43話
高島と増渕奈々の出会いは、本当に偶然だった。映画鑑賞が趣味の高島は、よく映画館へと1人で出掛けた。暗い館内で、映画を楽しむ事が高島の数少ない趣味の一つだった。
高島はその日、『終焉がぶつかる』というホラー映画を鑑賞しに行った。全国上映はされておらず、言ってしまえばマイナーな作品だった。
ポップコーンとドリンクを買い、開場された館内へと入るが、中には高島1人しかいなかった。
まだ上映まで時間があるので、誰かが来るだろと思っていた高島だったが、その後も誰も来場しなかった。
そして、上映が始まるギリギリのタイミングで、彼女はやって来た。彼女は手にポップコーンだけを持ち、慌てるように通路を登り始めた。
こんなホラー映画に1人で来るなんてと、高島が珍しがっていた時だった。彼女は高島が座るシート列の端でつまずき、ポップコーンを床にぶち撒けてしまった。
「あっ。」
「あっ。」
2人は、ほほ同じタイミングで思わず声を出した。そして横を見た増渕と、高島は偶然目が合った。
気まずい空気が流れるが、上映前に流れる予告編集がもうすぐ終わろうとしている事が、よく来場している高島には分かった。
「えーっと⋯。」
増渕は明らかに気まずそうに、床を眺めていた。
「あの。」
高島が増渕に聞こえるボリュームで声を掛けた。
「ポップコーン、一緒に食べませんか?」
増渕は驚いて高島の方を見た。それが2人の出会いだった。
「普通だったら断るよね。」
「えっ?」
ベッドに転がりながら、増渕が隣で横になる高島に呟いた。
「普通だったら初対面でポップコーンなんてシェアしないでしょ。中々ハードルの高いナンパだったよ、あれは。」
「あの時はナンパとかじゃなくて、単純に可哀想だと思ったんだ。」
「可哀想って!まあ、確かに可哀想か。」
「それにあの映画を1人で見に来るくらいだから、映画通で、話が合うとも思った。」
「実際合ったね、私達。」
「逆に何であの時、ポップコーンシェアしてくれたの?確かに怖いじゃん、いきなり初対面の男性に。」
「タイプ。」
「えっ?」
「顔が⋯タイプだったから。」
増渕が恥ずかしそうに告白した。
「ねえ、お父様とお母様はどんな人だったの?」
缶チューハイを2人で飲みながら、話は高島の両親の話になった。
「何でいきなり?」
「それは気になるよ。社長さんだったんでしょ?お父様。」
「そうだよ。」
「じゃあ、とっても偉い人じゃない。」
「そんな事ないよ。とんでもない人さ。大嫌いだった。その父の言いなりになる母の事も、同じくらい嫌いだったね。」
「そんなに?何をされたら、そこまで両親の事が嫌いになるの?」
【お前が高島を受け継ぎ、高島を背負う。】
【我々は聡い。他の人間よりも。】
【呪え。それが私達の生き方だ。】
【宿命に抗うな、この分からずやが。】
【普通の人間と同じ様な道を歩めると思ったのか?この大馬鹿者。】
【受け入れろ、高島を。】
【これだから、子供は、嫌いなんだ。】
「僕は、僕のやりたい事のために生きたいんだ。両親はそれを許してくれなかった。子供頃のからね。」
「敷かれたレールの上は歩きたくないって事ね。」
「そういう事。特に両親が轢いたレールの上は、なおさらごめんだった。」
「私だったらレール、歩いちゃうかも。だって高島開発だよ?」
「それだけじゃないんだ。」
「何か他にあるの?」
「何も無い。」
「えっ、気に触った?ごめんね。」
増渕がすぐに高島の元へ近付き、キスをした。
「大丈夫。気にしてないよ。」
「ごめんね。色々あるよね。ご両親も亡くなってるし。」
「気にしないで、本当に。」
高島は優しく増渕をなだめた。
「ねえ、俊ちゃん。」
「何、奈々さん。」
「私と、どうなりたい?」
その質問に高島はドキッとした。
「どうなりたい?」
「うん。」
増渕は真っすぐ高島の事を見つめていた。
「僕は⋯奈々さんと一緒にいたいよ。この先も。」
「本当?」
「うん。」
「私、だいぶ上だよ?俊ちゃんと9つも離れてる。」
「大人の恋愛に年齢は関係ないよ。」
「⋯そっか。」
そう言うと増渕はまた高島にキスをした。彼女の異変を高島は感じ取っていた。
「何かあったの、奈々さん?」
「この際だから⋯正直に言ってもいい?」
「いいよ。何でも言って。」
「私⋯。」
「うん。」
「私、子供が欲しいの。」
「子供?」
「うん。子供。絶対に。」
予想外の告白に、高島は驚いた。
「俊ちゃん私も、私もね。俊ちゃんと一緒にいたいの。だから、俊ちゃんの子供が欲しいの。」
「順番があるんじゃないかな?」
「順番?」
「そう、順番。そういうのはまず結婚してから⋯。」
その言葉を言ってから、高島は照れ臭くなってしまった。顔を赤くした高島の事を見て、増渕は嬉しくなった。
「結婚?結婚って言った?今。」
「からかわないで。」
「言ったよね、今。俊ちゃん。」
「⋯言った。言ったよ。」
「俊ちゃんは、私と結婚したいの?」
「ねえ奈々さん。こんな場所でこんな格好でそんな事言わなきゃいけないの?」
「いいじゃん。で、どうなの俊ちゃん?」
「⋯結婚⋯したいよ。奈々さんと、一緒にいたい。」
高島がそう言うと、増渕は優しく彼を抱き締めた。
「もうゴム、しなくていいよ。」




