29話
紺野は冷静に3人の事を見た。特に松下の事が気になるようだった。
「紺野先生、答えて下さい。」
「さあ、何ででしょう。」
「はい?」
「私は精神科医です。その人と話せば、その人がどんな人で、何を考えているのか、ある程度想像が付きます。」
「父が自殺を考えていたと言うんですか?」
「そうです。」
「あり得ない。」
「何故そう思うんですか?奥様が亡くなられただけでも、人によっては十分な理由になります。」
「父は、私達を、置いては、いきません。」
美琴が口を開いた。
「先生は、私に、何か、しましたね?」
「何の話です。」
「いや、これまで、何か、してきましたね?」
「質問の意味が分かりません。」
「彼女の記憶をいじったのか?」
ソファに構える松下が会話に割って入った。紺野は松下を睨んだ。
「失礼、お名前は何でしたっけ?」
「松下和之。フリージャーナリストです。」
「あなたのような方が何故ここにいるのか疑問です。」
「いいから、彼女の質問に答えて下さいよ。」
「先生、答えて、下さい。」
紺野と美琴は互いに見つめ合った。
「美琴さんの記憶をいじった事などありません。そもそも、そんな事は出来ません。映画や漫画の話をしているんですか?」
そう言われると、美琴は右手を出して、指を鳴らした。パチンと音がリビングに響く。
「この音、思い出したんで、す。私に、しましたね?」
「気のせいです。」
「何を、言われたかも、思い出し、ました。」
「何です?」
美琴は深呼吸した。
「『思い出さない方が良い。悪い事は言わないから。』」
美琴は違和感無く、声に出した。美怜は驚いた様子だった。
「先生は、私に何か暗示のような物を、掛けましたね?そして、父にも。」
「意味が分からない。いい加減にしてもらえますか。」
「話を少し変えよう。」
松下が立ち上がり、紺野に近付いた。
「あなたは余裕だ。物理的に証明出来ない事だから、ただ否認していればいい。そういう魂胆でしょう?」
「あなたと話す事はありません。」
「高島俊輔さんをご存知ですね。」
「知りません。」
「嘘だ。」
「嘘ではありません。」
「高島開発をご存知ですね?有名な不動産業の大きな会社。上場企業もしてる。有価証券報告書によれば、あなたは高島開発の上位株主じゃないですか。一族経営の高島開発で、何故あなたがこれほどの持ち株を?」
「⋯。」
「そんなあなたが跡取りになるはずだった、高島俊輔さんの事を知らないというのは無理があるでしょう。さあ答えて。あなたはたった今、高島俊輔を知らないと嘘をついた。何故嘘をついたんです?嘘をつく理由がないでしょう。」
「もう結構です。疲れました。このお茶、貰っても?」
紺野が美怜に確認する。
「⋯どうぞ。」
「ありがとうございます。」
そう言うと紺野は何口か注がれた麦茶を飲んだ。
「まさか私が彼と繋がりがあると知られているとは思いませんでした。正直、驚きです。」
その言葉に美琴の心はざわついた。
「紺野先生⋯。」
「勘違いしないで美琴さん。あなたの治療は真剣にやってきました。そこに嘘はないです。前にも話しましたね?躁鬱や不安障害の治療と、記憶障害の治療は別物だと。ですから、美琴さんがここまで良くなったのは前者の治療をご自身で頑張ったからです。」
「記憶障害の治療は、していないんですね。」
「そうです。」
「何故ですか?」
「愚問ですね。」
「失踪事件の事を、思い出さないように、するためですか?」
美琴に力が入る。
「そうです。その通りです。」
「何でそんな事⋯美琴やお母さんは記憶障害の治療も望んでいたのに。」
「私は当初反対しましたよ。トラウマを掘り返す事になるのだから、返って美琴さんの精神障害が悪化する可能性があると。最初はお母様も納得してくれていました。記憶障害の治療を望むようになったのは、最近の話です。」
「母は、何故治療を望むように、なったんですか?」
「責任感からでしょう。10年間も見つからない他のお子さん達に対しての。娘の記憶が何か事件の解決に繋がる物なら、思い出さなければいけないと考え直したのではないでしょうか。」
それを聞いて、美怜は母との会話を思い出していた。
「話を戻しましょう。あなたと高島俊輔の関係です。」
松下が話を変える。
「松下さん、でしたね。あなたは高島幸一郎の事を知っていますか?」
「高島俊輔の亡くなった父親ですね。」
「あの男はクズです。」
紺野から初めて強い言葉が飛び出した。
「私はあの男と愛人との間に出来た子供です。俊輔は私の腹違いの弟になります。」




