アラストル 間章Ⅰ
「アラストル、起きて起きて」
ムゲットにある一番襤褸のアパートメントの一室。そこはアラストル・マングスタの家だった。
玻璃は当たり前のように彼の部屋に窓から侵入し、昨夜の任務でくたくたに疲れ切ってベッドに伏している彼に容赦なく日光を浴びさせたたき起こした。
「玻璃……今、何時だと思ってる?」
「午前六時」
「俺がベッドに入ったのは午前五時だ。頼むからもう少し寝かせてくれ」
アラストルは呻きながら毛布を頭に被った。
「寝ちゃダメ! 今日はサーカスが来るんだよ」
「んなモン一人で見に行け!」
二三の女がサーカスごときで人をたたき起こすなと彼は不機嫌そうに言う。
サーカスは嫌いだ。
「ケチ。三十路。さっさと禿げろ」
「ゴルァ! 誰が三十路だクソガキ!」
「事実。三二歳、独身、彼女居ない歴年齢」
「なっ……何故それを……」
「マスターが言ってた」
「人の気にしていることばかり……」
アラストルは頭を抱え込んだ。
「アラストルはお嫁さん貰わないの?」
「知らん。ってか何でいちいちお前に報告する必要がある?」
「保護者だから?」
「どっちが?」
「勿論私」
嘘付け、とアラストルは玻璃の頭を枕で軽く叩く。
「ったく……起こされちまったものは仕方ねぇ。サーカス連れてってやるから大人しく朝飯の支度手伝え」
「うん」
玻璃は沙羅双樹の花が咲くように笑った。
巡回サーカスは彼女の姉、朔夜のものだと言うのに、彼女は心から嬉しいのだろう。
「今度はね、シエスタのトレアドールが入ったんだって」
「ほぅ」
「牛と戦うのかな?」
「牛? ライオンの間違いだろ?」
アノサーカスで牛ですむはずが無いとアラストルは考える。
「いっそ魔術師との対決かも知れねぇぞ?」
「それじゃつまんない」
「まぁな」
それなら闘技場へ行ったほうが楽しめる。
「ほら、行くんだろ? もたもたするな」
アラストルは邪魔になった長髪をそこらへんにあった紐で括って上着を羽織った。
「うん」
正直、サーカスには嫌な思い出しか無いアラストルだが、嬉しそうに笑う玻璃を見て、妹の姿を思い出す。
一瞬、鮮血の記憶が蘇るが、嬉しそうな玻璃を前にそんなことを言うわけにはいかない。
「どうせお前はライオンが見たいだけだろ?」
「違う。今度はライガーが入ったって」
「ライガー? 何だ? それは」
「トラとライオンの子供だって」
鮮血の記憶を振り払う為、あえて話題を変える。
だけど不安は消えない。
アラストルは警戒を強めた。