12話
娘達が寝静まった夜。安田信之と安田舞子は2人でテーブルを囲み、話し込んでいた。
「そうか。そんな事があったのか。」
「思わず私も声を荒げちゃった。」
「それは仕方ないよ。美琴を守ったんだろ?」
「でも、あの方はきっと⋯。」
「そうだとしても⋯美琴は何も覚えていないんだ。話しようがないだろ。」
「それはそうなんだけどね。」
「美琴がああなって、舞子が専業主婦になって美琴の事を見てくれた。だからきっと良くなったんだよ。感謝してる。」
「止めてよ。あなただって1人で朝早くから遅くまで働いてくれて⋯。あなたが頑張ってくれてなきゃ私達とっくに飢え死にしてたわよ。」
「なあ、今更かも知れないけど⋯。」
「何?」
「引っ越し、してもいいんだぞ?」
「確かに今更ね。」
「仕事は来年少し落ち着く。タイミング的には丁度いいんだが。」
「あの子が⋯美琴にはこの家が一番よ。」
「本当にそうかな。」
「産まれた時からこの家で育ってきたのよ。ここなら⋯ここなら何か思い出すかも知れないじゃない。」
「思い出させたいんだな、美琴に。」
「そうよ。」
「美琴が辛い思いをしてもか?また前のように口を閉ざす事になっても?」
「だって⋯他のお子さん達の事を考えたら⋯それしかないわ。どれだけ時間がかかっても⋯思い出さないと。今日ね、美怜に聞いたの。美琴が何かを思い出したかもって。」
「本当か?」
「うん。」
「何を?」
「『みんな一緒』って話したらしいの。ただそれだけ。美琴も何のことだか分からないって。」
「『みんな一緒』⋯。何だそりゃ。」
「⋯分からない。」
「先は⋯長いな。」
翌朝、美怜は車に乗って、駅まで向かっていた。
「もうちょっとゆっくりすればいいのに。」
舞子がハンドルを握りながら美怜に話し掛けた。
「そう言われても、仕事があるんだもん。また近い内に来るよ。美琴の事も気になるし。」
「確認だけど、美琴、昨日他には何も言ってなかったのよね?」
「うん。話した事だけ。」
「そっか。」
「良くなってきたんなら、また何か思い出すかもよ。ゆっくりにでも。」
「⋯そうだといいよね。」
車が駅のロータリーに着いた。美怜は助手席から降り、リュックを背負った。助手席の車内ガラスが降りる。
「じゃあ気をつけるのよ。また連絡してね。」
「はーい。お母さんも運転気をつけてね。お父さんと美琴の事をよろしく。」
「はいはい。あんた彼氏出来たらすぐに連絡してよ?」
「いや、しないから。じゃあね。」
美怜はそう言うと歩き始めた。少しして振り返ると、舞子が車から手を振っている。美怜もすぐに手を振り返した。舞子は美怜を見届けると、ゆっくりと車を走らせ始めた。
美怜は美琴の事が気になっていた。ついに口を開いた妹。心配で仕方無かったが、両親に任せるしかない。美怜は割り切った気持ちで、駅の改札を目指した。
その時、後ろから大きな音が聞こえた。歩く皆が音の方を見るようなレベルの大きな音だった。
美怜は驚き、すぐに後ろを振り返った。ロータリーを出てすぐの道、電柱に1台の車が衝突している。今まさに美怜が乗ってきた車だった。美怜は一瞬頭が真っ白になったが、すぐに我に返った。
「お母さん。」
美怜は走り出した。一目散で車を目指す。
嘘だ。嘘だ。お母さん。お母さん。お母さん。
車のボンネットから煙が出ているのが見える。既に車の周りには人集りが出来始めていた。
「お母さんっ!」
ついに美怜は叫んだ。叫ばずにはいられなかった。




