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鬼哭  作者: 一六波 奏
弐、或る暑い夏の日
12/14

 とまあ、そんな経緯で控室に拉致、もとい、来てしまったわけですが。いやあ、エアコンが涼しいなあ。


 来客用のお茶をなぜだか私まで飲みながら、嵬良と対面している。いや、なぜかってのはわかっている、きっとサボったことを叱られるんだ。けれどいつまで経っても説教は始まらず、むしろ今日はお疲れ様でした、なんてぽやぽやした笑顔で言ってくる始末。こういうのんびりしてるところは炯の彼女さんとそっくりで、やっぱり親子なんだなあと穏やかな気分になる。って、そうじゃなくて。


 のんびりした空気が漂う中、一人焦りを抱く私。一体何が目的なんだ、この対談は。よくわからないけれど、先手必勝とばかりに口を開く。


「嵬良さん、一般人相手にあんまりビビらせちゃダメだよ、パニックなってたし。危ないから」

「口頭だけでは伝わらないでしょう、恐怖感というものは。実際に対面しなければわからない、けれど実物に遭わせては危険すぎる。だからこそ、首魁に掛け合って、人形を借りたのです」


 あの土人形は、将太郎が持つ刀【地惠(ちえ)】によって作られたものだ。


 鬼狩を率いる頭である将太郎もまた、魅子である。さっきの金属棒のように、【雷閃】が金属を操るのと同じく、【地惠】は土を扱える。鬼を模した人形は鬼狩の訓練に使われることが多い。


「一般人が鬼と遭遇してしまった時に、我々がすぐにでも駆けつけられるならばいいのですが。現実問題、それは中々に難しい話ですから。なるべく自衛できるように、少しでも被害が減るように。そうする為には、対面させるのが手っ取り早いかと思いまして」


 習うより慣れろは存外効率がいい。百聞は一見に如かずなんて言葉もあるし、実物と遭遇し恐怖感を体験してしまった方がいい。危険が伴うことが問題ではあるが。


 キンコンカンコンと聞きなれたチャイムが流れてくる。通常通りなら6時間目の終わりを告げる鐘だ。きっとホームルームは終わっているんだろうな。夕夏はもう帰っちゃっただろうか、と思いつつ、嵬良の表情をちらりと盗み見る。穏やかな顔をしているだけで、とくに何をするでもなさそうだ。だからなんなんだこの対談、と二度目の疑問が浮かんでくる。なんだこの拮抗状態、いや向こうは余裕綽々だから、拮抗すらしていないけれど。


 ところで、と本題であろうことに自分から触れることにする。このままでは埒が明かない。


「せ、説教のためじゃなかったんですか、ここ呼んだの」

「違いますよ?」


 違うの? 説教する必要がありました? と二人して首を傾げる。あれ、話がかみ合わない。


「私も学生の頃はよく仁とヤンチャしてましたから。サボる程度でしたら別にどうとも。ああ、でも首魁に聞かれたらこってり絞られたって答えてくださいね。説教しておいてくれって頼まれていましたので」


 お茶を噴き出しかけたのを無理矢理呑み込んだら気官に入った。嵬良がヤンチャしてた、だって? 今ではそんな面影すら……いや、あるかもしれない。


 まさかの事実に目を白黒させていると、遠慮しがちなノック音が聞こえてきた。嵬良がどうぞと声をかければ、扉がそろそろと開かれる。


「黎音の荷物を持ってきたんですけど……」


 入ってもいいのだろうか、と言いたげな表情の夕夏が顔を出した。待っててくれたのか、さすが親友。


「夕夏さんも涼しんでいったらどうです? お茶もありますよ」


 ふんわり笑って言う嵬良に、けれど夕夏は断りを述べる。というか、まさかこの人、私を涼しいところに連れてってくれたのか。何にも言われないからビクビクしてしまったではないか。なんだよかったと、ほっと一息。


「夕夏、どうせだし日が傾くまで涼しんでよーよ」

「そうしたいのは山々なんだけど、ほら、お母さんがうるさいから。夕飯の準備もしなきゃいけないしね」


 夕夏の母親はヒステリックな性質らしく、そのせいで家庭事情が複雑だと、前に聞いたことがある。家事をしないから、夕夏と父とで一日交代でやっているのだ、とも。


「メールしてお父さんに任せちゃえばいいじゃん」


 ケータイは貸すよ、とあくどい笑みを浮かべるが、夕夏はきょとんとした顔をする。


「何言ってるの? あたしが小さい頃に離婚したからお父さんは居ないって、前に言わなかったっけ?」

「え、でも――」


 去年の冬に再婚したって言ってなかった? そう言いかけて、はたと気づいた。


 再婚相手は鬼狩だとも言っていなかっただろうか。昨日までは認識できていたのに、今日はできない。昨日から今日にかけて起きたこと、鬼狩が幾人犠牲になったこと。おこから割り出せることは、一つだ。嵬良もそのこと思い至ったようで、そっと目を伏せている。


「あー、そうだっけ? ごめん、忘れてた」

「黎音ってよく間違うよね。沢山の人と関わってるから?」


 苦笑交じりの問いかけに、そうかもしれないね、と答えを返す。記憶の修正を受けないから、話が合わないことはざらにある。


 そうか、あの中に居たのか。だいぶ水位の下がった茶碗の水面を見ながら、悟られないよう息を吐き出す。新しいお父さんができてからは、夕夏、随分と楽になったようだったのだけれど。鬼狩である以上、こればっかりは仕方が無い。


 残りのお茶を一気に飲み干して、茶碗を置く。夕夏もきたことだし、切りがいいだろう。


「それじゃ嵬良さん、そろそろ帰ろうか」

「私はまだ用事がありますから」

「そう? それじゃあお先に」

「ええ、お疲れ様でした」


 また後で、と手を降って部屋から出た。これから増えるであろう母親の愚痴を、せめて聞くくらいはしてやろうと、それくらいは力になってやりたいと、胸に誓った。

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