1 じいちゃんとチャユ
この物語は、基本的に作者の創作によるフィクションですが、物語中に登場する歴史上の人物名・地名・事変名などの一部は、学校教育で学んだ日本史に則ったものです。史実を覆すつもりは毛頭ございませんので「半フィクション」的な軽い娯楽時代劇の感覚で読んで楽しんでいただければ幸いに思います。
唐突ですが… 皆さんは日本史がお好きでしょうか?正直な話、私は15歳の誕生日を迎えるまで、まったくと言っていいほど興味がありませんでした。まぁ、日本史もそうなんですけど、世界史も地理も政治経済も倫理社会でも何でも、社会科系にはとにかく興味が持てなかったんです。というよりも、社会科に限らず、早い話が勉強嫌いだったような気がしますけどね。
そんな私が15歳の誕生日を迎えた日に、同じ敷地内の母屋に住んでいるじいちゃんが、日本史嫌いの私の心をギンギンにときめかせる素敵なお話をしてくれたんです。15歳の誕生日を迎えるまでには、色々な人から様々なプレゼントをいただきましたが、どれもこれもじいちゃんのお話に比べたら陳腐に感じてしまうほどでした。でも… じいちゃんのお話は、とにかく長かったのです。
私は12月生まれですので、初めてじいちゃんのお話を聞いたのは高校受験シーズンの真っ只中でしたが、高校2年生になった今でも、じいちゃんのお話には一向に終わりが見えてこないのです。そればかりか、じいちゃん曰く『まだまだ中盤に差し掛かったばかり』なのだそうです。
もちろん、私とじいちゃんの暇な時間が一致しない限りお話が聞けないわけですが、もはやお話が始まって以来ズルズルと2年が経過しようとしているのです。じいちゃんは『チャユへの遺言になっちゃいそうだなぁ』なんて冗談を言ってますが、陽焼けした筋肉質のじいちゃんが、お話が終わるまでに死んでしまうことなど到底考えられません。
じいちゃんは今年で71歳になりましたが、私が知っている70歳以上の老人の中では最も元気です。「老人」という言葉が当てはまらないほどの若々しさがあるのです。70歳の誕生日を迎えた後に初めて出場した去年のマスターズ陸上長野県大会では、いきなり70歳以上の部の走り幅跳びで優勝しちゃいました。
『最年少だから当然だな』なんて照れていましたが、2位の人に1メートル以上の差をつけてのぶっ千切り優勝だったために、照れ笑顔よりも自慢気が前面に出ていたことは言うに及びません。エントリーはしませんでしたが、走るのもとにかく速いのです。『来年は諏訪湖トライアスロンに挑戦する』と息巻いていますが、それもこれもじいちゃんのお話を聞いたら即納得できました。ご先祖様から脈々と受け継がれてきた血の歴史なのだと思います。
じいちゃんが話してくれたのは、今から約450年前の戦国時代から続く我が向井家の歴史だったのです。自己紹介が遅れましたが、私は地元の傍陽総合高校に通う園芸科2年生の「向井さゆき」と申します。ちなみに、じいちゃんの名前は「向井佐武郎」で、お父さんの名前は「向井佐市」といいます。
これまで歴代の向井家当主の名前には、必ず「佐」の一文字が用いられてきたようですが、そんな歴史には一切の興味を示さなかった県庁職員のお父さんは、長男である私のお兄ちゃんに「哲哉」というごく一般的な名前をつけてしまい、向井家の「佐」の文字の歴史に勝手にピリオドを打ってしまったのです。そのことで、じいちゃんとお父さんは随分もめたようですが、お父さんは『今更こだわる必要もないでしょ』と、じいちゃんの願いを一蹴してしまったのです。
ご先祖様に対して責任を感じ途方に暮れたじいちゃんは、次に男の子が生まれてくる日をひたすら待ち望んでいたようですが、運が悪いことにそんな時に生まれてしまったのが私だったのです。お父さんが『子供は二人でいい』と宣言してしまったので、じいちゃんはどんなに落胆したか測り知れませんが、常に前向きなのがじいちゃんのじいちゃんたる所以だったのです。
『せめてこの子の名前をつけさせてくれないか』そんなじいちゃんの執念の食い下がり攻撃に、お父さんも首を縦に振るしか方法がなかったのでしょう。そういう経緯から「向井さゆき」という芸能人のように可愛く素敵な名前が誕生したわけです。そうなんです。私の名付け親は両親ではなくじいちゃんだったのです。
家族をはじめ友人知人からは本名の「さゆき」とは呼んでもらえず、名付け親であるはずのじいちゃんからも「チャユ」と呼ばれていますが、私自身とても気に入っている名前なのです。じいちゃんの気持ちを考えた場合、本当は「佐」の文字を使いたかったに違いありませんが、そこはじいちゃんが妥協したというか、遠慮してくれたのではないかと思います。
じいちゃんから聞いたお話の中に、音読みにすると私と同姓同名になる「向井佐幸」というご先祖様の名前が登場してきました。おそらく、じいちゃんは戦国の世に生きた「佐幸」と、自分の孫としての私の存在を重ね合わせ、名前をひらがなの「さゆき」に変えて現代の世に蘇らせてくれたのだと思います。
じいちゃんは私が幼稚園に通っていた頃から、行事という行事には必ず顔を出してくれていたので、勉強はできなくても私の運動神経が群を抜いていることは知っていると思います。お父さんもお兄ちゃんも小太りで、どちらかといえば鈍臭いタイプの人間として分類されてしまいがちなので、じいちゃんとしては自分の血が代を飛び越えて、私に遺伝したと考えているのかも知れません。
実際にじいちゃんから足が速いことを何度も褒められたような気がします。小学校の運動会でリレーのアンカーに選ばれた時は、外が暗くなるまでじいちゃんに走り方を教わった記憶があります。そんなじいちゃん子の私ですから、確実に今でもお兄ちゃんより可愛がられているような気がします。まぁ、単純に末っ子で女の子ということだけかも知れませんけどね。
お母さんからは『チャユは頑固なところも、変なことにこだわるところも、おじいちゃんにそっくりなんだからぁ』などと言われることがありますが、嫌な感じがするどころか、むしろ嬉しくて照れ笑いを浮かべてしまう私も、きっとじいちゃんのことが大好きなんだと思います。
ちなみに… お母さんの名前は「恵美子」、ばあちゃんの名前は「りく」といいます。じいちゃんから聞いたお話の中で、この先家族の名前が登場することは二度とありませんので、とりあえず紹介させていただきました。とにかく、この物語はじいちゃんが私に話してくれた、向井家に代々語り継がれてきた歴史を中心に展開していきます。本筋から脱線することも多々あるとは思いますが、最後までお付き合いのほどよろしくお願い致します。
ようやく投稿開始にこぎつけました。1週1話を目標に頑張ります。なお、エロ小説以外のものは初投稿になりますので、お色気要素は入れつつも、R18指定のエロに走らないように気をつけたいと思います(笑)。間違いなく1年以上にわたる長編連載になると思いますので、是非とも飽きずに最後までお付き合い願えますよう、宜しくお願い申し上げます。