこって確か御社の別荘があったよな? そこを使わせて欲しいんだ。それからついでに、この仕事の直後から休暇も欲しいかな」

「そうだな……そろそろ休暇を与えてもいい頃か。わかった、退治し終わったら好きにしていい」

「いいな、私も!」

「お前はよくサボるから駄目だ」


 夕夏とか誘ってお泊まりでもしようとしたが、将太郎にバッサリ切り捨てられてしまった。ケチだ。サボったのは確かだが、夏休みなんだから少しくらいいいではないか。


「しかし急にどうしたんだ?」

「折角の夏だし、秋と思い出作りでもしておこうかなって」

「黎音、許可する」

「やったー! もしもし夕夏、海行こう!」


 幸せを満面の笑みにして照れ臭そうに言う炯に、将太郎は即座に手のひらを返す。炯と秋の邪魔はしたくないが、それよりも夏休みに友達と遊びたいという欲望の方が優った。それにしても、将太郎はもう二人に好きにさせてあげたらいいのに。熟年夫婦の雰囲気すら醸し出す二人だ、ちょっとやそっとの邪魔では、いやどんな邪魔をしようと別れることは万に一つもないだろう。私としても二人のことは応援したい。……炯にとって最大の難関である、嵬良を言い包められるかまでは知らないが。


 私はどうせなら悪友、もとい友人グループで行こうという話で盛り上がり、炯は秋と和やかな雰囲気で通話をし。私たちを交互に見やる将太郎の額に、徐々にシワが刻まれていき。


「お前ら、仕事優先だってこと忘れんじゃねえぞ!」


 生死を賭けた戦いが待っているというのに、好き勝手している私たちに、将太郎が怒りを爆発させた。

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