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46話

増渕は四六時中、どこからか誰かの視線を感じるようになった。監視されているような、そんな感覚だった。


「奈々、大丈夫?」


恋人の笹木が声を掛けた。


「大丈夫。」


あれから少し時が経った。それでも増渕はまだ彼の事を思い出していた。


『良い方法を思い付いたんだ。少し時間がかかるけど、大丈夫だよ。僕達の子供を迎えよう。それでいいでしょ?』


高島の不気味な言葉を、彼女は忘れる事が出来なかった。


「私は悪くない。」


「何?」


「ううん、何でもない。」


増渕は笹木に抱き着くと、そっとキスをした。


「今日も、無茶苦茶にして。」




光星小学校の花壇に、高島は水やりをしていた。放課後という事もあり、児童はほとんどいなかった。


「水やりを忘れてる。自分達で育てると言ったのに。子供達は勝手だなあ。」


そう言うと高島は校庭を見渡した。


「怨禍顕現。」


その言葉をひたすら高島は唱えた。校庭だけでなく、学校そのものに“何か”が降りてくる。


「ここは本当に良い場所だ。ご先祖様、様々だね。」


そう言うと、強く風が吹いた。




「これは⋯。」


紺野が高島の家に行くと、家の中はこれまで見た事が無い程散らかっていた。


「適当に座って。」


「何処に?」


そう言われると高島はテーブルとイスの上にあった物を適当にどかした。


「呪術紙、散らばり過ぎじゃない?」


「色々研究していてね。メロンソーダでいい?」


「メロンソーダはいらない。」


「じゃあコーヒーを。」


キッチンに向かう高島を、紺野は心配の目で見つめた。


「俊輔、寝てないでしょう。」


「問題ない。」


「この散らかり様を見て、そうは思えない。」


「ちゃんと授業はしてるよ?」


「そういう問題じゃない。」


床に散らばった古びた紙を紺野は見渡した。


「何をするつもりなの。」


「はい、アイスコーヒー。」


「答えて、俊輔。」


「今ね、僕楽しいんだ。」


「楽しい?」


高島は自分で紺野のために入れたアイスコーヒーを手に取り、それを飲んだ。


「僕は今実感してる。呪いの凄さと素晴らしさを。誰にも真似出来ない、この秘術を。」


「そう。」


「父さんを殺したのは間違いだったかな。聞きたい事が山程出て来たよ。」


「やっぱりおかしい、俊輔。」


「おかしくないよ。気が付いたんだ。いいかい。僕らは、やろうと思えばどんな事だって出来る。人をどうする事だって出来るんだ。改めて考えてみたら、そんな楽しい事ないじゃないか。昔の人々は、この術を隠してきた。その方が上手く立ち回れるし、身の安全にも繋がるから。前に言ったよね?呪術は隠してこそ強力なんだ。でも、僕は今世に知らしめたいとすら思っているよ。勿論、そんな事はしないけど。」


高島は乾いた笑い声を出した。


「姉さんだってそうだろ?自分の欲望を満たすために使ってるはずだ。」


「否定はしない。だって、出来るから。」


「そう、それでいいんだ。姉さんは僕に感謝した方がいい。全て、僕のおかげなんだから。」


そう言うと高島はアイスコーヒーが入ったグラスを強く払いのけた。グラスが割れ、紺野が驚く。


「はぁ、楽しい。楽しいね。」


「何をするつもりなの。」


「子供さ。」


「子供?」


「子供を作るんだ。」


紺野は高島に対して抱いた事のない邪気を感じた。


「意味が分からないわ。」


「文字通りの意味だよ。僕は子供が欲しいんだ。」


「俊輔。あの女は⋯。」


「奈々さんの事なんか、もうどうでもいい。むしろ感謝してる。きっかけをくれたからね。まあ、協力はしてもらうけど。」


「あの女をどうにかするの?」


「うん。」


「殺す気?」


「結果、死んでも構わない。これは“呪術”だからね。」


「私はそんな事に協力したくない。」


「は?」


高島の圧が紺野に覆い被さり、一気に彼女は汗だくになった。


「姉さんには協力してもらうよ。当たり前だろ?誰のおかげでここまでこれたと思ってる?」




増渕が家に帰ると、部屋の真ん中に笹木が立っていた。


「どうしたの?」


声を掛けても反応が無い。


「ねえ、聞いてる?」


「高島魂犠魔生、高島魂犠魔生、高島魂犠魔生⋯。」


謎の言葉を笹木は呟き始めた。増渕は怖くなり、側に近付いた。


「ちょっと止めてよ、何してるの?」


笹木は無表情で、ただ呟き続けていた。そして、彼女を事を急に見つめると


「奈々さん。子供は出来た?」


と尋ねた。増渕は笹木の中に、彼を見た気がした。すると笹木は両人差し指を、自分の両目に刺した。


「え。」


あっという間に笹木の両目から血の涙が溢れ出した。


「きゃああああああああああああああああっ!」


増渕が悲鳴を上げる。笹木は人差し指を目に刺したまま膝を着いた。今度は舌をだし、ギリギリと舌を噛み切りだした。増渕は腰が抜け、後退りした。


ほんの数秒後、ボトッと音が鳴った。


笹木の舌か床に落ちた音だった。笹木は血塗れになり、その場に崩れ落ちた。ただ増渕の悲鳴だけが響き渡った。

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