六
「つ、疲れた……」
うなだれて地面にしゃがみ込んでしまった夕夏に、お疲れと声をかけつつ手で扇いでやる。周りは夕夏と同じ状況の奴ばっかりで、しゃがみ込むどころか地面に寝転がってる者までいる。
結局あの後全9クラス分の土人形と遊ぶ羽目になり、しかも生徒たちどころか教師陣にもけしかけたものだから、私と嵬良以外は皆ヘロヘロだ。教師だとか公務員は一応鬼と対峙した時の訓練を受けている筈なんだけど、あの程度でへこたれるとは。
「ヤベェ、ヤベェよ、超絶ヤベェ!」
それに比べて、疲れた様子でも目を輝かせる、葵の精神力の高さには脱帽する。
「さっすが鬼狩の隊長、鬼を一刀両断とか! ガチの鬼ごっこさせられたのは怖かったけど、ヤベェ、超絶にカッコいいよな!!」
眼帯は名誉の傷か? とか、俺もズバッとやってみてェ! とか元気に興奮している葵に生温い視線を送る。根性あるから欲しいなあ。今のところ鬼狩になりたいようだから、このままなら入ってくれそうだ。
「おや、鬼狩希望者ですか? 三年以上の訓練をした後、修了試験に合格すればなれますよ。ただし訓練は義務教育課程を終えた人が対象ですので、中学を上がるまでは待っていただけないといけませんが」
ぐったりしている中、ただ一人騒ぐ葵につられてか、ひょっこりと嵬良が口を出してきた。憧れの鬼狩、しかも隊長に話しかけられて、葵はガッチガチに石化している。おい、役職的に鬼狩隊長よりも魅子の方が上なんだぞ、私とは普通に話すだろお前。
「お、おおおお、おお!?」
「あ、嵬良さん、お疲れ様です」
座ったままで失礼します、と頭を下げた夕夏に、いえいえと嵬良は笑顔で告げる。夕夏はよく御社邸に遊びにきているからね、その時に何度か顔を合わせているから、知り合いのおじさん程度の認識なんだろう。けれど葵の目にはそれが異様に映ったらしく。愕然とした表情で夕夏に迫った。
「なんでそんな親し気に!? 鬼狩隊長だぞ、お偉いさんだぞ!」
「そう言われても……黎音の家に遊びに行くとよく話したりするから、あんまりそういう感じしないかなぁ」
「遊びにィ!? そ、そんなホイホイ行けるところか!?」
「友達の家に遊びに行って何が悪いの?」
「おま、友達ったって鬼狩の本部だぞ!」
そんな、敷居が高いところに! なんて叫ぶ葵にツッコミを入れようか迷ったがスルーしておく。ウチでなんかやらかしたのかお前は。
「ふむ、なんだか神聖視されているようですね」
「葵の憧れらしいから。色眼鏡かかってるんだよきっと」
そうでなくとも普通の人には特別視はされているだろう、と二人の問答を眺めながら考える。夕夏があっけらかんとし過ぎなのだ、もっともこれは私のせいだが。幼い頃から入り浸っていれば、そりゃあ偏見なんてなくなるだろう。
それにしては貴女とは親し気ですが、と首を傾げる嵬良に、慣れたんじゃないと適当に応える。毎日顔を合わせていればレアリティも低くなるだろうし。
休憩は終了と教師たちが生徒を教室に帰るよう促す。葵と夕夏を追って、担任が率いるクラスの列に紛れようとした、が。
「ああ、黎音殿はお借りしますね」
がっちりと掴まれた腕は、素の力では振り解けそうにもなく。この後はホームルームだよ私はそれに出たいんだよ! と心にもないことを喚こうが放してはくれなかった。夕夏と葵に助けを求めたけれど、二人は行ってらっしゃーいと手を振るだけ。あいつら見捨てやがった!