34話
紺野真尋は〇〇区中央病院へと運び込まれる事になった。親族はいないということで、誰にも連絡は行かなかった。その場にいた美怜、美琴、松下が救急隊員に事情を説明する事になった。
「私が、同乗します。」
美琴が救急車に同乗する事になり、紺野と共に病院へと向かった。
残された2人は救急車を見送り、呆然としていた。
「美怜さん、大丈夫?」
「とんでもない事に巻き込んでくれましたね、松下さん。」
「違う。君達はとっくに巻き込まれていたんだよ。」
「信じられないです。」
「実際に呪われそうになったじゃないか。あのままだったら、一体どうなっていたか分からない。」
美怜は俯いた。
「松下さんはジャーナリストなんですよね?」
「ああ。」
「この事を記事にするんですか?」
「どうだろうね。」
「えっ、しないんですか?」
「『衝撃!呪いは実在した!』」
「⋯。」
「編集社が記事にしてくれるかな。果たして。」
そう言うと松下はポケットから小さな録音機を取り出した。
「私のこれと、美怜さんのスマホが大切な記録になる。」
2人は気配を感じた。ふと横を見ると、岩崎が玄関先に立っていた。
廊下に備え付けられた長椅子に美琴は座っていた。救急外来の待ち合いには、彼女しかいなかった。
呪術。呪う術が実在した。信じられない、信じたくない。
しかし、自分の身に起きた事。そして先程の出来事はそれ以外に説明が付かない。
自分は呪われていた。長年、ずっと。
美琴の心は沈んだ。こんな事を話しても、誰も信じてくれない。
でも、まだやる事は残っている。美琴は決心していた。
「紺野真尋さんの付き添いの方ですか?」
診察室の扉が開き、白衣の男性が出て来た。
「そうです。」
「紺野さんですが、意識が戻りません。頭部のMRIを撮りましたが、特に異常は見られませんでした。」
「そうですか。」
「これからさらに詳しい検査をする事になりますので、本日は入院という事になります。」
「⋯彼女に、会えますか?」
ベッドで眠る紺野の前に、美琴は立った。紺野は穏やかな表情で眠りについている。
『美琴さんがここまで元気になってくれて、私は嬉しく思います。』
あれは彼女の本心だった。美琴はそう感じた。自分に暗示を掛け、父を死に追いやった女性。それなのに美琴は紺野に対して複雑な感情を抱いていた。
あまりにも長い関係性。
美琴は簡単に彼女の事を見捨てられなかった。
「では、松下さんがおっしゃっていた事は本当だったんですか。」
岩崎は自宅へ2人を案内し、話を聞いていた。
「はい。呪術は存在したのです、岩崎さん。」
「美怜ちゃんも見たの?本当に?」
「⋯見ました。自分でも信じたくありません。でも、実際に襲われたんです、私達。」
岩崎は困惑していた。そんな荒唐無稽な話を信じなければならないのか?しかし、目の前の2人は実際に見たという。嘘をつくはずもない。特に美怜は。
「ではどうするんですか、松下さん。これを世間に?こんな話を?」
「それが無理なんです。」
「何故です?」
松下は録音機を取り出し、再生ボタンを押した。ザーっという音がひたすら流れてくる。
「何一つ会話が録音されていないのです。」
「どうしてですか。」
「分かりません。」
「私のスマートフォンも、録音していたはずなのに、松下さんと同じで雑音しか録音されていませんでした。」
2人は分かりやすく落ち込んでいた。
「彼女です。」
「彼女?」
「紺野真尋です。彼女が何か呪術でやったんでしょう。それしか考えられない。」
「何でもありですね。」
「欺く術は、どんな物にも影響を与えるんですね。スラスラ色んな事を喋るので疑ってはいたんですが、まさかこんな“保険”があったなんて。やられました。分かっていても、どうする事も出来なかったでしょうが。」
「では、呪術の証拠はないんですね。」
「残念ながら。」
松下が録音機をポケットに押し込んだ。
「証拠が無ければ、大衆に証明が出来ません。記事にも出来ない。証拠が全てです。本当にもどかしい。ようやく情報を手に入れたのに⋯!」
「⋯美怜ちゃん、美琴ちゃんは大丈夫?」
「連絡を待ってます。大丈夫だと思います。」
もし話に聞いたその紺野真尋が呪術を使い、長年美琴に何らかの作用をもたらしていたとしたら⋯。
彼女も、ずっと被害者だ。命を奪われていた可能性すらある。岩崎は美琴の事を不憫に思った。
「松下さん。」
美怜が呼び掛ける。
「何か?」
「機械も⋯欺けるんですか?」
美怜のその言葉に、松下と岩崎は何かに気付いた。




