32話
不穏な言葉を発した紺野に、3人は構えた。
次の瞬間、紺野の瞳が真っ黒になり言葉を唱え始めた。何を言っているのか3人は分からなかったが、すぐに異変が起こり始めた。
部屋の電気が徐々に暗くなっていき、3人は何故かその場から動けなくなった。まるで何者かに抑えつけられているような感覚だった。
部屋の至る所から影が伸びてくる。この場に“闇”が降りてくる。
3人は呪術を体感した。もはやその存在を信じるしかなかった。
上から何かに押しつぶされそうになる。3人はゆっくりと地面に這いつくばるような姿勢を取らされた。気が付くと紺野はその場に立ち上がっていた。
「帰ります。」
「先生⋯!」
「美琴さん、残念です。とっても。」
「ハッハッハッ!これが⋯呪術か⋯!」
松下が這いつくばりながら笑っている。
「うううううっっっ⋯⋯!」
美怜は苦しみの声を漏らしていた。
3人の元に、影が伸びてくる。その影の形が徐々に人の手のような形になっていく。
「やはり⋯素晴らしい。」
紺野はその様を見て呟いた。
「私にも呪術を教えて。」
紺野は高島俊輔に話し掛けた。
「そうなの?」
「私にも使えるんでしょう?」
「そうだね。姉さんにも高島の血が流れてる。学ぶ権利もあるね。」
「あなたは学んだという事?」
「うん。高島家は代々そうさ。ふざけた風習だよ。」
「私は凄い事だと思うけど。」
「こんな物、何に使うの?」
高島は笑いながらカップに注がれたメロンソーダを飲んだ。
「僕はね、嫌なんだよ、高島という家が。呪術なんて何に使うのさ。」
「どんな事にも使えるでしょう。いい?私から見ればあなたは金持ちの息子。恵まれた環境と生活がある。それが嫌なんて。」
「姉さんにはそう見えるのか。」
「見えるわ。」
「姉さんは、あのろくでなしの父が自分を捨てたと思ってるの?」
「思っているし事実よ。母ごとね。」
「外に自分の子供を作るのは、高島家初だよ。だから姉さんを捨てたんだ。歴史の汚点になるからね。ごめんなさい、酷い言い様だったね。」
「大丈夫。そんな事だろうと思ってた。」
「父に会ったことはある?」
「無い。母から話を聞いた事があるだけ。」
「会わなく正解だよ、あんな人間。」
高島がまたずずっとメロンソーダを口にした。
「聞きたいことがあったんだけど。」
「何?」
「どうやって私の事を知ったの?」
「言ったでしょ。父から聞いた。」
「素直に話したの?」
「ううん。だから懲らしめてやった。」
「懲らしめる?」
「うん。何か隠してそうだったから。」
「それは⋯呪術で懲らしめたの?」
「うん。姉さん、僕はね。何もかも思い通りになると思っている、あの傲慢な両親の事が大嫌いなんだ。だから会社を継ぐつもりも無い。」
「そうなの?」
「僕は僕の道を行きたい。」
「どんな道?」
「僕、教師になりたいんだよ。」
「教師。素晴らしい目標ね。」
「ありがとう。姉さんだって医療従事者だ。素晴らしいよ。」
「そんな事⋯勉強するしか無かったのよ。お金が無かったから。」
「それは父が申し訳ない。」
「あなたが謝る事じゃないわ。」
「高島家を変えたいんだ、僕は。」
「どうやって?」
高島はメロンソーダを一気に飲み干した。
「父も母も、処分するよ。」
高島幸一郎の家は大豪邸だった。まるで小さな城のような見た目をしており、紺野は初めてみる家の作りに驚いていた。
約束通りやって来たが、紺野は緊張していた。いきなり自宅に来ることになるとは思っても見なかった。紺野は意を決してインターホンを押した。
『やあ姉さん。こんにちは。』
「こんにちは。大丈夫なの?私⋯。」
『ああ大丈夫。少し待ってて。』
少しすると大きな門の前に高島がやって来た。
「いらっしゃい。どうぞ。」
高島に案内され、自宅へと入る。大きな正面玄関を抜け、広々としたリビングへと通された。
「誰もいないの?」
「いるよ。何飲む?メロンソーダ?」
「いるの?」
「父と母がいるよ。」
「ど、どこに?」
高島が大きな窓に掛けられた遮光カーテンを開けると、大きく広々とした庭が見えた。その真ん中に、2人が無表情で立っていた。紺野は驚いて思わず後退りした。
「えっ。」
「紹介するよ。両親だ。姉さん、あれが父だ。」
高島幸一郎はまんじりともせず、その場に硬直しているようだった。
「一体、お2人は何をしてるの?」
「はいこれ、メロンソーダ。」
高島は紺野にグラスを渡した。
「今から2人には死んでもらう。もう僕には必要ない。」
「えっ。」
「両親とお別れをするのさ。」
紺野は彼が何を言ってるのか理解出来なかった。高島は窓を開けた。涼しい風が部屋に入ってくる。
「冥炎招来、死炎降雷、冥炎招来、死炎降雷⋯。」
高島が両手を合わせ、唱えを始める。庭に立つ2人の足元に黒い水溜りのような物が現れ始めた。
「あああああああああああああああああ。」
幸一郎が声を出し始める。妻の雪菜も同じだった。2人の体から、湯気が出始めていた。紺野はその様をただじっと見つめていた。
「獄炎罪、獄炎罪、獄炎罪、獄炎罪、獄炎罪、獄炎罪⋯。」
高島の瞳が黒で一杯になる。そして次の瞬間、2人の体に火がついた。その炎は、瞬く間に2人の全身を包み込んだ。しかし、炎に包まれているというのに、2人はその場から微塵も動かない。まるで、人の形をした火柱が立ち昇っているようだった。
紺野は恐怖よりも、興奮が勝っていた。こんな事が出来るのか。こんな術がこの世に存在するのか。
「素晴らしい。」
思わず感情が声に出ていた。
横に立つ高島は、炎に包まれる両親の事を感慨深く見つめ、満足感を味わっていた。
「さようなら、お父さん、お母さん。地獄を楽しんで下さい。」
2つの火柱が倒れ込んだ。その瞬間、炎が嘘のように消えた。焦げた黒い塊が露わになり、紺野は一瞬で現実に引き戻された気がした。
「地獄ってあるの?」
「ああ、それに関しては分からない。言ってみただけ。」
紺野は渡されたメロンソーダを1口を飲んだ。
「こんな事が出来るなら、世界を変えられるわ。」
「無理だよ。」
「何故?」
「呪術の強みは何だと思う?世界に知られていないところさ。だから罰せられることもない。人知れず使うから、呪術は強いんだよ。」




