18話
美琴、美怜、信之の3人は特に会話をする事なく、光星小学校に向けて歩いていた。
あの後、買い出しから帰った美怜にも、美琴は小学校に行きたいと告げた。美怜も信之と同じ様に、美琴の想いに答えて上げたかった。
学区内という事もあり、光星小学校は安田家から徒歩10分程の所にあった。
気が付けば3人は光星小学校の目の前まで来ていた。思わず、美琴の足が止まる。
ここにはもう来たくは無かった。でも、何か、もっと思い出せるかもしれない。
美琴は決心し、また歩みを始めた。その姿を見ていた美怜と信之は安堵した。
美琴はフェンス越しから校庭を見つめた。10年前、あの真ん中で美琴は職員に発見され、保護された。
「美琴、平気?」
美怜が優しく尋ねる。
「平気。」
美琴は真っすぐ校庭を見つめ続けた。
何故、私はあの日、ここまで帰ってこれたのか。何故、何も思い出せないのか。数多くの【何故】が美琴の頭を駆け巡る。
『いいかい、みんな、一緒だよ。』
謎の言葉だけが、美琴に残された手掛かりだった。
『いいかい、みんな、一緒だよ。』
『いいかい、みんな、一緒だよ。』
『いいかい、みんな、一緒だよ。』
その瞬間、学校のチャイムが鳴り響いた。久し振りに間近で聞く、チャイムの音。美琴の頭にその音が響くと、何かの光景が過った。
教室の中。席に座る自分。周りには他の児童が同じように席に座っている。そして、
『さあ、行きなさい。場所は教えたからね。』
『さあ、行きなさい。場所は教えたからね。』
『さあ、行きなさい。場所は教えたからね。』
「うっ⋯!」
美琴は苦しみだし、フェンスに寄りかかった。
「美琴!」
「大丈夫か美琴!」
美怜と信之が美琴を支える。
「ううっ⋯ああっ⋯。」
美琴が頭を抑えて、もがき苦しむ。
「美琴!しっかりして!」
美怜が美琴を見ると、彼女は涙を流していた。
「お父さん、どうしよう!?」
「救急車を⋯。」
「大丈夫。」
美琴が2人に話し掛ける。
「私、大丈夫。」
美琴は頭を抑えるのを止めた。
「私⋯。」
2人が美琴を心配そうに見つめる。
「私⋯覚えてる⋯みたい。」
「覚えてるって、事件の事を?」
「うん。」
「本当なのか?美琴。」
「多分。」
美琴は涙を溢していた。
「だから⋯思い出さないと。」
その夜、岩崎葉子は1人で赤ワインを嗜んでいた。息子の亮太が行方不明になって10年が経ってしまった。この10年間、彼女は出来る限りの行動をしてきたつもりだった。
残された家族達に提案し、結成した【家族の会】。当時の光星小学校の教職員達には詳しく話を聞き、責任問題を追及してきた。
メディアの事も出来る限り利用して来た。テレビや雑誌のインタビュー等にも積極的に答えてきた。
警察にも息子の情報を提供した。
そして事件から10年経った今、今度は突然現れたフリージャーナリストを利用して、久し振りに行方不明事件を記事に取り上げてもらおうとしている。
これ以上、出来る事は、おそらくもう無い。無いとしか思えない。
岩崎は虚しい気持ちのまま、ワイングラスに口をつけた。
家のインターホンが鳴る。岩崎は立ち上がり玄関に向かった。ドアを開けると、スーツ姿の男性が1人立っていた。
「待ったか?」
「ううん、全然。」
男性は家に入ると、岩崎を壁に押し付け、口付けをした。
「⋯ワインを飲んでるな?」
「シャワーを浴びて。あ、あと鍵を締めといて。」
そう言うと岩崎は奥へと戻って行った。
情事が終わると、2人は息を整えながらベッドに倒れ込んだ。
「今日はやけに積極的だったな。」
「⋯そんな事ないわ。」
「いや、そんな事あった。」
男性が笑うと、岩崎に乗りかかり、再び口付けをした。
「もう10年か。早いもんだな。」
「その話は止めて。」
岩崎は男性を自分から退かした。
「警察はどうなってるの、長野警視長。」
岩崎が男性に尋ねた。
「どうなってるって?」
「失踪事件の事よ。」
「何か進展があれば、とっくにお前に連絡してるよ。」
「どうして⋯。」
「ん。」
「どうして進展が無いのよ。」
「俺に言うなよ。」
「何のためにこれまであなたと寝てきたと思ってるの?」
「おいおい、酷い言いようじゃないか。俺に八つ当たりするな。」
長野が上半身を起こす。
「警視長と言っても、やれる事に限度はある。ハッキリ言って、光星小学校の事件はもう無理だ。」
その言葉を聞いて、岩崎も上半身を起こした。
「無理ってどういう事?」
「やれる事はやった。調査もしたし、捜索もした。だが何も出て来ない。こんな事件は前例が無い。勿論、警察は事件を解決したい。だが情報は未だにゼロだ。これ以上どうしろと言うんだ?」
「10年の節目に、捜索に進展があるかもって私に言ったじゃない!?」
「大声を出さないでくれ。進展はあったよ。捜索を打ち切るとな。」
「そんな⋯冗談よね?」
「児童がいないか日本中、虱潰しに1箇所ずつ調べていけと言ってるのか?それは無理だ。」
「まだ子供達は見つかっていないのよ?」
「分かってる。」
「どれだけの親御さん達が悲しんでると⋯。」
「分かってる!」
長野も声を荒げた。
「お前だってやれる事はやってきたはずだ。俺もだ。でも、ここが限界だ、葉子。」
「亮太を諦めろと言うの?」
「そうは言わない。いつか帰ってくるかもしれない。」
「そんな無責任な!」
「無責任?無責任だと!?」
長野は岩崎の事を押し倒した。
「元はと言えばお前のせいじゃないか。」
「⋯どういう意味?」
「お前が俺と不倫なんてするからこうなった。そうだろ?俺は堕ろせと言ったじゃないか。なのにお前は聞かなかった。」
「やめて。」
「逃げた旦那はあまりにも可哀想だ。亮太が自分の子じゃないとも知らずに⋯。」
「やめてっ!」
岩崎が泣きながら叫ぶ。
「亮太を探してるのは罪滅ぼしのつもりか?どれほど傲慢なんだ、何様なんだ。」
長野は岩崎の頬を叩いた。
「俺はもう限界だ。区切りをつけたい。亮太は⋯もういないんだよ。お前もいい加減認めて、楽になれ。俺みたいに。」
そう言うと長野はまた岩崎の体を求め始めた。岩崎はただ涙を流し続けた。




