3話
「美琴?」
数回ノックをしてから、美怜は部屋の前で呼び掛けた。返事はなく、これといった反応もない。
「美琴、入るよ?」
美怜はゆっくりとドアを開けた。薄暗い部屋の真ん中に美琴は立っていた。思わずビクッと美怜は驚いてしまった。一体美琴が何をしていたのか、まるで分からなかった。
「晩御飯出来たって。」
美怜がそう言うと、美琴はゆっくりと美怜の事を見た。久し振りに見た美琴のことが、とても美しく見えた。
美琴は歩き出し、部屋を出て階段を降りていった。その背中を見つめながら美怜もその後を追った。
テーブルの上には沢山の種類の料理が並んでいた。
「今日は美怜がいるから、久し振りの海老フライよ。」
「やった!ありがとお母さん。」
「4人で食べるのも、久し振りだな。なあ美琴?」
美琴はテーブルの前で無言で立ち尽くしている。
「さあ食べましょう。ほら、美琴座って。」
そう言われると、美琴は無言のままイスに腰掛けた。その隣に信之が座り、美琴の前には美怜が座った。
「さあ、お食べ。」
海老フライを含む揚げ物が盛り付けられたお皿がテーブルに置かれた。久し振りに家族揃っての食事が始まる。
「いただきます。」
美怜は美琴の事が気になりつつも、舞子お手製のタルタルソースをたっぷりと付けて海老フライを頬張った。懐かしさと美味しさに笑みがこぼれる。
美琴がこうなのは今に始まったことではない。美怜は食事を楽しむことにした。美琴も無言ながら、静かに食事を始めた。
「うん、美味しい。」
「大丈夫?味薄いとかない?」
「ないよ。大丈夫。」
「うん、上手い。美琴も食えよ?」
「⋯。」
「あんた一人暮らしじゃ、海老フライなんかしないでしょ?」
「しない。油するの面倒くさいもん。」
「彼氏に作ってあげないのか。唐揚げとか。」
「いや、彼氏いないから!」
「何だ、いないの?お母さん楽しみにしてたのに。」
「だからいないんだってば!」
「⋯。」
「出来たらお父さんに連絡しろよ。」
「何でよ。嫌だよ。」
「何でだよ。してくれよ。」
「私も知りたいわ。」
「ちょっとお母さんまで!」
「⋯。」
「仕事はどうだ?」
「やめたいよ。やめないけど。」
「まあ仕事なんてそんなもんだよな。」
「あんた仕事辞めるなら連絡しなさいよ?」
「もう、全部連絡しなきゃいけないの?私。」
「⋯美味しい。」
3人が会話を止め、美琴を見る。
「⋯美琴?」
美怜が驚きを声に出す。
「美味しい。」
美琴は無表情ながらも、言葉を発した。信之と舞子が顔を見合わせる。
「美琴⋯!」
舞子は立ち上がり、美琴を抱き締めた。
「やっぱり⋯やっぱり話した⋯!話してくれた!」
涙を流しながら、舞子が呟く。
「美琴⋯そうか⋯そうか!」
信之も涙を流しそうになりながら、溢れんばかりの笑顔を漏らす。
「ご飯、美味しいか?」
「⋯美味しい。」
数年ぶりに聞く美琴の声。懐かしくもあり、初めて聞くような声色が3人の耳に届く。
「良かった⋯本当に⋯良かった⋯!お母さん嬉しい⋯!」
「⋯お母さん、痛い。」
「あ、ごめんね!強く抱き締め過ぎちゃった。」
「よし、今日はパーティだな!母さんビールだ、ビール!」
信之のテンションが上がる。それを他所に、美怜はどこか落ち着いていた。
美琴が戻ってきた。本当に?
「お姉ちゃん。」
美琴の呼び掛けに、美怜は、はっとして顔を見た。
「おかえりなさい。」
無表情のままだが、どこか嬉しそうに美琴が話した。
明日で光星小学校児童集団失踪事件から10年が経つという日の前夜であった。




