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スペード 主章Ⅰ


クレッシェンテ王都ムゲット。

雨の多いこの都は今日もまた雨が降りしきっていた。

そんな外の天気もお構い無しに、今日も酒場では昼間から男たちが集まっている。


詐欺師Aエースのお出ましだ!」

「カトラスエースに勝てる奴はいるか?」


一人の男が入った瞬間、酒場は一層賑やかになる。

「おやおや、僕の噂ですか?」

「待っていたよ。スペード」

「それは光栄ですウラーノ。それで、今日は貴方も参加するのですか?」

「いや、私は見物だよ。君には勝てそうに無いからね」

「それは残念です」

スペード・ジョアンアンジェリス 彼は詐欺師やいかさま師として人々に知られていた。

だが、それだけではない。

「スペード、それで、今日は何を賭けるんだい?」

「そうですね。地獄水晶ヘル・クォーツが手に入ったのですが、これでいかがでしょう?」

彼が賭けるものはいつも、正規ルートでは手に入らない魔術に関連深いものばかりだった。

勿論、クレッシェンテでは魔術は禁止されていない。だが、魔術師という職業は特に嫌われており、魔術と聞いただけで嫌な顔をする人間の方が多いことは確かだ。

「地獄水晶とはまた…随分と貴重だね」

「ええ、時の魔女と競り合って何とか落札しました」

「で?いくらになったんだい?」

「四千万リラでしたかね?まぁ、これだけ上質なものにしては安く入りました。僕としては、なぜ時の魔女が諦めたのか理解できません」

スペードが言うとウラーノは笑う。

「仕方ないよ。時の魔女はもっと質の良いものをたくさん所持している。それに、時の魔女の関心は今や商売には無い」

「おやおや……では、彼女が見つかったのですか?」

スペードはウラーノを見つめる。

「私はそこまで知らないよ。ただ……時の魔女は愛しい少女を見つけたようだ。まぁ、私には関わりの無い話だ。尤も、その少女が私の領地に足を踏み入れるとなれば話は別だけどね」

ウラーノが笑うとスペードは愛用のレンズを取り出す。

「そうですか。では、今日、僕と勝負してくださるのはどなたですか?」

スペードは酒場の人間を見回す。


「俺だ」

「俺も混ぜろ」


幾人かがスペードを取り囲むように席に着く。

「スペード、今日はそのレンズを使わずに勝負してみてはどうです?」

酒場の一番奥の席から声が響く。

「……これはこれは……珍しい人が居ますね。セシリオ、どういうおつもりで?」

セシリオは微かに笑う。

「ここは僕の配下の店です。何も不思議ではないでしょう?」

「ええ、そうですね。それで? 貴方も参加するのですか?」

「そうですね…まずは見物させていただいて、それからにしましょうか」

彼の言葉により、その場の空気が変わる。何せ、小さな酒場に良くも悪くも有名な三人が揃っているのだ。


「げ……セシリオ・アゲロまで出てきやがった……」

「こりゃ勝ち目無しだな……」


彼ら三人は何もギャンブルだけで恐れられているわけではない。


「セシリオ、久しいね」

「ウラーノこそ、最近はちっとも依頼もくれないじゃないですか」

セシリオ・アゲロ。恐怖の代名詞とも呼ばれる彼は、暗殺組織ディアーナのマスターにして、世界最強の暗殺者であった。

ウラーノ・ナルチーゾはクレッシェンテでは珍しいと言われる温厚なナルチーゾの伯爵であり、ネウトゥロ派の有名所だった。

「ウラーノは来たくてもなかなか来られないのですよ。なにせ、このムゲットは激戦区になりやすいですからね」

「酷いなぁ。そうしているのは大抵スペードだろう?」

スペード・J・A、カトラスAや詐欺師Aと呼ばれる彼は過激派反乱組織リヴォルタの所属だと専らの噂だが、彼は常に否定している。

「僕がそんなことをするわけが無いでしょう? 僕も、貴方と同じネウトゥロのつもりなのですがね」

「君は、リヴォルタだろうと宮廷騎士だろうと手を貸す。お陰で混沌とした世界になっているよ」

「僕としては仕事が増えて嬉しいのですがね」

「私は迷惑だよ」

ウラーノは疲れ切った表情で困ったように笑う。

「セシリオ・アゲロは平和だろうと仕事が舞い込むでしょう?」

「国内外問わずにね」

二人が言うと、セシリオは照れくさそうに笑う。

「誉められると照れますね」

「誉めてませんよ。それより、貴方は時の魔女の愛しい少女の姿を見たのですか?フルハウスです」

スペードがテーブルにカードを広げる。

「ええ、例の少女の行方なら掴んでいますよ。相変わらず強いですね。いかさまは…まだしてないようですね」

「僕は、運も良いんですよ」

スペードは笑いながら金を回収している。

「全く、一度にいくら儲ければ気が済むんだい?」

「そうですね、前回は一億でしたね」

さらりと言うスペードにウラーノはため息を吐く。

「これは、一度くらい負けたほうが良いのでは? ああ、時の魔女には一度も勝ったことが無かったんだっけ?」

「煩いですよ。ウラーノ。あの魔女に勝てる者など居るのですか?」

「そうですねぇ、世界で僕の奥さんくらいじゃないですか?」

「え?」

「この前、時の魔女がうちのアジトに来て色々と予言をしていたときにヴェントとドーリーが僕の奥さんとカードをやっていたので、時の魔女に勝負を挑んだんですよ。勝ったら今回の注文はタダにする、負けら二倍で買い取るといったちょっとしたゲームです」

セシリオの言葉をスペードは退屈そうに聞き流そうとする。

「どうせ一勝程度でしょう?」

「いいえ、圧勝の負け無しです。ドーリーは途中で飽きて眠ってしまいましたが、ヴェントは呆れていましたね」

「まさか…セシリオ・アゲロ、次は貴方の妻を連れてきなさい。僕も勝負を挑みます。このレンズを賭けてでも」

スペードにしては珍しく、真剣な表情を見せる。

「ダメです。僕の奥さんにそんな呪いのレンズを向けるつもりですか?」

「ばれましたか」

「見え透いています。尤も、彼女もそれなりの対処は出来ますけどね」

話しながらもスペードは酒場の男たちからどんどんと金を回収していく。


「スペードが負けないなら退屈だね。店主、スピタリス持ってきてよ」

「おや、ここでそんなものを注文して大丈夫なんですか?」

「あのくらいじゃないと酔えないよ」

「相変わらず化け物ですね。僕も同じものを」

セシリオの言葉にスペードは笑う。

「貴方も化け物ですね」

「下戸は黙っていなさい」

「おやおや、心外ですね。では、僕も同じものを頂きましょう」

ウラーノは本日何度目になるかわからないため息を吐く。

「…セシリオ、スペードを挑発しないでくれ。僕が迷惑するよ」

「おや、元は貴方がスピタリスなんかを注文するからいけないのでしょう?」

「そこまで言うなら帰ろうかな。彼女を探したいからね。時の魔女の愛しい少女には私も興味がある。黒い少女を一目みたいと思うのは普通だろう?なにせあの時の魔女が溺愛しているのだからね」

ウラーノが笑うと、スペードはさして興味無さそうにカードを眺めながら「馬鹿馬鹿しい」と言う。

「見つけたところでどうするのです?」

「そうです。あの女が何を考えようとも別にわれわれには関係の無い話だ」

セシリオは不機嫌そうに言う。

「あの女」と呼ぶあたり、相当時の魔女が嫌いらしい。

「貴方がそこまで彼女を嫌う理由を理解できません」

「僕は、魔女や魔術師といった類のものが大嫌いなんです」

「これだから頭の固い男は」

スペードがやれやれといった具合にいうと、セシリオは不機嫌そうに、店主が持ってきた酒を奪い取り呷る。

「魔術師なんて人を騙すのが仕事だ」

「暗殺者も変わらないでしょう?」

二人の間に火花が散った気がしたのかウラーノは慌てて二人の傍から離れる。

「怖い怖い。君たちの傍に居ると発火しそうだ」

「ウラーノ、貴方も、いい加減にしないと森の中で首をつることになりますよ?」

「僕ならこの場で一撃で仕留めますけどね」

二人に睨まれ、ウラーノは微笑む。

「生憎、僕は不死身だからね。そうでなければネウトゥロ派ではいられない」

「本当に、貴方ほど厄介な男は居ませんよ」

「お褒め頂光栄だよ。セシリオ」

つまらなそうに言うセシリオにウラーノは一枚のカードを投げつける。

「ついでに依頼だ。この女、邪魔なので始末してくれない?」

カードには女の名前と職業だけが書かれている。

「標的の写真は?」

「そんなものを持ち歩くわけが無いだろう? 必要ならスペードに探させるよ。君は始末してくれればそれでいい」

ウラーノが妖しく笑うと、スペードは金を数えるのを止め、ウラーノを見る。

「僕にこの男の仕事に協力しろと?」

「ええ、金は払います」

「僕は、高いですよ?」

「いつものことでしょう? スペード、いくらでやってくれますか?」

ウラーノは笑って、カードをスペードの方にも投げつける。スペードは指で挟んで捕まえた。

「好きな金額を書き込んで下さい」

ウラーノの言葉に、二人は呆れたような表情をする。

「これだから、貴方のような人間に金を持たせてはいけないって世間は言うんですよ」

「ウラーノの場合、世間の評判が良いだけたちが悪い。無駄に外面は良いですからね」

そういいつつも、二人はカードの裏にそれぞれ金額を走り書く。

「金が無くなれば愚民共から搾り取ればいいと父上は教えてくれたが……民から搾り取るよりは反対勢力を潰して奪い取った方が楽だし、民の信頼を得ることにも繋がるからね」

「相変わらず、嫌な男です。客としては最上ですけどね」

「いや、友人としてもなかなか楽しめますよ。敵には回したくないですがね」

「お褒め頂き光栄だよ、二人とも。随分安く動いてくれるようだね」

受け取ったカードに書かれた金額を見てウラーノは驚いたようだ。

「ええ、別に金には困っていませんし、貴方なら現金を受け取るより、酒を貰った方が良い。どうせまたどこかから上質なものを輸入して独占しているのでしょう?」

セシリオが言うと彼は笑う。

「貴方には敵いませんね。スペードは? マウリヤの香ですか? それとも森羅の織物?」

「そんなところですかね。貴方は独自の貿易ルートを持っている。それこそ、国王よりも良い品を仕入れられる。幻影香をお願いしましょうか」

スペードが笑うと、ウラーノはくすくすと笑う。

「難しい注文だなぁ。時の魔女だって滅多に仕入れない幻影香だなんてさ」

言葉では言うものの、彼はちっとも難しいなどと思っていないことがわかる。

「酒と香だね。解ったよ、仕入れとくよ。仕事はきっちり頼むよ。店主、会計。釣りは要らないよ。この二人の分も一緒に」

ウラーノは店主に金貨を三枚渡して店を出て行く。


「良い友人を持ちましたね」

「ええ、ここで彼と会うと必ず支払いを済ませて行ってくれますし、仕事は回してくれるし、これで常に味方ならば文句は無いのですが」

「それは難しいでしょう。彼はどこにもつけないのですから」

それに、彼は一番リヴォルタに近い思想を持っているとスペードは思う。

「セシリオ・アゲロ、貴方、時の魔女の愛しい少女を知っているのでしょう?」

「ええ、良く知っています」

「どこにいるのですか?」

「そうですね。彼女は月の女神に守られています」

そう、セシリオが答えると、スペードは納得したように頷く。


「成程、彼女はウラーノが思うような女性ではないということですね」

「ええ、間違ってもネウトゥロなんかには入りませんよ」

セシリオが笑うと、スペードが回収した金をどこかに仕舞い込んだのか、山済みになっていた金は消え去った。

「それでは、僕もこれで失礼します。例の女の情報が必要でしたら、僕の店まで取りに来てください。生憎今日は鏡を持っていない」

「解りました。今夜寄りますよ」

セシリオが言うと、スペードは姿を消した。


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