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鬼哭  作者: 一六波 奏
弐、或る暑い夏の日
10/14

7/2 改訂しました

 結局寝過ごしかけて、給食を食べ始める時間ぎりぎりに教室に滑り込むことになったり、プリンが盗られそうになったりしたけれど、まあそれは割愛するとして。そんなこんなして昼休み後、私は再び屋上に来ていた。いやだって、講習なんて受ける気にもならないし。私は一般人ではない、魅子だ。鬼への刃が逃げてどうする。


 昼前にもいた日陰に入り、さーて午睡しようとか思っていたら、なにやらグラウンドの方が騒がしくなった。確か特別講習は体育館でやっていた筈なんだけれど。3年ほど前に改築したらしい体育館を思い浮かべる。広いといえば広いが、あそこに全学年が入ったせいで暑苦しくなったから外に出てきたのだろうか。外の方が暑いのだけれど、グラウンドだから陰もないし。


 担任に率いられて整然と行進する生徒たちの姿は、上から見ているととても異様だ。どこぞの軍隊かよ、それにしては足並みが乱れまくっているが。


 クラスごとくらいに少しずつ間を開けてまとまった集団の、前に立つ人物に見覚えがあった。刀を刷いているから鬼狩であることは確かだ。人より少しばかりいい目を細めて、その人物を眺める。白髪交じりの黒髪に、右目には眼帯。腰には二本の刀が吊ってあり、袴の裾には申し訳程度に桜の花弁が散っている。思わずお父さんと呼んでしまいそうな柔和な雰囲気を持つ彼は、あれでも鬼狩の隊長を務める、れっきとした武人だ。名は、司桜 嵬良(すおう かいら)。ちなみに、炯の彼女さんの父親だったりする。


 嵬良が講師をするのなら退屈はしないだろうな、と落下防止用のフェンスに肘をついてグラウンドに見入る。


「では、実践演習とします。鬼狩の首魁(しゅかい)――わかりやすく言うなら、総大将、もしくはリーダーでしょうか。それである御社将太郎よりお借りしてきたこれを、模擬的に相手取ってもらいます」


 流石は隊長をやっているだけある、遠くまでよく通る声は、屋上にいてもつつがなく聞こえてくる。嵬良が懐から出したのは、遠すぎて見づらいが、おそらくは土が入った紙包みだろう。(なつめ)の甘い香りを、風が運んでくる。


 まずはこちらから、と一番右端の集団を立たせる。そのまま他の集団から少しばかり離れると、()()を解き放った。


 ざらりと包みから土を出して、息吹け、とただ一言だけ唱える。目覚めの呪文に、土は独りでに動き出し、形を取った。私たちが見慣れた姿――鬼に。


 誰かの叫びが聞こえた。それが次々と伝播していき、場は騒然とする。鬼狩にとってはたかが土塊でできた紛いものだが、一般人にしてみれば、異形ならば皆恐怖の対象か。


 教師の声も届かず、てんでばらばらに行動し出す生徒たち、けれど嵬良は見守っているだけで手出しする気配はない。いつまで傍観しているつもりだろうか、と焦りを抱き始めたところで、土人形が一人の女学生に狙いを定めて腕を振るった。本物よりずっと鈍重な動きだ、鬼狩ならば易やすと避けられるだろう。けれど彼女は一介の学生であり、鬼狩ではない。悲鳴を上げて腰を抜かしてしまった様子に、貌に手をかけた。


 すると一人の男子生徒が、勇ましく、というべきか、いやこの場合は無謀か。雄叫びを上げながら土人形にタックルをかました。衝撃を受け、彼へと標的を移した土人形が、緩慢な動作で彼に向き直る。途端ぴたりと動かなくなってしまった男子生徒に、よくやったと褒めるべきか、最後まで気を抜くなと叱咤すべきか迷う。


 なんにせよ、嵬良は関与するつもりがないことがよくわかったので、即座に貌を着け、鬼の脳天を貫くように指を振った。その動作に合わせて、視線の先の鬼に、どこからか現れた荒削りの金属棒が突き刺さる。勿論、脳天を貫いて。串刺された土人形は、ぼろりと崩れ、その体を土に返す。残ったのは、グラウンドに突き立った金属製の棒だけだ。


「黎音殿、高みの見物をしていてのご感想は?」


 貌を着けた為に格段に上がった視力が、ここからでも嵬良の表情を伝えてくる。にっこりと擬音が聞こえてくるくらい綺麗な笑顔に冷や汗が伝った。怒っているのかわからない声音が逆に怖いよ!


 降りておいでなさい。穏やかながらも強制力のある声に、しぶしぶ雷閃を喚び出し、フェンスを乗り越え嵬良の元へ降り立つ。せいぜい説教でも喰らうんだなと言いたげに鼻で嗤って消えていった雷閃が恨めしい。そりゃあサボった私が悪いわけだけれどさ。


 説教が飛んでくるかと身構えたが、嵬良は私が降りてきたのを見届けると、生徒たちに向き直って演説し始めた。


「さて、今回は魅子殿が割入ったので大事には至りませんでしたが。これが訓練ではなく、現実に起こり得た場合、そして鬼狩もその場に居合わせなかった場合。貴方たちはあのまま、どうなっていたでしょうね」


 言葉が重くゆっくりと染みていく。あの混乱具合だと、助かるのは少数だろう。彼らに対抗手段はないのだから。沈黙が支配したこの場で、嵬良が手を叩く。


「さあさ、皆さん、次行きますよ。皆さんが怖がらなくなるまで――いえ、怖がってもいいんです。安全に逃げられるようになるまで、がんばりましょう。まだまだありますから」


 人好きのする笑顔のまま、懐から紙包みをごっそり取り出した嵬良に、ああそういえばこういう人だったと、澄み切った空を眺めることにした。将太郎しかり、嵬良しかり、なんでうちにはスパルタな奴しか居ないんだろう。

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