壱
蒸し暑い、し、怠い。汗で張り付いてくるセーラー服が鬱陶しい。そして何より、眠い。つい最近、テレビで過去最高気温を叩き出したと放送していたが、その日よりも暑いのではないだろうか。
蝉の大合唱と、寂しい頭の教師の連立方程式とやらの説明が、まるで子守唄のようだ。そのふたつが眠気を助長させる。最早これは熱中症を起こしているのではと疑うほどの睡魔を相手に、私は闘っていた。
今にも閉じそうな瞼を抉じ開け、教室を見渡すと、既にくたばっている姿がちらほら。中には本気で脱水症状かなんかで気絶してるんじゃないかと思うほど顔色の悪い奴もいる。
自分は窓際で温いながらも風を浴びているから比較的マシだが、教室の中心に居る奴らはそれすらなくて大変そうだなあ、なんて他人事のように思う。そして机に突っ伏した。無理、限界。襲い来る眠気が凄まじい。こんな悪環境でも爆睡できてしまいそう、というより気絶だ。エアコンが駄目でも、せめて扇風機くらいは入れろよな、と回らない頭でぼやく。
ぐるぐる、ふわふわ、なんだかよくわからないぼやけた思考が今にも切れそうだ。もう落ちる、そう思った瞬間、けたたましいサイレンが教室に響いた。
耳を劈くその音に、眠気が一気に吹き飛んだ。先生の説明が止まり、居眠りしていた生徒も叩き起こされる。皆の注目を集める中、私は気にも留めず、胸ポケットからケータイ電話を取り出した。唸るケータイを黙らせ、新着メールを開く。予想通りの内容。それを頭に叩き込んで、ケータイをポケットに戻し、机に立てかけていた刀を引っ掴んだ。
「せんせーい、緊急要請入ったんで行ってきまーす」
「おい、待て――」
先生の制止の声なんて無視して、開け放たれた窓から――3階から飛び降りた。うわお、すっごい風圧。捲れ上げるスカートを抑えつつ、首に掛けていた虎の面を付けた。
ぴったりと、まるで元から顔の一部だったかのように張り付く面――貎と呼ばれるそれは、不思議と視界を遮らない。
暑さにぼうっとしていた頭は冴え、視界はクリアになり、体は羽が生えたかのように軽くなる。
「――雷閃」
呼びかけに応じたのは、ひとつの小さな光の玉。それは凝縮された小さな雷だった。音を立てながら電気を纏うそれ。まばゆい光を発しながら一気に放電したかと思うと、光の中から白虎が現れた。私が地面に叩き付けられる前に、その虎――雷閃が私を拾って着地する。
《全く、また妙な所で喚び出しおって》
鼓膜を震わせるのではなく、頭に直接響く声。これは雷閃の声だ。その方が恰好いいじゃん、なんて答えて、雷閃の毛に顔を埋める。ふわっふわの毛並みが気持ちいいが、今はただ暑苦しい。
《振り落とそうかの》
「勘弁願いマス」
慌てて頭を撫でてやった。冗談だって、全然不快じゃないって。ただちょっと暑いだけ。
「雨野ッ!! 窓から飛び降りるなと――!」
「黎音ー、荷物は後で持ってくねー」
先生の怒鳴り声と親友のメッセージが後を追って飛んでくる。それに手を振って答えて、雷閃を走らせた。目的地は――鬼が出た場所だ。