25話
岩崎葉子はアイスコーヒーの入ったグラスを松下和之の前に置いた。
「ありがとうございます。」
松下はグラスを持ってすぐに口を付けた。
「まさかご自宅が安田美琴の家の前だとは思いませんでしたよ。親中お察しします。」
「何故です?」
「忘れて下さい。それより何かあったんですか?安田家。黄色いテープが張られてますけど。」
「お父様が亡くなられたそうです。詳しい事は分かりませんが。」
「そうなんですか?」
「ほんの少し前にお母様も亡くなられたのに。」
「そんな事があり得るんでしょうか。」
「あり得るのも何も、実際に起きましたよ。」
「安田家があまりにも不幸に会い過ぎではありませんか。こんな悲しい偶然があるんですかね。」
「何が言いたいんですか。」
松下はアイスコーヒーをぐびぐびと一気に飲み干した。
「ご紹介頂いた1人、高島俊輔について調べました。」
「えっ。」
岩崎は思わず声を漏らし、松下の事を凝視した。当時、4年2組の担任教師だった男。亮太の担任教師だった男。
当時、当然の事ながら、彼は警察から事情聴取を受けている。失踪した児童達を最後に見たのは彼だったからだ。
しかし、だからといって何も進展は無かった。児童達に対して失踪直前まで授業を行っていた事は明らかであり、もし何かするにしても、あまりにも児童達とは距離感が近い存在であり、怪しまれるに決まっている。
事件後、高島は警察だけでなく、保護者達にも丁寧な状況説明を行った。涙を流しながら保護者説明会で頭を下げる姿を、岩崎は見ている。
「何故、彼を調べたんです?」
「個人的に気になったんです。」
「それだけですか?」
「ええ、それだけです。」
「松下さん⋯。」
「誤解しないで下さい。私は本気です。本気で彼に何かを感じたんです。ジャーナリストの勘は信じませんか?」
「勘で事件が解決するなら、10年間も涙を流していません。」
「そう、10年ですよ岩崎さん。10年です。今までに無い発想で行動しなければ、何の進展も無いと思いませんか。私だって馬鹿じゃない。警察が10年間も何の手掛かりを掴めない失踪事件ですよ?ちょっとやそっと取材したからって、何の意味も無い事ぐらい分かっています。」
松下の熱量に岩崎は負けた。
「分かりました。聞きましょう。」
「知り合いに人探しが得意な男がいまして。警察の公安の人間です。ここは聞かなかった事にして下さい。」
「はい。」
「高島俊輔の両親の事はご存知ですか?」
「いえ、知りません。」
「彼は都内でも有名な不動産企業、株式会社高島開発の社長である高島幸一郎の息子です。」
「高島開発⋯聞いた事はあります。」
「調べましたが、土地やらビルやらもう凄くて。歴史も古い不動産会社です。会社が作られたのは、100年以上も前だとか。とにかく彼はボンボンの坊っちゃんだった訳です。」
「でも会社を継がなかった訳ですよね、彼は。教師をしていた訳ですから。」
「そういう事になります。それで彼の両親の話です。高島幸一郎とその妻の雪菜は、高島が17歳の頃に自殺してるんです。自宅の庭で焼身自殺。コネを出来る限り使って、事件は公にせずに済んだようですが、警察には記録が残っています。」
「焼身自殺⋯。」
岩崎はふと安田家の方を見た。
「何か?」
「いえ何も。」
「高島はその後、大学に進学して教員免許を取得。卒業後、光星小学校に赴任するわけです。これを聞いてどう思いますか?」
「別に何も。」
「本当ですか?私は違います。自分の将来の舵を握っていた両親がいなくなった。これからは好きな事が出来る。高島はそう思ったのではないでしょうか。」
「松下さんの想像でしょう、それは。」
「そりゃそうです。まあ聞いて下さい。大切なのは“順番”です。」
「“順番”?」
「両親がいなくなったから自由になったのか、自由になりたかったから両親がいなくなったのか、です。」
岩崎は話を聞いていて、初めて松下の話に引っ掛かった。
「どういう事ですか?」
「まず役所に行って、固定資産課税台帳を調べて来ました。高島家は本当に数多くの土地を所有していましたよ。その中に、墓地も合ったんです。高島家が所有する墓地ですよ。そこへ行ったらやっぱり有りました。他と比べて古くて大きな墓石が。不気味な程、デカかったです。」
「そんな事までなさったんですか。」
「高島家の墓石には亡くなった幸一郎と雪菜夫妻の名前もありました。もちろんこれまでの高島家の人間達の名前もね。大量に墓石に掘られてました。その名前を記録して、さらに調べたんです。墓地の近くにある〇〇区郷土史料保存館。そこにこんな物が。」
松下は持参した鞄から、印刷された何枚かの紙を取り出した。そこには松下が撮影した写真が載っていた。
「【高島秘録】。」
古い書物に大きく書かれた文字を岩崎が声に出した。
「この辺りで有名な家系ならこういう物があるかもと思ったら、やっぱりドンピシャでしたよ。」




