家鳴き子
家鳴りのする家には、理由があります。
その理由のひとつを、短い物語にしました。
気軽にどうぞ。
<序章>家鳴き子
日本には四季がある。
季節によって温度や湿度は変わり、我々はそれが織りなす美しさや豊かさを享受し、ある時には大切なものを失くしてきた。
『家鳴り』とは、四季の移り変わりによる温度や湿度の変化によって、木材や金属などの建材が膨張収縮、軋んだ結果「ミシッ」とか「パキッ」といった音を立てる現象である。
いや、そういう現象もある。
しかし数こそ少ないが、『家鳴き子』(いえなきこ)の起こす家鳴りも、この世には存在する。
『家鳴き子』とは家鳴り管理、つまり家鳴りを生じさせ、歪みを取り除いて家屋を延命させる役割を帯びた者達である。
組織の便宜上、『子』が付いているだけで、子供ではない。
会社的な言い方をすれば、家屋部家鳴り課の担当者である。
現場主義のため、リモートワークは認められていない。
家屋は家鳴りだけでは歪みの回復はできない。ヒトが住んで歩いてようやく、乱れは収まるのである。
年に幾度か、数年に幾度か、そんな頻度で踏み入る家屋に感じる、郷愁以外の何かというのは、そういう取り切れなかった歪みの様なモノなのかもしれない。
また、居住者が多ければ、我々の出番は無い。
総じていえば、よい家屋を良い状態のまま、長く保つことを目的とした部署、である。
従って、我々がアサインされる家屋には、一定の条件が設けられている。
ざっと挙げると、
1)築70年以上
2)木造家屋、2階建以下、床面積50坪以上、建蔽率30%以下
3)居住者数1名以上、3名以下
等々であり、これに該当するのは名家と言われる一族の家屋が多い。
ちなみに、庭は管轄外である。
『お庭番』という別部署がしっかりとその役目を確保…担当している。
よく言えば、餅は餅屋、言葉を尽くさずに言えば、縦割り、だ。
しかしながら、昨今の子宝減少のあおりを受け、延命契約を終了していく家屋も多く、私もその例に漏れず、この度の配置転換となった。
前任者は晴れて定年を迎えており、現在は太平洋クルーズ中だと聞いている。
なお、引継ぎは受けていない。しろよ。
“転勤先は県内に限る”の約束もいつまで守られるのやら。
飛び地だって県内だし、離島だって…。
明日からは、えーと…そうっ、高輪家。高輪家にいきますう。
<1章>邂逅、契約者
高輪家。
かつての財閥の一門。発展期には手広く、危機には手堅く商売を続けてきた一族だ。
現在は規模を縮小、先端かつニッチな方面に密度を高め、前年度比の計上利益は常にプラス。これまでマイナスに転じたことはただの一度も無い。
現在は、当主と奥方の二人住まいとのことだ。
当主は露出の多い人物だったため、写真はあった。控えめに言って美丈夫。
20代とのことだが、その実績を鑑みれば、辣腕という印象になるかもしれない。
奥方の写真はないが、同世代ではあろう。
ネットのAI検索と、会社の資料によれば。…前者の方が当てになった気もする。
夜歩く。汝、夜歩くなかれ。
『家鳴き子』は歩く。
ミシリ
パキッ
キイ
歩いて家鳴りを起こし、温度や湿度の変化による膨張収縮によって生じた歪みを取り除く。
ただし、家屋は本来、ヒトのためのもの。
故に、ヒトが歩いてようやく、その歪みは解消されるのだ。
暖色の明かりの灯る部屋、ここは当主夫妻の寝室。見取り図と感覚によれば。
当主は起きているようだが、動きは無い。
入室する。どうせこちらの姿は見えない。
あれ、ガン見されている? もしかして…。
「遅かったな。名乗れ」
あーっ、“見えるヒト”だっ。聞いてない、書いてないし。
会社から提供された資料をめくる、今更だと思い直す。見られてるし。
「えーと、アチラの方から来ました、参りました、長月と申します。
先任の卯月の退任に伴いまして、本邸宅の『家鳴き子』に任ぜられました。
よろしくお願いいたします」
「そうか、卯月の。いや、もう卯月さん、だな」
流石に当主、分別がある。
「夜、寝室の周りで音は出すなと言ったはずだが。
妻が怖がるから、と。
卯月さんはそうしてくれていたぞ」
え? そんなの知ら…。
「その様子だと知らん様だな。まあいい。
彼女、卯月さんには他にもこちらの希望を伝えてきた。
このとおり、契約もしていた」
彼はホログラムディスプレイを起動、件の契約書を表示する。
何かいっぱい書かれてるんですけど。
「ん、ああ、個人的な契約だった様だ。これは失礼した。
だが、担当が変わると扱いも変わってしまうというのも、な。
そうだな、君もどうだろうか。彼女と同じ条件で」
満面のツクリ笑顔で言った。もう、あからさまにアヤシイ。
あの女、何しやがってんの。
「チェンジ」
視線を外して、ぼそり、と言った。ツクリ笑顔はそのまま。
「今まで通りにできないのなら、担当者を変えてもらうことも考えないといけない。
ただ、うちは大口だよ。
チェンジなんてしたら君の将来にも…。
いや失礼。変なコトを言ってしまった。そんなことはないからね」
おーい、こっち向いて言ってください。
いや、うちの上司、売上げ至上主義なので。
「どうやら、前任の卯月との間でうまく連絡ができていないところがあったようです。
大変申し訳ありません。ご指摘いただきありがとうございます。
つきましては、社内での調整のためのお時間を頂戴いたしたく。
よろしくお願いいたします」
ようやくこっちを見た。
「至急だ、急げよ。
私は『時は金』などとは言わん。金など後でいくらでも取り戻せるからな。
『時は機会』だ、それは二度と取り戻せん。決して、な」
そして遠い目をする。過去にあった苦い何かを見つめる様に。
と、こちらに視線。ぎろり、口もへの字。
「流石です、だ」
え?
「流石です、当主様。と、そう言う契約だ」
ベッドの奥方が寝返りを打つ。当主の視線がそちらに向く。
彼はホログラムディスプレイを閉じた。
「…前任者の個人契約を確認します。」
幸運なことに、その場は何とか逃げることができた。
<2章>公には言えないから個人契約なのだと知る
星環。
言わずと知れた、衛星利用のネットワーク。地球上でアンテナの立たない場所はもう、数えるほどしかないのだ。
それはこちら側でも同じことだ。
月環。それは星環の有する機能、そのこちら側を利用している。
「ハイ、長月ちゃん、お・ひ・さっ。
どうしたのその眉間の皺、老けるわよー。
これから食事なの、誘われちゃってー。
クルーズ船って、とーってもいいお金持ちフィルターなのよー。
…もしかして、高輪さんち?」
なぜ知ってる。
ホログラムディスプレイに映る美貌。現在はクルーズ船で太平洋に浮いているらしい。
時間は、我らの見た目に何らの影響も及ぼさない。たとえ定年退職したとしても。
「お疲れ様です。お楽しみのところ申し訳ありません。
はい、高輪さんのことで。個人契約…」
ホログラムディスプレイ中で、彼女は右手の人差し指を立てて顎に当てる。
首をやや傾げながら、目線を左上に移動するまでが一連の動作。
「あー、アレね。個人契約だったから…」
そのムカつくポーズを解いて向き直る。
「で、どーすんの。契約するの?
え、同じ条件? だったら結んだ方がいいわよ。
あなたには何も悪いコトはないし、報酬もいいし」
だからそれを見せろや。
「その個人契約書とやらを送ってくれませんか。
あと他に条件とかあるならそれも。
ええ、大至急、今すぐ、この場で。
じゃないと、呼び出し続けますから。何日でも。
そもそも、“見えるヒト”だってことも…」
ゴソゴソやってる。どうやら送ってくれるらしい。はよせい。
「どう、届いた?」
着信アリ、開いた。確かに個人契約書だ。
彼女と当主の生体署名が、オリジナルから正式に分化されたドキュメントであることを証明している。
しかし、コレは…何だ?
「じゃーゆっくり読んでね。
まーアレな感じだけど、あなたにデメリットがあるわけじゃないし。
報酬もいいし。契約してもいいんじゃ…って、ヤバい、もう行かなきゃ。
じゃ、ね」
切られた。個人契約書に目を戻す。
しかしこれは…。これは当主に確認せねばなるまい。
<3章>契約とはある意味、魂を…
「と、いうことで、ご確認をさせていただきます」
当主夫妻の寝室。奥方は眠っている。
まるで昨日と同じシチュエーション。
当主の首肯を合図に開始した。
「えー、先日伺いました、『夜、寝室の周りで音を出さない』件と、『流石です』の件も含め、項目の1から12までは問題ありません。
で、項目13の寝室に待機とはどういう…」
一瞬だけ、当主の顔に影が差す。
ベッドから降りて窓際に立ち、顔を隠す様に窓外を見やる。
「昨今、子宝減少の問題が無視できない程になっている。
我々夫婦も努力はしている。
だが、たとえ血反吐を吐くような努力を続けても、それが報われるとは限らない。
我々はヒト、神でも仏でも他の何者でもない」
あれれ? コレって、どういう方向? 会話の急な重さに戸惑うよ。
「不変、普遍性、あらゆる環境を超えて成り立つ法則、それは素晴らしいものだ。
しかし、ゆらぎは必要だ。ゆらぎ、それは刺激と言ってもいいだろう。
我々夫婦の努力の場、そこにお前がいるだけで、刺激は生ずるのだ」
「つまり、えーと、要約すると、当主様と奥方様のあられもない戦闘シーンを眺めていろ、と。
見られている、その刺激で当主様は頑張れる、と」
今の比喩、ちょっとわかりづらかったかもしれない?
いや大丈夫、当主は優秀だよね、ねっ?
当主の無言は、Yesの気配をしていた。
「では、項目14のお風呂の件は…」
「それはな、この家の風呂には…」
当主の丁寧かつ長い説明。だがそのおかげで、懸案だった項目13以降のすべてを把握できた。
前任の卯月、彼女の言う通り、こちらには何らのデメリットもない。指一本触れない。
だが理解には少し、いやだいぶ遠い。マゼラン星雲くらい。
理解の外、何事にもその領域は必ず存在するのだと実感した。
「我々はヒト、神でも仏でも他の何者でもない」
当主は自嘲気味に同じセリフを繰り返した。
視線が合う。
「この個人契約、結ぶなら報酬は5%アップ。どうだ」
勝負だ。
「8%アップなら」
沈黙。一瞬だけ時が止まる、気がした。
「…いいだろう。成立だ」
彼はホログラムディスプレイに契約書を表示させる。
こちらのホログラムディスプレイにも、同じ契約書を表示させる。
互いに生体署名を行った。
ベッドの奥方が寝返りを打つ。当主の視線がそちらに向く。
彼はホログラムディスプレイを閉じた。
念のため訊いてみた。
「あの、奥方様はこのことはご存知で?」
当主はベッドに座り、奥方の髪をなでる。
「聖女というのは本当にいるのだ。
そしてやがては母となる。
お前もそのことを知っておいた方がいい」
はいはい、ごちそう様でした。
そらっとぼけて言ってやった。契約だからね。
「流石です、当主様」
<4章>侵入者、撃退
会社からの業務連絡。重要度はレッド。
高輪家に侵入する計画があり、その実施が今日らしい。
目的までは不明とのことだが、捕まえて吐かせればいいだけだ。
何事もあらかじめわかっているのなら、対処は容易い。
『家鳴き子』の能力は、大きく2つ。
ひとつめは『箱庭』。家屋だけでなく敷地内全体を完全に掌握する。
レーダーとは少し違う。
イメージで言えば、サイコロを敷地全体に敷き詰めて、高さ10000m程まで積み上げる、と言えば伝わるだろうか。
そのサイコロには感覚器と“目”が装備されているので、異物は検知され、座標とその映像を知ることができる。
ふたつめは『罠発動』。家屋の構成物で罠を仕掛ける。例えば雨戸を開閉して侵入者のルートを制限させたり。
ただし、『家鳴き子』の目的はあくまで家屋の保全であるため、余程のことが無い限りは使うことが無い。
余程のこと、それは居住者の無事である。
居住者無くして家屋は成り立たないのだ。家屋などは修繕できる、元通りに。
だが居住者、ヒトはそうはいかないことの方が多い。
対し『お庭番』の能力は戦闘、荒事だ。これはもう説明するまでもない。
尚、ここの『お庭番』、料理についても相当な腕前らしい。
何でもここの奥方はああ見えて、ストレートな感じで言えば“結構なメシマズ”らしく、その改善についても当主が依頼したということだ。
これに関しては、改善の効果が発揮されることを祈る以外に無い。
そうして『家鳴き子』が『箱庭』で検知した情報は、『お庭番』の付けているヘッドセットに送信され、ゴーグルに投影される。つまり視界に、検知情報が重なって表示されるのだ。
視覚は、脳にかかる負担の大きい処理である。そのため、慣れるまでの訓練は厳しい。
「こちら長月、侵入者を確認、スリーマンセルが3グループ。
『お庭番』の皆さんは『家鳴き子-お庭番連携』の準備を」
『お庭番』のリーダーから応答が返る。
「こちら弁天。『お庭番-家鳴き子連携』準備、了解」
…『家鳴き子-お庭番連携』だっつーの。縦割り組織の弊害だ。
「カウントダウン開始、3、2、1、Start Linking」
接敵した、速い。さすが戦闘バカ。
弁天と名乗った『お庭番』のリーダーの視界を共有する。
相手は3人、こちらは2人。3人と言っても、強いのは1人、他2人の動きはダメダメだ。
おっ、銃を抜いた、トカレフだ。撃ったよ、けど手首を押さえてるよ。
トカレフはね、反動が鋭いからね。ちゃんと持とうね。
相手が体を沈めたからって、手首だけ下に向けて撃っちゃったらダメだよ。
弁天の右手が撃ったヤツの首筋に向かう。
終いまでは見ず。弁天の視線はもう強い1人に向いている。
「あーあ、ただのナイフか…。はあ」
弁天の不満そうな溜息が聴こえた。鬼だ、鬼がおる。
敵の獲物は大ぶりなナイフ。動きが直線的でフェイントも少ない。
弁天は何の警戒感も無く近づいていく。
共有した視界だと、ナイフの方が勝手に避けていってるように見える。
ああ、ジャンプしちゃったよ。飛んだら終わりだ。
白目を剥いて倒れる。何をしたのか見えなかった。
スローの倍率を上げてようやく、それがただのジャブだとわかった。
ナイフ野郎だけを、結束バンドで捕獲。他2人には結束バンドは使わない。
もう二度と動かないから。
他の2グループも同様だろう。
『箱庭』に反応があるのはもう、『お庭番』連中だけだ。
<終章>
当主夫妻の寝室。奥方は眠っている。
まるで先日と同じシチュエーション。
「今日はご苦労だった、長月。礼を言う。ありがとう。
今後もよろしく頼む」
契約なんだから礼はしない、彼にそんな思考は無い様だ。
あっち方向はアレなヒトだが。
「本日はいかがいたしましょうか」
夫婦の寝室にいるべきかを当主に確認した。念のため。
さすがに今日は、ね。だから言ってやった。契約だからね。
「流石です、当主様」
意に介さず、ああ、そういえばといった感じの当主。
「君の派遣経緯だが、前任の卯月さん、彼女から君を是非にと推薦があったのだ。
だから私からも、そちらの会社に要望を出した。
彼女には感謝しておくといい」
ぜっっっっっったいに、しない。
奥方様も、今日は寝返りを打たなかった。
読んでくださり、ありがとうございました。
家が鳴る音の向こう側には、案外いろんな事情があるのかもしれません。




